段ボール箱入り娘   作:大葉景華

2 / 2
二日目

さて、この子と暮らすと決めたからには生活基盤を整える事からだ。 しかし、おそらくこの子はまともに物を親から与えられてないだろうから。 この子に欲しいものや必要なものを聞いても答えは返ってこないだろう。

とにもかくにも出かける準備をしよう。 昨日はなんだかんだで風呂に入れなかったからまずはシャワーでも浴びてこよう。

 

「なぁ。俺は今からシャワー浴びるから君はちょっと待っててくれ」

 

俺がそう言うと彼女は首を傾げ、ぼんやりとした表情でついてきた。 恐らく小学生低学年とは言え女の子。 一緒に入るのは不味かろう。 そう思ってやんわりと押し戻す。

 

「えっと……。 流石に一緒に風呂入るのは……」

 

しかし、俺の腕を掴んで何かを主張するような眼で俺を見る。

 

「…………寂しい……」

 

そう言われてはちょっと弱い。 彼女が嫌がっていないなら俺の精神のせいなのか? 俺が彼女に欲情しなければ問題ないのか?

そうこう首を捻っている間に二人で風呂に入って彼女の長く伸びた純白の髪の毛を泡立てていた。 手入れをしておらず傷んではいるが、必ず美しくなるだろう素質であると分かる。

 

「はーい、流すからな。 お耳塞いでお目目瞑って」

 

小さい手で耳を抑えるのを確認してからシャワーで流す。 勿論、流す前に温度がかなりぬるめであることの確認を忘れてはならない。 その後、同じく手入れすれば陶器の様な肌になるだろうと感じる背中を流す。

前は自分で洗わせてる間に自分も軽く髪と体を洗って流す。 そして泡まみれの彼女を流してやる。

 

風呂を浴び、選択した服を着せてやると、昨日のみすぼらしい姿はどこにもなく、なかなか見れる姿になった。

 

さて、風呂上りのこの子を待たせておきながら、とある場所に電話する。 数コール後、ダルそうな声で「……はい」と声が応える。

 

「お久しぶりです。 今、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃないなら出ないわよ。 今度は何が欲しいの?」

 

電話に出たのは俺の昔からの知り合いで大学の先輩であった羽鳥さんだ。 彼女は大学を卒業後、万事屋を開業し、いろいろとお世話になっている。

 

「いやぁ……実はですね……」

 

 

 

「はぁ!? 拾った? ガキを!? バカじゃないの!?」

 

事情を話された羽鳥さんの反応は予想通りだった。 でもそこからの反応も予想通りだった。 普通の服屋に連れて行くとまずい事になりそうなのを察して子供服の調達を承知してくれた。

 

「そういや、名前は?」

 

「は?」

 

「名前よ。 名前! 聞いてないの?」

 

そう言えば……。 色々あって忘れていた。 電話中の俺の周りをウロチョロしているこの子を抱っこで持ち上げ、視線をそろえる。

 

「ねぇ、そう言えば君の名前をまだ聞いて無かったな。 君の名前は?」

 

彼女は俺の質問を避ける様に目を逸らした。 やはり過去の家族と関係があることは言いたくないのだろうか。 言いたくない事を無理に聞くことも無いだろう。 しかし、名前無しでずっと君と呼ぶのはいささかめんどくさい。

 

「じゃあ……俺が名前を考えても良いかな……?」

 

俺がそう言うとまた彼女は俺の目をじっと見てウンウンと首を縦に振る。

と言う訳で名前か……。 ペットとかも飼った事無いし、ゲームなんかもデフォルトネームだったからいつも名前なんかを考えたことが無い。 こういう時親の苦労を感じることが出来るなぁと思いながら考える。

 

「うーん……。 なまえなまえなまえなまえ……タマ……ミケ……ダメだ。 ネコの名前しか思いつかない……」

 

イメージをもっと固めなきゃいけない。 彼女の印象……眼……髪の毛……。

 

「コハク」

 

俺の言葉に反応する。 気に入ってくれたかな?

