あのあと偽装工作を終えて一泊し、無事に街に戻った俺たちは、役所に雌雄揃った魔猪の皮と魔石を提出してクエストを完了した。
で、それから2日後。森林組合のナイスガイ——屈強な木樵のおじさん*1や、屈強な猟師のおじさん*2——の盛大な歓待を受けていた。『アンタら魔猪ぐらいなら殺せるんじゃねえの』というのは禁句なのだろうか?
「いやー! 凄いな魔女様ってのは! 一昨日の夜は雷の音が村まで響いて来やがったぜ!」
「昨日、組合の連中と確認してきたが、確かに凄まじい大きさの骨が2頭分焼け焦げてたし、周囲の木々もあり得ねえ力でへし折れてたからな、流石は魔女様だ」
「しっかし、本当によくやってくれた! さぁ、好きなだけ飲んで好きなだけ食ってくれ!」
そう口々に語る森林組合の屈強なオッサン達から振る舞われるのは、バーベキューというか、立ちかまどを使った鉄板焼きの類である。
役場の前の広場を借りて行われた森林組合主宰の大宴会。その中心で、俺とアンジェラ嬢は勝利の美酒に酔いしれていた。
「美味しいね、ニスロク!」
「ええ。こういう豪快な美食もまた食い道楽のひとつですね」
そう答えた言葉に嘘はない。俺は料理を振る舞われるのも大好きだ。
炭火で串焼きにされた干し腸詰めを齧れば、濃縮された旨味が脂と共に口内に広がり、燻製によるインパクトのある香気が鼻からも旨味を楽しませてくれる。どうもクルミをベースに、少し
そして、その塩気や油気を濯いでくれるのが森で取れる山菜と鶏肉の鍋物。正確には違う料理なのだろうが、日本料理の鶏の水炊きに近いかもしれない。
ガラを一緒に煮込んでいるのが特徴で、濃厚な鶏の旨味と山菜の香味を楽しむ素朴な料理の様だ。塩気こそ無いものの、出汁の濃厚さと山菜の甘味が優しい味を醸し出している。下茹でして灰汁抜きされた『ノビル』『ワイルドチャービル』『セリ』あたりも投入されているので香りも良い具合だ。
他にも、祝い事に釣られて街の人々が持ち寄ってきた様々な食材が振る舞われ、俺としては大変に楽しい気分である。少々ジジ臭いが、昔*3を思い出す感じ、とでも言おうか。
そしてそれはアンジェラ嬢も同じらしい。振る舞われる料理をモグモグと食べる様に雛鳥的な魅力があるせいか街のお姉様方*4にすっかり餌付けされているが、本人は嬉しそうだ。
これ程の歓待を受けるのは、一重に魔猪の皮と魔石を提出したがゆえだろう。開拓村の人々からすれば、俺達は巨大な体躯の魔獣を2頭も討ち取り、存亡の危機を未然に防いだ英雄なのだ。
どうも、提出時に役所のソフィア嬢から聞いたところによれば、この村——今更知ったが開拓村アルクというらしい——は人類が自然を征服せんとする最前線とのこと。
山向こうから魔猪が来たらしい、というその山向こうこそが、前人未到の自然の楽園なのだそうだ。
まだ未解明の土地から来た存在故に『巨大なイノシシと思しき魔獣』ぐらいのふんわりした認識しか共有できていなかった魔猪が、皮と魔石という姿で可視化された事で、ことの重大さが発覚したということらしい。まぁ、突進で家屋ぐらいは余裕で粉砕するだろう化け物だったので無理もない。
この認識の差は痕跡を発見した猟師自身、『凄まじくデカいイノシシの痕跡』としか表現しようがなかったのも大きいのだろう。カメラのない世界は不便である。
だがまぁ、そんな村人側の経緯はアンジェラ嬢はともかく俺には関係がない。俺は珍しい食材と美味しい料理を求めるのみ。今回の出来事には『魔猪の肉が手に入って嬉しい』『お祭り騒ぎで郷土料理が食べられて嬉しい』以上の感想はなかった。
