さて、拉致ってきた人魚を金魚鉢*1に入れたり、双子にアウルベアの羽を原料にした布団*2を錬成させたりして帰宅後の雑務を済ませる事暫し。
アンジェラ嬢が「お腹空いた!」と主張し始めるより前に、俺は人魚肉の仕込みに取り掛かっていた。
今回作る料理は、中華風の蒸し料理。上半身と下半身で肉質の異なる人魚の肉を楽しむべく、まず取り掛かったのは下半身の魚肉を使った『
この料理、非常にシンプル故に素材の良し悪しに強く影響されるものなのだが、新鮮かつ上質な白身魚があればまず失敗はありえない。
調理手順は非常に簡単。まずは黒くてデカい長ネギ*3で白髪ネギならぬ黒髪ネギを適量作り、水に晒して辛みと臭みを抜いておく。そして残った部分と葉っぱの部分は纏めて一口大にカットし、金属バット*4に敷き詰めて、その上に人魚の魚肉をセット。
で、あとはこれを蒸籠に入れて20分ほど蒸す。ここまでは実に簡単であるが、ここからも簡単。
醤油、酒*5、砂糖*6を2:1:1の割合で混ぜ合わせて調味液を作成し、胡麻油と菜種油*7を2:3で混ぜた油を小鍋で温めておく。
で、20分蒸しあげた人魚の魚肉を煮崩れしないよう浮遊魔術で大皿に移し、用意しておいた調味液を濾した蒸し汁と合わせて作ったタレを掛ける。
ここまででも充分に美味しそうではあるが、まだ未完成。最後に黒髪ネギを乗せて、煙が立つほどに煮立った油をジュワジュワと掛けて香味とコクを与えてやれば、今度こそ完成だ。
「さて、これで完成ですよ。名付けるなら『
「美味しそぉ〜! 作ってる途中、油の香ばしいのとお魚を蒸す匂いでお腹ペコペコになっちゃったよ! いっただきまーす!」
「どうぞ召し上がれ。……双子には試作で作った半魚人版がありますからそちらをどうぞ」
「「はーい。……まぁ強い魔物の肉は優先的にアンジェラ嬢に回した方が良いもんね」」
「察しが良くて何より。まぁ、半魚人を使っている以外は一切手を抜いて居ませんよ」
「「まぁそこは信頼してるけどね。アンジェラ嬢、滅茶苦茶がっついてるし」」
「
「アンジェラ嬢、熱いものを咥えたまま変に喋ると火傷し————いや、しない*8でしょうが、行儀は良くないですよ?」
「んぐ、んッ……ごめんごめん」
なんて会話を交わしながら、俺が次に仕込んでいるのは、澱粉と燕麦粉を練り合わせて作った生地に人魚の獣肉部分のミンチと刻みギョウジャニンニク、人魚のアラを煮込んで作った煮凝りを混ぜた餡を包み、蒸籠で蒸し上げる『人魚の小籠包モドキ』。
そして、それを蒸している間に中華鍋*9でチャチャっと作った酢豚ならぬ『酢人魚』。
作り方は至って簡単。人魚の獣肉に醤油と砂糖と林檎酒で下味をつけて澱粉を塗して素揚げにし、ノビルの球根を油通しして、最後は酢、醤油、砂糖、林檎酒、人魚の蒸し汁を当量ずつ混ぜた液に澱粉を加えたタレと一緒にトロミがつくまで具材を炒めるだけ。手慣れた料理人なら魔術無しでも20分程で作れる簡単料理なので、蒸し料理の『待ち』の時間で作るのにちょうど良いのだ。
そして、これらを副菜として並べれば、食卓の上はさながら町中華。庶民派なメニューばかりを選択する形になったが、庶民派だろうが高級路線だろうが結局は美味さが全てである。
そして、その美味さという指標についてはアンジェラ嬢の豪快な食べっぷりが保証してくれている。清蒸に齧り付き、小籠包モドキのスープを愉しみ、酢人魚を掻き込むその姿は、さながら大食いタレント。まぁ実際似たようなものではあるが。
「うーん! 美味しい!」
「お褒めに与り恐悦至極。……時にアンジェラ嬢、何かお身体に変化の実感は?」
「うーん、魂の輝きを見る限り強くはなってるんじゃない? ね、ハルファス」
「そうだねマルファス。でも僕達がわざわざ言わなくてもニスロクもそのぐらい判ってると思うよ?」
