さて、俺たちが討伐から帰還し、気前よく肉を提供したことでお祭り騒ぎが始まってからしばらく。死屍累々の魔物狩り共を足元に転がしつつ、ソフィア嬢と杯を交わして*1いる間に解体はみるみる進み、街の解体自慢達の努力によって回収された肉はどうしようもないほど酷い部分を除いたにもかかわらず200kg*2に達した。ざっくり牛一頭分の精肉量といえば、その量の凄まじさがわかるだろうか。
いったいそれだけの肉をどう食べるのかと思っていたが、片っ端から奥様連中が各人の得意料理の素材にした結果、様々な家庭料理がひしめく田舎の町内会的な宴会となった様だ。で、それらのメニューは『功労者が食わないのはおかしい』という当たり前な理論で、村の広場に展開された屋台の前を通り掛かるごとに俺達にも提供されるわけで。俺とアンジェラ嬢でなければ、食い過ぎ飲み過ぎで死ぬのではなかろうか?
例えば、俺とアンジェラ嬢が最初に手をつけたのは挽肉をたっぷり詰めたパン*3。二枚の生地で具を挟んでいるせいかUFOめいた姿をしており、意外とモチモチなパンと中から溢れる肉汁のコラボレーションが良い味を出している。黒パンなのに比較的もっちりしているのは、オオバコ粉の保水作用によるものだろうか? いわゆる増粘多糖類的な使い方をしているのだろう。この世界ならではの生活の知恵を感じる料理だ。
モノとしてはピエロギっぽいかもしれない。中国の
まぁ実際、具入りのパンの相場からは半値になっており、値段は本当に生地代と手間賃なのだろう。
そんなこのパン、揚げれば明日以降も美味しく頂ける*6ということで買い溜めに走るものも多く、なかなか好調な売れ行きである。モチモチ雑穀パンという点で俺も興味はあるので、たまにはパンを買っても良いのかもしれない。
さて、その隣では、シンプルな屋台で焼き鳥が捨て値で売られている。塩だけの簡単な味付けだが、それでも旨いのが焼き鳥という料理の凄まじい点だ。売っているのは肉屋の女将さん*7。惣菜なども売っているだけあってその串打ちの手際は見事なものだ。
こちらも乗っかっているのは塩代と串代、それに炭代ぐらいだろう。いや、照りと香りをつけるために粕取り焼酎を吹き付けている様なのでそれもか。
で、梟熊の肉は歯応えが強く、噛めば噛むほど旨味が溢れる野性味の強い肉。意外にも臭みは少なく、味わいとしては硬めのターキーといった具合で塩焼きでガブリと食うだけでも十分に美味い。これは確かに高級肉なのも納得である。
「美味しいねぇ。……ニスロクも後で何か作るんでしょ? こういう料理にするの?」
「いや、俺が同じものを作っても基本の味付けが変わらないなら二番煎じになるでしょうし、少し趣向を変えたものにしましょう。アンジェラ嬢もきっと気に入って頂けるかと。……おや、あちらではホワイトシチューが売られていますよ。ほら、いつも山羊乳を買っている牧場の」
「今手が塞がってるから貰ってきて!」
と、ご主人様が仰せなので、パンと焼き鳥でお手手が忙しい*8アンジェラ嬢の為にパシリに行くとしよう。
で、目当てのシチューは、近くに寄っただけでヨダレが出そうなほど良い匂いをしており、購入希望の面々が列を成している。その濃厚な香りの原因は、シチューのコクを出すべく投入されたチーズだ。
牧場謹製の
だが、俺の知るそれとは若干製法が違う様だ。シェーブルチーズといえば木炭粉を塗すのが俺の知る世界の基本だが、こちらの文化ではどうやら冷燻*9して熟成するらしい。
なるほど確かに、冷燻であれば保存効果は高いし、チーズが濃縮されて旨味も増すはずだ。
あとは真面目な話、山羊乳に染み付きがちな『納屋の匂い』を打ち消すためというのもあるのだろうな。
ともかく、スモーキーフレーバーのシチューというのは斬新だが、なかなかに旨そうである。
そして、そんなシチューの容器として使われているのは素焼きの碗だ。屋台用として広く一般に流通しており、食い物を食ったらゴミ捨て場にぶん投げて叩き割って捨てる。あとは自然に風化して土に還るというエコなアイテムだ。
以前の世界で言えば、インドのチャイ用カップ『クリ』や日本の『かわらけ』に近い。使い捨てのカップという需要は割と存在する*10
ちなみにこの容器を焼く茶碗屋も街に何軒かあるのだが、公営のそこに勤めるのはいわゆる『障害者』だったりする。カップを割るのは彼らの仕事を奪わない様に、という面もあるわけだ。
さて、話が逸れたが、今は屋台と福祉の関係よりシチューの味が重要だ。
芳醇な燻製の香気と、チーズのなんとも言えない熟成された薫香を帯びた湯気。その中に顔を突っ込んで碗に口をつければ、濃厚な鳥の旨味と乳のコクが舌先を襲い、刻まれた野菜と肉が口内に転がり込んでくる。
『飲む』事を前提に小さく切られた具材。使い捨てのカップ。ある種これはファストフードなのだろう。だが、この濃厚な旨みは本物だ。
若干塩味が濃い気もするが、人間は味の濃いものが好きだ。ましてやこの世界の住人は、ほぼほぼ肉体労働者だし、事務方であるはずのソフィア嬢でさえ、クソ重い羊皮紙の山*11をいくつも運んで日々を過ごしている。つまり、汗をかく仕事が多い分、塩っけもまた需要が高いのだ。
幸い、この街への塩の供給は潤沢*12であり、味付けには困らない。天日塩を焼いた焼塩が主に使われるが、この世界の精製技術がそれなりレベルなのか、ニガリが気持ち多めのまろやかな塩味である。
で、そんな塩で味付けされたシチューをグイッと呷ったアンジェラ嬢はといえば、随分年寄りくさいセリフを吐いていた。
「あぁ〜、生き返るぅ〜」
「アンジェラ嬢、そんな事を言うような歳でしたっけ?」
「私もう15歳だし、行き遅れ*13のおばさんだよ? 風の便りじゃ、この前妹が子供産んだみたいだし、お兄ちゃんもとうに子供がいるし……」
「族柄の叔母さんと『おばさん』はまた別の概念でしょう?」
串焼きと肉詰めパンとシチューを食べてもまだ次の料理を求めて屋台をキョロキョロ探しているような人はおばさんとは言わないのだ。
油物や肉を見たときに、『美味しそうだけど胃が受け付けない』と思い始めるのがおばさんやおじさんに差し掛かった人間というものである。
そんな冗談交じりの会話を交わしつつ、俺達は屋台を巡り、フライドチキンっぽくしたアウルベアやら、もはや梟熊が関係ない焼き菓子*14やらを食べ歩く。
そのたびに投げかけられる称賛は全てアンジェラ嬢に受け流し、街の面々へのアンジェラ嬢への印象強化を図るのも忘れない。
そんな祭りの時間は、楽しいがゆえに矢の如く過ぎ去っていくのだった。