10. 軽食『魔猪のシビレのカツサンド〜シビれて死んだゴブリンを添えて〜』
さて。2人きりの秘密の魔猪肉BBQから早数日。魔猪狩りの名声ですっかり『町外れの魔女』として知られる様になったアンジェラ嬢だが、日常生活が何か変わると言うことはなく、相変わらずゴブリン狩りの日々である。
前にも言った通り俺の知る人間世界では魔力の枯渇で妖精種は尽く絶滅したが、こちらの世界ではゴキブリよりも多いのではないかと思うほど、ゴブリンの物量は圧倒的。狩っても狩っても沸いてくるその繁殖力にはいっそ恐ろしさすら感じるが、そもそも彼等は『山向こう』的な生態系だとネズミと大差ない存在らしい。
故に多胎かつ早熟。凡ゆる胎生動物のメスを子袋にして、その上その母体はウサギの如く妊娠中に更に妊娠可能になるというのだから、本気で繁殖に特化している。と言うか、妖精らしいマジカル要素が『多種族のメスを孕ませる』だけ*1と言うのは妖精としてどうなのだろうか?
だが、ゴブリンの持つその繁殖力と猿以上の身体能力が組み合わされば、人間にとっては十分以上に脅威な訳で。
この開拓村村アルクが位置する辺境の大地において、人類はゴブリンやネズミと一纏めに括られる、最底辺の生物なのだ。
そんな最底辺同士の生存競争として、人類代表の『魔物狩り』とゴブリンは日夜殺し合っているのである。そう、『殺し合い』だ。本来は、ゴブリン狩りとは危険を伴うものである*2。
だが現在、アンジェラ嬢は日課の如く毎日ゴブリンを殺し、無傷で生還している。通常であれば多かれ少なかれ怪我をしているものなのだが、全くの無傷で、だ。その点が先日役所に魔猪狩りを依頼された背景にあるらしい*3。
さて。そんなアンジェラ嬢無双だが、あの魔猪狩り以来、一皮向けたアンジェラ嬢は、もはやゴブリンにとっての厄災と化していた。
毎日の狩りでメキメキと雷の矢の精度は向上し、今やアンジェラ嬢に出会ったが最後、ゴブリンは脳を稲妻に焼かれて即死する哀れな生き物に過ぎないのだ。
たまにスリングや弓矢による遠距離先制攻撃で対抗しようとする賢い個体が居るものの、アンジェラ嬢は魔猪狩りの一件で俺の『頑強さ』への信頼度を増したのか、なんと弓で射られていても防御より攻撃を優先するのである。
まぁ確かに、矢や石ころ程度で俺の防御を突破するのは無理だろうが、随分と信頼されたものだ。
アンジェラ嬢に迫る矢を敢えてギリギリで掴んで「油断は禁物」と諭してみた事もあったが、「私のニスロクなら絶対掴めるって知ってるから」と真顔で言われてはどうしようもない。
アンジェラ嬢、どうも変則的な『傲慢』の大罪の才能があるのかもしれないな。
だがまぁ、そこは根が素直で良い子なアンジェラ嬢。今日はちゃんと遠距離攻撃に対応している。
ただその方法が拡散させた雷の矢を放って飛来物もろともゴブリンをブッ殺す、というゴリゴリの火力制圧*4なのだが、確かに小石や矢は雷に屈して爆散しているので良しとしよう。
というかサラッと魔術を改良しているあたり、アンジェラ嬢は属性魔術に関しては本気で才能があるな。
小悪魔を召喚しようとして俺を喚んだりした点から見ても、やはり才能というか、『魔』に縁が深い因果の持ち主なのかもしれない。いわゆる真性の『魔女』なのだろう。魔術以外はどうもへっぽこだが、天才というものは大体得意分野以外はダメなものだ。
「ニスロク、今ので何匹目だっけ」
「18匹ですね」
「うーん、そろそろお昼ご飯にしようかなあ」
「確かに良い頃合いではないかと存じます。今日のお弁当は魔猪のシビレのカツサンドですよ」
