ダンジョンに黒い沈黙を向かわせたのは間違いではないはず 作:ピグリツィア
「ふう、こんなもんかなっと」
先日の取材の記事を纏め終える頃にはもう日が落ちていた、そろそろベルやヘスティアも帰ってくる頃だろう。
「ただいま帰りました、ローランさん…」
先に帰ってきたのはベルか…って随分元気がないな。
「おうおかえり。怪我はないみたいだけど何かあったのか?」
「…いえ、大丈夫です」
う〜ん臭う、臭うぞ?これは一人で抱え込んで潰れる奴の臭いだ。
「なんだ水臭いな、俺とベルの仲だろ?どんな些細なことでも相談してくれよ」
「そう、ですね…じゃあ聞いてもらえますか?」
「おう、大船に乗った気でいてくれても構わないぞ?」
「リリを嵌めるねぇ…」
どうやらリリルカの同僚殿はリリルカの貯蓄を狙っているようだ。ベルも誘われた辺り既に大まかな計画は立ててありそうだな…
「僕はどうしたらいいんでしょう…」
「ベルはどうしたいんだ?」
「もちろん助けたいです!けど…」
踏ん切りがつかないのか。どうすればいいかもわからないんだろう。
「じゃあ助言だけしてやろう…多分そいつらは近い内に行動を起こすぞ、頭も足りてなさそうだしな。そんで事を起こすならダンジョンの中だ、そこなら大抵の事は事故で片付く」
手に負えなくなったモンスターの群れを他人に押し付けて、そいつらが死んだとしてもそれは自己責任になる。ここはそういう所らしい、まるで裏路地だな。
「俺の勘じゃ一週間以内かな、あの手の人種はそう長く待てない。とりあえず今夜は訓練を止めて、『ダンジョンで起きそうな人為的な罠』について覚えておこうか」
特に蟻だな、アイツは悪用し放題だ。条件を満たせば何時でも裏路地の夜ごっこが出来る、油断していればレベル2でも死にかねないだろう。
「ベル、ダンジョンでの敵はモンスターだけじゃないからな。何時でも何処でも、どんなに良い奴だって状況次第で敵になり得る。リリルカだってそうだ、所詮はビジネスパートナー、無条件に信頼して良い相手じゃないって事を覚えておけ」
ベルは俺の言葉に反論しようとして、言葉を飲み込み頷く。
「そうだ、それで良い。納得できなくても良い、ただその可能性があると言う事実だけ頭に叩き込め」
「ただいま〜…って随分とシリアスな顔してるねローラン君。何かあったのかい?」
「いやさあ、ベルがハーレムを作りたいって言うからその壁の高さを懇切丁寧に教えてたんだよねえ!」
我ながら嘘らしい嘘だけどヘスティアなら察してここでは深入りしてこないだろう。
「なんでそんな嘘をって言いたいけど確かベル君がオラリオに来た理由はハーレム作りだったよね」
「え?マジで?」
「ちょ、ちょっと神様!なんで言っちゃうんですか!?いや違うんですローランさんいえ違くはないんですけどアレは祖父の受け売りで!?」
孫にそんな下心満載の夢を託すってどんな爺さんだ。
「あー、まあ、頑張れ?第一目標は果てしなく遠いけどな」
「…」
ああ顔を隠して丸くなっちゃった、揶揄いすぎた。
次の日の朝、俺とベルは昨晩何事も無かったかのようにダンジョンに向かう。
「何かあっても俺は助けられないと考えておいてくれよ?いつもそう都合よくいるとは限らないからさ」
「はい、大丈夫です」
ダンジョンの前でベルと別れる。いつもより人の入りが良いダンジョンの入口を見ながら暫く待てば…来た。ダンジョンに潜っていく男、少し前に情報を手に入れた『例の男』だ。
「まさか作戦の前日にベルを誘ってるなんてな…何も考えてないだけか?いや…」
そいつを尾行する3人組…あれは『問題児』か。仮面をつけて気配を消し、男達の後を追う…なんなんだ本当に、あの子とは切っても切れない縁でもあるのか?数層ほど潜った後で後方にハンドサインでこちらに近づくように指示を出す。
「こっそり付いて来たつもりだったんだけど」
