本日は3話更新です。まずは1話目をどうぞ。
15. 屋台飯『梟熊肉アラカルト』①
「おはようございます、アンジェラさん。お休みはゆっくりできましたか?」
「おはようソフィアさん! 美味しいもの食べて元気いっぱいだよ!」
「ニスロクさん、お料理上手ですもんねえ、この間いただいたジャムも美味しくて……」
そんな和やかな朝の会話を交わしながら、今日の仕事を吟味するアンジェラ嬢とソフィア嬢。
当然のように依頼されるゴブリン狩りは当然として、アンジェラ嬢の名が村で知られた影響もあってか、最近は幾つか依頼が来ているらしい。
が、管轄外な依頼もあったりするので、それが実際に仕事になるかはまた別の話。
例えば『農作物を荒らす鹿の駆除』は魔物狩りのアンジェラ嬢ではなく森林組合に頼むべき案件では、とか。*1
そんな中で、アンジェラ嬢が目に止めたのはある依頼だった。
「
「いえ、申し訳ないのですが初耳です」
依頼書にあるスケッチを見る限り梟と熊が合体した様な図体のバケモノのようだが、そんな神話や伝承があっただろうか……?
鳥の頭が付いてるしエジプト系や中東系か? いや、エジプトというか、アフリカ辺りに熊は居ない筈だ。というか俺がその辺りの出身*2な訳だが、こんなアジアの玩具屋に置いてあるプラ人形じみたヘンテコな奴は見たことが無い。
何なんだコイツ。……この世界の固有種的な魔物なのだろうか。強さも全く予想ができない。そもそもコイツは鳥類なのか哺乳類なのかどちらなのだろう?
「あははアンジェラさん、アウルベアは魔物じゃなくて動物ですよ? *3 アウルベアは元々森の奥では多少見かけるんですけれど、村の近くに降りてきた個体が居るみたいなんです。きっと先日狩って貰った魔猪の影響かとは思うんですが……」
「ふむ。ソフィア嬢、それでこの、アウルベアというのはどういったモノなのでしょう」
「狩った人から聞いた話だと、大きい熊ぐらいと聞きますね。普通の生物*4なので魔法の心配もありません。ただ硬い嘴と鉤爪、体格に似合わない機敏さに注意とのことです。飛び道具が有効らしいので、アンジェラさんにお願いできればなと」
「確かにこれには近寄りたくないかも。……普通の人は出会った時に都合よく弓とか持ってないだろうし……頑張って狩ってみます!」
「よろしくお願いします!」
……謎生物狩りが決定してしまった。
いやまぁ、異世界の味覚という意味では望むところなのだが。どんな味なんだ梟熊。
だが食材としての期待以上に不安がある。狩った者が居る以上は熊ほどの強さという情報が真実であるとは思うが、それでも未知というのは警戒すべきものだ。魔猪もゴブリンも古い存在故に俺の知識とそこまでの差*5無かったが、完全に未知との遭遇は初である。
アンジェラ嬢に怪我が無いようにだけは気を付けなければなるまい。心してかかるとしよう。
* * * * * *
「ゴブリンはコレぐらいで良いかなぁ」
「浅い所の個体がようやく減ったと思ってはいましたが、少し深部を目指して歩くだけで入れ食いとは……森林組合の依頼が絶えないのも納得ですね」
アンジェラ嬢が普段彷徨いていないあたりでは魔猪が死んだせいで伸び伸びと繁殖しているのだろうか。……おそらく、餌となる存在*6の大量発生が梟熊なる謎生物を森の奥から誘引して居るのだろう。
「そういえばニスロク、随分役所で色々調べてた*7けど、何か分かった?」
「アウルベアの生態について聞き込みをしていたんですが、驚くべきことに、何と『熊っぽい鳥』らしいですよ」
「鳥っぽい熊じゃなくて!? 腕あるのに!?」
「卵生で体毛も羽毛とのことです。つくづく不思議な生物というかなんというか……」
「鳥かぁ……ならお肉もいいけど卵も手に入ると良いなぁ」
「仰る通りで。しかしその為にはまず無事に狩らなくてはなりませんよ?」
「確かにねぇ……」
