夜物語   作:freems3000

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夜明け

 

 

 

あの声の主が、ついに姿を見せた。

 

 

忍野は臨戦態勢をとり、ハルに下がっておくようジェスチャーする。

 

 

 オイデオイデ

 

 カワイソウカワイソウ

 

 

巨大な蜘蛛のような“それ”は、言葉を発しながら、糸を飛ばしてくる。

糸に捕らわれないよう避けながら目がついている部分などを叩くが、どうも手応えがない。

確かに攻撃は当たっているが、効いている様子すらない。

 

 

 

 コッチニオイデ

 

 

「…なるほど」

 

忍野は引き続き攻撃を避けながら観察していたが、地上の各所から真っ赤な太い糸が大蜘蛛に向かって伸びていることに気づく。

あの巨体だ。支えるために柱のようなものが必要なのだろう。

 

 

 

 ガキン

 

 

 

隙を見て忍野が赤い糸に斬りかかる。

しかし、攻撃は弾かれ、糸には傷一つつかない。

単純な物理攻撃が通じる相手ではなさそうだ。

 

 

 

 オイデオイデ

 

 イッショニキテアゲテ

 

 

地面から広範囲に糸を伸ばしてきたところを、空中に飛び上がって回避する。

 

すると大蜘蛛は、飛び上がった忍野に横から槍のように尖らせた糸を差し向けた。

 

「やれやれ、落ち着きがないなぁ」 

忍野は防御の構えを取る。

 

 

 

 

 

 

 プツン

 

 

 

 ウ゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

 

 

 

糸が忍野に達する直前、大蜘蛛が突然うめき声を上げながら体勢を崩した。

 

地上に目をやると、下がっておくよう指示したハルが出てきて、さっきまで柱のような赤い糸の1つがあった場所に立っている。

 

あの太い糸は断ち切られており、ハルの手にはコトワリさまからもらったと言っていたハサミが握られていた。

 

 

「へぇ、そうか」

 

 

「忍野さん、大丈夫ですか?」

 

「ああ」

 

 

忍野は、地上に降り、ハルと話を合わせる。

 

 

「すまない、どうやら普通の攻撃じゃ効かないらしい。

 

協力してもらえるかい?」

 

 

「はい!」

 

 

ハルは力強く答えた。

 

作戦は単純。

忍野が攻撃を防いでいる間にハルが糸を切りに行く。 

 

 

 プツン

 

 

あっという間に二本目の赤い糸を切ってしまう。

 

 

 

 カワイソウカワイソウ

 

 

大蜘蛛は、脈絡なく言葉を発し続けている

 

 

「うるさい! わたしは、ユイに会うんだ!」

 

ハルは、大蜘蛛の言葉を振り払うように声を張る。

 

 

 

 

 オイデオイデ いとをきりにオイデ

 

 

 

挑発のようなセリフに応じて、ハルはすぐに三本目の赤い糸の方へ向かう。

 

 

 

「おっと、」

 

 

「忍野さん!?」

 

 

ハルが赤い糸に達する直前、忍野がハルを抱えてその場から離れる。すると直後、赤い糸の周りの地面から針山のように糸が何本も突き上がる。

 

ハルの顔が青ざめる。

さっきの言葉も、単なる挑発ではなく、誘っていたのだ。

 

 

 

「ありがとうございます…」

 

 

「気にすることはないさ。それに、次いくよ」

 

忍野はそう言うと、さっきの糸のところにハルを抱えたまま再び跳躍する。

 

大蜘蛛は、着地際を狙って糸をさしむけるが、忍野はハルを着地させつつ糸を弾く。

 

 

 

 

 プツン

 

 

 

 カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

 

 

ハルが三本目の赤い糸を断ち切る。

 

 

大蜘蛛にも焦りが見え始めた。

ただひたすらに多くの蜘蛛と糸をハルに向ける。

 

が、それらがハルに届くことはない。

乱雑になった大蜘蛛の攻撃は忍野にあっさりと退けられ、ハルもすぐに四本目の糸に到達する。

 

 

 

 プツン

 

 

 

 

 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛

 

 

 

 

支える柱が一本となった大蜘蛛は、大きく体勢を崩す。

もはや言葉らしい言葉を発することもない。

 

 

「ユイをかえして!」

 

ハルは最後の赤い糸の方へ駆け出す。

 

 

 

 

 

 プツン

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

ハルは、コトワリさまからもらったハサミで、最後の赤い糸を断ち切った。

 

支えを失った大蜘蛛は、うめき声を上げながら谷底に消えていく。

 

 

「ハァ、ハァ…」

 

 

やった。

自分たちを声で騙し、ユイをあんな目にあわせた元凶であろうあの化け物を、とうとう倒した。

 

 

 

「…あっ」

 

 

 

その時、さっき消えてしまったユイが、再び現れた。

 

 

ハルは一つ、忍野に目配せする。

次会ったら、ユイには自分一人で向かい合うと決めていた。

 

 

忍野は、意図を汲み取ったのか、返事をするでも頷くでもなく、静かにその場を離れる。

 

 

 

 

「…ユイ」

 

 

話しかけると、ユイは、少しこっちを見たかと思えば、またあのときのように両目が膨れ上がり、人間とは思えない見た目に変わってしまった。

 

ユイは、尖らせた髪を伸ばしてハルに向けるが、ハルは間一髪でそれを避ける。

 

 

 カワイソウカワイソウ

 

 

 イっしょニキてあゲテ

 

 

 

