此処からはまた書き溜めて行くので更新はしばらくお待ち下さい!
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と、いうわけで。アンジェラ嬢が双子と共に館の探検をしている内に夕食の準備に取り掛かった俺は、まず半魚人の下拵えを行っていた。
先にも述べたが、この半魚人、淡白な白身魚*1ではあるのだが、いかんせん川魚故の生臭さが残っている。昼は半魚人本来の味を見るためもあってその対策を行わずに塩焼きしたが、夕食ではこの臭みについてもしっかりと対策を行なっていくつもりだ。
で、取り出したるは新鮮な半魚人の半身。鱗落としと三枚おろしまでは済んでいるこの肉を使って、ひとまず臭み抜きの基本を試す事にしよう。
まずは基本のキにはなるが、そもそも魚の臭みとはなんぞやというところから。まぁこれについては、概ね2つに大別されると言って良いだろう。すなわちトリメチルアミンとゲオスミンだ。
前者は、魚本来の匂い。体内に存在する成分が死後に変質する事で生じる臭気だ。一方で後者は環境の匂い。いわゆる泥臭さという奴であり、泥水などに居る菌類の働きで生まれる匂いである。
だが、そのどちらについても概ね対処法は同じだ。これは、両者がどちらかと言えばアルカリ性寄りの低分子有機化合物である点に由来する。
ざっくり言えば有機酸*2である酢酸を用いれば容易に抽出と分解が可能なのだ。
そんなわけで、半身をサクに切り分けた後、軽く塩を振って肉の表面に汁気を出し、酢水*3でしっかり洗えば大体の臭みは抜けてしまう。仕上げに念押しとして蒸留酒*4を染み込ませた布巾で水気を拭いてやれば、魚の臭みがかなり抜けた、生食にも耐えうる『半魚人の酢締め(甘口)』の出来上がりである。もちろん酢水ではなく酢そのもので締めても良いのだが、今回の料理ではあまり酸味が残っても困るだろう、というのが俺の判断だ。
ここで、このサクを使って今晩俺が作ろうとしているものを紹介しよう。
まずは『半魚人の刺身』。川魚なので鯉のように『洗い』にしようかとも思ったが、底魚ではないのか鯉や鮒ほどは身が臭くなかったので、刺身でもいけるだろうと判断した。これについては削ぎ切りにして皿に盛るだけなので簡単だ。ついでに大根を桂剥きにしてから千切りにして、いわゆる『ツマ』を作っておくのも忘れない。ちなみにこのツマの役割は、実はドリップ*5を吸い取るためなのだが、その用途よりはお口直しに食べる用途の方が最近では主流だ。あと刺身用に用意するものといえば、醤油ぐらい。これは以前作ったワインレッドの醤油があるので、これをそのまま使用する。薬味は刻んだノビルでいいだろう。
で、次に作るのは『半魚田』*6。自作の味噌、味醂の代わりに生命の果実の果汁と蒸留酒、薬味としてサンショウの若芽を合わせてよく擦った『田楽味噌もどき』を、串を打って炙り焼きにした半魚人の身に塗りつけて2度焼きするだけの簡単メニューだ。元は農民食だっただけあって簡単なレシピではあるが、味噌とかいう最強調味料でコクを出しているので手間が掛からない割にかなり旨い。ついでなので大根の田楽も作っておけば、彩りも紅白*7で目に楽しい仕上がりになるだろう。
そして最後に『あら汁』。サクを作る際に余ったアラをじっくりと網焼きにして炙ったあと、蒸留水でゆっくりと煮出して出汁を引いた香ばしい汁物だ。今回は潮汁風に味付けは塩だけ。具は大根とノビルというシンプル仕様だ。刺身と田楽という主役級の品々の中で箸休め的なポジションを期待しての采配である。
