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色んな料理を食べて祭りを堪能した翌日。梟熊の肉を使い、昨日の暴食で疲れたアンジェラ嬢の胃腸*1を休めるような優しい物を作るべく、俺は厨房に立っていた。
と言っても、今日はそう手の込んだものは作らない*2。もちろん解体と精肉はするが、梟熊の肉の大部分は保存予定だ。保存方法は簡単で、持続タイプの即死の呪いを掛けて冷蔵庫保存するだけ*3。たったこれだけで一切腐敗させずに肉を長期保存できるのだから、やらない手はない。
で、早速首をぶった斬ったアウルベアの死体を精肉にしていきたい所なのだが、その前にまずは『羽むしり』*4が控えている。
これがなかなか大変で、まずは巨大なアウルベアを65℃の湯に65秒つける。首なしでも3m近いのにどうやって? と言いたくなるが、そこは魔術で無理矢理解決するほかない。死体を『逆さ磔の呪い』で空中に逆さ吊りにし、『水責めの呪い』で全身を水流で包み込んだら、あとは火炎ブレスを吐いて水を65℃まで瞬間的に温める。そこからはブレスの威力を調整しつつ65℃を維持*5して、全身の皮膚を『緩め』てやれば、羽むしりの下準備は完成だ。
あとは、めっちゃ頑張って羽毛をむしるだけである。細かい産毛じみた羽毛も食感の妨げになるので、毛抜きなども適宜使いつつ丁寧に除去するのだ。お湯に浸けてやったことでかなり抜きやすくはなるのだが、それでもここまで巨体だとなかなか大変な作業にはなってしまうのが正直なところ。
だが、俺は悪魔の力でこの作業を一気に終わらせる事ができる。
『ハゲの呪い』*6を使った全身強制脱毛。本来皮膚ごと引きちぎられる筈の呪文だが、先ほどの湯漬けの結果羽が抜けやすくなった事で、皮膚を傷つける事なく下処理を完了できるのだ。
ちなみに、むしった羽についてはとってもフワフワなのでアンジェラ嬢の寝具に加工予定である。ソフィア嬢から聞いた話では、アウルベアの羽は『柔らかいのに強靭でヘタらない』という布団としてあまりに理想的な性能を持っており、その羽で仕立てた布団は王族や貴族に献上される事も多いのだとか。
悪魔は『怠惰』の欲望を持つ奴らを除けば眠らない事が多い*7ので縁がない代物だが、睡眠に一家言あるベルフェゴールのアホに*8代役を任される事もある*9俺も、多少は寝具の重要性を知っている。アンジェラ嬢が快適に眠れる様に、後でこの羽を布団に仕立ててしまうとしよう*10。
で、羽をむしった首なしアウルベアだが、ここからの精肉処理はゴブリンとほぼ同様だ。違いと言えば、内臓や筋肉の構造ぐらいだろうか?
軽く解説すると、まず鳥らしく大胸筋がとんでもなくデカい。そしてその下では肺に付随して気嚢が発達しており、馬鹿げた運動能力が気嚢による優れた酸素供給能力によるものであると示唆している。肉食故か消化管は短めで、肝臓は心臓と癒着気味。身の色は濃い赤色をしており、本来は速筋*11に分類されるであろう筋肉にまでミオグロビンがぎっしり詰まっている*12。加えていわゆる赤身の量も多いので、全体的に濃い赤色に見えるというわけだ。
味わい深い旨味はおそらくこの鍛え上げられた筋肉内にたっぷりと溜め込まれたグリコーゲンなどに由来する*13のだろう。
さて、そんな訳で綺麗に枝肉になったアウルベアだが、今日使うのは上腕のお肉である。捌いた感覚的には手羽元よりは腿肉に近い。つまり、煮込みに向いている。
そこで、今日はコイツを使って『水炊き』を作っていこうと思う。
さしあたってまず行うのは、水の手入れだ。この辺りで手に入るのは『硬水』。ミネラル分の多いこの水はブイヨン作りには向いているが、和風料理にはあまり向かない*14。
そこで硬水を軟水に変える処置が必要になるわけだ。今回は蒸留を行う事で、超軟水を得る方法を採用する。蒸留器については、錬金術用のもの*15があるのでそれを転用するとしよう。水の精製は化学の基本だからな。
さて、そんなわけで確保した蒸留水は、このままだと『マズい』。ミネラル分の旨味がないので当然だ。
だが、水炊きならそれは問題にならない。長葱*16に春菊*17に大根*18、そしてアウルベアの肉。それらから出る旨味が水に溶け出し、優しい風味のスープになってくれるのだ。
だが、一気に纏めて煮ればいいというものではない。まずは肉から煮込んでいくのが王道である。後から加える野菜類に水に溶け出した鳥の旨味を吸わせつつ、野菜からも旨味を抽出する事で、バランスの整った美味しい水炊きとなるのだ。
……と、それっぽい事を言ったが、今回は本当に、軟水さえ用意出来れば難しい事は何もない。火加減も吹きこぼれなければそれでよく、灰汁が浮いてきたら適度に掬ってやればそれで良い*19。
あとは具材に火が通れば、酢醤油*20を入れた取り皿を用意して完成だ。報酬をコツコツと貯めて買った魔術書*21を読むアンジェラ嬢に声を掛けて、早速朝食にするとしよう。
