再び蟻沢粧先生にお願いしてニスロクの悪魔態をデザインしていただきました!
待つこと暫く。ソイツは、木々の合間に出来た真新しい獣道から現れた。
爛々と輝く巨大な目。耳から伸びる長い飾り羽、猛禽類らしく曲がった嘴。矢尻型の黒い斑紋が特徴的な羽毛に包まれた、暴力的な巨躯。
なるほど、
そして特徴的なのは、その動作。驚く程に音がしない。木の枝などを踏んでいる筈なのだが。魔術の類は使ってこないとは聞いたし、俺自身の目も今まさにそれを確認しているが、流石に俺も我が目を疑いかけた。
————この野生動物、純粋な身体操作だけで自身の足音をほぼ完全に消し去っている。
ゆっくりと足を置き、ゆっくりと体重をかけ、破損しそうなものを踏まないように『地面を指先だけで把持する』歩法。指の下で押しつぶされた僅かな異物の破砕音は、産毛のみっしり生えた羽毛に吸われて外には漏れない。
なるほど、理論の上では『足の指だけで立ってつま先忍び歩き』できれば音はほぼしないというわけだ*2。ここまで異常な身体制御能力は中々に興味深いが、敵に回すとなると厄介だな。
此処はやはり、不意打ちで仕留めてしまうべきだろう。おそらく奴が歩行音を消して現れたのは、俺たちの痕跡を察知してのこと。自分の縄張りに迷い込んだ間抜けな獲物を狩るつもり満々というわけだ。
「アンジェラ嬢、3つ数えたら撃って下さい。俺の方でも攻撃タイミングを合わせます」
「わかった。……3、2、
直後、炸裂する閃光がアウルベアを直撃し、焦げた様な匂いと同時に、金属を引き裂く様な絶叫が森に響き渡る。
だが、それは即ち『叫べるだけ元気がある』ということだ。……いや、通常生物が落雷に耐えるなよ、と思わなくもないが、おそらく秘密は全身の体毛だろう。羽毛の中に空気をたっぷり蓄えたことで奴の身体が擬似的なキャパシタ*3となり、電撃が大幅に減衰されたのではなかろうか。
だが、それでもダメージは入っている。突然の痛みに混乱するアウルベアに対して、俺はその背中に組みついて、愛用の牛刀を突き込んだ。
狙うのは頸椎。その隙間から脊髄を切断し、そのまま包丁を横に引いて首を裂き、トドメを刺す。
さながら暗殺者のやり口だが、実際問題自分よりデカい怪物を『普通に』倒すなら暗殺しかない。
『非常識な手段』を用いるならやりようはいくらでもあるが、俺が大悪魔だと知られればアンジェラ嬢に色々と面倒が降りかかり、回り回って俺が困る*4のだ。
アンジェラ嬢が力と権威を手に入れるまでは、俺は『普通の中級悪魔』で居たいので、その程度まで能力を制限して立ち回る必要がある。まぁ、正直中級悪魔レベルでもある程度の『不条理』は叩きつけられるのだが。
さて。閑話休題。早速だが、結界を張り直してコイツの解体を————いや、それどころじゃあないなコレは。
「アンジェラ嬢、こちらへ。囲まれました」
「えっ、うんっ!」
駆け寄ってくるアンジェラ嬢を横抱き*5に抱え上げ、俺は背中から翼を出して飛翔する。
その直後、俺たちが先ほどまで居た場所に、数匹のアウルベアが殺到した。
「うわッ、共食いしてる……」
「絶叫を聞いて助けに来たのだと思いますが、死んでいると見るなり捕食するとは、さすが鳥畜生というか何というか……」
「どうする?」
「逃げるのはいかがでしょう」
「それはダメだよ。街の人が困るもん。……此処から雷の矢で撃っちゃうのはどう?」
「悪くはないですが、距離がかなり離れてしまっていますし、あの羽毛による防御を抜けない公算が高いかと。……アンジェラ嬢、バランス感覚に自信は?」
「最近はあるかも」
「ではかなり高所ですが、あの木の枝の上で待っていて貰えませんか? 今回は俺が暴れる方向で行きましょう」
「良いの?」
「たまには俺も役立つところをお見せしなくてはいけませんし」
「いつも役立ってるけどなぁ」
「勿体なきお言葉、恐悦の至りです。ではアンジェラ嬢、此処でお待ちください」
そう告げて、彼女を樹高20m程のヤマボウシの太い枝に座らせた俺は、アウルベアの群れの頭上で旋回しつつ、抑えていた『魔』の気配を中級悪魔相当まで解放し、同時に『擬態』を解除する。
