異世界召喚ディアボラ風〜魔女の半熟卵を添えて〜   作:黒山羊

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12. 正餐『ゴブリンのフルコース』②

 

 

 さて、魚料理の後は、一旦口直しのソルベを挟む。以前のシャーベットとは異なり、口直し用に甘さを控えては居るが『生命の実』の果汁はしっかりと入っているので安心して欲しい。

 

 覚悟もなく無限の生命に囚われるアンジェラ嬢は不幸かもしれないが、本人がそれに気づくのは数十年後だ。それにもう何度も食わせているので手遅れだし、美味しいので何も問題はない。ちょっと死ねなくなるだけだ。

 

 で、このソルベだが、特徴としては果実酢とシードルで果実ジュースを割ったモノを凍らせて、飾りとして桑の実の粒を散りばめたものになっている。

 

 酸味とアルコールで口の中に残った今までの料理の後味を一気に吹き飛ばすのが目的の、デザート用とは少し異なる構成なのだ。

 

「甘酸っぱくて冷たくて美味しい! 食後以外にデザートがあるなんて『フルコース』って不思議!」

「そうですね。お口直しという発想は美食文化がないと生まれにくいので、氷菓子を食中に食べるというのは食文化的にみても珍しいかもしれません。というか氷を用意できる時点で貴族か魔女でしょうし。ちなみにこのタイミングで提供させて頂いたのはこの後の肉料理(ヴィアンド)を引き立てる為ですね」

「そう言われてみるとお口がさっぱりした感じかも」

 

 つまり、準備完了というわけだな。そうとくればいよいよメインをお出ししよう。

 

 肉料理。古式ゆかしいフレンチなら『玄関』を意味する『アントレ』から始まり、ローストである『ロティ』に続く二段構えで提供される、正餐(フルコース)の主役だ。

 

 もちろん、今回は肉だらけのフルコースなので、古式に則り2種のメニューを用意している。

 

 そして、俺が今回『アントレ』として用意したのは肉料理の王道。

 

「では、アンジェラ嬢、こちら本日のメイン1品目、『ゴブリンステーキ3種食べ比べ』になります」

 

 そう、ステーキだ。しかも3種。

 

 まずはモモやスネなどの足回りや腕まわりの強靭な筋肉を丁寧に刻んだ『ステーク・アッシェ』。

 

 ステーク・アッシェは見た目はハンバーグに似たミンチ肉のステーキになるのだが、肉100%で繋ぎなどを一切使わない為厳密にはハンバーグとは異なる料理。庶民的にいえば、ハンバーガーの『パティ』と同じものだ。一応刻み肉なのでウェルダンに焼き上げてはいるが、新鮮な肉を刻んでいるので好みによってはレアでも食べられる一品である。

 

 そしてパティに似ているということは、チーズと合わせると美味いということでもある訳で。なので自作のチーズソース*1を用意してある。

 

 続いて、僧帽筋。人間やゴブリンなどの二足歩行で腕を使う猿型動物の筋肉としてはかなり大きい部分であり、牛で言えばザブトンやチャックフラップなんて呼ばれる部位だが、それらとの最大の違いは脂の有無だ。四足歩行動物ではあまり動かない為サシが入っていることも多い部位だが、二足歩行動物にとっては首肩腕の運動の根幹をなす筋肉なので大変発達しており、モロに赤身肉なのである。

 

 同様に、3つ目の部位として採用した大臀筋も二足歩行に重要なケツの肉なので、皮下脂肪を剥いでしまえばデカく丸い赤身肉だ。肉にサシを入れるにはビタミンAの制限や高糖質な餌の給餌、運動制限などが重要になってくるので、ジビエで霜降り肉を食うのはかなり難しいのである。

 

 そこで、この2部位については調理前の下準備で差をつけてある。

 

 まず両者共に、筋膜や筋を丁寧に除去した上で、どうしても残る筋には隠し包丁と飾り切りを入れて対処。

 

 その上でまずは僧帽筋をアロゼ*2しつつフライパンでレアに焼き上げ、フレンチ風に。

 

 一方で大臀筋の方は、全体にバターを塗りつけた後『熾火(おきび)*3』を使い、じっくりと直火焼きにした。こちらの焼き加減はミディアムとなっている。

 

 以上、3種のステーキ肉が今皿に盛られてアンジェラ嬢の前にあるわけだ。

 

「うっわぁ! 良い薫り! どれも美味しそう……うーん、このテカテカキラキラした奴からにする!」

「僧帽筋のステーキですね。焼き上げる最中に肉汁と溶かしバターのソースを何度も回しかけてありますのでそのままお食べください」

「いただきまーす! ……ふわぁ」

 

 おっと、アンジェラ嬢がお嫁に行けなくなる顔をしている。口内で蕩ける肉汁とバターの旨味に脳がやられてしまった様だ。

 

 ゴブリンの肉感を残しつつも丁寧に筋きりや叩きを行いアロゼで仕上げた僧帽筋のステーキは柔らかく、本気で『口の中で溶けた』と錯覚しかねない仕上がりになっている。柔らかな赤身肉という矛盾を実現する温度調整は至難の業だが、まぁそこは俺の腕でどうにかすればいい話。

 

 さて、そんな柔らかレアステーキのトロける旨味でメスの顔をしているアンジェラ嬢だが、それも仕方が無い。

 

