ダンジョンに黒い沈黙を向かわせたのは間違いではないはず 作:ピグリツィア
ヘスティアはバイトへ、リリルカはまだやる事が幾つかあるらしくカフェで解散した。俺は現在ベルと共にギルドに来ている。どうやらリリルカの件についてギルドのアドバイザーに
「まったく、いくら頼れるアドバイザーだからってあまり頼り過ぎるのも如何なものかと思うぞ?」
「すみません…」
ギルドとしては原則中立、こうやって一人の冒険者に肩を入れているのがバレたりしたら良い結果にはならないだろう。アドバイザー立ちもさせないとな。
「それじゃ俺はここで待ってるから話してきな」
「はい!」
ベルは今エイナと話している金髪の少女の背後に立ち…ちょっと待て、流石に遭遇率高すぎないか?いくら同じ冒険者とは言えレベルやファミリアの規模には天と地ほどの差があるんだぞ?
そこにはベルの想い人、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインがいた。
受付窓口の一角に奇妙な沈黙が流れる。しばらく待てばぐるりとベルの身体が回れ右をして、脱兎の如く出口を目指し駆け出す。
「逃げるなアホ」
「へぶっ!?」
無礼者の足を引っ掛けて転ばせて動きを止める。顔面から地面へダイブ、一般人だったら顔面もみじおろしの出来上がりだがここで日頃から耐久上げをしている成果が活きる。
「げぶっ」
「あっ」
そして追いかけようとしてきたアイズに頭を踏まれる。いくら日頃から耐久を上げようとレベル1がレベル5の踏み込みに耐えられる筈もなく、呆気なくベルの意識は暗闇へと蹴り落とされるのであった。
「ベルくーん!?」
「…ど、どうしよう?」
「まあ、起きるまで待つか」
エイナの案内でベルをギルド備え付けの医務室のベットに寝かせてアイズと話をする。エイナはそのまま仕事へと戻っていった。
「ごめんなさい…」
「急に逃げ出したベルが悪いから気にしなくていいよ、事故だ事故」
ベルはアイズに会う度に逃げ出しているらしい。いい機会だしここらで面と向かって話をさせておこう。
「そういえば、アイズとベルの馴れ初め…じゃなくて出会いってどんな物だったんだ?」
「えっと、私たちが逃しちゃったミノタウロスに彼が襲われてたのを助けたのが最初」
ミノタウロスって結構下の方のモンスターじゃないか、そんな所まで潜ってたのか?…いや、ベルも流石にそこまでバカじゃないか。それならミノタウロスの方が上の方まで来てたんだろうな。
「そこで救ってもらったのがきっかけか…吊り橋効果って奴かな?」
「?」
まあそれがなくてもアイズは歴とした美少女だ。田舎から出てきたばかりのお上りさんが一目惚れしても仕方がないか。
「それじゃあ次は…そうだ、この間ダンジョンで会った時のこと覚えてるか?」
「やって欲しいこと…私と戦って欲しい」
「…マジで?」
「うん」
どうやら噂に聞く剣姫様は過度のバトルジャンキーだったらしい。
「えっと、俺って冒険者になったばかりのペーペーだぞ?アイズと戦っても一瞬で勝負がつくんじゃないかなって…」
「嘘。貴方からは私の仲間と同じ雰囲気を感じる」
どんな雰囲気だよ…こんな胡散臭いおっさんと同じ雰囲気って。
「戦い慣れたとても強い人、何よりも地上にいるのに常に気を張り続けている感じがそっくり」
「あ〜、まあ地上だからって安全とは限らないだろ?いきなりモンスターに襲われるかもしれないしな」
ちょっと前に襲われたしな。アレはイレギュラーだって?一度あった事が二度三度無いとは言えないだろ。
「そんな事殆どない、暗黒期でもないのにそこまで奇襲とかを警戒しているのは異様」
「そこまで言う?」
「それで、私の知り合いはとっても強かったから貴方もそうなのかなって」
どんな知り合いだよ…う〜ん、正直戦うのはやぶさかでもないけど…
「場所はどうするんだ?そもそも名高い剣姫様が零細ファミリアの1団員と戦うって色々と問題じゃないか?」
「うっ…なんとかする…」
なんとかするねぇ、本当になんとかできるのかな。
「まあそれなら任せるよ、予定が決まったら教えてくれ」
「わかった」
「う、うう…?ここは?」
呻き声と共にベルが起き上がる。次は絶対に逃げられないように両肩をホールド。
「おお起きたか、ほらアイズが何か言いたそうにこっちを見ているぞ?」
「え、ヴァレンシュタインさん…っ!?」
アイズの顔を見て反射的に逃げようとするベルの体を押さえつける。なんでこいつはここまで逃げようとするんだ。
「えっと、これ」
アイズの差し出したプロテクターを受け取って少し冷静になったみたいだ。とは言え目線があちこちへと彷徨っている。
「…ごめんなさい」
「へ?」
「私が倒し損ねたミノタウロスのせいで、君に迷惑をかけて…いっぱい傷付けたから…」
そこまでボコボコにされたのか?とは言え冒険者になった時期から考えれば死ぬどころか四肢欠損すらない辺り豪運と言っても差し支えないくらいには勝ち目がない相手だな。
「そんな!あれは僕の実力不足が招いた結果で…」
「違う、そもそも5階層なんかでミノタウロスに遭遇するなんて事を想定するのは無理だから、君のせいじゃないよ」
思ったより浅い階層で会ってた。それは幾らなんでも初見殺し過ぎない?
