甘いものって無性に食べたくなる時があるよねと思いつつ書きました。
さて、役所で狩りの報告を終えて帰って来たのは、今や完全に我が家として落ち着いているアンジェラ嬢のボロ小屋。ちょくちょく行なっている*1日曜大工で隙間風などを塞ぎ、外壁にはモルタル*2を塗装して、見栄えと強度を改善してあるが、それでもボロ屋感はある。
だが、アンジェラ嬢の活躍で大層助かって居るらしい森林組合の皆さんが家具の製作を買って出てくれたおかげで、内装は俺が召喚された時と比べれば随分良くなった。*3
そして今、そんなアンジェラ嬢の家の中には、甘い香りが立ち込めている。
「なにこれ! すっごい美味しそうだよニスロク!」
「これは……!?」
嬉しそうにそう言って顔を輝かせるアンジェラ嬢と、困惑するソフィア嬢。ソフィア嬢が何故居るのかと言えば、アンジェラ嬢が役所で誘った結果、仕事を終えてから来てくれたというだけである。
役所の職員にコネを作っておくとか、賄賂だとか、そういう裏の企みがさっぱり無いのがアンジェラ嬢らしさなのだろうが、俺はしっかりソフィア嬢に媚を売っておくべく、今日のメニューに手間暇をかけけた。
そんな彼女達の前に存在するのは、お菓子の盛り合わせ。かなり広義のプリン・ア・ラ・モードに当たるワンプレートのデザート艦隊である。
真ん中にあるのは、アウルベアの卵を使った濃厚な焼きプリン。その横には4段重ねのスフレパンケーキに、ローズマリーの香りを吸わせた山羊乳で作ったホイップクリームをたっぷり。
その隣にはベリーをたっぷり詰め込んで焼いたパウンドケーキ。更に色とりどりのギモーヴがそこに続き、トリを飾るフワフワのシフォンケーキにはなんとアイスクリームを載せてある。
この世界の文明のレベルから確信しているが、王侯貴族並みの超豪華デザート盛り合わせだ。というか俺の知る限り最も新しい『地上の情報』でもこれだけのものを食うにはそれなりの経済的余裕が必要になる*4。
「これ全部食べて良いんだよね!?」
「もちろんですアンジェラ嬢。ちゃんと2人分用意してありますから、自分のお皿は全部食べ切って構いませんよ。それに狩りの帰りに言った通り、これは今日の晩ご飯の代わりですから」
「やったぁ! ニスロク大好き!」
「あの、ニスロクさん? こちらお高い物なのではないでしょうか……?」
「まぁ、飲食店でお金を払って食べるなら高級品になるだろう事は否定しませんよソフィア嬢。しかし、これは俺の作った料理。値札は俺もが付けます。よってタダ!」
「い、良いのでしょうか……ほら材料とか……」
「いや、今回のお菓子に値段をつける際の原価はほぼ技術料ですよ。材料はほぼ狩りの途中で手に入れたものなので。さぁ遠慮無く召し上がれ」
なんて、遠慮のないアンジェラ嬢と遠慮がちなソフィア嬢にそれぞれ食事を促せば、2人は示し合わせたかのように同時に更に手をつけて、驚いたような表情と共に黙々と菓子の山を消費していく。
が、ここで一つネタバレをしておくと、アンジェラ嬢とソフィア嬢の食べているものは実のところ別物だ。見た目も味付けもそっくり同じに見えるが、実は原料が若干異なっている————と言えば大袈裟だが、アンジェラ嬢の食べている分が呪術的儀式が施された魔物素材製、ソフィア嬢の分は呪術無しの魔物抜きレシピというだけだ。いきなりソフィア嬢が馬鹿力になっても困るので、こればかりは致し方ない。
さて、そんな実は地味に手間の掛かっている菓子達だが、そのレシピには若干の妥協があるのもまた事実。
本来は常温で液体の植物油を用いるべきシフォンケーキは湯煎で溶かしたバターを温度調整しながらどうにか作ったものだし、パンケーキに関してもベーキングパウダーがなかったのでメレンゲを使ってテクニックでフワフワスフレにしただけだ。
パウンドケーキも同様にベーキングパウダーがないのでずっしり系になっており、食感の重さをごまかすためにベリーを大量投入して歯触りに変化をつけている。
ギモーヴは以前も作ったゼラチン系スイーツ*5だし、焼きプリンには『カラメルが無い』し『バニラエッセンスも無い』ので煮詰めたフルーツソースをかけて誤魔化してある。
つまるところあれだ。手は尽くしたが理想系では無い。作った側としてはそんな思いを抱いてしまうのである。もう少しこのアルクの村でも食材が流通してくれればいいのだが、辺境にそれだけの物資を齎すにはとんでもない権力が必要になる。今はまだ見果てぬ夢という他ないだろう。
