人魚の討伐後、無人島にて休憩する事しばし。
先程の人魚を狩って以降も遠くから人魚の歌は聞こえたし、その中にはソプラノボイスも聞こえているので、おそらく子供かメスの人魚もちゃんと居るのだろう。と辺りをつけたところで、俺たちは昼食の準備と洒落込んでいた。
が、この湖、人魚の巣であると同時に半魚人共の巣でもあり、この島から湖をパッと見ただけでも視界に100匹は半魚人が常に見える。*1人類がアルク近郊から先に未だに進出できていないのは、この魔物の密度にも理由があるのだろう。
空を見れば、よくわからない怪鳥*2が飛んでいるし、湖岸の森にはチラホラとアウルベアが姿を覗かせている。半魚人もゴブリンも奴らにとっては餌なのだろう。*3
さて、そんな野生を感じる素晴らしい昼下がりに、俺は半魚人を捌いていた。
半魚人は肉質がガッツリ魚なのに変に腕やらがあるせいで解体しにくいが、そこは腕の見せ所。既に数匹バラしてコツを掴んでいる事だし、あと数分もあれば全ての在庫を切り身にできるだろう。
解体で出た余計な部分*4は、豪快に湖に投棄すれば、半魚人が群がって処分してくれるので後始末も簡単。共食いを気にしないあたりはやはり魚類寄りなのだろう。
程なくして、大量の半魚人の切り身が出来上がったわけだが、昼食にはこのうち腕肉と脚肉を使用する予定である。
さて、この腕肉と脚肉だが、捌いた感触としては『カエル』に近い印象だ。
であれば、利用法もそれと同じで良かろうという事で、昼食に作ったのは『
「さて。揚がりましたよ、酥炸半人魚。
「わーい! 作ってる匂いだけで滅茶苦茶お腹すいちゃったよ!」
「「確かに!」」
「揚げ物の香りは食欲を唆りますからねえ」
「「でもニスロク、これ唐揚げというかフライドチキンぐらいあるんじゃね?」」
「唐揚げにサイズの規定はないですよ? というのは冗談で、元の肉が多いのであまり細かく切ると片栗粉が足りないんですよね*10」
「「あ、なるほど?」」
などと、会話する俺達を尻目にアンジェラ嬢はデカい唐揚げを豪快に手掴みし、派手に齧り付く。
「ん〜! 美味しい! 辛い! でも美味しい!」
「「唐揚げえっちに食べる選手権優勝」」
「聞こえてますからね?」
「……僕達もたべよっかマルファス」
「そうだねハルファス」
「誤魔化されませんよ?」
「「痛い痛い痛い! 感想言っただけじゃん! 褒めたじゃん!」」
「褒め言葉だと思うなら大きな声で言いなさい」
「「主人へのセクハラはダメでしょ」」
「どの口が? この口ですか?」
「「痛〜いッ!」」
「ふひ〜、から〜い……ニスロク? あんまりハルちゃんとマルちゃんいじめちゃダメだよ?」
「双子は怒られると分かっていて冗談を言う悪癖があるのです。むしろ俺が彼らのマゾヒズムに付き合わされているのですよ」
「「語弊しかないなぁ!?」」
なんて、愉快な昼食時間を楽しんでいる我々だが、俺自身は双子に灸を据えてから手早く唐揚げを2、3個頬張る*11と、次なる解体作業に移行する。
目の前にあるのは人魚の死骸。スッパリと首を刎ねて血抜きはバッチリ。そこで腹を裂いてモツを抜き*12、ざっくり開きにしてみたのだが断面をみてもどうにも肉質がわかりにくいのだ。
まぁ、下半身は見た目通り紛う事なき魚肉である。肉質はカサゴなどの底魚に近い美しい白身で、臓器の類はほぼ全てこちらに詰まっていた。
が、問題は上半身。人間で言えば腸などが詰まっていて然るべき場所にまでみっちり詰まった巨大な肺とそれを収縮させる強靭極まる筋肉は呪歌の為の進化なのだろう。そして、屈強な筋肉組織は獲物を襲う為の腕やそれを支える胸筋につながっているのだが、こちらはどちらかと言えば哺乳類のソレに近い肉質なのだ*13。
うーん、これは思い切って上下に泣き別れになってもらう方が良さそうな気がしてきたな。下半身は魚肉、上半身はジビエとして取り扱うのが無難だろう。
で、その下半身の方だが……せっかくの上等な白身だ。シンプルに頂くのが吉と見た。幸い、広大な澄んだ湖で暮らしている上に完全肉食だからか肉に泥っぽい臭みもない。*14
先程中華風に揚げた半魚人は好評だったようだし、これも中華風に————。
「おーい、ニスロク。料理は晩飯時にしときなよ? 僕達これからアンジェラ嬢のペット探しもしなきゃなんだし。ね、マルファス」
「そうだよニスロク。ハルファスの言う通り、今は料理より人魚探しをしなきゃ」
「……まぁ、それはそうですね」
「お! みんな人魚探しもう行くの!? 私も行く!」
「「ノリノリだねぇ、アンジェラ嬢」」
「だって絶対可愛いもん、ちっちゃい人魚!」
なんてやり取りの末、アンジェラ嬢の号令で再び湖へと漕ぎ出した俺たちは、適当に人魚の声のする方へと向かいつつ、『人魚捕獲作戦』について内容を詰めていく。
「延縄*15というのも考えましたが、どう考えても半魚人ばかり釣れるでしょうし、此処は電撃漁で根こそぎ気絶させて人魚だけ回収するのが良いのでは無いかと」
「でもニスロク、この前の桟橋の時みたいに表面にだけ電気が流れて微妙な感じにならない?」
「そこはまぁ————」
「「僕達に任せて!」」
