谷を挟んだ神鏡山の反対側の山の頂。
神鏡山とほとんど変わらない高さの山頂に、レーザー銃を肩に担いだ黒髪の少女が立っていた。
『そら、聞こえる?』
右耳にセットされたイヤホンから聞き馴染みのある声が聞こえ、そらと呼ばれた少女はイヤホンを抑えて通信を試みる。
「感度良好。聞こえるよ」
反対側の山にいるねね達を横目で見ながら腕を組み、壁に背中を預ける。
『様子はどう?』
「この星を支配している鬼の親子は討伐完了。あとはあの子に任せてれば大丈夫じゃないかな」
『うーん……』
イヤホンの向こうから聞こえる不安げな声にそらは首を傾げる。
「何? どうかした?」
『あなたの時は問題なかったけど、ログを見る限り、1年前の彼女の転移時にどうやら想定外の事故が起きたようなの』
「事故?」
『ええ。どうも、その時の事故で彼女、記憶を失っているみたい』
その言葉に目を見開くそら。
「大変じゃん。じゃあ、早いとこ記憶を戻してもらわないと」
『ええ、何とかできそう?』
「うーん、了解。まぁ、さっさと思い出してもらって、ねねちにはこの世界を滅ぼしてもらわないといけないからね」
そう言って通信を切るそら。
レーザー銃の紐を肩に掛け、右目に望遠機能が備わったスカウターを掛ける。
「……記憶喪失、か。んー……そんな風には見えないけどな」
誰もいない山頂で誰に言うでもなく、ときのそらは1人そう呟いた。
× × ×
「そういえば、ポルカ達の星詠みをしてもらうとこじゃなかったっけ?」
激戦を終えて、全身に響く痛みを堪えながらポルカが言う。
惑星ホロアースの均衡者、鬼の百鬼あやめの唯一の弱点である首を万物を切断する大鎌で切断し、その生命活動を終わらせたねぽらぼは、それぞれが満身創痍の状態でいた。
「こらこら。流石のラミィも魔力切れなんだから、星詠みはまた今度」
ねねがポルカを窘めると、ブーブーと口を尖らせながらポルカはラミィに絡みに行く。
疲れ切っているラミィが肩を組んでくるポルカに迷惑そうな表情を向けながらも、2人ともどこか気持ちが晴れたようなそんな表情をしている。それもそうだろう。たった数分前まで命のやり取りをしていたのだ。そこからの解放は気持ちが緩み切っても仕方がない。
それこそ、そんなやり取りに慣れている者でなければ。
「ねねちゃん」
右目に包帯を巻き、肩からスナイパーライフルを下げているぼたんが、背後から声を掛けた。
あやめにトドメを刺したカリオペの鎌はもう持っていない。あれは刃に少し触れただけでも簡単に切断してしまう非常に危険な武器のため、今はポルカの収納魔法で仕舞われている。
「お疲れししろん。ごめんね、しんどい役割を任せちゃって。右目、大丈夫そう?」
ねねの労いの言葉を聞き流し、ぼたんは未だ戦闘の緊張感を切らさずねねをジッと見つめていた。
「……なんで、あそこまで百鬼あやめを殺すことに拘ってたの?」
「……なんのこと?」
「確かにねねちゃんは命を狙われている身だった。そんな中で、百鬼あやめを殺したのは誰がどう見ても正当防衛だと思う。でも、実際は違う。途中明らかにねねちゃんは、百鬼あやめを殺したがっていた」
ぼたんの言葉にねねは肩を竦めるようにして、呆れ顔を見せる。
「殺したがってたって……人聞きの悪い──」
「ねねちゃん。あなた、記憶戻ってるよね?」
確信をつくように紡がれたその言葉に、ねねは小さな笑みで応えた。
「もー! ねね、このフェネックどうにかして! ホントにこの人病み上がりなの!?」
背中に飛び乗っているポルカを振り落とそうと暴れるラミィだが、一向に離れてくれないのでねねに助けを求める。
しかし、助けを求められたねねからは返事はなく、代わりに何かがドサッと倒れる音が聞こえた。
「……え? ししろん、どうしたの?」
ねねの目の前でうつ伏せに倒れるぼたんを見て、心配の声を掛けるラミィ。
しかし、その声にもねねは応えない。
「おい、獅白。何してんだ?」
ラミィの肩までよじ登ったポルカも、おかしな空気を察知したのか真剣な表情で倒れているぼたんに声を掛けるが、ぼたんからも応答はない。
バチっと一瞬目の前に黄金の雷が落ちたと錯覚を起こした。
突然の雷光に目を伏せると、次の瞬間には目の前からねねの姿が消えており──肩からポルカの重さも消えていた。
「ありがとね、ラミィ。おかげで厄介な百鬼あやめも殺れた。途中少し寄り道もしたけど、ある程度は計画通りかな。色々と助かったよ」
いつの間にかラミィの背後に移動していたねねは、ポルカの首を握りつぶしながら心の底からの感謝の言葉をラミィに伝える。
「…………ね、ね?」
光速で移動した際に花柄のヘアゴムがちぎれ、長い金色の髪が解かれる。
靡く髪に隠れ、ねねの表情は確認することができない。
魔力と感情というのは密接に繋がっている。
故に膨大な魔力を持たされてしまったエルフ族は感情のブレが激しく、特に生と死という生物が切っても切れないものにどの種族よりも敏感になってしまった。
そして、その感情のブレが極限を迎えた時──星をも呑み込む魔力が宿主の意思を無視し、暴走する。
「ばいばい」
× × ×
「いつから記憶は戻ってたの?」
宇宙戦艦の窓から白に染まった星を眺めていると、後ろから声を掛けられる。
「……そら先輩、来てたんですね」
「そだよ。あんまり遅いと行くって言ったじゃん。ついでに鬼神? っていう大鬼も倒しちゃった」
「それに関しては助かりました」
小さな丸テーブルの前に置かれた1人がけのソファーに腰を下ろすそら。
「結構初期ですよ。初めてラプラス・ダークネスに会った時だから」
「ふうん。じゃあそれから1年も何してたのさ?」
「記憶が戻った時、ねね1人じゃ百鬼あやめに勝てないと踏んだんで、その可能性を秘めた子達を近くに置いておこうと思って。時間を掛けてたんです。特に雪花ラミィ。あの子の中にある力は百鬼あやめを倒すだけじゃなく、当初の作戦にも使えると思った」
窓の外を背中越しに親指で刺しながら、あの通りねと笑みを浮かべるねね。
そらもその指の先を視線で追う。
1つの大きな星が真っ白な雪で覆われている。到底生命体が生きていけるような環境ではない。あれをたった1人の少女が起こした事象ということにそらは信じられないと肩を竦める。
「この広い銀河系にはあんな化け物がまだまだいるってことだね」
「だからこそ、そんな化け物達がねね達に牙を向く前に、危険な芽は早めに摘んでおかないと。うちらの星を守るのが、ねね達の役目なんですから」
ごもっともです。とそらはねねの言葉に満足げに頷くと、ソファーから腰を上げる。
「ま、細かい話は報告書をゆっくり読ませてもらうよ」
「でも、いつもより滞在期間長かったし、長編になりますよ」
「何文字くらい?」
「どうでしょう? 30万字行くか行かないかくらいかも」
「マジか。じゃあ、次の任務までの暇つぶしにさせてもらうよ」
『ねぽらぼのね』~完~
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて『ねぽらぼのね』完結です。