「当たり前でしょう。俺が気になっているのは、人魚の肉の効能をアンジェラ嬢がどう感じて居られるかですよ」
「うーん。……まぁ、力が漲ってる感じはあるけど、それは他の魔物を食べても同じだもんね。うーん……あ。出来そうな事あるかも? 勘だけど」
「ほう?」
「「どんなのどんなの?」」
双子と俺の注目を集めるその前で、自分の分の皿を食べ切ったアンジェラ嬢は人差し指をスッと立ててそこに魔力を集中させる。
「んー、詠唱がわかんないなぁ。まぁ魔物のだし無いのかな?」
なんて呟きと共にその指先に生成されるのは、拳大の水の塊。なるほど、確かに人魚は水を弾丸の様に放ってきていたが、どうやらアンジェラ嬢はその魔術を感覚的に習得したようである。
「うーん、これ以外だと、声に魔力を乗せやすくなった感じはあるかも? それで相手を従えるのは……まぁ元からちょっと出来た*10からわかんないかなぁ」
「なるほどなるほど。例の呪歌の効果でしょうかね? 是非明日にでも効果範囲を検証しましょうか。————で、それ以外では身体能力の向上があるのでしょうが、アンジェラ嬢の現在の身体能力では誤差*11でしょうし……」
「「泳ぎが得意になったりしてるかも?」」
「あ、それはありそう! ……でも、泳ぐ機会も場所も無くない?」
なんて言うアンジェラ嬢に対し、双子が指を指すのは金魚鉢ならぬ人魚鉢。
なるほど、確かにあの中はちょっとした水族館の大水槽ぐらいはある。泳ぎの練習をするのに使えなくは無いだろう。
ついでに言えば、中で泳いでいる人魚に『アンジェラ嬢が万が一溺れた場合には即座に救助し水面まで浮上する事』を命じておけば、安全策もバッチリだ。
しれっと「今まで泳いだ事無いんだけどねー」なんて言いつつ全裸になって気合十分なアンジェラ嬢に「「いやいやお風呂じゃないんだから」」と慌てて双子が水着を錬成する一幕を挟んで、いよいよ水泳能力実証実験開始。
……だったのだが、床に置いた人魚鉢にいきなり飛び込み入水する*12という、あまりにも素人丸出し*13かつ不穏なスタートを切った実験に、俺達悪魔は頬を引き攣らせる。
が、結論から言えば、この実験は成功だった。水中に飛び込んだアンジェラ嬢はどう考えても初めて泳ぐ人間のそれではない、オリンピック級のドルフィンキックで水中を自由自在に泳ぎ回ってみせたのだ。
「うーむ。おそらく人魚の水泳センスだけでは無く梟熊の身体制御能力も噛み合っているのでしょうが、イルカ顔負けですねコレは。……ところで、ハルファス、マルファス、何故あんなにフリフリな水着を? 競泳水着やウェットスーツで良かったでしょうに」
「「思春期の女性らしい姿に成長した女の子が女児みたいなフリフリ水着着てるキツさからしか摂取できない栄養素があるじゃん?」」
「なるほど。晩飯は抜きです」
「「そんなァ!? ニスロクも絶対悦んでるくせに!?」」
「否定はしませんが*14、使い魔が主人より愉悦を優先して良い理由にはなりませんからね。契約に抵触するギリギリをうろちょろするのは若い悪魔にありがちな『イキり』ですが、早めに治さないと痛い目を見ますよ?」
「「え〜? 例えば?」」
「『深巻き爪の呪い*15』、『魔女の一撃*16』、『こむら返りの呪い*17』、『精巣捻転の呪い*18』」
「「ンギィ!? ガフッ、ヒーッ、ヒーッ、ヒーッ、ァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアア!?!!? 」」
「声が嗄れているせいで田舎の防災サイレンみたいですねぇ。……『解呪』」
「「ゲホッゴホッ……いきなり何するのさ!?」」
「『悪魔としてのお行儀が悪いとそういうのにうるさい先輩に怒られますよ』というのを体感して頂こうかと」
「「口で言ってよぉ……」」
「痛くなければ覚えません。コレは先輩からの愛の鞭という奴ですよ? *19」
