さて、このコースのメインとなる肉料理。アントレのステーキ3種を前座にしてもなお勝負できると俺が見込んだのは、今までアンジェラ嬢が斃してきたゴブリンの中でも一等太っていた個体の肝。
もしかするとこの辺りの縄張りのボス格だったのかもしれないが、日に日に威力を増している*1アンジェラ嬢の電撃の前では一般ゴブリンと大して変わらない扱いで一撃死してしまうのも無理はない。
そんな推定ボスゴブリンの肝臓は、たっぷりと脂の乗った極上のレバーとなっていたのだ。そして、今日用いるのはそんな肝臓を丁寧に丁寧にトリミングして、最も状態の良い部分を使った一皿。
「本日のメイン、ボスゴブリンのトゥルヌド・ロッシーニ風です」
「うわぁ、美味しそう! ……でもニスロク、ボスなんていつの間に狩ったの?」
「アンジェラ嬢が5日前にご自身で狩られてましたよ? *2」
「5日前……あのちょっと大きい奴!? 嘘ぉ!?」
「本当です」
「ほへぇ……」
なんて、バカみたいな、いや、バカの会話を交わしつつ、アンジェラ嬢にサーブした『トゥルヌド・ロッシーニ風』。おそらく名前を聞いたことが無い者の方が多いであろうこの料理の元ネタである『トゥルヌド・ロッシーニ』というのは、まぁこれはこれで今のアンジェラ嬢の会話並にはバカみたいな料理ではある。
まず、最高級のトゥルヌド*3を用意して、肉叩きなどでツナ缶のような平たい円筒形に形を整える。次に薄く切った豚の背脂を側面に巻き付けてから底面と上面をオイルで焼き、好みの焼き具合*4まで焼き上げる。
次にバターでカリッと揚げた薄切りパン*5にグラス・ド・ビアンド*6をたっぷりと塗って、その上に先程のトゥルヌドをドッキング。
そこに更に別途バターソテーにしたフォアグラを載せて、挙げ句の果てに削ぎ切りにしたトリュフまで乗っけた上で、最後にマデイラワインでデグラッセした肉汁に刻んだトリュフとドミグラスを加えた特製ソースをたっぷりかけて完成。
まぁ、なんというか、先述の通り『バカ』としか言えない料理なのがお分かり頂けるだろうか? 高級肉に高級肉を乗せて高級キノコをあしらって高級キノコと高級肉のソースをかけて完成。そりゃあ美味いわ、としか言えない料理なのだ。
いやまぁ、当然ながらシェフの腕で左右はされるし、味の好みというものは当然ある。あるが、ここまで素材が良いと美味くしない方が難しいと言えるだろう。
良い素材を良い調理法で美味しくいただくという脳筋ストロングスタイルな高級料理、それが『トゥルヌド・ロッシーニ』なのである。
だが悲しいかな、今回の素材はボスゴブリンである。当然牛や豚では無いのでヒレ肉なんてものも無い*7。というわけで、今回の料理は『調理法』の観点で『トゥルヌド・ロッシーニ風』なものとなっている。
まず、使ったのは大腿四頭筋。太腿の前側にある大きな筋肉で、完全な赤身肉だ。『どう考えても硬いじゃねえか』と思った者がいれば、その指摘は120割正しい。だが、丸く分厚いステーキ肉を得るには大きく太い筋肉が必要であり、ゴブリンの肉体の中でその条件に最も相応しかったのは太腿の肉だったのだ。
さて、ここで当然の話だが、硬い肉も調理次第では柔らかく美味しく食べられる。というわけで、今回俺が持ち出したのはお肉を柔らかく調理する方法の全部載せだ。
まず、当然行うのは丁寧な筋切り。フォークと悪魔的視力*8を使って肉の形状を崩すことなく硬さの原因となる筋を断ち、可能な限り肉自体を柔らかく加工する。