あとは、コメがないのでいつも通りに燕麦で麦飯を炊き、付け合わせに大根で千枚漬け風の漬物*8
さて、これで一汁三菜の半魚人定食が出来上がりだ。後はハルファスとマルファスに帰ってくるよう念*9を送っておけば、程なくして3人揃って帰ってくる事だろう。
その間に、配膳をこなしておけば、今日の夕餉は完璧である。
* * * * * *
「わぁ! また変わった感じの料理だね!」
「半魚人が思いのほか良い具合の白身だったので和食————もとい、とある島国の郷土料理風にしてみました。こちらがお刺身、こちらは田楽、そしてこちらがあら汁と漬物ですね。現地ではお箸という食器で食べるのですが、挑戦してみますか?」
「やってみようかなぁ……この棒を使うの?」
「ええ。このような持ち方*10でもてば、パカパカと動かしてものを摘めるという寸法です」
「なるほど〜……こうかな?」
「おぉ、完璧ですね。流石はアンジェラ嬢*11」
と、俺がアンジェラ嬢を褒めているその横で、元気よく挙手するのはハルファスとマルファスの2人。まぁ、この2人とも長い付き合いなので、言いたいことは何と無く察しはつくが……。
「「あ、僕たちは先割れスプーンで」」
「諦めが良いですね君達」
「頭が鳥*12なだけのニスロクと違って僕たちは全身鳥なんだよ? 手の扱いが得意だと思う? ね、マルファス」
「そうだねハルファス。というかなんなら僕らは先割れスプーンも苦手だよ? 手とかブン殴る以外であんまり使わないし」
「なんで自慢げなんですかね、このぶきっちょコンビ」
「まぁまぁニスロク、元が鳥なんだったら仕方ないんじゃないのかな? ……そうだハルちゃんマルちゃん、『あーん』してあげよっか?」
「「マジぃ? それじゃあ……いえ、失礼致しました、お気持ちだけ頂いておきますね*13。いやはや、我等の主人はお優しい」」
「そうかな? やって欲しいなら遠慮なく言ってね?」
「「お気遣い痛み入ります」」
なんて会話をしているアンジェラ嬢じゃ、確かに双子の言う通り優しいが、彼女の悪魔への距離感は少しばかり危うい気がしないでもない。
本来、悪魔と召喚者の関係というのはお互いが出し抜かれまいと警戒し、ヒリついているぐらいが普通なのだ。が、アンジェラ嬢の場合どうも此方を友達か何かだと思っている節がある。
「「……この妙に優しい感じベルゼビュート陛下っぽい*14な……ニスロクアイツ、性癖分かり易すぎ? 」」
「聞こえていますよ? *15」
「ねぇ、ニスロク、もう食べても良いかな?」
「これは失礼。もちろんですとも」
「やった!」
俺がそう返すや否や、アンジェラ嬢がまず箸をつけたのは何と刺身だった。この世界には生食文化はあまり無いと踏んでいたが……中々のチャレンジャー精神である。
「ん……お刺身、だっけ? これ美味しい!」
「それは何よりです。……しかしアンジェラ嬢、よく生魚を躊躇もせず食べましたね?」
「確かに食べると毒*16って聞くけど、ニスロクなら毒抜きぐらいしてるでしょ?」
「まぁそれはそうですが」
「それに、アウルベアとかゴブリンが獲物を焼いて食べるわけないんだし、私も生肉とか生魚食べても大丈夫かなって*17」
「あぁ、なるほど」
一応、勝算は彼女なりに有っての行動だったようである。まぁ確かに俺は食事に毒を盛れと言われたら言った奴を生きたままルイベにするタイプではあるが、その辺りについて価値感が共有できていたのは意外かも知れない。
などと俺がしみじみ思っていると、何やら双子がカサカサとにじり寄って来た。……両側から耳打ちするのはダミ声が無駄にステレオになって気色が悪いのだが???
