さて。本日はお休みの日である。というのも、昨日アンジェラ嬢と話した通り、熟成済みのゴブリン肉のストックが随分と溜まってきた為だ。
例によって役所受付のソフィア嬢への根回し*1は、昨日取った桑の実*2を差し入れるという悪魔的ワイロにより解決*3。
というわけで今日は気が済むまで料理し放題。実にいい日である。
結果として料理を張り切り過ぎてゴブリン肉だらけのコース料理を作ってしまったが、アンジェラ嬢なら美味しく完食してくれる事だろう。
「さてアンジェラ嬢。本日のメニューはゴブリン食べ尽くしフルコースとなっております」
「わぁい! 楽しみ! なんか席も本格的だし!」
「今日はマホガニー製のダイニングセットをご用意致しました。庭先に天幕*4を張っての細やかな席ですが、気分だけでも本格派にしようかと思いまして」
「なるほど〜」
「ではアンジェラ嬢、早速ですがこちらをどうぞ」
「お酒?」
「食前酒の『キール・デモニャック*5』です。発泡性のシードル*6にマルベリーの果実酒*7を少々加えたものですね。食前酒にどうぞ。少量の酒精は食欲を増進させてくれますから」
「へー……うわっ、甘くてパチパチして不思議な味だけど美味しい!」
「気に入っていただけたようで何よりです」
女の子と酒豪を兼任しているアンジェラ嬢に出す食前酒の選定はかなり悩んだ*8。
さて、そんな
下処理をして一晩調味液*9に漬け込んだゴブリンのモモ肉を丁寧にロースト*10した、『ゴブリンのローストビーフ風』を薄切りにして、シェーブル・フレ*11と盛り合わせ、マルベリーソース*12を掛けた一品だ。
「美味しそう! いっただきまーす♡ あむ……ん〜♡ おいひぃ♡ チーズの酸味と味のしっかりしたお肉の味が口の中で蕩けて幸せ……♡ ソースも酸っぱさとしょっぱさの中に甘みと旨みが混ざってて美味しいね!」
「流石はアンジェラ嬢、美食の何たるかをわかっておいでの様で。良い舌をお持ちですね*13」
「そうかな? うーん、まぁ、そうかも?」
なんて、間抜けで雑な返答を返すアンジェラ嬢。
そんな彼女が程よく前菜を食べ切りつつあるところで、俺はスープをサーブしてやる。アンジェラ嬢が高尚なお貴族様として振る舞っているなら、ここらで料理の蘊蓄を披露するのも良いかもしれないが、彼女は食事については『旨いかどうか』を重視している庶民派だ。
半端なワイン通や美食家はえてして『情報を食っている』様な状態*14になりがちなのだが、彼女相手にそういう要素は不要だろう。無論、『味も情報も全部食う』本物の美食家になってくれるのは歓迎だが、まだ早い。
「あ、このスープも美味しい!」
「骨と筋と香味野菜を煮込んで*15作ったコンソメスープです」
「へぇ〜、透明で具もないスープなのに味がちゃんとあって不思議な感じだね?」
なるほど、こちらの世界ではコンソメスープはそう映るのか。確かに市場の屋台で売っていた汁物などは大体『ごった煮』*16系だったので、吸物やコンソメスープの様な出汁の旨味だけを勝負するような料理は市民の口には入らないのかもしれないな。
まぁ、アク取りの為だけに卵白を使ったり、せっかく煮込んだ食材は全部捨てたりと何かと贅沢な品物なので仕方ない。というかこの世界の危険度的に、貴族ですらここまで手の込んだものは喰っていない可能性すらある。
なんて考察を交えつつ、俺はアンジェラ嬢がスープを飲んでいる間に空になった前菜の皿と、『
もちろん、『魚料理』とは言ったがその正体はゴブリン肉。ゴブリンが魚なわけないだろう、という声が聞こえてきそうだし、事実そんなわけはないのだが、その正体は『肉の刺身』だ。本来の意味での
