異世界召喚ディアボラ風〜魔女の半熟卵を添えて〜   作:黒山羊

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お久しぶりです。


ゴブリンお食い初め編
1. 大悪魔一名様ご来店


 

 その『召喚式』が俺の前に現れたのは、おそらく全くの偶然で。それに俺が応じてしまったのは、永遠の日常*1に飽いていたが故の必然だった。

 

「さぁ、いでよ使い魔! 『使い魔召喚(サモン・ファミリア)』!」

 

 そんな声と共に、召喚された久々の『地上』。ボロっちい小屋の床に鶏の血で書かれた召喚円は一切の矛盾なく機能しており*2、俺は眼前の少女に確かな契約のつながりを感じた。

 

 だが。それと同時に感じるのは、絶大な違和感だ。大気に満ちる濃密な魔力*3。大地の下を巡る龍脈は億年の時を生きる俺でも初めて見るほどに力強く、そして何より、『神』の気配が感じられない。

 

 正確に言えば、『光あれ』とか言いがちな(勝ち組野郎)の気配がない。いまだに地上で絶大な信仰を集めている『神』が地上に居ない訳がないのだから、これは明らかな異常だ。

 

 これらの状況証拠から察するに、どうやらここは俺が知っている『地上世界』とは別の『地上世界』なのだろう。*4

 

 まぁ、そうは言っても実のところ俺にとって並行世界だからどうこうということはない。信仰を失い魔界に棲まう『悪魔』と成って久しい俺からすれば、この地上世界が『異世界』だろうと「今回はたまたま出張先がいつもと違う」程度の話でしかないのだ。

 

 だが、滅多に訪れられない出張先に来たならば、ご当地グルメに興味が湧いてしまうのは『暴食』の一派に名を連ねる俺にとって当然のこと。*5

 

 ————さてはて、まずは何を喰おうか? 

 

 などと、食欲に塗れた思考を巡らして、しばらく。黙考する俺の態度をどう捉えたのかは知らないが、召喚者の少女は召喚円の内側で佇む俺の前で得意げに胸を張り、自身の存在を主張する。

 

「やっぱり私って才能あるかも! さぁ、私の従順な使い魔よ、私に名を示しなさい!」

 

 ————従順な使い魔、ときたか。

 

 そう考えて改めて足元の魔法陣に着目すれば、なるほど召喚術式と合わせて小悪魔程度なら縛りつけられそうな従属の術式は組み込まれている。

 

 が、生憎と俺には効果が薄い。砂糖菓子の檻の方が『勿体無い』と思う分まだ有効だろう。

 

 俺は大魔王ベルゼビュート陛下の元で宮廷料理長を務める、魔王に限りなく近い大悪魔。当然ながら、この召喚陣に施された程度の魔術は寝ていても弾けてしまう。大悪魔にカテゴライズされる存在を縛り付けるには彼女の組んだ術式はお粗末過ぎるのだ。

 

 しかし、俺がそんな事実を指摘する事はなく、慇懃に最敬礼の姿勢を取って、名乗るべき名を思案する。

 

 何せ、今この少女をブチ殺した所で俺に一切の得はない。この世界に俺を留める楔となっているのは紛れもなく眼前の少女。ちょっと不敬、ぐらいの理由で殺すのは惜しすぎる。俺はこの世界の美食を味わう迄は魔界に帰る気はさらさら無い。*6

 

 であれば、契約をとっとと結ぶ為にも名を名乗るべきなのだが————いかんせん俺も大悪魔。名乗るべき名はそれなりに多い。

 

 有名なのは『ニスロク*7』、『モレク』或いは『モロク*8』。マイナーどころで『ケモシュ*9』、『メセラク*10』、『アラセク*11』だろうか。サボり魔のベルフェゴールの代打として出向する事もあるから人間共に同一視されたりもするが、アレとは別人である。

 

 まぁ、変に凝って意味があるのはドレッサージュ*12ぐらいのもの。ここは素直に通りと響きの良い名を名乗るべきだろう。

 

「偉大な魔女よ、俺の名はニスロク。しがない中級悪魔にございます」

「偉大な魔女……! ふふふ、わかってるじゃない! 悪魔ニスロク、今日から私、アンジェラが貴方の主人よ! 誠心誠意仕えなさい!」

「御意のままに」

 

 とりあえず、この可愛らしい召喚主には軽く騙されてもらうとしよう。なんかチョロそうだし。

 

 というか実際チョロい。服装は黒染めの木綿のローブ、手には杖、と基本的な魔女の装備はしている様だが、呪い避けの干し首*13などの護符(タリスマン)の類は見受けられず、彼女が『初心者』である事を明確にしていた。

 

 そもそも、しっかりした魔女なら悪魔召喚の際には召喚用の魔法陣のほかに自分が入る防御用の魔法陣を敷くものだ。

 

 護符や防御陣もなしに悪魔を呼ぶなど、生娘が全裸で山賊のアジトに乗り込むよりも危険である。*14

 

 これらの点を見る限り……半端に魔術を齧った素人、というところなのかもしれない。ただし、才能自体は中々のものなのだろう。

 