「シビレ? カツ?」
「胸腺や膵臓の事ですが、今回は胸腺ですね。白子の様にまろやかで美味しい部位です。今回はカツレツと言う揚げ物にして『タネツケバナ』*5と一緒に白パンに挟んでみました」
「……これ、雑草じゃない?」
「まぁ雑草といえば雑草かもしれませんね。道端から森の中まで水気があればどこにでも生える野草ですし。ですが、ちゃんと食用です」
「そうなんだ。むぐ……ん、本当だ。ピリ辛だね。揚げ物にぴったり」
「ふふふ、お気に召したようで何よりです」
なんて会話を交わしつつ、アンジェラ嬢はその辺の石に腰掛けてカツサンドをご機嫌に頬張り、ご満悦である。
今回使った『タネツケバナ』だが、マジでその辺に生えているので今まで優先的にはとっていなかった山野草だ。だが開拓村アルクでは食えると知られていないようなので、アンジェラ嬢を通じて可食である事を役所に伝えてもらうべく今回のカツサンドに使用してみたというわけだ。
食える草の情報というのは存外馬鹿にならず、飢饉対策にもつながるのでそこそこ有益な筈。アンジェラ嬢の名声を高めるのに少しは役に立ってくれるだろう。
「よし、ご馳走様でした。……いくわよニスロク」
「はい。アンジェラ嬢、今日はあと何匹狩られますか?」
「うーん、ちょっと頑張って22匹ぐらい狩って、キリ良く40匹で終わろうかなぁ」
「承知しました。……それにしても、ゴブリン肉も随分ストックが溜まって来ましたね」
「そうなの?」
「はい。近々お休みを取って、ゴブリン肉パーティをしても良いぐらいには」
「じゃあ、明日は休む?」
「宜しいので?」
「うん。気になるし、ゴブリン肉パーティ」
なるほど。であれば、真面目にレシピを考えなくては。これは、今夜は忙しくなりそうである。
「ふふふ、ニスロク楽しそうだね」
「おや、顔に出ていましたか?」
「料理の事考えてる時はいつもニヤニヤしてるよニスロク」
「これはお恥ずかしい。性分でしてお赦しを」
「気にしてないよ。私もニスロクの料理を待ってる時ニヤニヤしちゃうし」
「それは嬉しいお言葉ですね。明日のゴブリン肉パーティもそうですが、夕食も腕によりを掛けますのでご期待ください」
「今日の晩御飯は何の予定?」
「魔猪バラ肉の野菜炒め*6とコメ化燕麦*7の予定ですが、デザートも何か考えておきますね*8」
「やったー! よっし、私もゴブリン退治頑張るね! ————そこだッ! *9」
「おぉ、お見事。随分索敵の腕を上げられましたねアンジェラ嬢」
「まぁね〜。なんかここ最近、耳が良い*10し鼻が効く*11んだよね。効きすぎてしんどいとかはないんだけど、なんか匂いと音で何となく何が居るかわかるっていうか、不思議な感じ?」
「なるほど、流石はアンジェラ嬢、日々の研鑽*12の賜物でしょうね」
「そうかな? そうかも! *13」
なんてのんびりした会話を交わしつつも、感電して痙攣するゴブリンを解体して枝肉に加工し、魔石を回収した俺達は、次なる獲物を求めて藪を漕ぐ。
ゴブリン共もちょっとは学習すれば良いものを、アンジェラ嬢が放つメスガキボイスで繁殖欲がそそられるのか、チンコをおっ勃ててホイホイやってくるので、あいも変わらず入れ食い状態。
この分なら目標の40匹も、夕方までには狩り切れるだろうと当たりをつけた俺は、隙を見て夕飯の仕込みをしつつもアンジェラ嬢に付き従い、山菜狩りなども交えつつ森の中を探索する。
そして、今日もアルク村近くの森には、日常の音となった雷鳴が響き渡るのだった。