 

「君の瞳の琥珀悪色と、真っ白で綺麗な肌と髪の毛をイメージしてみたんだけど。 どうかな?」

 

俺がそう言うと彼女……コハクは自分の名前を何度も何度も繰り返した。

 

「コハク……コハク……コハク……。 コハク!」

 

目を輝かして俺に縋り付く。 気に入ってくれたようで良かった。

 

「これからよろしくね、コハク。 じゃあ次は服を買いに行こうか」

 

俺の言葉に嬉しそうに反応して出かける準備をする。 俺も携帯で羽鳥さんに今から行く旨をメッセージで連絡して玄関に向かう。

 

 

 

 

天気予報が外れて晴れてくれてよかった。 快晴とまでは行かないが、雲間からの日光が心地よい。 手を繋いで羽鳥さんの店まで歩く。 その間にもコハクはキョロキョロと辺りを観察している。 仕草一つ一つが一々ネコみたいだ。

十分ほどで店に着いた。 店は開いてはいない様だった。 羽鳥さんの家に回り、インターホンを鳴らす。 応答は無かったが、鍵が無言で開けられた音が音がした。 俺と羽鳥さんの関係はそんなもんだ。 親子の様で姉弟の様で友人の様で恋人の様だ。 お邪魔しますの挨拶も無しに扉を開けてコハクを入れる。

そこにいたのはタンクトップ一枚にショートパンツの格好をして、寝起きですと主張しているボサボサの髪の毛をかき分けながら眼鏡を探している羽鳥さんだ。

 

「おはようございます。 羽鳥さん」

 

「ああ、おはよう。 この子が例の拾いもんかい?」

 

「はい。 コハクって言います。 後、これお土産です」

 

そう言いながら差し出したのはここに来る途中で買った業務用の焼酎を差し出す。 それを見た途端羽鳥さんがご機嫌になってコップの用意をする。 羽鳥さんは大の酒好きで俺も酒を飲まないとまた機嫌が悪くなる。 差し出されたコップ一杯の酒を礼を言ってから一息で飲み干す。 嬉しそうにおかわりを注ごうとする羽鳥さんを手で制して本題に入る。

 

「羽鳥さん。 それでコハクの服についてですけど……」

 

「まぁ待て。 流石に今日電話もらってすぐに服の用意なんて出来ない。 サイズも分からんかったしな。 だがアテはある。 行こうか」

 

羽鳥さんがシャワーを浴びて着替えるのを待っている。 その間に羽鳥さんの部屋をザッと眺める。 やましい目的では無い。 あまりにも汚すぎるのだ。 仕事は完璧にこなすのに私生活となると酒に溺れツマミしか食べないダメ人間となる羽鳥さんのお世話を昔の恩も兼ねてしているのだ。

先ずはコハクの座るスペースを作ってやり、片付けをする。 焼酎のペットボトル、ツマミのカスや脂がついている皿なんかをそれぞれ分別して掃除を進める。 次に服だ。 脱ぎ散らかした服や下着を抱えて洗濯機へ投げ込もうと脱衣所への扉を開けると丁度羽鳥さんが出てきたところで出くわしてしまった。 しかし、正直お互い慣れたもので、特に赤面することもなく片付けを続行する。 羽鳥さんもお礼代わりに俺にハグを一回してタオルで体をふき始める。

 

「いい加減部屋片づけましょうよ。 特殊清掃とかは出来るのに……」

 

「だって仕事じゃないし。 あと君は用事がないと来てくれないじゃないか。 こうやって掃除という用事を作って入れば君が来てくれるじゃないか」

 

思わぜぶりな事を言ってくるが、この人の挨拶みたいなものだからスルーして片付けを続行する。 と思ったらコハクが近づいて来た。

 

「コハク? どうかした?」

 

「…………」

 

すると、コハクが無言で俺の足にしがみ付いて来た。

 

「コハク……」

 

