まずは1話目をどうぞ!
22. 小料理『半魚人の夕餉』①
「半魚人?」
「ええ、そうなんですよ。ご存知の通り森とは逆方向に、運河として使っている大きな河があるんですが*1、そこに大量に現れた様でして。この街より更に上流は魔物の領域なので、そこから河を下って来たのかと思われます。まぁ、それ自体は珍しいことではなく、通常は日に数匹流れて来る程度で数名の魔物狩りでも十分に対応できていたそうなんですが————今朝、荷下ろし場の職員から数百単位で運河を覆い尽くしているとの通報がありまして」
「なるほど。……相手が水生生物ならアンジェラ嬢の魔術で簡単に討伐できそうですね」
「ええ、此方もアンジェラさんにお得意の電撃でビリッと倒して頂けないかと思いまして。というわけで、役所からの依頼として、運河の魔物掃討をお願い致します。可能であれば上流の異常を調査も実施して頂きたく」
「はーい! 今日もお仕事頑張るね! でもその間、森のゴブリンはどうするの?」
「他の魔物狩りの皆さんにカバーしてもらう手筈になっています。普段半魚人狩りで運河方面に回っている方達と交代する形ですね」
「じゃあ大丈夫だね!」
役所でそんな会話を交わしたのが、今日の朝。かくして俺とアンジェラ嬢は運河を訪れたのだが————。
「ニスロクーッ! 思ったより多いんだけど半魚人!」
「確かに!」
運河に突き出した桟橋に立ち、絶叫する俺達を取り囲むのは、異常発生した
アンジェラ嬢がSF映画の暗黒卿宜しく両手から稲妻を迸らせ、俺が撃ち漏らしを牛刀で叩き切ることかれこれ2時間。
にも関わらず、獰猛に襲い掛かってくる大量の半魚人共が放つプレッシャーは衰えず、上流から次々に雪崩れ込む増援を頼みにひたすら進撃する様はまさに波濤の如しだ。
幸い、アンジェラ嬢の電撃と俺の斬撃を掻い潜る個体は現れていないが、この数を前に2人というのは単純に手が足りない。初めは死体を回収していたのだが、今では死体をぶん投げて文字通りの肉弾*2に使っている程度には数が多いのだ。
恐るべきは半魚人のアホさ加減だろうか。引くという事を知らないのか、群れの半数ほどをブッ殺した気がするのにまだ群がってくる。こうなってくると良い加減に鬱陶しい。
まぁ、奴らは半魚人とはいうが、ぶっちゃけシーラカンスのお化けみたいなもの*3で、思いっきり鰓呼吸の生き物だ。一応魔石もあるのでこんななりでも魔物らしいのだが魚の知性などたかが知れている。馬鹿なのは仕方がないのだろう。
「とはいえ埒があきませんね、アンジェラ嬢」
「確かに多すぎるよねぇ、なんで急にこんなに流れて来たんだろ」
「半魚人がゴブリン同様の雑魚魔物とすると、何か、魔猪のような凶暴な魔物が上流に現れて逃げてきた、と言ったところでしょうかね」
「ありそうで嫌だなぁ」
なんて会話を交わしながら戦えるのは、アンジェラ嬢の修行の成果だ。『魔眼』をモノにした彼女は、魔法名の詠唱すら無く視界内に自在に雷撃を発生させる事が可能になっている。それに加えて掌からも電撃を放っているので、もはやその在り方はちょっとした雷神のそれだ。
掌から放つ稲妻も魔眼も詠唱を完全に省いている以上、魔術の制御を全部マニュアルで行っている状態。当然そんな行為は常人には至難の業なのだが、直感的に魔術を扱えるアンジェラ嬢は例外らしい。息を吸う様に自然に魔術を扱う彼女ならではの無茶だと言えるだろう。
さらに、アウルベアの肉や卵をたっぷり喰らった事で彼女の身体性能は更に向上しており、揺れる桟橋の上でも一切ブレない体幹や軽業師が余裕で務まる身体操作技術などを獲得してそのスペックはいよいよ跳ね上がっている。
……そんな最強魔女っ子のアンジェラ嬢が、視界内を雷撃で埋め尽くしても、倒しきれないのはなぜか?
