さて、楽しい宴から3日が経った本日。俺とアンジェラ嬢は村人が普段は立ち入らない森の奥、魔猪2頭を斃したあたりまでやってきていた。
アンジェラ嬢の二日酔いもすっかり回復し、役場で『ゴブリン狩り』の依頼を受けていつも通り森にやってきた……というわけではない。いやまぁ、依頼は受けているのだが、今回の依頼受注は本題に対するカモフラージュ的なものなのだ。
もちろん、道すがら湧いて出てくるゴブリン共は殺してバラして枝肉*1にしているが、それが目的ならこんなに奥深くまで立ち入る必要はない。
今日こんなところにまでやってきたのは猪肉の熟成がいい頃合いになってきたので、BBQでもしようかと考えてのことなのである。
BBQにも色々ある*2が、今回はデカい肉が手に入ったので、赤身の塊肉をアメリカンスタイルで楽しんでいく所存である。
「さて、この辺りでいいでしょう。わざわざご足労頂いてしまい申し訳ありませんアンジェラ嬢」
「ううん、あの魔猪のお肉はこっそり食べようって話だったもんね。……でも、それってなんで?」
「おっと、これは失礼。理由を話していませんでしたか……魔猪の肉は呪詛や瘴気に塗れている*3ので、常人が食べるとまぁ割と呪われることが多くてですね。それを回避する為には俺が調理をした上で呪術的・魔術的にも処理して呪い諸共血肉に変えてやる必要があるわけなのですが————そこまで手間を掛けるのなら、アンジェラ嬢に余さず取り込んで頂くべきかなと。俺はアンジェラ嬢に仕えているだけで別に開拓村アルクにはそこまで尽くす義理はありませんからね」
「うーん、そう言われれば、そうなのかな?」
「そうなのです。……さて、では早速ですが今日はBBQを作っていきましょうか」
なんて言葉と共に俺が取り出したるは本格的なオフセットスモーカー*4。魔界の溶岩を鍛えて作ったお手製の品であり、重いのが欠点だが鉄よりもずっと耐熱性が良い*5ため長年使っても全く傷んでいないお気に入りだ。大魔王ベルゼビュート陛下主催のBBQパーティー*6などでも活躍した品なので、性能もお墨付き*7である。
そんなこちらのオフセットスモーカーで今回作って行くのは塊肉のロースト。部位としてはヒレに当たり、脂肪の少ないはっきりとした赤身が特徴だ。じっくりゆっくり加熱するBBQの都合上時間はかかるが、それをのんびり待つのもBBQの楽しみ方だ。
で、今まで同様、お肉の調理は仕込みが命。もちろん今回も下処理はバッチリ。余分な脂肪や筋もしっかりとトリミング済みである。
が、今回はBBQなので普段の下処理から更に一手間かけている。猪肉の臭み対策と硬さ対策の秘密兵器として、インジェクターによる『インジェクション加工』を施してあるのだ。この技法は乱暴に言えば『大量の針がついたクソデカい注射器で肉の内部に液体を注入する』というもので、焼肉食べ放題などでよく見る『このお肉は柔らかくする加工をしています』とか書かれたハラミが最も身近な例にあたる。多くの場合注入するのは脂身だが、今回俺が肉に注入したのは『生命の果実』のジュース。有体に言えばリンゴジュースだ。
お肉を柔らかくする為にリンゴジュースに漬ける*8、なんてのを聞いたことがあるかもしれないが、それを塊肉でやるのは体積に対し表面積が小さすぎて難しい。ならば注入してしまえ、というのが今回使ったインジェクション加工なのである。
で、そんな加工済みヒレ肉にスパイス*9をたっぷりと擦り込んだものを、グリルに入れてじっくりローストするだけ、というのが今回のBBQの全てである。
もちろん、本来は庫内の温度や肉内の温度をしっかりと管理する必要があるのだが、そこは悪魔仕込みの調理器具。その辺は自動で調整するように魔術をいくつも仕込んでいるし、炭の方も無限に燃える魔界の炭*10なので補給要らず。燻製用のウッドチャンクも生命の木の剪定クズなので使いたい放題ともなれば、これでBBQを失敗する方が難しいというものである。
「さて、これであとは1時間*11このまま待てば完成ですね。その間に何か軽食でも食べましょうか。事前に作ってきた『アップルパイ』*12や『ゴブリンパイ』*13なんていかがです?」
「食べる!!」
「大変素晴らしいお返事ありがとうございます。では早速ですがこちらをご賞味あれ」
ちょっとした屋外用テーブルとキャンバス張りの折り畳み椅子を用意して、パイを頬張りながら肉が焼けるのをのんびり待つ。魔界での肉を奪い合うBBQも悪くはないが、こうしてのんびりと過ごすBBQの方が俺好みだ。
そう考えれば、つくづくこの世界に来れたのは幸運だった。なんて考えながら、自家製ビール*14を一口……。
「あー! ニスロクだけお酒飲んでる!!!」
「アンジェラ嬢、一昨日痛飲して随分辛かったのをお忘れですか?」
「お酒!」
「はいはい……少しですからね?」
なんて俺が嗜めるフリをしながらジョッキに注いだスタウトを差し出せば、アンジェラ嬢は人の話を全く聞かず景気良く飲んで『プハー』などと言ってご満悦だ。
将来は酒カスかな? などと思わなくもないが、酒精で堕落するのも
かくして、大変に堕落した素晴らしいBBQの前座を楽しむ俺たちは、肉の焼ける香りに胸をときめかせつつ、グリルを開けるその時を待つのであった。
ちょっと出張に行くので次回は遅くなるかも知れねえってばよ……!(ゆるせサスケ)