異世界召喚ディアボラ風〜魔女の半熟卵を添えて〜   作:黒山羊

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3. 前菜『ゴブリン脳のプディング』②

 

「ねぇニスロク、本当にゴブリン食べるの……?」

 

 なんて不安そうに切り出すアンジェラ嬢と俺が居るのは、アンジェラ嬢が寝起きしているボロ屋*1の裏手。薪置き場と小さな竈門があるちょっとした炊事場があったので、俺は此処で獲物の解体と下拵えを行なっていた。

 

 そんな中、アンジェラ嬢が切り出した先程の疑問は、まぁ当然のことではあるだろう。この世界のゴブリンは緑色で鼻がデカく耳が長い、禿げたちっさいオッサン*2なので、ざっくり言えば人型生物に分類される。それを食うとなれば、まぁそれなりに嫌な気持ちはなるだろう。

 

 が、残念ながらアンジェラ嬢に拒否権はない。無論、そこにはちゃんと理由もある。

 

「はい。……アンジェラ嬢が属性魔術において卓越した才能を誇る大魔女である*3事を承知の上で申し上げますが、呪術の類では悪魔である俺が勝るものかと存じます」

「それは、そうだけど。……それとゴブリン を食べるのって関係あるの?」

「これは一種の呪術的儀式なのです。討ち倒した敵を喰らい、己が血肉とする事で、その力を取り込む。捕食という根源的行為を核とした原始的であるがゆえに強力な呪術ですね」

「理屈はわかるけど……美味しくなさそう……」

「そこは魔界の宮廷料理人たる俺にお任せ下さい」

 

 そんな説得を繰り広げる事しばし。ようやくゴブリンを食う事に納得したアンジェラ嬢は、俺が取り出した1人掛けの食卓*4で、どこか所在なさげに料理を待っていた。

 

 そんな彼女が調理に取りかかった俺に対して興味を示すのは、ある種当然の事だろう。

 

「……で、何作るの?」

「まずはゴブリンの脳をプディングで召し上がって頂こうかと」

「の、脳みそ……!?」

 

 マジかよ、と顔に思いっきり書いてあるが、アンジェラ嬢には一つ大きな誤解があるようだ。ここは一つ、解説しながら調理に掛かることとしよう。ライブキッチン方式というやつだ。

 

「脳に対して食材という認識がない、という事はアンジェラ嬢の故郷(ふるさと)ではあまり牧畜が盛んではないのでしょうか?」

「えっと、そうね。それなりに都会だったし、実家は商家だったから…… (魔術に憧れて家出したけど……)

「であれば無理もありませんね。しかし、牧畜を行う村々であれば、家畜の脳を食べる文化は一般的なものですよ。俺の知る例で言えば、卵と一緒にグレイビーソースで炒め物にしたり*5、フライにして食べたり、あるいはシチューの具材にするなどでしょうか。地域によってはご馳走扱いですよ」

「へぇ……いやでも、うーん……脳みそ……」

「まぁ、確かに見た目が少々グロテスクなのは認めましょう。そこで、プディングというわけです。見た目の不快感が残らぬように調理していきますのでご安心下さい」

 

 そんなふうに語りながらも、俺の手はテキパキとゴブリンの頭蓋骨5つ*6を切り開いて脳を取り出し、丁寧にトリミングを行なっている。普通なら脳の摘出は開頭用のノコギリなどを駆使する大作業なのだが、俺の牛刀(シェフナイフ)なら骨も抵抗なく切れる為、オレンジの皮を剥く様に頭蓋に刃をぐるりと一周させるだけのお手軽作業だ。

 

 しかし、その一方で摘出後のトリミングにはそれなりに手間がかかる。脳を包む膜や血管、延髄や海馬などといった部位は食感や風味を損ねる原因になるので、これらをいかにして取り除くかが旨さに直結するといっても過言ではないのだ。

 

 流水*7に晒しながらそれらをチマチマと取っていく作業は非常に地味だが、料理というのは得てしてこんなものである。

 

 さて、そんな地味な作業も、真面目にテキパキと熟せばそこそこの時間*8で終わるもの。そうしてすっかり綺麗になった脳味噌5つは余分な水分と共に臭みを抜く為、軽く塩を振ってから一旦『携帯式厨房(ポータブルキッチン)』の冷蔵庫で寝かせておく。

 

 この際に寝かせる時間は大体10分ほど。その間に鍋*9に下茹で用のクールブイヨンを仕込んでおこう。

 

 クールとは言っても別に冷たいものではなく、フランス語で『 court(短い) bouillon(出汁)』。10分そこらで作れる下茹で用のブイヨンのことだ。本来はちゃんとした香味野菜で作るのだが、ここにそんなものはない*10ので、先程のゴブリン狩りの際にちょこちょこ摘んでおいた山菜で代用する。それでもどうしようもない分は、俺の私物調味料で代替するしか無いだろう。出来れば現地の食材を楽しみたかったが、こだわり過ぎて不味くなっては意味がない。

