その後は再び書き溜めに移ります。
書き溜め分の予告ですが、活動報告でいただいたリクエストを一部消化予定です。
19. お菓子『ご褒美のデザート盛り合わせ』①
さて、修行という名目が出来たことで、俺とアンジェラ嬢のライフスタイルは多少変化した*1ものの、大枠ではそこまで変わっていない。森に入って、ゴブリンなどの魔物を狩る。そして役所で金を貰う。お決まりのルーティン行動と言って差し支え無いだろう。
だが、細部では変化もあるわけで。
今日も今日とてゴブリン狩りなのは間違い無いのだが、ここ数日の狩りはただの狩りというよりは『実習』に近いものだ。
それを証明するかのように、アンジェラ嬢は現在、ゴブリンと『睨めっこ』をしていた。
「んむむむむむ」
「グギャ、ギャゥゥゥ」
間抜けな光景ではあるが、ゴブリンは両手を木に縛りつけた上で両くるぶしを砕いてあるので微笑ましくはない。
これは俺が知る『魔女』の術の1つ『
邪視や邪眼ともいうこの術は、色々と応用が効く便利なものなので、アンジェラ嬢にはまずこの術を習得してもらうつもりである。
そもそも『見る』という行為自体が魔術的効果を持つという信仰や思想は原始的かつ根源的な物*2。そして邪眼とはその『視界に収める』という行為を簡易的な呪詛とすることで相手を支配するものだ。
彼我の実力差次第では肉体を完全に掌握し、一睨みで即死させる『バジリスク』や『カトブレパス』の様なことも出来る。*3
そして魔眼の一番の魅力は『相乗効果』だろう。簡素で原始的な呪術というのは、重ね掛けが容易なのだ。
例えば『指差し』。人差し指を相手に向けて突きつけることで相手を呪う、原始的な呪術だ。他人から指を差されて不快になったり身が竦んだりするのは、そこに籠る『
或いはそのまま『呪詛』。呪いの言葉を相手に投げかける事で呪う手法だ。一番分かりやすい呪いと言えるだろう。
これらを魔眼と複合することで相手を二重三重にに呪う事が出来る。例えば俺が『指を差し』『相手を睨みつけ』『死ねと呪詛を吐いた』なら、魔猪や梟熊、そして魔力持ちを含めた大概の人間は『死ぬ』のだ。
もちろん、俺にとってはそんな連中を殺すだけなら頭を殴り潰す方がよっぽど早い。音より早くブン殴ってやれば大体の生き物は死ぬ。わざわざ呪う必要など無い。
だが、これは『人間の少女』というカテゴリに属するアンジェラ嬢が使うなら便利な技能だ*4。彼女がこれらの呪いを体得すればそこらの筋肉バカぐらいなら余裕で一方的にブチ殺せるだろう。
だが、今はどうも苦戦している様だ。
「んむむむ……無理ィ! ニスロクもう一回お手本見せて!」
「構いませんよ。繰り返しになりますが、瞳に魔力を込めて相手を見据え、掛けたい呪いを強くイメージするのです。この様に」
そう言って、俺はゴブリンに『全身に激痛が襲いかかる』イメージを叩き付ける。直後口角から泡を飛ばして悶絶絶叫するゴブリンに、アンジェラ嬢は渋い顔を浮かべた。
「イメージって言ってもどうすればいいのかわからないんだけど」
「そうですね。手始めに自分が受けた事のある苦痛をイメージしてみるのはどうでしょう」
「え、ゴブリンが苦しんでるイメージってニスロクの経験なの?」
「ええ*5」
「そっかぁ。うーん、苦しい思い出、苦しいイメージ……」
おや、俺が過去の苦痛に遠い目をしつつ思いを馳せている間にアンジェラ嬢は何かを掴んだ様だ。この魔力の流れは良い感じに呪いを掛けられていそうだが。さて、ゴブリンの様子はどうだろうか?