ユイは、あの大蜘蛛と同じような言葉を発しながら迫ってくる。やはり、ユイとそうでないなにかが混ざったような声だ。

 

 

「ユイ、もうやめて…」

 

 

 

 

 ハル、ハるハルはルはるハルハル

 

 

 

 

ハルは改めて感じる。

こんな姿でも、間違いなく、目の前にいるのはユイなのだ。

 

 

 

ハルは、正面からユイと向かい合う。

 

 

すると、ハルの右手に無数の赤い糸が絡みついた。

コトワリさまのハサミで糸を切っても、次から次へと糸は絡みついてくる。

ユイは、身動きの取れないハルに迫ってくる。

 

 

 

 

 イっしょニキテ

 

 

 

 

ハルは、ハサミを地面に捨て、ユイに話しかける。

 

 

「一緒にそっちには行けないよ。でも、わたしはユイと一緒にいたい。」

 

 

話しながら、涙が流れてくる。

 

 

「ユイだってつらかったのに、わたしばかりいつも助けてもらって、ユイだって、助けてほしかったんだよね。」

 

 

 

 

 ハる、はルハル

 

 

 

「わたしがユイをもっと助けてあげられたら、ユイの気持ちに気づいてあげてたら、ユイはあの声を聞かなくてすんだかもしれないよね」

 

 

 

 

 オイテイカナイデ

 

 

 

「わたしは、ユイをおいて行きたくない」

 

 

 

 

「こんなの…」

 

 

 こんな姿のユイを見るのは

 

 

 

「こんなの…」

 

 

 ユイと一緒にいられないのは

 

 

 

 

 

「もう、いやだ!」

 

 

 

 

 

 

 ガキン

 

 

 

 

もういやだ、という言葉に応じ、コトワリさまが現れ、ユイに向かって突進した。

 

 

「ユ…イ?」

 

 

コトワリさまは、ユイの体をすり抜けるように通過した。

その瞬間、金属音が鳴り、ユイの姿が元に戻った。

 

 

「ユイ! ユイ!」

 

 

ハルは、その場に倒れ込んだユイのもとへ駆け寄り、抱きかかえる。

 

「ユイ…」

 

 

ハルは、ここまでの疲労と安堵で力が抜け、ユイを抱えたまま気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、最後まで友達と離れないために戦ったんだね

 

ぼくは、君たちを尊敬するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

ハルは、気を失っている間、夢を見ていた。

 

夢の中では、ユイとあの犬、クロが、あの蜘蛛の化け物に立ち向かっている。

 

視界は白と黒しかないモノクロの世界。

ユイは私の前に立ってあの大蜘蛛から守ってくれている。

 

クロが大蜘蛛に飛びかかる。

大蜘蛛は振り落とそうと暴れ、クロは壁に叩きつけられる。

 

 

 

そうか、これは…

 

自分は過去の残像を見ているのだ。

ハルは、覚えていなかったが、前にあの声に誘われ、攫われていた。そこをユイとクロに助けられた。

 

クロは、自分を守ろうとして死んでしまったのだ。

自分を助けに来なければ、ユイが死んでしまうこともなかった。

 

自分は、助けられてばかりだ。

 

本当に、本当に、

 

 

ごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アン!アン!

 

「ハル? ハル!」

 

犬の鳴き声と、聞き慣れた声で目を覚ます。

 

 

「ユ、イ?」

 

 

「そうだよ、わたしだよ、ハル!」

 

 

涙があふれる。

目を覚ますと、そこには、親友と茶色い毛の子犬が居た。

 

 

「ユイ、ごめんなさい、ごめんなさい、わたしの、せいで」

 

 

「いいよ、ハル、謝らないで。ハルが無事で良かった」

 

 

ユイへの申し訳無さと自分を許してくれるというユイの優しさに感情が抑えられない。

 

 

「それにね、ハルも、わたしを助けてくれたよ」

 

 

「…えっ?」

 

 

 

「生きてたときも、ハルが一緒にいてくれたから楽しかったし、さっきも、ハルのおかげで、もとに戻れた。チャコも守ってくれてたよね。」

 

 

コトワリさまが貫いたあと、ユイはおかしくなることなく、完全に正気に戻っていた。

 

 

 

「ありがとう、ハル」

 

 

「ユイ、ユイ…」

 

 

ハルは、涙が止まらない。

 

 

 

「ねぇ、ユイ、わたしたち、まだ一緒にいられるの?」

 

 

「うん…きっと、大丈夫だよ!」

 

 

 

「本当?」

 

 

「本当!」

 

 

 

ユイは幽霊になってしまったけど、それでも、一緒にいたい。

 

ずっと一緒にいられるかはわからないけど、少なくとも今はまだユイの隣にいられる。

 

それだけでとても幸せだった。

 

 

 

 

夜が明けた山で、朝日が二人を照らす

 

 

二人は、山を降りる前に、クロの墓に立ち寄り、手を合わせた。

茶色い毛の子犬、チャコも墓の前で悲しげに鳴く。

 

そして、二人と一匹は、この山を後にした。

 

 

 

 

ハルは、帰り際、感謝を伝えようと忍野を探したが、忍野はどこにも見当たらなかった。

 

大蜘蛛が落ちていった谷底に大きな御札のようなものが貼られているのが見えたが、あれは忍野によるものだろうか。

 

ハルは翌日も忍野を探そうとしたが、街中探しても、結局忍野が見つかることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





原作のラストまで来ましたが、もう少し続きます。
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