その原因は、雷撃の性質にある。水中に雷を撃つと、水面にいる連中は感電死するのだが、水中にまでは電撃が到達しないのだ*4。生水はミネラルや不純物を多く含み、電撃がそれらによって拡散してしまうのである。
そうは言っても当然水面に体の一部が出ている個体は死ぬので、この依頼を受けた当初は何度か電撃を放つだけの仕事だと思っていたのだが……少々想定が甘かったという他ないだろう。
「ニスロク〜ッ! これ火力あげたらなんとかなると思う!?」
「まぁ何とかはなるかと思いますが……どうされるおつもりで?」
「完全詠唱で撃ったらどうにかなんないかなこれ!」
「一度試してみる価値はあるかと。では一旦俺が迎撃を全面的に引き受けましょう。余り長くは持たないとは思いますが構いませんか?」
「充分! ————雲の衣擦れ、嵐の瞬き。嘶け、軋れ、迸れ。天に番えて、地に放て。
そんな風に魔術を詠唱するアンジェラ嬢に対し、俺がまず抱いた感慨が『あ、呪文覚えてたの?』だったのは仕方がないだろう。
だが、その次に俺の脳裏に閃いたのは『アッヤベッ』という言葉にならない悲鳴めいた危機感。
その直後、慌てて飛翔した俺の眼下で馬鹿げた威力の雷が炸裂した。
桟橋の先端部諸共に川底を抉り飛ばしながら上流に向けて突き進み、有象無象の半魚人達諸共に河水を蒸発させたその一撃はまさに『神鳴り』。
どう考えても魔猪を狩った際の電撃よりも威力が大きいが、これについては詠唱の効果が大きいのだろう。本来、詠唱を含めた儀式というものは自分の魔力を呼び水に周囲に存在する天然自然の魔力を呼び込んで魔術を発動させる為のもの。アンジェラ嬢は天性のセンスによって自身の魔力のみで術を成立させているので無詠唱などという曲芸が出来ていたわけだが、そんな輩が詠唱魔術を使うとこうなるわけだ。
アンジェラ嬢が有する大量の魔力を『呼び水』に使った結果、周辺の魔力をごっそりかき集めた天変地異クラスの一撃が発生したのである。
……地面に電荷が滅茶苦茶溜まったことと河川水の蒸発を伴う上昇気流*5によって自然現象としての雷が鳴り始めているし、完全にやり過ぎとしか言いようがない。
加えて、魔力を振り絞ったアンジェラ嬢はといえば、完全に伸びている。現状ではこのレベルの魔術は完全に切り札扱いにしておくべきだろう。
「ぐぇ〜」
「お疲れ様です、アンジェラ嬢。上流から水は流れ始めてきていますが、これで今日一日ほどは半魚人も寄りつかないでしょう。……いやしかし、咄嗟に停泊中の船を結界で保護しておいて良かった。桟橋半壊の件はコラテラルダメージとしてソフィア嬢に報告しておきましょう」
「……テラテラ? なに?」
「やむを得ない犠牲だったという事にしておこう、という話です。まぁ一旦は半魚人を殲滅できたわけですし、破損したのも3割ほどなので怒られはしないでしょう。とりあえずは昼食を摂ってアンジェラ嬢の魔力が回復し次第、上流に向かいましょうか」
「うい……」
* * * * * *
さて、そんなわけで半壊した桟橋から陸に戻ってしばし休憩中の俺たちは、捌いた半魚人を手軽な塩焼きにして頬張りつつ、上流を目指すにあたっての対策を考えていた。
「半魚人、大型の魚と考えれば食い出があって悪くはないんですが、こうも多いとやはり厄介ですね」
「確かに適度にいれば半魚人漁もアリだよねぇ。今日私達と交代でゴブリン狩ってくれてる人達も元々はそれで生計立ててたみたいだし。でも、味は若干生臭い感じはあるかな」
「川魚ですからね。他の調理法は追々考えましょう。臭みさえ抜けば綺麗な白身なのでムニエルとか相性良さそうですし」
