山へ向かったユイは、歩みを進めながら、数日ほど前のことを思い出す。
ハルは以前から少し不思議な言動があり、自分には見えていないものが見えているようだった。
ユイは、それを気のせいだと言って流していたが、その数日間は明らかに普通では無く、ハルは誰かが呼んでる、といったことを頻繁に口に出し、怯えているように見えた。
「そっか、私は…」
山に入ると、歩くごとに少しずつ記憶が蘇ってくる。さらに、過去の自分の残像が見えた。
どうやら、ユイは過去にハルを探して飼い犬のクロとともに山に入り、その後何かがあって、死んだ。
ユイは、さらに歩みを進めていく
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ハルは、ユイの子犬と石階段を登り、古ぼけた神社のような場所に来た。
「ユイ、この先にいるのかな…」
不安そうに呟きながら鳥居をくぐると、見えた光景に言葉を失った。
神社の境内はゴミだらけで、壊れた桶、錆びついた鎌や陶器の破片、元がなにかもわからない黒ずんだ破片などが至るところに散らばっている。
村がダムに沈んで人が来なくなったのか、それ以前から信仰を失っていたのかはわからないが、この神社の神様はかわいそうだ、とハルは思った。
子犬はユイを探しているのか、鼻を動かしながら歩き回っている。それについていくと、文字が刻まれた石碑を見つけた。
『この神社では、理様という神様をおまつりしています。理様は縁結びと縁切りを司る神で、人間関係で悩む人たちが救いを求めに訪れます。この神様に「もういやだ」と、偽りのない本心からの言葉をお伝えし、両手、両足、頭の五体がある人形を奉納すれば、慈悲深い理様が悪縁をはさみで絶ちきってくださるといわれています。宿願成就の際のお礼参りではー』
「これ、コトワリさまと似てる…」
石碑には、覚えのあるような説明が書き連ねてあった。ハルも、“コトワリさま”がこの神社でまつられていた神様なのだと理解する。
境内の汚れ方を見て、これではコトワリさまがあんな姿になってしまうのも無理はないと感じた。掛けられている絵馬にも、攻撃的な言葉が数々並んでおり、色々な積み重ねであんな怖い姿になってしまったのかもしれない。
『しねしね、しね、もういやだ』
『父親との縁を切れますように、もういやだ』
『暴力を振るう彼とお別れができますように。彼が不幸になりますように。もういやだ』
どの絵馬にも、最後には決まってコトワリさまへの救いを求める同じ言葉が書かれている。
「もういやだ、か…」
ーその時、ハルの後ろでハサミのような金属音がした。
「あっ、」
もういやだ、という言葉に反応してか、コトワリさまが姿を現した。
アン! アン!
子犬が間に入り、足を震えさせながらも威嚇する。
子犬を生贄だと判断したのか、コトワリさまが子犬に突進したところを、間一髪でハルが抱きかかえ、転がるように避けた。
「キミが死んだら、ユイが悲しむよ。お願い…ここから逃げて!」
ハルは、そう言うと足元の石を神社の裏の森あたりに投げた。子犬は、クゥーン、と少し鳴くと石を追いかけて走っていった。
コトワリさまもまた、子犬の方に突進しようとする。
ガキン!