「今回の用途だと電気牽き縄がいいかな? 水中使用なら電気抵抗による発熱はあまり問題にならないだろうし、材質はステンレスでどうかなマルファス」
「そうだね。良いと思うよハルファス。長さの方はざっと100mもあれば十分かな。あまり広範囲にショックを与えても大変なだけだしね。アンジェラ嬢が送電部分を手に持つことも考えて、引きずり込まれないように船体への固定パーツも作ろう。絶縁性と錬成の手間を考えると石材が良いかな? どう思う、ハルファス?」
「良い感じ! 船体をアースすれば完璧だね。じゃあ、早速始めようか」
「「設計完了、原料算出、術式起動————鋳造開始」」
「はぇー、なんか良く分かんないこと言って良く分かんない物作ってる……」
「アンジェラ嬢、素直過ぎる感想は時に人を傷つけますよ? まぁ、あの双子は被虐趣味なので喜ぶでしょうが……」
「「マゾじゃ無いってば!? ……あ、ちなみに今作ったのは、水中に牽き伸ばしてから電気を流す事で周辺の魚類を根こそぎ痺れさせる道具だよ。そこの金属の取手を掴んで電撃を出して貰えば、湖の中まで電気が届くから」」
「なるほどぉ〜……これってもう使えるの?」
「「いや、仕掛けを投げ込んでちょっと牽いてやらなきゃ使えないかな。僕達で仕掛けは投げ込むからニスロク操船よろしく」」
「構いませんよ。ではアンジェラ嬢は取手を掴んで暫しお待ちを」
なんてやり取りと共に、俺の操船でゆっくり動き出した船から投下されていく金属製の網縄。それらが無事に全て水中へと落とされたところで、双子のアイコンタクトを受けたアンジェラ嬢は、取っ手を握る掌に魔力を込めて、雷へと変性させる。
直後、大電流が流れ————たりはしないのは、やはりアンジェラ嬢の勘の良さによるものだろうか?
今回の目的が彼女自身の望んだ『人魚を捕まえてペットにしよう』という計画である事も手伝っているのだろうが、半魚人がぷかぷかと浮かんできてはいるものの、そのどれもこれもが痺れているだけで一切傷付いていないのだ。
見た目はさながら土左衛門の群れだが、それでも彼らは生きている。そして、半魚人の青っぽい鱗の中で、その赤色は随分と目立っていた。
いやまぁ、水中では赤色は割と目立たない色*16ではあるのだが、ぷかぷか浮いている今の状態では悪目立ちしているとしか言いようがない。
「早速居ましたね、人魚の子供」
「「オスかな? メスかな?」」
「それなんですが、おそらく人魚は性転換する魚類ですよ。捌くついでに解剖してみましたが、若干メス時代の名残がありました。ブルーヘッド*17みたいなものでしょうね」
「「つまり、あの赤いのは確実に女の子って事だね! じゃあとっとと捕まえちゃおう!」」
なんて声と共に翼を広げて飛び立った双子が『グレイ』*18よろしく両脇を抱えてぶら下げてきたのは、可愛らしい容姿の人魚の少女。
もちろん、こんな
ならばどうするのか、という話になるのだが、これはもう魔術的に雁字搦めにする他ない。が、こういう魔術的な契約というのは双方にメリットがないと成立しないもの。悪魔が魂の対価に術者に巨万の富や権力を与えるのがイメージとしてはわかりやすいだろうか?
で、今回は『アンジェラ嬢への絶対服従』『命令時及び敵対者を除き、人間種に敵意を抱くことを禁ずる』『命令時及び敵対者を除き、人間種に好意を抱くことを義務付ける』という3つの枷に見合う対価として『不老長寿』を与えるというのが俺達の計画だ。
と言っても、俺の持つ『生命の樹の果実』を原料に双子が錬成した『賢者の石』*19にそれらの呪いを掛けてから心臓付近に埋め込んでやるだけの簡単な作業ではあるのだが……流石に開胸手術はグロいので、アンジェラ嬢には目を閉じて貰っている。
「おや、賢者の石と魔石が癒合するとは」
「「魔石……この世界の魔物の重要器官だっけ? うーん……謎だね」」
「双方とも高純度のエネルギーの結晶*20ではあるので、その関係でしょうかね? ともあれ、これで処置は完了です。アンジェラ嬢、終わりましたよ」
「もう目開けていい?」
「ええ。気絶した上に麻酔したので今は意識がないですが、目を覚ませばアンジェラ嬢の忠実なペットになっている事かと」
「やった! えへへ、可愛い〜!」
「「……アンジェラ嬢、大物だなぁ*21」」
「うーん? そうかな? 飼い犬にも首輪着けるし普通じゃない?」
「「魂レベルで屈服させる飼い主は居ないんじゃないかなぁ!?」」
「そこはほら、魔物だし?」
「「そこの危険性把握した上で飼おうってのもやっぱり大物だよぉ!?」」
「何を今更。危ない鳥2匹ならアンジェラ嬢はもう既に飼っているでしょう?」
「「僕らそこの魚と同枠なの!?」」
「いや流石にハルちゃんとマルちゃんはペットじゃないよ?」
「「良かった〜!」」
なんて、ギャアギャア鳴く鳥達とアンジェラ嬢の声をバックに、俺が漕ぎ始めたアヒルさん号はアルクに向けて河を下り、帰路に着く。
その道中の半魚人は明らかに数を減らしており、人魚の駆除によって流入量が減った事を如実に表している。が、人魚が再びアルク側に現れないとも限らないわけで。
根本的解決をどうしたものかと考えつつ、俺達は一路自宅を目指すのであった。