「まだまだ気配を消しきれてないな。で、なんの用だアイズ」
仮面を外してアイズに顔を見せると、驚いたように目を丸くさせる。
「ローラン?なんでここに?」
「ベルが…と言うよりその連れが不埒な輩に目をつけられていてな。その尾行だ。アイズは何やってるんだ?」
「エイナって人からベルを助けてって頼まれた」
アドバイザーちゃんか、まさかアイズに伝手が有るとは思ってなかった。
「じゃあベルの方を頼めるか?俺はこいつらを見張りたいんだ」
「わかった」
「ありがとうな、多分リリルカ…ベルの連れに多くのモンスターを押し付けられると思うから軽く援護してやってくれ。リリルカはノータッチで」
アイズは俺の言葉に黙って頷くと速度を早めてベルの方へと向かっていく。それを眺めながら俺は仮面を付け直して3人組を追いかける。
「ほんと、俺が見る分には素直で良い子なんだけどな」
リヴェリアからすれば手のかかる子と言った風だった。まあ身内に見せる表情と赤の他人に見せる表情が違うと言うのは当たり前か。
「ああ〜、俺ん所に来ねえかな」
八階層へ行く階段の一つ前の部屋で男が止まる。こいつはベルを誘ってリリルカを嵌めようとしていた男だ、装備や顔の特徴が一致する。尾行していた3人組は…散開してどこかへと向かう。
「あいつとカヌゥ達は別口か…それに今日はソーマファミリアの連中が多かったな、これは大規模にやってそうだ」
八階層から七階層に続く階段はいくつかある。それを人海戦術で潰そうって腹づもりか。とにかく、今は待つだけだ。
暫く待っていると、階段の方から小刻みな足音が聞こえてくる。どうやらアタリみたいだ。男の顔にも醜悪な笑みが浮かぶ。
「嬉しいねぇ、大当たりじゃねえか」
男はリリルカの足を引っ掛けて転ばせる。地面に伏したリリルカにゆっくりと近づいて、顔面を力強く殴る。
「詫びを入れてもらうゼェ?この糞パルゥムがっ!」
殴る蹴るの暴行、ベルなら迷わず飛び出しているだろうな。しかしまだ他の奴らが来ていない、ここは待つだけだ。
幾つかの独白やベルの話をして、リリルカの身包みを剥いでいく。幾つかの高価そうな装飾品に加え魔剣も出て来たらしい。随分と機嫌が良さそうだ。
「派手にやってんなぁ、ゲドの旦那ァ」
来た、カヌゥだ…ああ、まさか本当に『裏路地の夜ごっこ』をするつもりか?キチキチと甲殻の擦れる音が幾つか聞こえる。キラーアントの頭だろう。
連れの二人もカヌゥに合わせてキラーアントの頭を部屋に投げ込む。こりゃ相当な数が流れ込んで来るぞ。
「しょ、正気かてめえらああああ!!」
残念ながら正気ではなさそうだ、俺が見たカヌゥはそういう目をしていた。ゲドは捨て台詞を吐きながら一目散に空いた通路から逃げていく。
「面倒な事をしてくれるな」
俺が身を潜めている通路からも数体のキラーアントが顔を出す。さっさと処理をしてリリルカ達の遣り取りを眺める。
「来てやったぜ、お前を助けるためにな?なんせファミリアの仲間だからなぁ」
どの口が言うんだか、さっきのゲドとやらにも勝てないような奴らがこの状況をどう打破するんだ。
こんな状況でものんびりリリルカに集っている、随分見上げた根性だな。手詰まりになったリリルカは素直に貸金庫の鍵を渡すことしかできない。
さてカヌゥ達は目的を果たした訳だが…多少役不足ではあるが、ここらであいつらにはベルの糧になって貰おう。
貸金庫の鍵を差し出したリリをカヌゥは片手で軽々と持ち上げる。
「カ、カヌゥさん…何を?」
「ちょっとヤバいんでなぁ、周りを見てみろ。もう囲まれかけちまってる」
周囲を見渡せば二十を越えるかどうかといった数のキラーアントが犇いている。嫌な予感しかしない。足をばたつかせて必死に抵抗を試みるが少しの効果もなさそうだ。
「囮になってくれや」
ああ、やっぱり。そういう魂胆でしたか。