作り方としては、ゴブリンの肉から脂身を丁寧に削ぎ落とし、ブルーステーキ*17にした上で、焼いた部分をトリミングしたものだ。
寄生虫や病原菌が心配になるかもしれないがそこはご安心。下等生物*18風情が俺の『死の呪い』から逃れることは不可能だ。もちろん、既に毒素が産出されていた場合や異常性蛋白質*19も考慮して魔術的な解毒もしてある。
その上で刺身に採用したのは、僧帽筋の部分。いわゆる肩ロースに近い部位だ。直立二足歩行なゴブリンにとっては、武器や荷物を持つための筋肉。しっかりとした赤身の肉で、焼けばかなり固くなるだろう。そこで、生食というわけだ。
筋肉の赤みはミオグロビンと呼ばれる鉄分によるもので、マグロやカツオの赤身も同様にミオグロビンが豊富に含まれる。結果として生の両者は特徴的な『鉄の風味』を持ち、刺身にした場合に味の印象が近い。
今回は刻みギョウジャニンニクによってこの鉄の風味を和らげる『鰹のタタキ』同様の味付けを選択しているが、アンジェラ嬢が慣れてくればマグロの様な醤油漬けなども作ってみたいものだ。
と、ここまでこの『ゴブリンの刺身』について長々と講釈を垂れたが、アンジェラ嬢がそんな事情など知る由もなく。
「生の肉……!?」
なんて、予想通りのドン引き顔を披露してくれている。だが、俺の感触では、アンジェラ嬢から俺に対する信頼は、こと料理においてはかなり高い。しっかりと説得することで押し切れるだろうと踏んだのだ。
「病気の原因は予め取り除いてありますから、騙されたと思ってお食べ下さい。俺は料理に関しては妥協しません。味は保証しますよ」
「う、うーん。……大丈夫なのかな……えっと、いただきます」
流石にちょっと警戒されたか。だがまぁそもそもゴブリン喰ってる時点でこの世界的には異常なのだし、今更気にすることでもないと思うのだが。
恐る恐る、ギョウジャニンニクだれを付けた生肉を口に運び、咀嚼するアンジェラ嬢。その顔は険しいものから次第に綻び、咀嚼のリズムも軽快になっていく。
「……美味しい。お肉の甘みと、このタレのピリッとした辛味が絡んで、うん、生でもアリかも……」
「ふふふ、でしょう? 酢と肉醤から作った『酢醤油』とギョウジャニンニクを組み合わせたタレを使っています。……ただ、アンジェラ嬢。生肉の調理は高難易度です。食べさせておいてなんですが、俺の料理以外では絶対に食べない様に。お腹を壊しますよ*20」
「大丈夫、それは分かってるよ。今もニスロクが食べて良いって言わなきゃ絶対に食べなかったもん」
良い子だなぁ、アンジェラ嬢。都合も性格も。
悪魔的には口車に乗せ易くて助かるが、使い魔としては悪い大人に引っかからない様に心配しておかねば。多分詐欺に引っかかるタイプである。
呪術的にも、心理障壁が少ないので掛かりが良いし、ゴブリンの干し首で身代わりの護符を早めに作ったのは正解だったな。
さて、そんな呪術に掛かりやすいアンジェラ嬢が現在喰っているのは『筋肉』なので、俺が施した儀式によって彼女の『筋力』が呪術的に増強されている。これは魔猪を食べた時と同様に魔術な身体の強化なので、ムキムキマッチョになるわけではない*21。
この効果により、華奢で可愛らしい少女のまま、ゴブリン1匹分の膂力が加算されるわけだ。これは意外にバカにならない数値である*22。
どんどんこの調子で色々な肉を食わせていけば、アンジェラ嬢を剛力無双にできるだろう*23。魔女とは本来そういうものだ。いわゆる『
俺も悪魔だし、アンジェラ嬢には是非積極的にそちら路線に舵を切って貰いたい。アンジェラ嬢怪物化計画は本人無許可だが、そんな事は俺の都合の前には些細なことだ。
俺は誠心誠意悪魔らしく、彼女に仕えているだけなのだから。