次に、魔猪のBBQでも採用した、インジェクション加工。今回もリンゴジュースを注入してお肉を内側から柔らかくするのだが、ここに更にフレンチのテクニックをドッキング。『ピケ』と呼ばれるお肉の中に脂*9やハーブを塗った針を差し込んで旨みを増す手法があるのだが、このアレンジとして今回は2段階のインジェクション加工を実施したのだ。お肉を酵素やリンゴ酸で柔らかくするリンゴジュースを投入した後に、ボスゴブリンの肝の一部をバターで練ったレバークリームを注入し旨味を増強したのである。
サシの入った肉がないなら作っちゃえば良いだろ! 作戦というわけだ。
で、この加工済み肉に対し、俺が行ったのは『真空低温調理法』。肉に塩胡椒と乾燥ローズマリーを揉み込み、2枚の薄い結界袋で挟み込んで、窒息の呪いで内部を完全な真空に晒して結界を密閉。人間が真似をする場合は結界の代わりにチャック付きポリ袋で代用するのだろうが、俺の結界技術ならビニールなど目ではない本物の真空密閉が可能なので俺はあまり使用しない。
そして、密閉したお肉に死の呪いと解毒魔術をそれぞれ行使して細菌リスクとウイルスリスクを消し飛ばしてから、60℃にキープしたオイルバス*10に投入して30時間加熱する。
この手法を用いることでお肉全体が均一に60℃になり、長時間程よい温度で調味料に浸漬することで味染みもよく、更にこの温度では筋繊維中のミオシンが凝固して焼いたお肉の弾力が引き出されつつも、アクチンという肉のスジっぽさの原因となるタンパク質は凝固しないので柔らかいままに火入れができるのだ。更に、60℃の期間を30時間という超長時間にすることで肉内部のコラーゲンを溶解させゼラチン化。ここまでやれば、硬い赤身肉も角煮並みのトロトロ肉になってしまうというわけだ。
で、最後に結界から取り出してその表面に両面20秒ずつ軽く焼き色をつければ、『なんちゃってトゥルヌド』部分が無事完成。この時結界内で出てきたドリップ*11は、後でソースに使うので取っておく。
もちろん、この真空低温調理自体は時間加速を行なっているが、待ちがない訳ではないので、その間にクルトンを焼き上げて、ゴブリンの骨をじっくり煮込んだ『フォン・ド・リュタン*12』を塗り、ゴブリンの肝をバターを溶かした60℃のオイルバスで低温コンフィにした後バターソテーにしてフォアグラ風に仕立て、エシャロット*13に見立てたノビルを刻んで真空低温調理が終わったら肉汁を投入して炒め、マデイラワイン代わりのシードルでデグラッセしてフォン・ド・リュタンと混ぜ合わせ、流石にトリュフは見付けていないので私物を使用……とまぁ忙しく動き回る必要はあった。
だが、その甲斐あって今こうして、アンジェラ嬢の前にボスゴブリンのトゥルヌド・ロッシーニ風をサーブできているわけなのだ。
「ま、ボスとかは倒しちゃったならどうでも良いや! いっただきまーす! ……うわっ、柔らかっ!? 今ナイフに全然力入れて無かったのに!」
「そう言っていただけると腕を振るった甲斐がありますね。さぁ、温かいうちにお召し上がりください」
「あむ。……へっ、ふひほははへほへはっはほ*14!?」
「そう慌てなくとも感想は食べ終わってからで結構ですよ?」
なんて、やっぱりバカな会話を交わしつつ、アンジェラ嬢がトゥルヌド・ロッシーニ風に犬食い気味にがっつく*15のを見守った後で、彼女なりに言葉を尽くした称賛を受けた俺は、今回のフルコースの試みが成功したことを確信しつつ、コースのラストであるデザートの手配に取り掛かる。
肉の旨さと脂の旨さは十分過ぎるほどに堪能したであろうアンジェラ嬢の脳髄に、トドメを刺すのは糖の旨さ。今までの肉料理を伏線にした甘味の暴力で、この正餐のフィナーレを飾るべく準備を重ねた品々は、既に冷蔵庫の中で半ば完成し、出番を待っているのだ。