「…………私も」

 

「え?」

 

俺が困惑していると、着替え終わった下着姿の羽鳥さんが出て来た。 それを見てコハクのしがみ付く力が強くなる。 痛くはないけど……なんなんだろう。

 

「コハクちゃん。 心配しなくても彼は君の物だよ」

 

「羽鳥さん? どういう……」

 

「君はちょっと黙ってなさい」

 

「はい」

 

有無を言わせない口調に思わず固まる。 昔から羽鳥さんには逆らえない。

 

「私の……?」

 

「うん。 そうだよ。 彼はコハクちゃんの物なんだよ。 でもたまには私にも貸してほしいな?」

 

羽鳥さんがウインクしながらそう言って話を〆た。

 

「羽鳥さん。 もういいですか? あと服着てください」

 

「おや、君はそんなに初心だったかい?」

 

「コハクの教育に悪いんですよ。 服適当で良いですか?」

 

そう言いながら未使用(であると思う)Tシャツとジーンズを取り出すも、手で制される。

 

「せっかくの君とのデートなんだ。 私もオシャレしたい」

 

そう言いながら俺でも触ったことがないクローゼットのタンスに向かいだす。

待たされる事小一時間。

 

「さて、待たせたね。 行こうか」

 

準備を終え、三人で駅前のショッピングモールへ向かう。 俺とコハクだけなら事案の可能性もあったが、羽鳥さんがいてくれているおかげで声をかけられる事もなく子供用服屋にたどり着いた。

早速店員が目ざとくやってくるが羽鳥さんが手で制したらすぐにいなくなった。

 

「さて、おひい様のドレスを選ぼうか。 君は変なセンスしてるから私が普段着を選ぼう。 その間に君は下着を選んできたまえ。」

 

羽鳥さんのジョークを聞き流しながらコハクを服屋で好きに選ぶ様に促す。 今までの経験からコハクは自発的に自分の希望を通すのはしたがらないんだろう。 無理やりでも選ばせないと服を買わないだろう。

 

俺に背中を押されたコハクは俺を一瞥した後、おずおずと言った様子で物色する。 その様子を俺と羽鳥さんで見守る。 コハクはしばらくは目をキラキラと輝かせ服を物色していたが、俺たちが付いて来ていないのを把握すると不安げな表情をして俺たちの元に帰ってくる。

 

「おやおや、おひい様は君を所望しているな。 行ってやれ」

 

と、羽鳥さんが言うも、コハクは俺ら二人の袖を取る。

 

 

 

「……………………」

 

俺と羽鳥さんはお互いの顔を見合わせて、二人でコハクの両腕を取って服屋に向かっていった。

 

 

 

いささか買いすぎたとは思うが、今は三人でショッピングモール内の喫茶店で昼食を取っていた。 俺と羽鳥さんはサンドイッチとコーヒーのセット。 コハクはパンケーキアイストッピングを煌めいた目で突いている。

 

コハクを尻目に俺たちはアイコンタクトのみで会話する。

 

(貴方、理解っているわね。 この子をこれ以上面倒見ようと思いと厄介よ?)

 

(理解ってますよ。 でも、このまま放っておけないでしょう?)

 

(この子と自分の人生。 どっちが大切なの?)

 

そう言われて思わず黙り込む。 このままコハクを一生匿う事は出来ない。 しかもコハクの見た目はまだ小学生。 そう遠くない未来に俺たちは分かれるだろう。それが分からない俺でもない。

 

でも、それでも……。

 

(俺はあの子を見捨てられません。 最後がどうなるかは分からないけど、今は俺はコハクと一緒にいたい)

 

(それは逃げよ)

 

羽鳥さんの言葉にグッと言葉が詰まる。 コハクは俺たちに気付かずパンケーキを食べている。

 

(それは……)

 

(あんたの回答は現状への逃避よ。 答えを先延ばしにしているだけの逃避よ。 今、答えなさい。 この子をどうするか)

 

……………………俺は……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。