朝から鍋かよ、と思うものもいるだろうが、朝食としての鍋料理のポテンシャルは割と悪くない。何せ水にぶち込んで炊くだけである。朝から目玉焼きを焼く程度に料理ができるならあんまり手間は変わらない。*22
「ん、なんか不思議な料理……というか水煮? 美味しいのコレ?」
「こちらの『ポン酢』をつけて食べるとなかなか乙な味がしますよ。アウルベアの肉は旨味が強いので出汁もしっかり出てますし、今日は1日この鍋を食べ回そうかと。アンジェラ嬢、今日は読書の為にお休みなのでしょう?」
「うん、前からソフィアさんに頼んでた*23のがようやく届いたからねぇ。……あむ。うん、なんかポン酢が美味しいだけな気もするけど、確かにお肉の味が野菜に染みてて美味しいかも?」
「でしょう? 昨日はかなり油物が多かったので、今日はさっぱり路線で行こうかと思いまして」
「そういうことかぁ。確かにお腹に優しい感じの味だね」
「ええ。……ところで、アンジェラ嬢はどの様な本を発注されたので?」
「んー、魔術書? かな?」
「何故そこで疑問形なのでしょう」
「いやぁ、ニスロクを召喚した時に参考にした悪魔召喚の本の関連書籍なんだけどさ〜。基本的な魔術のカテゴリからは外れてる感じでね。一般的にはこういう本は『偽書』って言われてるみたいだけど、まだまだ真実があるんじゃないかなーと」
うーん、アンジェラ嬢が賢そうな事を言っていると違和感があるな。色々突っ込みたいが、1つずつ質問していこうか。
「悪魔の召喚法が載った本が偽書とは一体どういうワケなのでしょう?」
「昔から随分色んな人が試したみたいだけど、この本の通りには召喚出来なかったみたい。で、他の方式で小悪魔を呼ぶ方が主流らしいんだけど、私は逆にそっちの術が全然ダメなんだよね、相性みたいな?」
「なるほど」
この世界ではアンジェラ嬢の様な『真性の魔女』は珍しいのだろうか? 魔に好かれる体質、あるいは魔に魅入られる体質というものは、それなりの特異体質なので当然ではあるが。となると確かに、ちょっと魔術が使える程度の者には使えなくても、アンジェラ嬢には使える知識はありそうだ。
「概ね理解致しました。それで、今は何の魔術に御興味が? 俺は仮にも悪魔ですし、この世界の『いきなり発動する』魔術はともかく儀式魔術や呪文を使う魔術、それに呪術の類は得意ですよ?」
「あ、この世界でもちゃんと呪文とか儀式はあるよ? 私は長いセリフ言ったり踊ったりするの疲れるからやってないだけだねぇ」
「……。疲れるから、で呪文や儀式って省略出来るんですかね?」
「魔法名だけ唱えたらちゃんと出たから良いかなって」
つくづく思うが、とことん古代の魔女みたいな性能してるなこの子。手を振りかざせば雷が迸ったり、人を睨むだけで石にしたり、そういう類の魔女の気配を感じる。
とんでもない先祖返りなタイプなのか、何らかの突然変異なのかは不明だが、一度この世界の普通の魔女を見ておかないとアンジェラ嬢の評価を誤りそうだ。
子供っぽくて、事実子供で、物分かりの良い良い子。そんなイメージの、半人前の魔女っ子……いや、それ自体は間違ってはいないのだろうが、ともかくダメな印象があった。
が、それはどちらかと言えば、師匠が居ないにも関わらず半人前まで到達した天才と評するべきなのだろうな。
「ふむ。アンジェラ嬢、差し出がましいようですが、俺が魔術の師匠を務めましょうか?」
「良いの? 私、魔術の学校3日で中退したんだけど」
「ええ、構いません。俺が悪魔の智恵を伝授いたしましょう。————ところで、アンジェラ嬢は不良少女には思えませんが何故中退を?」
「呪文とか儀式とか面倒だから端折ろうとしたら『破門だ〜ッ』って」
「あ〜」
それはそうなるな。良識のある魔術師や魔女なら。
アンジェラ嬢がやろうとした事は『銃の扱いとか勉強するん面倒やな……せや! 手に火薬と鉛玉握り込んで火薬に火ぃ付けたら良い感じに弾飛ぶやろ!』みたいな話だ。
常識的に考えると殺人行為で自殺行為である。だが、アンジェラ嬢は天才的なバカなのでそれが出来てしまうのだ。怖い。
「……ちなみにアンジェラ嬢が
「うん。だからそれ以外は使えないんだよね。魔術の本は危ないからちゃんと管理されてて、こういう偽書みたいなのしか手に入らないんだよ」
「なるほど」
何というかまぁ、ちゃんと色々と教えてやらねばならないのは間違いなさそうである。
俺は鍋を突きながら、アンジェラ嬢の教育カリキュラムを考え、珍しく頭を悩ませることになるのだった。
「ところでニスロク、食べ回すって、お昼も晩もこの水煮なの?」
「昼はうどんを入れて、夕飯は雑炊にします」
「うどん? 雑炊?」
「まぁそれは、食べた時のお楽しみということで」
なんて会話を交わしつつ、アンジェラ嬢との魔法修行について打ち合わせを行う俺は、『知り合い』を招くことも考慮に入れつつ、考えを巡らせるのだった。