人間の青年としての姿が大気に溶けるように消え、現れるのは有角有翼の魔神としての俺の姿。
赤熱する青銅の邪神像であるモロクとしての信仰が外骨格めいた赤と金の装甲として現れ、アッシリアの有翼神ニスロクとしての信仰は空を駆ける大翼となり、武神ケモシュとしての信仰が戦闘者としての体躯に現れたその姿は、まぁざっくり言えばスーパー悪魔ロボと言った感じだ。
俺の料理人要素が全く反映されていないのは料理に凝り出したのが悪魔になってからなので仕方がないとは思うのだが、厳つすぎるので俺はあまりこの姿は好きではない。というかぶっちゃけ羽やら鎧やらでゴチャゴチャしていて料理の邪魔である。
が、戦うという点においては、この姿の方が便利*6なのもまた事実。
そして何よりド派手なので、地上のアウルベアどもは俺の姿に釘付けである。……俺に気付いているのに逃げないあたりは、やはり獣なのだろう。体躯の大小で言えば俺の方が何回りも小さいのだから無理はないが。
だが、そんな油断が命取りだ。飛び蹴りの姿勢を取り、重力魔術で隕石並みの加速度を得た俺は、1匹の頭部を踏み砕く形で着地すると、そのまま牛刀を用いて
ドシャリ、と水気のある音ともに地面に落ちたアウルベアの粉砕生首。その中から脳漿が漏れ始める頃になってようやく、周囲のアウルベアは衝撃的な殺戮から立ち直り、雄叫びと共に俺へと殴り掛かる。
だが、俺がその攻撃の全てを一切の防御姿勢を取ることなく受け止めた*7事で、アウルベア達の意識は再びフリーズしてしまう。
脳という臓器は『普通こうなるだろう』という想像が打ち破られたとき、その情報を処理し切れず硬直するもの。アウルベア達も生物である以上、その前提からは逃れられないのだ。
そして、敵の間合いで一瞬硬直するということは、即ち死ぬという事である。
牛刀でもって綺麗に首を刎ねられた彼らの死体は地に倒れ伏すより先に携帯式厨房へと格納され、周囲に一時の静けさが舞い戻った。
が、当然ながら、この森のアウルベアはこれが全てでは無いわけで。
先に出てきたアウルベア達より出遅れていたのか、それともこの騒ぎを聞いてやってきたのか、茂みの向こうから飛び掛かってきた新手は3体。
辺りに転がる生首の群れを見ても一切怯まないというとんだ脳筋思考で飛び掛かってきたそれらに対して、俺は至近距離から『ブレス』を放つ。
まぁ、ブレスと言ってもなんということはない。悪魔の基本的な能力の一つにある焔の息だ。悪魔も天使も、その出自は『焔』であるとされている*8。『泥』から生じた人間の吐息が湿り気を帯びる様に、悪魔の息は、炎を帯びるのだ。
無論、寝床が燃えたりするとシャレにならないので普段は調整しているが、意識的に炎を吐くのは造作もない。人間で言うと、ガラスを息で曇らせる感覚だろうか。まぁ、俺の場合は更に『燃え盛る邪神』であるモロクとしての側面により『炎の神』の権能を持っている為並の悪魔より火力が強かったりするが、誤差である。*9
そして、羽毛というのは大抵の場合油脂でコーティングされており非常に燃えやすい。故に、先頭にいた個体がブレスの直撃を喰らい思いっきり火達磨になったのは当然の事だった。
が、野生動物であるアウルベアにとってはいきなり仲間が焼き鳥になるのはとんでもない衝撃だったのか、器用に空中で身を翻し*10、ブレスを避けて着地する。
だが、そのうち1体には偏差射撃よろしく着地狩りのブレスをブチ込み、もう一体には牛刀を投げつけて首を刎ねた*11ので、抜かりはない。
かくして、2体の焼死体と首なし死体を新たに回収した俺は、周囲に意識を張り巡らせ*12て索敵する。結果、この巣にいたアウルベアはこれで打ち止めのようだ。
焼死体は変に火が入ってしまって不味そうだが、村人達なら喜んで食うかもしれない*13。一応持って帰るか。役場のソフィア嬢に預ければ、良い具合に対処してくれるに違いない。
では、木の上のアンジェラ嬢を回収して帰るとしようか。
「アンジェラ嬢、お待たせしました」
「お疲れ様、凄かったねニスロク。悪魔って口から火とか出せたんだ」
「……*14。ええ、伊達に中級悪魔ではないのですよ」