 

 さて、そんなわけでまずはまずセロリの代わりに『セリ』*11、ニンジンの代わりに『ワイルドチャービル』の根*12玉ねぎの代わりに『ノビル』*13を用意してよく洗い、出汁が良く出るように繊維を切るように薄切りにして、水を張った鍋に投入し火に掛ける。……まぁ、この野草達も正確には『それらの山野草似た野草』なので『セリ』っぽいものは赤い花を咲かせていたし*14、『ワイルドチャービル』っぽいものは根っこの色が蛍光シアンだし、『ノビル』っぽいものは全草が真っ黒だが、食用にして問題ないのは確認済みだ*15。いわゆる収斂進化*16という奴だろうか。

 

 なんて、この世界の生態系に思いを馳せているうちに鍋の中身が少し温まってきたので此処でスパイスとして『サンショウ』*17の葉、『ローズマリー』*18の若芽を加えて、最後に隠し味として『生命の樹の果実』*19の薄切りを入れて、沸騰しないよう80℃前後を維持して30分程煮込み、具材を濾し取れば異世界風クールブイヨンの完成だ。

 

 あとは此処に、水洗いして臭みを吸った塩とドリップを落とした先ほどの脳を加えて茹でていく。立ち込める野菜と香草の良い匂いにアンジェラ嬢の視線は釘付けとなり、あれ程嫌がっていた筈のゴブリン脳を前に涎を垂らしてすらいるのだから、人間というのは素直なものだ。

 

 さて、そんな彼女の眼前で茹で上がった脳みそをある程度の大きさに切り分けて、裏漉し器で丁寧に裏漉ししてペースト状に加工すれば、調理はいよいよ大詰めだ。

 

 ボウルに卵*20と出汁*21を1:1の比率でしっかりと混ぜ合わせ、林檎酒(シードル)*22と蜂蜜*23を加えてから裏漉し器で濾し*24、脳みそペーストとよく混ぜ合わせてから岩塩と胡椒*25で味を整え、型に移して『窒息の呪い』*26で気泡を除去。あとはこれを蒸し器で蒸せば————。

 

「————お待たせ致しましたアンジェラ嬢。こちら、ゴブリン脳のプディングです」

 

 なんて台詞と共に俺が差し出すのは、型から抜かれて皿に盛られた綺麗なクリーム色のプディング。魚介出汁をたっぷりと用いた水気の多いものは『茶碗蒸し』などと呼ばれることもあるが、今回は先程まで作っていた通りしっかり固めの洋風仕様だ。

 

 味付けについてはプディング自体の塩胡椒風味に加えて、脳みそ自体が持つ濃厚な旨味を活かしつつも臭み消しも出来るよう、ハーブソース*27仕上げてある。

 

「どうぞ温かいうちにお召し上がりください」

「う、うん。いただきます……」

 

 ホカホカと湯気を立てるプディングをスプーンですくったアンジェラ嬢は、匂いを嗅ぎ、目を瞑り、警戒と覚悟と期待の入り混じった表情でそれをゆっくりと口に運ぶ。

 

 そして、彼女は大きく目を見開いた。

 

「美味しい!」

「そうでしょうそうでしょう。クリーミーで濃厚なのが脳みその良いところです。先ほど申し上げた『家畜の脳みそがご馳走とされる地域は多い』というのも頷けるでしょう?」

「うん! でも凄いね、ゴブリンって汚くて臭いイメージなのに全然臭くないんだ……!」

「ははは、流石にそれは違います。入念に臭みは抜きましたので、その結果かと」

「あ、じゃあニスロクがすごいんだね」

 

 などと言いつつ、前菜の脳みそプディングを旨そうに平らげるアンジェラ嬢。

 

 脳みそというインパクトのある食材を、あえて最初に持ってくることで、ゴブリンを『食材』であると認識させる。

 

 策略というか、詐欺というか、『脳』はクセもなく素晴らしく扱いやすい食材であり、イメージは派手だが食材としては『白子』に近い。イメージと味のギャップを演出するにはもってこいの食材なのだ。

 

 そして、脳とは叡智や精神を司る部位。それを喰らうことは、感染呪術的には相手の知恵や神秘性を取り込む意味がある。

 

 零落しているとはいえゴブリンは妖精種。その神秘を取り込む行為は、魔女であるアンジェラ嬢にとって有益なはずだ。

 

 だが、俺のゴブリン料理はまだ前菜。此処からはギアを上げ、悪魔的な調理技術*28もガッツリ駆使してアンジェラ嬢に『食材』と認識されたゴブリン肉を活用していくことにしよう。

 

 俺達の晩餐はまだ始まったばかりなのだから。

*1
さっき知ったが、一応アンジェラ嬢の持ち家らしい。家を買う金は何処で……? と思ったが、魔物狩りの為にやってきた魔術師だと名乗って魔術を披露すると、空き家だった此処をタダで役場から貰えたとのこと。この村は領主の政策で箱物から作った開拓村とのことで、家は余りがちらしい

*2
獲物が例外なくオスばっかりだったのでアンジェラ嬢に聞いてみたところ、なんでも連中、オスしか居ないらしい。理由を聞けば捕らえた動物のメスを母胎に繁殖するのだとか。ギンブナの逆バージョンかな? 