「アーデがあの虫どもを引き付けてくれりゃあ俺達はあの通路から抜け出せる。あそこにはまだそこまで群がっていねえし、時間を稼いでくれりゃあ俺達でも蹴散らせるだろ」
そう言って不自然なほどにキラーアントの少ない通路の方に視線を向ける…何かがいる。
「金がねぇならお前はもういらねえよ。最後に俺達をしっかり支援してくれよ、サポーター?」
それは薄暗いダンジョンの中でも不自然なほどに黒く、酷く冷たいような印象を受けた。間違いなくウォーシャドウではない。そこらの、今リリに何かを喋っている小悪党なんかよりもよっぽど恐ろしい何か。
「…?なんだアーデ、俺達なんか眼中にねえってか?まあいい、やることは変わらねえからな」
そう言いながら黒い何かとは反対側に投げられる。その間にも私はそれを瞬きもせずに見つめ続けていた筈なのに、いつの間にかそこから消えていた。
「あ?」
気付けば周囲のキラーアントの群れは殆どが灰になっていた。そして部屋の中心には形から人間だとわかる、恐らくは先程の何かが二つのナイフを持って佇んでいた。
この部屋に居るソレ以外の全員の視線が左手の深紅のナイフに注がれる。今まで見たことがないような、引き込まれるような赤。それはまさに鮮血のようで…
「リリ!?」
唐突に掛けられた声で全員が我に返り声の主の方を振り向く。
「えっと、今の状況は…?」
「え…あ、えっと…」
気付けば謎の人物は最初からそこに居なかったかのように消え去り、部屋の中には私とベル様、そして虚ろな眼をしたカヌゥ達が残された。
「悪いなベル、これも経験って奴だ」
僕がリリの元にたどり着いた頃にはモンスターの残骸らしき灰の山が部屋中に積もり、明らかに様子のおかしい三人組と、そこから少し離れた場所にリリが尻もちをついて座っていた。
「えっと、今の状況は…?」
「え…あ、えっと…」
不思議な状況で思わずリリに現状の説明を求める。
「ガアアアァァァ!?」
しどろもどろになりながらも、リリが今の状況を説明しようとしたところで目の前の三人組が雄叫びをあげて僕たちの方へ襲いかかってくる。
「わっ!?何なに!?急にどうしたんですか!?」
慌てて攻撃を往なしながらつい反射的に質問を投げ掛ける。何処からどう見ても正気じゃない相手にそんな事をしたところで満足いく返答が返ってくる筈もなく、問答無用とばかりに三人がかりで攻撃してくる。
「うう、話してどうにかなる様子でもないし…かと言って逃げられる余裕も無さそう…」
一人でなら逃げきれる気はするけど論外だ。リリを置いては行けない。かと言ってリリを背負って逃げるにしても背負う暇も無ければ背負った状態で逃げ切れる保証もない…何とかして気絶させなきゃダメそうだ。
「リリ!離れてて!」
「は、はい!」
三体一…対人戦については誇れる程じゃないけど自信はある。多対一はやった事ないけど…正直普段の相手の手数がおかしいからあまり変わらない気もする。
「ふう…何時でも冷静に」
気を研ぎ澄ませて相手の動きを観察する。相手の攻撃は大振りなものばかり、なら往なして反撃していけば問題ないはず。
「…そこっ!」
二人が同時に仕掛けて来たタイミングで反撃を仕掛ける。一人の胸部に飛び蹴りを入れて壁際まで押し除けて、反動で飛び上がって空中で身を翻してもう一人の頭上にも蹴りを入れる。これで二人はしばらく動けない…はずだ。
「ぐ、グウゥゥ…」
駄目だ、少し手加減しすぎた。場数の少なさがここに来て響いてる。
「アアアァァァ!!!」
大きく怯んだ二人をよそにもう一人がこちらに突貫してくるけど、流石に何も考えてない大ぶりの一撃を喰らうほど僕も間抜けじゃない。
「せあっ!」
縦振りの剣を横から弾いて腹部に肘鉄を入れる、今回はうまくいったみたいだ。相手は膝から崩れ落ちてすぐには起き上がってこなさそう。
「残り二人…ふぅ」
最初の攻撃から復帰した二人を見て武器を構え直す。感覚は掴んだ、次は一撃で倒す…!
