「ただいま〜! ソフィアさん、半魚人狩って来たよ!」
「おかえりなさいアンジェラさん、ニスロクさん。……そちらのお二人は?」
「「新たにアンジェラ嬢の使い魔として隷下に入りました、中級悪魔のハルファスとマルファスと申します。
「うわ、凄いダミ声……あ、失礼しました。こちらこそ宜しくお願いします。役所の魔物狩り窓口担当、ソフィアと申します。……それにしてもアンジェラさん、ニスロクさんも居るのに追加で使い魔を召喚したんですか?」
「うん、半魚人の巣がすっごく遠くて。外泊したりのアレコレのために喚んだんだ」
「なるほど……そんなに簡単に悪魔召喚って出来ましたっけ……? *2 あ、そうでした。本題の半魚人の件ですが、確かに流入が目に見えて減ってきている*3そうですし、問題の根本的解決をして頂いたという事で、役所としては単なる依頼達成以上の功績であると考えています。ただ、村長からは『多大なる功績に見合う褒賞を検討する為、2〜3日ほど時間が欲しい』と伝えるように言われていまして。そこで、本日は『どう見積もっても報酬がこれ以下にはならないだろう』とこちらで試算した分の報奨金を前金として支払わせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
「私は良いよ! ニスロク達はどう思う?」
「まぁ妥当な判断では?」
「「僕らはまだ相場観が無いから任せるよ」」
なんて会話の末に、支払われた金額は金貨30枚*4。商家の生まれであるアンジェラ嬢が『わぁ久々に見た!』と言っていたあたり、流通量は控えめなのだろうか? 現にアンジェラ嬢は『でも村で金貨なんて使えないし』、と2枚を崩してもらい、銀貨5枚*5と大銅貨20枚*6、銅貨50枚*7に両替している。
なるほど、金貨1枚=銀貨10枚=大銅貨20枚=銅貨100枚というレートなのか*8。
だが換算レートこそ分かったものの、この貨幣の価値はどの程度の物なのか、と言われれば正直言って形容しづらい。
例えば銅貨一枚。これはまぁ、まだわかりやすい部類だろう。酒場でジョッキ一杯のエール*9を頼んだり、粥を一杯食べたり出来る価格だ。
だがこれが大銅貨になると、ちょっとわからなくなってくる。理論の上では銅貨の5倍の価値であるはずなのだが、この額はなんと平民の日給に相当する額なのだ。毎日真面目に働いても粥5杯分、と聞けば所帯を持つなど夢のまた夢、とんでもない薄給だと感じてしまうが、この意味不明な現象には訳がある。
というのも、基本的に村人達はある程度自活しているからだ。森林組合の木こりであれば仕事の合間に森の幸を採っているし、農夫は自分で食べる分の作物は売り物とは別に確保しており、牧人も同様。それ以外の人々も、家の裏で鶏やアヒルを飼うぐらいは普通にしているのである。
そんなわけで、この世界の物価がイマイチ適当なのは、本来エンゲル係数として家計に計上されるべき部分が収入以外の面で賄われているが故の事。故に大銅貨1枚が単純に粥5杯に変わる事はほぼなく、亜麻布1反、編み籠2つ、それか塩1袋に変わることがもっぱらである。他には木靴であれば大銅貨3枚、鉄の鍋が大銅貨2枚と言った具合である。
詰まるところ、アンジェラ嬢に今回支払われた金貨30枚というのは、庶民の年収約1年半分程度になるわけだ。そんな大金を得てしまえば誰だって気が大きくなるだろうし、アンジェラ嬢のテンションも実際高い。
が、彼女の行動は、そうしてテンションが上がった人間にしては中々に奇妙なものだった。
「よし。それじゃあ、ソフィアさん、崩してもらった分以外の金貨28枚で森林組合に私の家の建て替えを依頼しても良いかな?」