*3
割と嘘ではない。俺の知る世界基準では雷の矢は神の御業クラスの魔術なので

*4
ベルゼビュート陛下はいつでもどこでも食事をしたい割にはマナーがちゃんとしている方なので食事は着席して召し上がる。その関係で俺の収納空間にはTPOに応じた食卓と椅子が格納されているのだ。今回はその中でも最も小さいものを使っている

*5
いわゆるEggs 'n' brainsのこと

*6
肉と皮は干し首用に除去済み

*7
この家には上下水道が無いので魔術で出している。

*8
実時間1分。もちろんコレは俺の悪魔的包丁捌きあっての話なので常人なら少なくとも30倍は掛かる。

*9
私物。アンジェラ嬢の家には調理器具がなかった。食事は貯金を崩して外食していたらしく、それが目減りしたので魔物を狩ることにしたそうな……無計画過ぎだしその日暮らし過ぎでは? ベルフェゴールのアホに好かれそう(悪口)

*10
鍋がない家に食糧庫があるはずもない

*11
川沿いにたくさん生えているお手軽な山菜だが、素人はドクゼリを誤食して死にがちなので注意が必要。もちろん俺は玄人、というか悪魔なので魂が見える関係上、裸眼で動植物を品種レベルまで同定できる。ほうれん草を買うときに「夏だからバハムートよりイフリートの方にしようかな」みたいなセレクトすら可能だ。…………小ボケの解説は悪魔的にも羞恥を誘うが、念の為解説するとバハムートもイフリートもほうれん草の品種なので俺の気が狂ったわけではない

*12
山中や森の湿った日陰にワサワサ生えている山菜。シャクとか山ニンジンとも呼ぶ。こいつも良く似たドクニンジンやらが同じ場所に生息してたりするので素人が勝手に取って食うと死ぬ。

*13
日当たりのいい土地ならその辺に生えている野草。根本はタマネギっぽいし葉っぱはネギっぽい。そこはかとなくニラやラッキョウにも似ているのでそれらの代替品に使うにはもってこい。もちろんコイツにも猛毒のそっくりさんがいるので素人は死ぬ。

*14
俺の知る世界では白い花が咲く

*15
味見した

*16
遠く離れた場所でも似たような環境で似たような生態系ニッチを占める生物は似たような姿に進化する、という仕組み。

*17
によく似た風味の柑橘系の植物。果実はビビッドピンクだったしミカン並みのサイズだったが、味は間違いなくサンショウのそれ。

*18
花が黄色いし葉や茎が全体的にムッチリ肉厚。初見では多肉植物かと思ったが匂いはローズマリー特有の香気を10倍にした感じだった。

*19
私物。リンゴに似て、かつそれより小振りな黄金色のフルーツ。俺が所有する『禁断の樹』2種類の内『生命の樹』に実る。『善悪の知恵の樹』の方を食べさせて賢くなられても困るのでそっちは今回はお預けだ。逆に『生命の樹の果実』については俺が長居する為にもアンジェラ嬢に積極的に食わせていく所存である。

*20
開拓村にて農婦のおばちゃんが売っていたものを購入。金の持ち合わせが無かったので森で採った先述の『ノビル』の1束と物々交換した。カモやアヒルのそれより一回り大きい特大サイズだが、殻の色はウズラっぽい。今割ってみたが黄身が滅茶苦茶にデカいので俺の知る鳥ではないのは確実。

*21
卵と同じく開拓村で漁師(猟師かも?)と思しきおっちゃんが川魚の焼き干しを売っていたので、何匹か出汁用に購入。今回はそこに森で採ったハラタケ的なキノコを合わせて一緒に出汁を取ったので、川魚とキノコの合わせ出汁だ。川魚は臭みを抑えるために頭を取って軽く炒ってから出汁を引くのが美味しさの秘訣。

*22
私物。正確には『生命の実』を発酵させたものなのでシードルではない。自家醸造してあるので在庫は潤沢。

*23
これも私物。こっちは至って普通の高級蜂蜜。

*24
カラザを除いたり食感をきめ細やかにする効果がある。

*25
私物。どこのご家庭にもあるヒマラヤ岩塩と黒胡椒のホール。

*26
指定の空間内を真空にする呪い。本来は相手の口元に使って昏倒させる為に使うらしいが、俺は真空脱泡や凍結乾燥用途でしか使ったことがない。

*27
刻んだ『ローズマリー』を『シードル』で煮込んで岩塩で味付けした簡単な奴。

*28
時間加速とか空間歪曲とか

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