「ねぇニスロク、本当にゴブリン食べるの……?」
なんて不安そうに切り出すアンジェラ嬢と俺が居るのは、アンジェラ嬢が寝起きしているボロ屋*1の裏手。薪置き場と小さな竈門があるちょっとした炊事場があったので、俺は此処で獲物の解体と下拵えを行なっていた。
そんな中、アンジェラ嬢が切り出した先程の疑問は、まぁ当然のことではあるだろう。この世界のゴブリンは緑色で鼻がデカく耳が長い、禿げたちっさいオッサン*2なので、ざっくり言えば人型生物に分類される。それを食うとなれば、まぁそれなりに嫌な気持ちはなるだろう。
が、残念ながらアンジェラ嬢に拒否権はない。無論、そこにはちゃんと理由もある。
「はい。……アンジェラ嬢が属性魔術において卓越した才能を誇る大魔女である*3事を承知の上で申し上げますが、呪術の類では悪魔である俺が勝るものかと存じます」
「それは、そうだけど。……それとゴブリン を食べるのって関係あるの?」
「これは一種の呪術的儀式なのです。討ち倒した敵を喰らい、己が血肉とする事で、その力を取り込む。捕食という根源的行為を核とした原始的であるがゆえに強力な呪術ですね」
「理屈はわかるけど……美味しくなさそう……」
「そこは魔界の宮廷料理人たる俺にお任せ下さい」
そんな説得を繰り広げる事しばし。ようやくゴブリンを食う事に納得したアンジェラ嬢は、俺が取り出した1人掛けの食卓*4で、どこか所在なさげに料理を待っていた。
そんな彼女が調理に取りかかった俺に対して興味を示すのは、ある種当然の事だろう。
「……で、何作るの?」
「まずはゴブリンの脳をプディングで召し上がって頂こうかと」
「の、脳みそ……!?」
マジかよ、と顔に思いっきり書いてあるが、アンジェラ嬢には一つ大きな誤解があるようだ。ここは一つ、解説しながら調理に掛かることとしよう。ライブキッチン方式というやつだ。
「脳に対して食材という認識がない、という事はアンジェラ嬢の
「えっと、そうね。それなりに都会だったし、実家は商家だったから……
「であれば無理もありませんね。しかし、牧畜を行う村々であれば、家畜の脳を食べる文化は一般的なものですよ。俺の知る例で言えば、卵と一緒にグレイビーソースで炒め物にしたり*5、フライにして食べたり、あるいはシチューの具材にするなどでしょうか。地域によってはご馳走扱いですよ」
「へぇ……いやでも、うーん……脳みそ……」
「まぁ、確かに見た目が少々グロテスクなのは認めましょう。そこで、プディングというわけです。見た目の不快感が残らぬように調理していきますのでご安心下さい」
そんなふうに語りながらも、俺の手はテキパキとゴブリンの頭蓋骨5つ*6を切り開いて脳を取り出し、丁寧にトリミングを行なっている。普通なら脳の摘出は開頭用のノコギリなどを駆使する大作業なのだが、俺の
しかし、その一方で摘出後のトリミングにはそれなりに手間がかかる。脳を包む膜や血管、延髄や海馬などといった部位は食感や風味を損ねる原因になるので、これらをいかにして取り除くかが旨さに直結するといっても過言ではないのだ。
流水*7に晒しながらそれらをチマチマと取っていく作業は非常に地味だが、料理というのは得てしてこんなものである。
さて、そんな地味な作業も、真面目にテキパキと熟せばそこそこの時間*8で終わるもの。そうしてすっかり綺麗になった脳味噌5つは余分な水分と共に臭みを抜く為、軽く塩を振ってから一旦『
この際に寝かせる時間は大体10分ほど。その間に鍋*9に下茹で用のクールブイヨンを仕込んでおこう。
クールとは言っても別に冷たいものではなく、フランス語で『