「はい? 金貨28枚で、ですか?」
「うん。家具とかもまるっと込み込みでお願いしたいって伝えて欲しいんだ〜」
「それでもちょっとした商人の邸宅ぐらいは建ちそうですが……」
そう。アンジェラ嬢は報酬のほぼ全額をブチ込んで、家の建築を依頼したのである。まぁ、
「「いやアンジェラ嬢、家ぐらい僕達がチャチャっと————」」
「それはダメだよハルちゃん、マルちゃん。ね、ニスロク」
「……まぁ、そうですね。しかし、アンジェラ嬢。その視座は平民のものではないですよ? ご実家の教育の賜物でしょうが、説明は必要かと。この双子は如何せん、人間社会について疎い*10ですから」
「そうかな? 割と簡単な話だと思うんだけど……」
「「どういうこと?」」
「うーん……、人間、いや、生き物が怒る時ってなんだと思う?」
「「……一族郎党皆殺しとか?」」
「そこまでしないと怒らない奴は頭おかしいですよ、鳥頭」
「「冗談じゃん。というかニスロクも頭は鳥でしょ。……そういうニスロクはわかるの?」」
「縄張りの侵害、身内への攻撃、獲物の強奪。概ねこの3つに大別されるかと」
「そう。ニスロク正解。この村では建築の事は森林組合の縄張りで、建築費用はあの人達の獲物なの。だから、ハルちゃんとマルちゃんに軽々しく頼むのは面倒事を呼びかねないんだよ。逆に、こうして依頼しておけば、私はあの人たちから『獲物をくれた人』だと思われるし、仲良くなれる」
「「なるほどぉ」」
「……ちなみにアンジェラ嬢、それはやはりご実家の教育で?」
「うん。私は予備の予備の予備だったけど、一応触りぐらいは教えられたよ。3日で飽きて投げ出したけど」
それなら本当に触りだけなのだろうが、それでも一応要点を押さえて商人の思考が出来ている辺り、やはり、我が主人は根本的には『賢い』のだろう。天才肌過ぎるだけで。
で、そんな事情を踏まえた上で、俺は双子に耳打ちをする。
「要は仁義を通して建築は任せた上で、建築後に外からバレないように改造すれば良いのです」
「「人間、面倒臭くない? 」」
「その面倒臭さに適応するのが悪魔として長生きするコツですよ? 」
「何かヒソヒソしてるけど、ともかく今回は森林組合に頼むって事で。ソフィアさんよろしく!」
「はい、承りました。まぁ、役所としても正直、村内に還元して頂けるなら有難いです。ただ、追加報酬の分についてはどうされますか?」
「それは貰った時に考えようかなぁ……お金とも限らないだろうし」
「まぁそれは確かに。正直に言いますが、今回アンジェラさん達は少々功績を立て過ぎていますからね」
そう呟くソフィア嬢の顔には『単身魔物の巣窟に乗り込んでその根源を撃滅して来いとまでは言ってない』とモロに書いてあるのだが、まぁそれはそうだろう。今回の依頼は『運河の魔物掃討』『可能であれば上流の調査』であって『運河を遡りながら道中の全ての魔物を撃滅し、魔物の巣窟に乗り込んで原因だった魔術を行使する人魚を抹殺、ついでに人類にとって新種の魔物である人魚の幼体を1匹生け捕り』なんて依頼はされていない。
村長がアンジェラ嬢の報酬に対して数日の猶予を求めたのも当然と言えよう。というか、先程村の外へと慌ただしく早馬が駆けて行ったので、領主規模の話にまでなっていそうではある。
だがまぁ、悪い事をしたわけでなし。報酬のことは村長が決める事だ。俺達にとって今それより重要なのは、家に帰って人魚の肉を食う事である。
「じゃあ、帰ろっか!」
そう告げるアンジェラ嬢の口元に確かに一筋垂れるヨダレは、間違いなくそう言っているのだから。