「なんかドラゴン*15みたいでカッコよかった! あ、そうだ、私何か手伝うことある?」
「そうですね、今日の分の魔石をお渡ししておきますので、役所の方で手続きをお願いします。その間にアウルベアの死体を荷車*16で運びますので」
「ニスロクのキッチンから出すのはダメなの?」
「手札というのは秘密にしておけるなら秘密にしておいた方が良いのですよ。以前魔猪を買った時も毛皮は俺が担いで持って帰ったでしょう?」
「なるほど〜。じゃあソフィアさんには良い感じに誤魔化しとこっか。梟熊も私の魔術でやった事にしたほうがいい?」
「あー……焼かれている分はお願いします。この前の魔猪も2匹目*17は俺がやったことにしましたし、俺は前衛、アンジェラ嬢は後衛だということにしておきましょう。アンジェラ嬢は爆発しない焔系の魔術は使えましたっけ」
「火事が怖くて森では使わない様にしてるけど
「ふむ。俺が今日やった様なことは可能ですか?」
「ニスロクの口から出る炎を手から出す感じなら」
「では俺が叩きのめした隙にそれを使ったという流れで」
以前にアンジェラ嬢の事を素直だと評したのは誤りかもしれないな。どちらかと言えばこの少女は『飲み込みが早い』のだろう。
俺の意図を察して自ら考え、魔術の隠蔽を提案してくれたのは素直にありがたい。
前提として俺たち2人が派手に目立つのは避けたい、というのはあるが、現状既に若干目立っている。そして、梟熊の討伐数が予想以上に増えたので、これから更に目立つだろう事も予想できる。
そうなった時に、どちらを目立たせるかといえばアンジェラ嬢だ。俺はアンジェラ嬢の切札であり、最も隠すべきは俺の実力。
アンジェラ嬢が窮地に陥るなどという展開は全力で避けたいが、もしもの事を考えた時に、俺へのマークが少ないほどアンジェラ嬢の救出が有利に運ぶからだ。
と、そんなわけで、一度街に戻った俺たちは手筈通りに行動し、見事に欺瞞工作に成功した。
……と言っても、梟熊8匹*18という大きな戦果で役所が大騒ぎになり、色々とうやむやになった面も大きい。そこに追い討ちをかける様に、俺とアンジェラ嬢は焦げた個体についてはまるっとアルク村に寄付したので、肉と宴を愛する村人達はいよいよ盛り上がり、魔猪討伐からまだ日も経たないというのに再びの宴と相成った。
聞けば、梟熊の肉は高級品らしく、焦げている部分も多いとはいえこれだけの量の肉が手に入る事などまず無いのだとか。ちなみに綺麗な個体の肉は燻製にして村外に売るとのことで、肉屋が死体を高値で買っていた*19。
で、俺たちが村に寄贈した売り物にはならない焼死体の方の肉はソフィア嬢の鶴の一声で『村の皆で食ってしまおう』という事になり、暇をしていた魔物狩りや猟師たちがこぞって解体に取り掛かって、街の女衆が既に広場で煮炊きを始め、祭りの気配に子供達は嬉しそうにはしゃぎ回って居る。
こういう素朴な祝祭は、俺にとっても懐かしく微笑ましいものに映る*20。そして、アンジェラ嬢も細部は違えどやはり祭りを好ましく感じているらしい。
「美味しいもの食べれると良いねえ」
「美味しいと思いますよ? 肉質は間違いなく鳥だったので、熟成期間無しでも十分に美味い筈です」
「熊っぽいのかな? それとも鳥っぽいのかな?」
「かなりの赤身だったので、ダチョウっぽいかもしれませんね」
「ダチョウ?」
「広大な草原に住む巨大な鳥で、奇跡的に強靭な肉体と奇跡的にアホな頭脳が特徴の————」
なんて、取り留めのない会話を交わす俺たちは、始まりつつある宴の気配を感じながら、ただその時を待つ……というわけにはいかず、気の速い連中にジョッキを持たされてワインだのエールだの粕取り焼酎*21だのを注がれる羽目になるのだった。
夕食前のアンジェラ嬢に飲ませるのは酷*22だろうと庇った結果、何故か飲み比べになってしまったり、その結果バカ*23を5人潰したもののソフィア嬢がウワバミだったり、女衆に『飲んでる暇があるなら薪でも割ってこい』と野郎どもがしょっ引かれたり。
開拓村アルク全体が浮かれた雰囲気に包まれる中、宴の準備は俺たちを抜きに着実に進んでいくのだった。