さて、軽食というにはちょっと重いパイとスタウトをつまみつつ、待ちに待つこと暫し。
食べ頃を見極めて解き放ったグリルの中から現れたのは、完璧な温度管理のもとじっくりとローストされた、4kgのヒレ肉の塊だ*1。
「うわぁ〜♡」
なんて、涎混じりの感嘆をアンジェラ嬢が漏らすのも無理はない、圧倒的に過ぎる『肉』の主張。香りも見た目も最強な『旨そうな肉塊』という存在は、肉を好むあらゆる知的生命にとって抗い難い魅力を有している。
そんなロースト肉を俎に移し、包丁を入れれば、感じるのはバーク*2を切る少し硬い感触と、その下の肉が持つ柔らかくしっとりとした弾力。その断面には美しいスモークリング*3が生じており、立ち昇る燻製肉の香りが『調理大成功』と主張してくる。
「さて、アンジェラ嬢。分厚めに切っていきますので好きなだけ召し上がれ」
そう俺が言うと同時に切り分けられた塊肉にフォークを突き刺し、思いっきり齧り付いたアンジェラ嬢の振る舞いは、お世辞にも上品とは言い難い。だが、巨大な極上肉を前にお上品に振る舞うことに如何程の意味があろうか?
馬鹿でかい肉に思いっきり噛みつきたい!
顔を埋めて喰いちぎりたい!
そんな衝動に抗ってお上品に振る舞い、その結果肉を愉しみきれないぐらいなら、下品にかぶりついた方が余程利口と言える。現に、本能の赴くままに肉を頬張り、喰いちぎり、咀嚼しているアンジェラ嬢の顔には満面の笑みが広がり、可愛らしい口元を肉汁でベタベタにしてもなお魅力的な表情になっている。
いっぱい食べる君が好き、とは良く言ったものでメシを美味そうに食う姿というのは魅力的に映るものなのだ。
「
「それは何よりです、アンジェラ嬢。おかわりも沢山ありますからね」
なんてアンジェラ嬢に伝えつつ、俺もご相伴に預かろうと端っこの部分を少し摘めば、口内に溢れるのは野生の肉の暴力。
豚では味わえない、野生を生き抜いたイノシシの肉の奥深い甘みと、少しの獣臭。だがその獣臭さはスモーキーな燻製のフレーバーやスパイス達と組み合わさることでむしろ美味さに昇華されており、脳が灼ける程の旨味が胃袋で荒れ狂う。
そして同時に確かに感じる『強化』の兆し。俺が調理したのだから当然だが、この魔猪肉も『食らった相手の全てを血肉とする』術の対象となっており、魔猪の強靭な肉体に漲っていた力の断片が、俺の中に流れ込んでくる。
基本的に動かない部位ではあるが、ヒレ肉は歴とした筋肉。魔猪のそれを食すということは、あの木々を粉砕する馬鹿力の一片をその身に取り込むことを意味しているのだ。
だが、正直言って俺にとっては微々たる強化。これなら魔界で『舐めた真似をしたアホ*4』を
とはいえ、それは最上級悪魔である俺の話。所詮は人間に毛が生えただけの魔女であるアンジェラ嬢にとっては、その効果は激烈なものとなる。
今こうして見て*5いるだけでも明らかに肉体が『魔』に近付き、骨はより硬く、筋肉はよりしなやかになり、総身に滾る魔力は魔猪を喰う前とは比にならない。
それに加えて言えば、ゴブリンを食べ続けていた事で彼女の消化器官は著しい進化を遂げており、先日痛飲した酒量はぶっちゃけ常人なら死んでいるレベル*6だが、ゴブリンの強烈な消化能力を受け継いだ事で二日酔い程度に抑え込まれていたと言う経緯がある。そしてその治療の為に魔猪の肝を喰った結果、なんだか超再生的な現象でも起きたのか、正直言ってとんでもないレベルで彼女の肉体は『捕食能力』を成長させているのだ。
何が言いたいかと言えば、今食った肉がもう胃袋で溶け始めていると言う話である。おそらく、今の彼女の胃酸はpH*7で言えば0.5*8前後。それを中和できる胃粘膜と胆汁の濃度も、推して知るべしだ。
そして、溶けた肉の栄養は強靱化した腸によってケツの毛まで毟る勢いで吸収されて彼女の血肉に変換されているわけで。
下品な話にはなるが、彼女のウンコはもはや無臭なのかもしれない*9。この能力はゴブリンに由来するはずなので、もしかするとゴブリンの糞も匂いは控えめなのだろうか?
なんて、俺が
「ゔっ……!」
「ああ、調子に乗って食べるといきなり来ますよね、限界を伝える脇腹の痛みとか胃もたれ感とか」
「び、ビール……」
「はいどうぞ」
肉を食いすぎた胃もたれをビールで直そうとする少女、絵面が最悪*10では? なんて思わなくもないが、まぁ確かにビールは炭酸とアルコールで胃の血流量を増やすので、消化を助けなくもない。
アンジェラ嬢の場合はアルコールの毒性自体は暴力的なまでの肝臓機能で捩じ伏せられるので、悪くない選択ではあるが……絵面があまりにもおっさん過ぎる。
「ぷはっ、ヴッ……グェッップ……ふぅ、助かったぁ〜お腹いっぱい……」
「それは何よりです、アンジェラ嬢。ご満足いただけました?」
「滅茶苦茶美味しかったから食べ過ぎた……」
「まぁ確かに随分*11食べられましたね」
「あとちょっとが入んなかった……ごめんね」
「ふふふ、お気遣い無く。アンジェラ嬢が満腹なら俺も幸せ*12ですので。それに、余ったローストポークにも使いようはありますからね」
「そうなの?」
「今夜の晩御飯はこのローストポークのあまりでポークシチューなんてどうでしょう?」
「美味しそう! 食べたい!」
「是非是非。……では、俺はBBQの道具を片付け始めますので、アンジェラ嬢はそのまま食休みを。帰り道でもゴブリンを狩れば、森に長居した言い訳も立つはずです。英気を養っておいてください」
「ありがと〜ニスロク」
「いえいえ」
なんて会話を交わしつつ、午後の木漏れ日が差す森で穏やかな時間を過ごした俺たちは、宣言通り帰り道でもゴブリンを狩りつつ、アルクの村へと帰還した。
その道中、アンジェラ嬢がちょっと催して茂みでコソコソしていたのだが……どうやら俺の予想は当たっていたようだ、とだけ述べておこう。まぁ、乙女の落とし物が誰かに発見されたりはしなさそうで何よりである。
出張予定が3倍に増殖したので次回もちょっと遅くなるやもしれません。
悲しみ。