 ある程度才能がある故に、余裕と理性を持ち合わせた上位悪魔*15が喚ばれたから生きているが、逆に『普通の悪魔』を召喚していたらアンジェラ嬢は即死間違いなしだったな。*16

 

 まぁ、こんな初歩の初歩でしかない召喚円で大悪魔の俺を喚べているのだから、悪運はブチ抜けて強そうではあるが。

 

 そんな無防備で無謀なこのアンジェラ嬢だが、先ほども言った通り、俺にとってはこの世界に俺という存在を繋ぎ止める『楔』だ。そう易々と死なれるわけにはいかない以上、彼女には否が応でも大魔女になってもらう。

 

 ま、俺にかかれば朝飯前どころか朝飯の支度前。異世界の美味を喰うためなら人間のガキ1人を教育するコストを惜しむ理由はない。

 

 が、その前にまずは契約だ。この少女は、何を思って『悪魔を従えよう』などと思ったのかを訊かねばなるまい。

 

「アンジェラ嬢、俺を喚び出した目的は何なのでしょうか?」

「魔物の討伐よ! 私1人でも余裕だけど、使い魔がいればもっと楽に出来るでしょ?」

 

 そう言って、アンジェラ嬢は何やら羊皮紙を突きつけてくる。

 

 ————ゴブリン討伐依頼? 

 

 ゴブリン。ゴブリンと来たか。流石は魔力に満ちた世界だけはある。仮にも妖精の類であるゴブリンが討伐するほどうじゃうじゃいるとは驚きだ。

 

 流石に神代の『地上』でも其処までの事態は見たことがないぞ? これは早速、異界の食材を試してみる良い機会なのではなかろうか? 

 

 だが、契約が『討伐の為』というのは頂けない。契約を盾に用が済んだら帰れ、と言われてしまえば俺たち悪魔はお終いだ。だからここは一つ、アンジェラ嬢の言葉を『勘違い』させて貰うとしよう。

 

「なるほど。討伐の為の護衛ですか。では俺はアンジェラ嬢に仕えるものとして()()()()()()()()*17御身をお護りすれば良いわけですね?」

「そうよ*18、場所はここからすぐ近くの森の中、早速今から行きましょう!」

「……御意のままに」

 

 いや、御意のままにじゃないが。

 

 魔術的に全裸なアンジェラ嬢が妖精の群れに突っ込んで無事とは思えんぞ? 

 

 ……まぁ、付きっきりで見守っていれば今回はどうにかなるだろうが、今後もそうとは限らない。さしあたってまずは、このピンチを逆手に取って護符の調達から始めるとしよう。

 

 小さく未熟なアンジェラ嬢が死なない様に。そして俺が腹一杯に異界の美味を食える様に。まずはひと頑張りしなくては。

 

 

*1
飯作って喰わせて喰って、飯作って喰わせて喰って……好きな仕事でもウン万年もやればルーティン化してしまうものだ。

*2
悪魔は『仕切られた空間』の向こうには招かれなければ入れない、という性質を利用しているだけなので極論綺麗な円さえかければ機能するものではあるが。

*3
魔界並みかそれ以上の濃度とは正直恐れ入る。神秘が零落していない未開の隠れ里でもこうはならない。

*4
『神』ほどではないがそこそこ強大な神格の気配は大量に犇めいているし、多神教系の並行世界か? 

*5
これだけ魔力が芳醇ならば、生態系も当然神秘に満ちたものだろうことは容易に想像できる。つまり其処にあるのはまだ見ぬ食材、まだ見ぬ美食。これでテンションが上がらなければソイツは暴食の悪魔失格だ。

*6
というか、俺が偉大である事を知っての狼藉なら不敬だが、この少女はそれを知らぬ以上不敬ですらない。

*7
魔界の宮廷料理人にしてアッシリアの魔神。或いは権天使の長であり禁断の樹の守り手。

*8
燃え盛る祭壇を用いた生贄の儀式でアモン人に崇められた邪神。「涙の国の君主」、「母親の涙と子供達の血に塗れた魔王」とも。

*9
モアブ人やアモン人の神。軍神や武神の側面が強い。

*10
この名で呼ばれた記憶がパッと思い出せないが確か何処かで……

*11
この名前もどこで使ったっけな……? 

*12
お高い洋食とかで皿をソースでデコる奴だ。

*13
やばい呪いを代わりに喰らって爆散してくれる便利なアイテム。有体に言えばマリオの残機みたいなもん。

*14
悪魔は召喚円の外には出られないが、別に視線や身振り手振りだけでも十分色々悪さはできる。催眠とか魅了とかだ。色欲派閥の奴なんかだと召喚直後にストリップおっ始める奴もザラだしな。

*15
もちろん魔界のスーパーエリートである666つ星シェフこと俺の事である。

*16
中級ならまだしも下級以下の悪魔は魔界で食いっぱぐれている関係で大概腹を空かせているので、魂を喰らう欲求に負けがち。

*17
因みに俺はぴちぴちの140億736万21歳。まだまだ死ぬ予定はない

*18
承諾を得たのでこれで永遠に居座る口実が出来た。やったぜ。

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