「ヴォェウェェッッ!?」
「
「二日酔いのグルグルフラフラ回って頭痛くてしんどくて吐きそうな感じをイメージしてみた!」
「なるほど。つかぬ事をお訊きしますが、アンジェラ嬢は今までこのレベルで痛飲した事が?」
「最近は酔わなくなってきたけど、ニスロクを喚ぶまでは結構酔いやすくてさ〜」
「……くれぐれも御自愛下さいね? *6」
どうやらゴブリンは瞬間的に二日酔いの全ての症状が発生したことで、気持ちが悪いとかそういう次元を超えた吐き気に屈したらしい。
激痛の後に猛烈な嘔吐という酷いコンボに遭ったゴブリンは痛ましく、これ以上はかわいそうなので、苦しみを感じる事も出来ないほどの一瞬で頭部を消し飛ばしてやった*7。
その後はアンジェラ嬢を褒めそやす時間だ。成し遂げたのはひどく簡単な事だが、召喚者が『魔』に近づいて行く事を喜ばない悪魔は居ない*8。
「それにしても、アンジェラ嬢はやはり素晴らしい才能をお持ちですね。これほど早く魔眼をマスターするとは。あとはぶつける呪いのイメージをどこまで強く出来るかなので、今後もゴブリンなどで練習していきましょう」
「うん! ……そうだ、ねぇニスロク! こういうのはどうかな?」
「ふむ?」
偉い偉いと撫でくり回していた少女から噴き上がる魔力。そしてその視線の先には木に括られた首のないゴブリンの死体があり。
その直後、死体が炎上した。
「は?」
「やった! 出来た! 『ゴブリンの身体の中から
「……凄まじい。そして素晴らしいですねアンジェラ嬢。いやはや。全く。本当に素晴らしい。流石は大魔女です。貴方は本当に素晴らしい」
ちょっと恍惚としてしまって語彙が若干おかしくなっているが本心だ。今彼女が行ったのは、技としてはもはや『悪魔』のそれに近い。魔術を感覚で使うその才能はもはや希少という表現すら生温い。
————是が非でもこの才能を伸ばして、真の意味での『魔女』にしてやらねば。
そう改めて決意する程に、今の術は素晴らしいものだ。
「これは今日はお祝いですね! 腕によりをかけて美味しいものを作りますよ!」
「本当!?」
「もちろんですとも。さぁ、アンジェラ嬢、何が食べたいですか? 今日の晩ご飯に限ってはお菓子尽くしでも良いですよ?」
「お菓子! お菓子、えっと前食べた冷たいやつとか、フワフワの奴とか、えっとそれと……」
「ふふふ、ではお菓子をたくさん作りましょうね」
俺のご主人が一層魔道に堕ちた記念日なのだ。盛大に祝わねば悪魔の名が廃る。
そうと決まれば今日はこのぐらいで狩りを終わらせて、果物集めと下拵えをしなくては。もちろん、帰り道でも修行は継続していくが。
「では帰りがてら生きたゴブリンで魔眼を試してみましょうか? あ、肉が勿体無いので、焼却以外をお願いしますね」
「わかった! じゃあ、心臓に直接雷の矢とかどうかな?」
「素晴らしい。それなら最小限の威力で確実に相手を殺害し得るでしょうね。流石はアンジェラ嬢です*9。ただ、相手の有する魔力次第では体内への干渉は弾かれてしまいますので、どんな相手でも有効というわけではありませんが」
「そうなんだ。なんで?」
「魔に属する者同士の闘いの場合、互いの体内の魔力は各自の制御下にあるので、それを打ち破って自身の術の燃料にするのは極めて困難なのです。まぁ、そこを魔力の出力差でゴリ押す事もできますが、そんな非効率な事をするなら外部から働きかける方がいいでしょうね。魔眼も基本的には自分の魔力をぶつけて発動する術なので、先程アンジェラ嬢が見せて下さった技はかなりの変則形と言えるでしょう」
「そっかぁ……じゃああんまり使えないかな?」
「いえ、アウルベアや猪、それに熊などの魔物以外の生物*10は魔術への抵抗力がさほどないので、それらには有効かと」
「なるほどぉ。じゃあ魔物にはやっぱりさっきの二日酔いの呪いとかがいいのかなぁ」
「アンジェラ嬢は視線を媒介に
「あ! それ格好いいかも!」
なんて、愉快で実りある会話を交わしつつ、アルクに戻る道中でベリー摘みとゴブリン狩りに勤しむ俺たちは、魔眼の応用実験につい夢中になってしまい、結局いつもより多めにゴブリンを狩ってしまった。
結果、アンジェラ嬢の夕食がデザート盛り合わせに決定してしまったのは、まぁご愛嬌だ。本当はおやつの予定だったのだが、まぁ偶にはこんな日もアリだろう。