だが、そんな超一流には及ばないメニューでもアンジェラ嬢もソフィア嬢も頬を綻ばせて美味そうに食べてくれているのはありがたいところだ。
彼女たちが堪能している『甘味』の元である糖分は食べ物として流通している癖に下手な麻薬以上の依存性がある品物*6。
一度味わってしまえば最後、甘味を求める人間の欲望は容易に堕落に向かう*7のだ。暴食の入り口、というわけだな。
とりわけ、女性は繊細な感覚を持つが故に、こういった菓子の類に対する感受性が高い。
女性を堕落させるのにスイーツ攻めを使うのは、割と魔界の暴食系悪魔にとってはトレンドだった*8。あと食べて痩せる系ダイエットの流布とかも大体悪魔の仕業だ*9。
しかしまぁ、アレだな。可愛らしい女性が美味しそうに菓子を頬張る光景は良いものだ*10。
ベルゼビュート陛下も最近は美少女の姿を取る機会が多かった*11ので、なんとなく思い出してほっこりする。
「ねぇ、ニスロクは食べないの?」
「俺はもう食べましたよアンジェラ嬢」
「あら? ニスロクさん、いつの間に召し上がられたんですか?」
「型から外す時に形が崩れたプリン*12とか、パウンドケーキの耳*13とか、形が崩れたパンケーキ*14とか、そういう盛り付けに使わない奴を調理時に頂きましてね」
俺がそう告げると、何を思ったのかアンジェラ嬢がフォークに刺したパンケーキの一切れを差し出してきた。
「じゃあちょっとは綺麗に焼けてるやつ食べなきゃ! ほら、あーん」
「アンジェラ嬢、お気遣いは有り難いのですがあまり人前でそういう事をするとあらぬ誤解を————」
「あらあらあら! まぁまぁ!」
「————ですから誤解ですよソフィア嬢。頬を染めておられますが、俺とアンジェラ嬢はあくまでも主従関係です」
「じゃあ主人の言うこと聞きなさい! あーん!」
「……まぁ、はい。……ありがとうございますアンジェラ嬢」
「美味しいでしょ!」
何故か嬉しそうにドヤっているアンジェラ嬢には申し訳ないが、形崩れした奴と味自体は変わらない。形状があくまで問題なのであって、生地の配合をミスった訳ではないのだから当然だ。まぁ、そこは気持ち的な部分なのかもしれないが。
しかし、もし節操なくこんな真似をしてしまえば、人間の青年ならアンジェラ嬢に惚れてしまう*15。世の男どもの純心を弄ぶのは悪魔的には超絶大歓迎だが、それでアンジェラ嬢が危険なこと*16になっては困るので、念の為後で注意しておこう。
主に俺が面倒臭いからな。死体処理とか。
「アンジェラさん、ニスロクさんの事が大好きなんですねぇ、ふふふ」
「えっ? うん」
「良いですねえ、青春って感じで」
この会話、絶対お互い噛み合って無いぞ。
「ソフィア嬢、アンジェラ嬢が俺を好きなのは事実かも知れませんが、『近所の犬』や『小遣いをくれる親戚のおじさん』への『好き』ですよ」
「えぇ〜、アンジェラさんそうなんですか?」
「んー……ニスロクは私のだからそういうのよりも好きだよ」
「それは光栄ですが。アンジェラ嬢、ソフィア嬢はおそらく俺とアンジェラ嬢を恋仲だと勘違いしているかと」
「え、それは無い」
「ですよね」
「えぇ〜なんだぁ、残念。職場でも噂の種でしたから、気になってたんですけどねぇ、ニスロクさんとアンジェラさんの関係! もちろん私はニスロクさんが使い魔だと知っていますけれど、ほら、立場と関係性は別物でしょう?」
「えっ、噂!?」
「どうせ根も葉もないものでしょうが、まぁ我々は目立ちますからね……*17」
驚くアンジェラ嬢と、苦笑してしまう俺。ソフィア嬢はそんな俺達の姿に『恋仲』を否定する核心を得たのか「私の予想は外れてしまいましたけどね」などと笑いながら人々によって噂されている俺たちの話を教えてくれる。
『亡国のお姫様と騎士』*18だの、『俺が王子でアンジェラ嬢と駆け落ち』*19だの、『実は国家から内密に派遣されてきた査察官』*20だのと想像力豊かな噂の内容に表情をコロコロ変えるアンジェラ嬢の反応を見る分には楽しいのだが、俺もセットで噂されているので笑いも若干乾いたものになってしまう。
だがソフィア嬢から語られる数々の噂は茶飲み話には丁度よく、お菓子とお茶を楽しみながらの談笑はすっかり暗くなるまで続いて、ソフィア嬢は小屋に泊まっていくことになるのだった。