「楽しみにしとく! ……ところでさ、あの凶暴さと無謀さ、思った以上に厄介じゃない? 私たちじゃなきゃ速攻で水中に引きずり込まれてたと思うよ」
「ええ、間違いなく。いやはや、あれほど数が多いとは。……毎度アンジェラ嬢が川ごと消し飛ばす訳にも行きませんし、もう少し効率の良い手法を考えるべきでしょうね」
「漁師の人達に網で捕まえてもらうとか?」
「いや、それが出来るなら俺たちに話が回ってこないはずです。我々からすれば雑魚ですが、漁師の網を食い破る程度の膂力はありそうですし*6」
「じゃあ気長に電撃撃ち続けるしかないのかなぁ」
「電撃はそのまま放つだけでは存外効率が悪そうなんですよね。河の表面にしか攻撃出来ないので」
「あー。ということは河の中に電気をちゃんと流せれば良いんだよね? 術の発動起点を川底に設定するとか?」
「言うは易いですが、中々の高等技術ですよ?」
「ニスロクはできるでしょ?」
「まぁ出来ますが」
「じゃあ教えて!」
「魔眼の応用技術として、川底を透視して其処に魔術を発動させることは出来ます。しかし、この方法は透視が使える前提なので……」
「そっかぁ……じゃあ今すぐには無理だね」
「ええ。ですので、もう少し別の手を使いましょう」
「別の手?」
「ガッチン漁という手法がありましてね。水中の岩に別の岩を叩きつけ、衝撃波によって周辺の魚類を根こそぎ気絶させる荒技*7なのですが、これを応用します」
「うんうん」
「具体的には、適当な石ころを拾って、川にブン投げます」
「うんうん……うん?」
「以上です」
「いやいや、私がやっても意味ないじゃんそれ。ニスロクみたいに怪力じゃないんだから無理だって」
「あー……まぁ、騙されたと思って一度お試しを。ほら、水位が戻ってきたので上流からの半魚人もポツポツいますし」
なんて俺が促せば、首を傾げつつも素直にその辺の石を手に『よっこいしょ』と立ち上がるのがアンジェラ嬢の良いところだ。
だが、そんな彼女の半信半疑な在り方とは裏腹に、彼女が綺麗なフォーム*8でブン投げた石ころは軽く音速に達し、川面に直撃すると同時に盛大な水柱を発生させる。
というかそもそも、アンジェラ嬢はよくわかっていないだろうが今投げた石の大きさは握り拳より大きいわけで、そんなものをぶん投げられる時点で並みの女子ではないのだ。
「えぇぇ〜ッ!?」
「……アンジェラ嬢は大量のゴブリンに加えて魔猪と梟熊を食っておられるのですから、当然の結果かと。筋力と同時に身体制御能力も向上して無意識の力加減が効いていただけで、アンジェラ嬢自身の力は既に人間を大きく超えているのですよ」
「そうだったんだ……アレ? じゃあゴブリンとかも殴ったら楽なんじゃ?」
「まぁ否定はしませんが血と臓物まみれになりますよ? 石を拾って投げるなら話は別ですが、アンジェラ嬢の場合、最近は視認と同時に電撃を放って居るので効率は下がるかと」
「それもそっか。……いやでもびっくりしたなぁ、確かに最近は身体が軽いと思ってたけど、てっきり暴飲暴食を控えた*9からかと……」
「多少は影響しているかもしれませんが、肉体強化の影響の前では誤差でしょうね」
「ほへぇ。……でもまあ、確かに結局上流の異常を解決しないと半魚人はずっと流れてくるだろうし、上流を目指して移動する間は石を投げて追っ払うぐらいで良いのかも」
「ええ。元を断たないことにはどうにもならないでしょうからね。……さて、それでは上流を目指すとしましょうか」
「うん! 午後からも頑張ろ!」
そんな風に元気よく、活動再開を宣言するアンジェラ嬢。その声を合図に再び河岸へと向かった俺たちは、一路川沿いを上流に向けて移動し始めるのだった。