5. 前菜『ゴブリンの心臓のコンフィとゴブリンハムのサンドイッチ』①
俺の召喚と、アンジェラ嬢のゴブリン実食から数日。*1
俺が腕を振るった甲斐あってゴブリン料理をいたく気に入ったらしい可愛い*2俺の召喚主アンジェラ嬢。
あの日以降、役所にマメに通ってはゴブリン狩りの依頼を受けている彼女は、町外れのボロ小屋に住む熱心な魔女として周囲に認識されつつあった。開拓村に来て数週間の自堕落生活*3も俺という使い魔の存在によって『中級悪魔の召喚準備をあれこれしていたのだろう』的に好意的解釈をされているようで、地味に強運を発揮している。
で、俺たちは今日も今日とて森に繰り出しゴブリン狩りに勤しんでいる、というわけだ。つい今し方も森を駆けるアンジェラ嬢の手のひらから
そう、俺の蹴った石ころではなく雷の矢だ。アンジェラ嬢はどうやら鈍臭くとも飲み込みが悪い訳ではないらしく、狩りに慣れてきたのか命中率が向上してきているのだ。
無駄打ちも随分減った。相手に向けて落ち着いて手を翳し、もう片方の手で照準をしっかり固定して、電撃一閃。予備動作や隙は大きいスタイルだが、彼女がそんな狙撃スタイルになったのには訳がある。
何せまぁ、ゴブリンは俺を見ると逃げ出すのだ。必然的にその後ろ姿に攻撃を放つ事になるアンジェラ嬢は、一方的に攻撃を加える立場となる。自然とその戦法が『落ち着いてよく狙う』狙撃スタイルになるのも当然だろう。かなり変則的な前衛後衛スタイル、と言っても良いかもしれない*4。
「アンジェラ嬢、お見事です」
「ふふふ、私の実力があればゴブリンなんて一撃ね!」
なんてアンジェラ嬢は調子に乗った様に振る舞って居るが、実際それは正しい。ゴブリン料理による強化がなくとも、アンジェラ嬢の魔術ならばちゃんと当たればゴブリンは一撃だろう。それだけ電撃というのは強力な魔術なのだ。多くの神話体系では最強クラスの神格の権能だし*5、雷速はおおよそ秒速200kmなので回避もほぼ不可能*6攻撃魔術としては非の打ち所がない。
だから俺は素直にアンジェラ嬢を称賛しておく。煽て褒めそやすことで『傲慢』の堕落に目覚めるのを若干期待してはいるのだが、意外と発言の割に内心は慎重なのか、強がりなのか、どちらかと言えば『虚飾』の気配を感じるのもアンジェラ嬢の可愛いところだ。
さて、そんな彼女の金魚の糞*7をしている俺の役目はといえば、解体係である。心臓を抉り出し、魔石を回収。残りのゴブリン死体はバラして状態の良い部分を精肉にして残骸は粉砕して土に返す。たったそれだけの簡単なお仕事だ。
小石サッカーによるゴブリン狩りはもはや必要ないので、万が一に備えて周囲を警戒しては居るが、俺の仕事は基本的に雑務である。
まさに使い魔らしい状況と言えるだろう。
そして、そんなのんびりとした狩りが終われば、いつも通りアンジェラ嬢に付き添って、役場に報告に向かう。
「ソフィアさーん! ゴブリン 狩って来たわよ!」
「あら、アンジェラさん。今日もありがとうございます。きっと森林組合の皆さんも喜んでくださいますよ」
と、俺たちを迎えてくれるのはソフィア嬢。役所の『魔物狩り業務窓口』担当の職員だ。20代後半と思しきその容姿は、アンジェラ嬢から見れば『大人のお姉さん』とでもいうべきか。化粧で補正しているとはいえ元が美人なのは間違いなく、アンジェラ嬢を除けば屈強な男が多い『魔物狩り』達に対応する窓口を担当するのはその美貌故だろう。
男という生き物は、外見に弱い。例えば俺は痩身長躯な美男子の姿をしているので、男にはナメられがちだ*8。そして、その一方でソフィア嬢は胸も大きく大変な美人なので、男どもは下心故に丁寧に接するわけである。
もちろん、下心を暴走させる様な輩も居るのだろうが、そうなれば抜け駆けとして袋にされるし、施政側である役所の職員への暴行は重罪だ。マトモな奴ならそんなことはしないだろう*9。
そんな、ソフィア嬢を取り巻く鬱屈した『色欲』の気配を俺が楽しんでいる内に、アンジェラ嬢によるゴブリン狩りの手続きは終わり、魔石と金銭を交換したアンジェラ嬢はホクホク顔で財布にコインを入れていく。
普段なら後は軽く雑談してから帰るだけなのだが、今日はいつもと違い、ソフィア嬢がアンジェラ嬢を呼び止めた。
「アンジェラさん、貴女と使い魔のニスロクさんの腕前を見込んで、ゴブリン以外の討伐が森林組合から入ってきているんです。お話だけでも聞いていただけませんか?」
「ゴブリン以外?」
「ええ、これなんですが」
そう言ってソフィア嬢が差し出してきたのは『ワイルドボア討伐依頼』。要するにイノシシ狩りだ。普通のイノシシならアンジェラ嬢の電撃で即死させるだけの簡単なお仕事だが————
「イノシシ!?」
「正確にはイノシシ型の魔物、魔猪ですね」
————やはり魔猪か。そういう話なら結構厄介だ。わかっていなさそうなアンジェラ嬢に変わって口を出す必要があるだろう。
「ソフィア嬢。横から口を出すご無礼をお赦し戴きたく。————この魔猪は流れ者という認識で宜しいですか?」
「ええ、山向こうからやってきたみたいで、大きな猪が残したような痕跡が最近になって幾つか発見されたんです。この個体に追われて最近のゴブリン達は人里近くまで来ていたのかもしれません」
「なるほど。アンジェラ嬢に依頼が来たということは、この街に他の魔女は?」
「居ない訳ではないんですが、薬師の方で、攻撃魔術はお得意ではない様なんです。それにご高齢でして」
「ふぅむ。……アンジェラ嬢はどうなさいますか?」
「もちろん引き受けるわ!」
だろうねえ。……どうも魔猪を知らない様だし、普通にそうなるよな。
おそらく、役所の人達も同様に、魔猪には詳しくないのだろう。生息域は山向こうと言っていたし。イノシシの魔物、としか認識していないに違いない。
実際のところ、魔猪とは『妖精に寄生されたイノシシ』である。或いは『呪われたイノシシ』だ。
どっちにしろ凶暴で凶悪。全身に魔力を帯びた野生の
だが、たかが魔猪風情、俺にとっては脅威ではない。ならば、ここはアンジェラ嬢の心意気を汲んでおこう。……それに、イノシシはかなり美味いからな。
「じゃあ、明日からゴブリン狩りのついでに探してみるわね!」
「よろしくお願いします、アンジェラさん」
なんて、女性陣の話も纏まったらしい。では、明日からは俺も、アンジェラ嬢をそこはかとなくイノシシの居る方に誘導するとしよう。