 生物というのは、『美味い』ものを食った時には脳内でドーパミンがキマる様にできている。ネズミでさえそう*4なのだから、脳や味覚が発達している人類のそれは『絶頂(エクスタシー)』とすら言えるだろう。で、この場合の『美味い』というのは、油脂と糖とアミノ酸*5を摂取する感覚のことだ。これはある種本能的な旨さであり、脳みそは常にカロリーに飢えているのである。であれば、赤身肉には十分なアミノ酸が含まれているのだから、あとは脂を足してやれば脳内麻薬ガンギマリ待ったなしなのである。

 

 そんな僧帽筋が天使の如き旨さなら、アンジェラ嬢が次に手をつけたステーク・アッシェは悪魔的な旨さだ。

 

 ガツンと効いた胡椒、チーズソースの暴力的で濃厚な旨味、そして内部から噴き出す熱い肉汁。

 

 内側までスパイシーなのは、練り込むという工程があるミンチ肉ならではの味わいだろう。

 

 繊細な肉の旨みから一転してスパイシーな旨味を叩き込まれるというのは、その方向性の違いから『新しい刺激』となって、より強烈にドーパミンを放出させる。脳みそは単調な刺激には次第に順化して『飽きる』のだが、そんなことは織り込み済みというわけだ。

 

 そんなお肉のダブルラリアットをぶちかまされて脳震盪レベルの衝撃を喰らい、口の端から脂っぽい涎を垂らして恍惚の表情を浮かべるアンジェラ嬢。

 

 ハムスターの様にステーク・アッシェを頬張ってもっちゃもっちゃと喰っている姿は、フルコースが出るようなお上品な店でやったら蹴り出される程にお行儀が悪い。だが、俺は咎めはしない。いやむしろ、称賛すらしよう。

 

 先程の僧帽筋のレアステーキの様に繊細な旨味をお上品に味わうのも肉の嗜み方ではあるが、口内を肉で埋め尽くす喜びもまた格別。両者は肉への向き合いかたの違いであり、どちらも素晴らしいものだ。

 

 では最後の大臀筋ステーキは? 

 

 舌先で柔らかさを味わった僧帽筋、スパイスの刺激を脳で味わうステーク・アッシェ、その間を補完するそれは、『歯で味わう』肉だ。

 

 敢えて直火焼きで脂を落とし、ミディアムまでしっかりと焼き上げた分厚い塊肉。だが、トリミングによってしっかりと『磨かれた』その肉は、決して硬いわけではなく、『身の詰まった柔らかさ』とでもいうべき具合に仕上がっている。

 

 前歯で噛み切れば肉の繊維が柔らかく切断され、奥歯でそれをほぐしてすりつぶす。その工程の全てにおいて肉からは旨味が溢れ出し、口内で抽出された天然のブイヨンは肉と共に気がつけば喉奥に吸い込まれる。

 

 同じ『口内で消える柔らかい肉』でも、『油と肉汁によって蕩ける』肉と『夢中で咀嚼していたら無くなってしまった』肉では方向性が異なるのだ。

 

 そして、この大臀筋にこそ、ある意味ゴブリン肉の本質がある。肉体を構成するタンパク質は生物によって異なり、そこに細胞から溢れる核酸や体液に含まれるミネラル分などが総合的に作用してその種固有の肉の味が現れる。その味わいを最も濃厚に打ち出したのが、この直火焼きミディアムステーキなのだ。

 

 ゴブリンの肉は、グリシンやアラニンによる甘みが強く、かつナトリウム分に由来するほのかな塩気と、核酸であるイノシン酸の旨味が主張する『濃厚な肉』だ。サル肉が一番近いが、次いで挙げるならばシチメンチョウだろうか。

 

 そんな肉の個性を満喫できるステーキを食べ切って、アンジェラ嬢は溜息を漏らして余韻に浸る。

 

 コース料理では、この余韻もまた重要だ。しばし味を反芻する時間を設ける事で、食事体験を思い出として昇華することができる。

 

 ましてや、この世界でこれ程に手の込んだ肉を味わう機会などそうそう無いわけで。

 

 しばし陶酔するアンジェラ嬢の事を咎めることができるものなど、この世にいる筈もない。

 

 だが、お楽しみはまだこれから。幸せ脳汁漬けになったアンジェラ嬢に更なるインパクトを与えるメインディッシュの最終兵器が、その出番を待っているのだから。

 

*1
ヤギのチーズをベースにシードルと刻んだワイルドチャービルの葉を加えて塩胡椒で味を整えた簡単なモノ

*2
溶かしバターを回しかけつつ焼き上げる技法。肉汁を溶かし込んだバターを何度もかける事で肉を肉汁でコーティングしつつ焼き上げることができる。さらに温度コントロールと組み合わせれば肉を柔らかいままにしっかりと火を通すことも可能。おまけに肉の乾燥を防ぐ事でしっとり感もキープ出来る。

*3
薪を燃やして炭火っぽくなったやつ。炭と違って焼き固められていないので内部はスポンジっぽくなっており、肉から滴る油や肉汁を吸いこみやすい。結果、肉が肉汁のスモークで燻されて独特の風味が付くのだ。ご家庭で再現する場合は練炭などが便利

*4
ボタンを何度か押すと大好きなコーン油を舐められる、みたいなマシンを作ると、必要な連打回数が100回だとしてもネズミくんは迫真の連打をキメてくれる。

*5
いわゆる旨み

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