さて、そんなわけでまずはまずセロリの代わりに『セリ』*11、ニンジンの代わりに『ワイルドチャービル』の根*12玉ねぎの代わりに『ノビル』*13を用意してよく洗い、出汁が良く出るように繊維を切るように薄切りにして、水を張った鍋に投入し火に掛ける。……まぁ、この野草達も正確には『それらの山野草似た野草』なので『セリ』っぽいものは赤い花を咲かせていたし*14、『ワイルドチャービル』っぽいものは根っこの色が蛍光シアンだし、『ノビル』っぽいものは全草が真っ黒だが、食用にして問題ないのは確認済みだ*15。いわゆる収斂進化*16という奴だろうか。
なんて、この世界の生態系に思いを馳せているうちに鍋の中身が少し温まってきたので此処でスパイスとして『サンショウ』*17の葉、『ローズマリー』*18の若芽を加えて、最後に隠し味として『生命の樹の果実』*19の薄切りを入れて、沸騰しないよう80℃前後を維持して30分程煮込み、具材を濾し取れば異世界風クールブイヨンの完成だ。
あとは此処に、水洗いして臭みを吸った塩とドリップを落とした先ほどの脳を加えて茹でていく。立ち込める野菜と香草の良い匂いにアンジェラ嬢の視線は釘付けとなり、あれ程嫌がっていた筈のゴブリン脳を前に涎を垂らしてすらいるのだから、人間というのは素直なものだ。
さて、そんな彼女の眼前で茹で上がった脳みそをある程度の大きさに切り分けて、裏漉し器で丁寧に裏漉ししてペースト状に加工すれば、調理はいよいよ大詰めだ。
ボウルに卵*20と出汁*21を1:1の比率でしっかりと混ぜ合わせ、
「————お待たせ致しましたアンジェラ嬢。こちら、ゴブリン脳のプディングです」
なんて台詞と共に俺が差し出すのは、型から抜かれて皿に盛られた綺麗なクリーム色のプディング。魚介出汁をたっぷりと用いた水気の多いものは『茶碗蒸し』などと呼ばれることもあるが、今回は先程まで作っていた通りしっかり固めの洋風仕様だ。
味付けについてはプディング自体の塩胡椒風味に加えて、脳みそ自体が持つ濃厚な旨味を活かしつつも臭み消しも出来るよう、ハーブソース*27仕上げてある。
「どうぞ温かいうちにお召し上がりください」
「う、うん。いただきます……」
ホカホカと湯気を立てるプディングをスプーンですくったアンジェラ嬢は、匂いを嗅ぎ、目を瞑り、警戒と覚悟と期待の入り混じった表情でそれをゆっくりと口に運ぶ。
そして、彼女は大きく目を見開いた。
「美味しい!」
「そうでしょうそうでしょう。クリーミーで濃厚なのが脳みその良いところです。先ほど申し上げた『家畜の脳みそがご馳走とされる地域は多い』というのも頷けるでしょう?」
「うん! でも凄いね、ゴブリンって汚くて臭いイメージなのに全然臭くないんだ……!」
「ははは、流石にそれは違います。入念に臭みは抜きましたので、その結果かと」
「あ、じゃあニスロクがすごいんだね」
などと言いつつ、前菜の脳みそプディングを旨そうに平らげるアンジェラ嬢。
脳みそというインパクトのある食材を、あえて最初に持ってくることで、ゴブリンを『食材』であると認識させる。
策略というか、詐欺というか、『脳』はクセもなく素晴らしく扱いやすい食材であり、イメージは派手だが食材としては『白子』に近い。イメージと味のギャップを演出するにはもってこいの食材なのだ。
そして、脳とは叡智や精神を司る部位。それを喰らうことは、感染呪術的には相手の知恵や神秘性を取り込む意味がある。
零落しているとはいえゴブリンは妖精種。その神秘を取り込む行為は、魔女であるアンジェラ嬢にとって有益なはずだ。
だが、俺のゴブリン料理はまだ前菜。此処からはギアを上げ、悪魔的な調理技術*28もガッツリ駆使してアンジェラ嬢に『食材』と認識されたゴブリン肉を活用していくことにしよう。
俺達の晩餐はまだ始まったばかりなのだから。