今は宴。たらふく食ってたらふく飲む。それだけ考えるとしようではないか。
* * * * * *
なんて、羽目を外しまくっていた宴の翌日。飲んで食っての結果、アンジェラ嬢が見事に二日酔い*5になったため、今日は仕事は休み。ソフィア嬢にも休暇の旨を連絡*6して、ボロ小屋でのんびりする予定だ。
で、俺はと言えば、二日酔いのアンジェラ嬢の為に料理をこしらえている。
今回使うのは、魔猪の『肝臓』。暴飲暴食で負荷の掛かった彼女の肝臓を労るには、栄養価的にも呪術的にも肝臓を喰うのが一番だろう*7。
で、作るのはレバーペーストだ。赤ん坊の離乳食にも使われる消化の良い料理で、使い勝手が良い。
まずはレバーを一口大の手頃なサイズに……と言っても魔猪の肝臓は高級な枕並みに大きいので一苦労だ。しかし、雑な仕事はできない。ゴブリンの時もやったが、この時に血管や余分な脂肪を丁寧に取り除くのが臭み取りのコツなのだ。
そして、切ったそれを『山羊の乳』*8に漬け込む。
山羊乳は臭いなどと言われる事もあるが、正確には『匂いを吸着しやすい』性質がある。山羊乳が臭いのではなく、山羊の乳搾り現場が臭いのだ。
今回の山羊乳は、市場で生搾り販売していたもの。衛生的な保存容器がないこの世界では、乳は『動物ごと』市場に持ってきて売るものらしい。
そして、今肝臓を漬けているのは「料理人として食材を吟味したい」と言い張って俺自身の手で搾乳したもの。結界を駆使して周囲から遮断し、匂いの吸着を極限まで押さえたその乳に、レバーの生臭さを吸着してもらおうという訳だ。
牛乳でも似たような事は出来るが、個人的には牛より山羊である。臭みの抜け具合が違う。
もちろん、これからの料理でも使っていきたいので、市場で山羊乳を売っていた牧人には多めに金を払って定期的な購入を希望した。匂いを気遣って絞ったヤギ乳は普通に飲んでも爽やかで美味しく、あって困る事はない。
さて、そんな便利な山羊乳で臭み取りをしたあとは片栗粉*9と卵白で作った衣を塗し、135℃の油の中に1分ほど泳がせて、酸化を防ぎつつ瞬間的に加熱する。これはいわゆる『油通し』。中華料理のテクニックだが、応用の効く便利な調理法だ。
まるで繊細に長時間弱火でローストしたかのような柔らか食感を肉に与えてくれるこの技法を駆使する事で色々と料理が捗るのだが、今回はあくまで瞬間加熱が目的だ。
そして、レバーが暖かい状態で、同量のバターと一緒に擂鉢に移して丁寧にすりつぶす。この時、少量の『ギョウジャニンニク』と『ノビル』を加える。両者は薬味であると共に強力な殺菌効果*10を持つ食材だ。保存性と味を同時に高めてくれる嬉しい存在である。
それらを全てすりつぶしたあとは、粗塩とローズマリー を練り込んで完成。
今日使う分以外は瓶詰めにして湯煎し、冷蔵しておくとしよう。*11
で、このレバーペーストを、すりつぶした燕麦とおろし玉ねぎを山羊乳*12で煮込んだ特製麦粥に混ぜて『
「はい、アンジェラ嬢、お粥ができましたよ」
「ありがと、ニスロク、良い加減にベッドから出なきゃね……」
「いえいえ、身体を起こすだけで結構ですとも。はい、あーん」
甘やかしと言われるかもしれないが、俺は悪魔。人間を堕落させる存在だ。アンジェラ嬢を甘やかすのは悪魔的には勤勉であるとすら言える。
「ぁむ、美味し……あーん」
「おかわりもありますからね。好きなだけお食べください」
かくして、俺の策略によりアンジェラ嬢の休日は、グダグダのデロデロに過ぎていくのだった。