「「……ニスロク、君、アンジェラ嬢に何してんの? 」」
「蠱毒*18や竜血の呪い*19、あとは人魚の肉の呪い*20などを応用して改造した捕食吸収の咒を掛けているだけですが? 」
「「……なるほどねぇ魔人作るつもりかよコイツ」」
「ダミ声でボソボソ喋ると聞き取り難いですよ、ハルファス、マルファス」
なんてやり取りを目の前でされれば、当然アンジェラ嬢も気になるわけで。この双子のせいで碌に食事が進まないな? 何やら幼児が沢山いる家庭の保護者の気分である。
「なになに? 内緒話?」
「いえ、アンジェラ嬢に掛けている魔術について訊かれましてね」
「ああ、食べる物の力を取り込んで強くなる奴?」
「「いや合意なのかよ!?」」
「人の耳元でダブルで叫ばないでくれませんかねェ……と言うか合意なのは当たり前でしょう? 俺をなんだと思っているので?」
「「そりゃあ、僕達『虚飾』の悪魔の大先輩*21だと思ってるよ?」」
「……まぁ良いでしょう。ところで君達は食べないんですか?」
「「? 使い魔の飯は主人の後じゃないの?」」
「中世の価値観を引きずりすぎでは? アンジェラ嬢は食事順など気にされませんから、早く食べなさい」
「「マジ? やった! いや〜、ニスロクのマトモな飯とか久々だねぇ!」」
おい、聞き捨てならないぞそれは。
「俺が今までにマトモでない食事を振る舞ったとでも?」
「「共食い*22がマトモだとでも? いや、味は良かったんだけどさ、気持ち的にね?」」
「……存外繊細なんですね君達」
「「『暴食』の連中が図太いだけですゥ〜!」」
「あはは、なんだか賑やかだね。兄弟が増えたみたい」
「「……失礼、久方ぶりの現世に少々気が緩んでいた様です」」
「いや、良いよ良いよ。というか2人ともそんなに畏まらなくても良いんだよ?」
「「マジ? じゃ、そうする〜。……お、この焼いた奴*23美味ッ!」」
「……アンジェラ嬢、悪魔相手に譲歩し過ぎると危険ですので御注意を。まぁ今回の場合、俺も契約に一枚噛んで居ますからハルファスとマルファスがアンジェラ嬢を害することは無い*24でしょうが、油断は禁物です」
「えー、こんなに可愛いのに? ダミ声だけど」
「どんなに可愛くてもです」
「……僕達が言えた事じゃないけど、ニスロクのいう通りだよアンジェラ嬢。悪魔は常に契約者の寝首をかいて魂を奪おうとしてるんだから。ね、マルファス」
「そうだねハルファス。ニスロクは魔界でも珍しいタイプの変態だから魂を取ったりしないだろうけど、他の悪魔は大抵魂を狙ってくるからね。……いやまぁ、オロバスみたいな馬鹿真面目な奴もいるけど」
「オロバス?」
「「僕達の同期で馬鹿真面目な馬面馬鹿」」
「……それなりの悪魔ですが、嘘が嫌いで真面目な事と、召喚者に死ぬ程忠実な事が特徴です」
「え、凄く良い人じゃない?」
「それはそうなんですが、彼女はなんというか……人をダメにするんですよね。何でもしてあげちゃうので。そのせいで本人は真面目なんですが召喚者の魂を結局堕落させるという……」
「「それで『
「悪魔も色々いるんだねえ。……あ、このピクルスみたいな奴美味しい。大根? 燕麦に結構合うね」
「でしょう? そちらのあら汁も、田楽も、刺身も、概ねこの炊いた燕麦に合うはずです。……まぁ、米があれば良かったのですが、今のところ見つけられていませんからね」
「「僕らは好きだよ燕麦。生でも好き」」
「鳥ですからねぇ……特にハルファス*25」
「あはは、まぁニスロクの探してるコメ? ってのも見つかったらまたこういうの食べたいな。コメの方が合うんでしょ?」
「ええ。その際は腕によりをかけますとも。丼物、焼き飯、混ぜご飯にリゾットと、コメ料理は多種多様ですからね」
「ほへぇ、なんかよくわかんないけどニスロクが言うんだし美味しいんだろうねえ……コレは私も頑張って探さなきゃだ」
なんて会話を交わしつつ、野営らしくない野営の夜は過ぎていく。
……しかし、双子連中、思いの外すぐ馴染んだな。などという俺の感想を残しながら。