「やああ!」
駆け出して片方に裏拳、もう片方に蹴りを入れて気絶させる。一撃目が気絶には至らなかったものの、相当なダメージは入れられたのか反撃も来なかった。周囲に敵影がないことを確認してから警戒を解く。
「よし…リリ!怪我はない!?」
「はい、ベル様って凄い強いんですね…?」
「対人だと師匠が強すぎて…いやそんなことはどうでも良くて!怪我してるからポーションを飲んで!」
モンスターの影はないし、三人組もしばらくは起きてこなさそう。これで少しは落ち着けるかな?
「やっぱり恐慌状態のレベル1じゃ糧にもならないか…」
『狼牙工房』を仕舞い『リストカッター』を消してベル達の様子を伺う。リリルカはヘスティアナイフを返しながらここをすぐに離れるように言っている。そのまま奪われた物の回収もせずに何処かへと駆けて行った。
「さて、こいつらはどうするかな」
こっちで処理しても良いけどベルとヘスティアはそういうの嫌がるだろうから…取り敢えず起こすか。
「っと、その前に。ありがとうなアイズ」
「うん、問題ない」
頼れる味方の剣姫様の帰還だ。右手にはベルのプロテクターの一部が握られている。
「被弾してたのか…まあいい、悪いな拾ってもらっちゃって。お礼は…一級冒険者を満足させられるほどの金も持ってないし、なんかやって欲しい事とかある?こう見えても俺って結構器用だから金じゃ解決できないことでも力になれるかも」
「それじゃあ…また今度会った時で良い?」
「おう、アイズがそれで良いなら構わないぞ」
壊れたプロテクターを受け取るために右手を出す。
「…」
「…」
アイズは壊れたプロテクターをそっと背後に隠す。
「…」
「…」
「…ああ、わかったよ。預けておくから暇ができたらベルに返してやってくれ。廃教会には幽霊なんていなかったから怖がらずに来ても良いぞ」
俺の言葉を聞いたアイズは顔を少し赤くして目をそらす。
「近いうちに返すね、じゃあまた今度」
「おう、気をつけろよ…なんて一級冒険者に言う事でもないか。じゃあな」
別れの挨拶を済ませればアイズは踵を返して下層へと姿を消していった。
「さてと、後処理でもするか」
今後の為に、汚い手は使う気は無いがベル達が動きやすいように小細工はしておこう。
〜ローランの異世界見聞録〜
ベルに対人戦の実戦経験を積ませたかったけど、流石にこいつらじゃ役不足すぎたなぁ…かと言って俺とばかりやっても俺の癖を覚えて良い方向にいかないだろうし…難しいな。取り敢えず力加減を覚えられただけでも良しとしよう。
リリルカは…死んだ事にしておこう。その他の処理は一先ずベルの決断とリリルカの動きを見てから決めるとする。