などと狩る前から食う話をする辺り、アンジェラ嬢も『暴食』の欲望に染まって来ているが、『アウルベアに勝つ前提で』考えてしまう無意識の『傲慢』については先日魔猪BBQやゴブリンのフルコースを食べて以降の明確な身体能力変化が大きいのだろう。
アンジェラ嬢には現在、呪術的にゴブリン数十匹分と魔猪2頭分の身体能力が継承されている。漫画の様にドアノブを握り潰してしまうような間抜けは晒さない*8。
この異常な身体能力の正体は呪術的儀式によって『存在を書き換えている』ことが原因だ。イメージで言えばアンジェラ嬢という存在そのものを説明する
結果、アンジェラ嬢は『物質は万有引力で引き合う』みたいなレベルで『ゴブリン数十匹と魔猪2頭分の能力』を持っていることになっており、肉体の方がその概念に引っ張られて変質しているのである。
そして、俺の調整によってこの変化は『質を引き上げる』方向に調整されているのでアンジェラ嬢の体格が筋肉達磨になったりはせず、『彼女の筋繊維1本は常人の全身の筋繊維に匹敵する出力と強度がある』みたいな方向で進化を続けているというわけだ。
で、アンジェラ嬢にも当然、その肉体変化の自覚はあるわけで。冴え渡る五感は今までの肉体を逸脱した域に達しているし、素手で焚火用の薪を裂けるチーズのように割ることだって簡単に出来てしまう。そんな具体的なパワーアップという実感が、彼女に余裕を与えていた。力故の増長、それはまさに『傲慢』の大罪に目覚める第一歩である。是非そのまま堕落して欲しいものだ。
「さて、そろそろ目撃例のあった辺りですが」
「……何本かの木の幹に爪痕が付いてるね」
「縄張りのマーキングでしょうね*9。まだ木が白い*10ですし新しい物に間違いないかと。……ああ、羽毛もありますね」
「縄張りに入ったって事は、襲ってくるのかな?」
「向こうが気付いていれば、襲ってきてもおかしくは無いですね。痕跡を辿りつつ巣を探すとしましょうか」
そんな宣言通り、俺達は高い位置で折られた枝、踏まれた茂み、巨大な鳥の糞*11などを参考に、アウルベアの住処の中心部へと進む。
未知の存在ではあるが、痕跡を追うことでその全容が徐々に見えて来るのは、こういった『狩り』の醍醐味かもしれない。
例えば木に刻まれた爪痕は直立時の体長が3mを越える事を教えてくれ、枝ごと踏み潰された桑の実からは、アウルベアが完全な肉食であると理解できる。
糞に混ざった『歯』から推定するに『どうやらゴブリンを頭から丸ごとバリバリ食っているらしい』と分かった際には流石に苦笑いしてしまった。どんな咬合力があったらそんな真似ができるのだろうか。
いやまぁ、もちろん『魔』である俺やアンジェラ嬢にも可能*12だろうが、アウルベアは魔物ではない以上、純粋な筋力だけで『オレサマオマエマルカジリ』を成し遂げているわけで。
そんな怪物を狩ろうというのだ。緊張するのが自然であろう。何せアンジェラ嬢の肉体スペックは凄まじくとも、その中身は人間。獰猛な野獣を前に緊張しないはずもない。その結果、次第に彼女の口数は減り、緊迫した空気が俺たちの間に流れ始める*13。
————そして、その時は訪れた。
「アレは、巣ですかね」
「……大きすぎるけど、外に骨とフンが積み重なってるし、アレだけ大きな木のウロを使う生き物って、熊ぐらいだよね」
「フクロウの樹洞を好む性質はそのまま、というわけですか」
「今は留守みたいだけどどうする?」
「張り込みましょう。この茂みに結界を張りますので、アンジェラ嬢はアウルベアが巣に戻ったら全力で攻撃を。接近戦になれば死ぬと思ってください*14。……まぁ、近づいてきたら俺が格闘戦を挑んでみますが」
「わかった。近くに来た時はお願いね」
さて、聞いての通り作戦は要するに魔猪狩り同様だ。狩りの基本は不意打ちと騙し討ち。あるいは罠。
俺とアンジェラ嬢が選択したのは不意打ちの方だ。
そうと決まれば、後はジッと待つだけである。
ゴブリン風情なら一撃で噛み殺せるし、鉄板をモグモグゴックンなんてのも余裕。まぁ本人はやろうとも思わないだろうが。