「ごめんね、ちょっと待たせたかな」
その時、突如忍野が現れ、コトワリさまの刃を巨大な十字架のようなもので止めた。
「忍野さん!」
全く視界に入らない位置から跳んできた忍野の人間離れした動きに驚きつつも、合流できたことに1つ安堵する。
「ハルちゃん、突然で悪いんだけど、ちょっとゴミ拾いをお願いできるかい? こっちは引き受けるからさ、」
そう言うと、忍野はハルにゴミ袋を渡す。
「あの辺りね」
「あれは…?」
忍野が指差した方を見ると、ゴミだらけの地面から、微かに鈍い光が漏れ出ている。
考えている暇もない。忍野がコトワリさまを止めている間に、ゴミを拾い集めていく。すると、少しずつ光る石畳が見え始めた。どうやら一部の石畳には、違う種類の石が使われており、それが発光しているようだ。
無心でとにかくゴミを拾っていくと、全体が見えてきた。光る石畳の並びは、両手、両足、頭、と人の形をしていた。ゴミが退いて人形が表れると、コトワリさまは光る石畳の上を旋回し始め、そこに刃を突き立て始めた。
「ハァ、ハァ…」
「いやぁすまないね、来ていきなりゴミ拾いなんかさせちゃって」
「いえ、大丈夫です」
境内にはコトワリさまが石を突く音が響き続けていた。この神社ではこの石畳でコトワリさまを他所へ行かないように留めていたのだろうか。
とても神様として祀られていたものの姿とは思えない。もしかすると、コトワリさまが手のつけられない状態になってから誰かが作ったのかもしれない、とも感じた。
「かわいそう…」
さっきまで殺されそうになっていたにも関わらず、ハルからはこんな言葉が出た。神社に来た人たちの望みを叶えてあげていたはずなのに、放置されてこんな姿にまでなってしまったこの神社の神を不憫に思ったのだ。
「…もうちょっと掃除していくかい?」
「えっ?」
忍野から意外な言葉が出た。
「神様に働きかけようってときは、本来こっちが下手に出て、敬う姿勢を見せるものなのさ。さっきはちょっとばかし乱暴すぎたしね。」
「…はい!」
ハルと忍野は、コトワリさまが石畳を突っついている横で、神社を掃除し始めた。急いでユイを探したい気持ちもあるが、コトワリさまも放っておきたくなかった。
この荒れようでは、当然全体を綺麗にするほどのことはできないが、できる限りゴミを拾った。
すると、忍野が無言でハルに十円玉を手渡した。二人は、賽銭箱に10円玉を投げ入れ、目を瞑り、手を合わせる。
…
二人が手を合わせると、後ろで響いていた鋏の金属音が止まった。
目を開け、後ろを振り返ると、コトワリさまの姿はなかった。
「あれ?コトワリさまは…」
「さぁね。 でも、神様ってのは普通見えないし、人の心からの言葉をちゃんと聞いてくれるものだろう?」
忍野の言葉は、少し曖昧に感じたが、もしかしたらコトワリさまは自分たちの行動に応えて、本来の神様としての役割を思い出してくれたのかもしれない、だから姿が見えなくなったのかも、そんな気がした。
二人は神社を抜けて子犬と合流し、緩やかな山道を歩いていく。
ハルは、もうすぐ、この道の先に、ユイがいることを感じた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…」
ユイは、山の中で立ち尽くしている。
山を歩いている時、ユイは死んだはずの父の残像を見た。父の行動が、土地に記憶されていたかのように残っていたその影を追い続けていた。
追って行った先で、父の残像は、娘の目の前で首を吊った。
父は、ユイも母も家庭もとても大切にしていた。ユイは、二年前急にいなくなった父のことを考えては、何故いなくなってしまったかわからなかった。
父の残像が首を吊った場所の横には、遺体があり、そばにノートが落ちている。
ユイは、おそるおそるノートを手に取った。
『まただ、あの声が聞こえる。』
『研究のためとはいえ、私は禁忌に近づきすぎた。』
そこには、消えた父の真実が綴られていた。
『こともあろうに、あの声は私のみならず、妻と娘まで連れて行くと言い出した。当然、拒否した。しかし、いつか私はあの声に誘導されて、家族を差し出すことをえらんでしまうかもしれない。それだけはだめだ。』
『✕月✕○日
今日、私はきんだんの方ほうをつかった。
コトワリさまにかぞくとのえんをきってもらったのだ。
あいするつまとむすめのために、あいするつまとむすめをわたしからたち切った。
かんけいを切ることを「手を切る」などというが、だれがかんがえたことばなのだろう。
コトワリさまの「もう一つのルール」により、ひきかえに左手を失うことになったが、これであん心して私ひとりで、あのこえの元にいける。』
これより先は妻と娘への謝罪の言葉が続いた。
「…」
どうして、こんな目にあうの。
わたしたちがなにをしたの?
お母さんはおかしくなっちゃって
お父さんもわたしも死んでしまって
…
ハル、どこにいるの?
さびしいよ、さびシイ、イカナイデ、イカナイデ
※石碑の文章や絵馬の内容など、多々小説版から引用させていただいている部分があります。