「「ホントかなぁ……」」
「具体的には先程の振る舞いをアドラメレク*20の前で同じ真似をしたら彼は確実にブチ切れて君たちを蹴り殺しますよ? マジで」
「「ひぇっ……イゴキヲツケマス」」
「因みに悪魔的処世術ですが、先程のパターンだと『下僕である君達が勝手にアンジェラ嬢の水着を選んだ』のが問題なので、女児風水着を何種類かアンジェラ嬢に提示して好きな水着をアンジェラ嬢が選ぶ分には他の悪魔からの顰蹙は買い難いかと」
「「ふぅん? じゃあニスロクが勝手に献立決めてるのは良いの?」」
「私はアンジェラ嬢に『料理担当』だと認識して頂けるように立ち回りましたので、料理関連については一任されたと契約を解釈しても不自然ではなく、よって調理、給仕について自由に行っても何も契約上の上下関係に問題はありません。嫌がるアンジェラ嬢に無理矢理食わせれば話は別ですが、私はあくまで彼女の前に配膳するまでしかしていませんよ? アンジェラ嬢が『気に入らないから作り直せ』と仰ればそうするまでです」
「「なるほどなぁ……面倒臭ぁ」」
ウンザリ、と言った表情を浮かべる双子だが、若いとは言え中級悪魔なのだから、長い悪魔生で上位悪魔と共に仕事をする事もあるだろう。
彼等もそれなりに有名な悪魔なのでどうせ復活する*21にしろ、殺されてしまうのは忍びない。
せっかくの機会なのだし、気が向いたらこうして調教……もとい教育してやるのもいいかも知れないな。
幸いアンジェラ嬢は人魚と泳いでいて楽しそうだし、後輩に時間を割いてやるだけの時間は十分にありそうだ。
「ねぇハルファス。僕、嫌な予感がしてきたよ」
「奇遇だね、マルファス。僕も嫌な予感がする」
「俺が折角啓蒙してやろうというのに酷い言いようですね? 薫陶を賜り恐悦至極、ぐらい言っておいたほうがシゴキもマシになるかも知れませんよ?」
「マルファス、今シゴキって言ったよコイツ」
「そうだね。でもハルファス、なんでシゴキって聞こえたのにコイツとか言っちゃうの?」
「あ、つい」
「そういうところですよ君達。いや本当に。俺ではなく礼節に厳しアルラトゥ*22がこの場にいたら60の疫病の呪いを掛けられて惨たらしく死んでいましたからね?」
「「ニスロクの交友関係が物騒なだけじゃないのそれ!?」」
「そんな事はありませんよ? 古代神なんて大概そんなものです。俺は例外的に温厚なので、こうして『虫垂炎の呪い*23』や『尿路結石の呪い*24』程度で済ませてあげているわけです」
「「ぽんぽん痛ぁい!?!!?」」
「まぁ、しばらく時間はありそうですからね、アンジェラ嬢が帰ってくるまで、貴方達にはみっちり目上への敬意を刻み込んで差し上げましょうか。……『解呪』」
「「やだなぁ!」」
なんてやり取りを交わしつつ、『同じ主人に仕える他の上級悪魔の前でやらない方が良いこと*25』について講釈を垂れる俺。
側から見れば無闇矢鱈と双子に厳しく見えるだろうが、流石に俺も無意味に後輩をいびっている訳ではない*26。
アンジェラ嬢がもう少し力を付ければ当然考えるべき『新たな配下』。その候補として俺は、上級悪魔を考えているのだ。これはその際に、生意気な双子がブチ殺されないようにというある種の配慮であった。
「いやぁ、我ながら優しい先輩過ぎる気がしてきましたね」
「「気のせいだよォ!?」」
「ダミ声過ぎて聞こえませんね」
「「……ばーかばーか」」
「『吃逆の呪い*27』」
「「聞ヒックこえヒックてんヒックじゃんヒック!?!!?」」
ギャアギャアと喚く双子、それを調教する俺、水槽で楽しげに泳ぐアンジェラ嬢と人魚。
各々騒がしい光景ではあるが、無事に遠征を終えた後の日常だと考えれば、そう悪くはない。久々にアルクの村のボロ屋で過ごす午後の日は、そうして賑やかに過ぎていくのであった。