さて、ゴブリン脳のプディングをアンジェラ嬢が堪能している間に、俺は俺で次の調理に取り掛かる。今回は別にコース料理ではないので、次に作るのはいきなりメインディッシュだ。
時間はそこまでかからない料理だが、ちょっと手間取ったとしてもプディングのおかわりはたっぷりある*1ので問題はない。が、前菜だけでお腹一杯になられるのは本意ではないし、此処はテキパキと巻きで作業を進めよう。
まずは小鍋に菜種油*2をたっぷりと注いで、そこに『ギョウジャニンニク』*3を刻み入れ、香りが良く出るようにじっくりと加熱していく。鷹の爪*4
この時点でちょっと料理の心得がある者ならわかるだろうが、本日のメインはアヒージョだ。『アヒージョも
それに今回主に用いるのはゴブリンの『
ちなみにモツの下処理はゴブリンの解体時や狩りの合間の休憩時間にちょくちょく進めていたので既に完了している*6。よって、あとは油温が下がりすぎないように投入量を加減しつつアヒージョにしていくだけのお手軽調理だ。肉以外の具材については、『ノビル』の球根部分と『ハラタケ』*7を採用している。この手の料理はキノコがあるかないかで旨みがグンと変わってくるので、ハラタケを見つけられたのは幸運だったという他ない。
さて、そんなこんなであとは具材にそれぞれ軽く塩を下味を浸けてから油で煮るだけ。うっかり揚げ物にならないようにさえ気をつけていれば、此処からの調理に難しい技術は必要ない。
「————さて、アンジェラ嬢。次の料理が出来ましたよ」
「美味しそう! これはなんていう料理??」
「ハツとレバーの
「心臓と肝臓、かぁ。でも、脳味噌よりはお肉って感じ。あむ。……美味しい。これすっごく美味しいわ……ゴブリン なのに。……今までの人生で一番美味しいかもしれない」
そう言って複雑な表情をしつつも、食事を楽しんでいるアンジェラ嬢。俺の呪術はその効果を発揮し、妖精種の『心臓』と『肝臓』を喰らったアンジェラ嬢は明らかにその身に循環する魔力を増大させている。どちらの臓器も昔から『エネルギーの根源』として扱われてきた部位なので、呪術的作用を生じさせるのは容易なのだ。
喰らい、取り込み、己の血肉とするこの術の関係上、効果は永続。ゴブリン1匹程度では少々の増加にとどまるだろうが、今後数を喰らえば喰らう程にアンジェラ嬢の力は増していくのだ。
さて。では最後に、プディングを作り始める前から仕込み始めて各料理と並行してちょこちょこと仕上げていた、最も手間の掛かった料理を仕上げていこう。
内容としては、『
肺も腎臓も循環器系なのでとにかく血管が多く、下処理は大変*8だが、食感は楽しく、しっかりと煮込めば味染みも良好。
肉以外の具材としては、皆勤賞の『ノビル』の球根、『ワイルドチャービル』の根っこ、『ハラタケ』を採用しており、それらの具材をゴブリンの『ガラ』*9と『ノビル』や『ギョウジャニンニク』、『ルートチャービル』の葉っぱ部分と『セリ』をガッツリ煮込んだ*10ブイヨンと『シードル』を合わせた特性スープで煮込んだ結果、肉の旨みが引き立った良い具合のシチューが出来上がっている。味付けは塩胡椒とローズマリーを少々。こういうシンプルなレシピは素材の仕込みがうまくいっていればそれだけで美味いものなのだ。
まぁ、色味は茶色い感じで田舎風だが、そこもまた開拓村のボロ小屋で食うにはマッチしているだろう。
現に器に盛って差し出せば、匂い立つ芳醇な肉の香りにアンジェラ嬢は目を輝かせており、もはや完全に『ゴブリン=美味しい肉』の方程式が彼女の中で完成したと言っても過言ではない。
さしたる抵抗もなく、匙に掬ったそれを美味い美味いと頬張る彼女。心臓と肝が
が、そこまで詳しくアンジェラ嬢の状態を分析しているのは悪魔たる俺のみ。彼女自身の体感としては、ふんわりした感覚の話にとどまるようだ。
「美味しかったぁ……なんか、元気になった気もするし」
「それが獲物から力を取り込んだ感覚です。俺の振舞う料理を食えば食うほどに、アンジェラ嬢は獲物の力で強化されていく事でしょう*11」
「なるほど……」
「ところでアンジェラ嬢、食後のデザートは如何ですか?」
「欲しいです!」
うむ、素晴らしい食への渇望だ。暴食の悪徳に早くも目覚めつつある彼女は、そういう点では俺の召喚主としては見所があると言えよう。
そんなアンジェラ嬢に差し出すのは、大悪魔ニスロクが、大悪魔たる所以の一つ。本来地上にこれを持ち込めば即座に神の軍勢が押し寄せる類の代物だが、此処にはあの神はいない。……まぁ、さっきまでの料理にもちょくちょく使っているので今更ではあるが、改めて紹介しておこう。
『生命の実』。天国に存在するとされる、不老不死を齎す果実。かつて天上にあったころ、俺はその果樹園を守る天使だった。そして、堕天のついでに苗木をいくつか盗み出して、魔界で自家栽培しているのだ。
……的な逸話が俺にはある。どちらかと言えば俺の存在はアッシリアの神がベースなので、例の『神』に仕える天使だったというこの逸話の方は後からポンと生えてきたのだが、まぁ逸話があれば権能は後からついてくるもの*12。俺はしっかりと『生命の樹』と『善悪の知恵の樹』を所有している。
大魔王ベルゼビュート陛下が俺を重用しているのもこの果実による面がちょっとはあるのだ*13。
そんな生命の実をふんだんに使った今日のデザートは『シャーベット』。コッテリ系が多い献立だったので、さっぱりとした氷菓で口をさっぱりさせようという配慮だ。生命の実を凍らせてすりおろすだけのお手軽レシピだが、禁断の果実というだけあって馬鹿みたいに美味い*14ので、これだけで十分にデザートとして成立してしまうのだ。
「あまぁ〜い♡」
なんて言葉が漏れているあたり、予想通りアンジェラ嬢の口には合ったらしく、嬉しそうに甘味を頬張る彼女。それを見つめる俺は爽やかにほくそ笑み*15彼女に悪魔の囁きを投げかける。
「アンジェラ嬢、お代わりもありますよ」
そんな俺の声に、可愛らしい召喚者が元気よくお代わりを告げ、知らぬ間に『長大な命』を与えられた彼女の肉体はヒトとしての枷を外されて『魔』への道を歩み始める。
その様子を見て実に満足している俺は、魔道を転がり落ちる彼女の魂をより深くまで蹴り落とすべく、2つめのジェラートを彼女に差し出すのだった。