「だから私は君に何かしてあげられたらって思って…」
「そんな!?恐れ多いですよ!そんなに重く考えないでください!」
「でも…」
「このままじゃ埒が明かないな…それならベルにダンジョンでの動き方とか教えてやってくれないか?」
「私は良いけど、ローランが教えてるんじゃないの?」
「あー、そこはほら、多くの視点から学べることもあるだろ?」
戦闘訓練こそしてはいるものの、ダンジョンのあれこれについては俺も素人だから何も教えられていない。多少は都市の知識で埋められるとはいえどこかでちゃんと習った方がいいだろう。
「ロ、ローランさん…!ヴァレンシュタインさんもありがとうございます!」
「アイズでいいよ」
ベルが感極まったような口振りで礼を言う。きっとそれほど嬉しかったのだろう。
「わかった、じゃあ何時やる?」
「アイズが良ければ早朝かな。提案しておいてなんだけどロキファミリアの人にバレたらちょっとややこしいことになるだろ?」
「場所は良い所を知ってる。市壁の方にあるからそこでやろう」
ベルを置いて計画を詰めていく。一番の問題だった場所については都合よくアイズが工面してくれるらしい、これで大きな問題は無いだろう。
と言う訳で、次の日の夜明け前だ。アイズの案内で市壁の秘密基地に辿り着く。
「ほ~う、これはこれは…良い感じの秘密基地だな?」
「ですね…」
感心したように辺りを見回すベルに心なしかアイズも得意気だ。流石に俺とアイズが戦えるような場所じゃないけどレベル1の冒険者の鍛錬場所としてなら不足はない。
「それで…何を教えよう?」
「なんかこう、ダンジョン内での心構えとか、ミノタウロスにあった時の対処法とかが良いんじゃないか?」
「レベル1でミノタウロスは…頑張って逃げる?」
流石の剣姫様もレベル1のダンジョン初心者がミノタウロスを討伐する未来は見えないようだ。
「ダンジョンでの心構えは…モンスターを見つけたら斬る」
見敵必殺、サーチアンドデストロイの精神が大切らしい…んな訳あるか。初心者にそんなこと教えたら数日でモンスターの餌になるぞ。
「俺は何か選択を間違えてしまったようですね」
「ローランさん!?諦めないでください!」
「ちょっと予想以上にアイズがバーサーカーだったわ。どうしようかコレ…」
アイズも自分の発想が少しアレなことに勘づいたらしい、気不味そうに視線を彷徨わせてる。
「ええい、こうなったら実戦あるのみだ!アイズ、ベルに一線級冒険者って奴がどんな物なのかその身に教えてやるんだ!」
「…わかった、手加減はする」
「ちょっと!?これじゃいつもローランさんとやってる訓練とそう変わらないじゃないですか!?」
「問答無用だ!行けアイズ!」
「…がんばれ」
「ちょっとぉ!?」
アイズは剣を引き抜き俺の方に投げ渡してから、鞘を持って突撃する。ベルは間一髪で反応してナイフで初撃を受け流す。
「待ってくださいアイズさん!僕のナイフ真剣ですよ!?刃潰してませんよ!?」
「大丈夫」
そこから数回の打ち合いを経てアイズが少し距離を取る。
「この子本当に冒険者になったばっかりなの?」
「確か二ヶ月くらいだっけ?」
「まだ一ヶ月ちょっとです…」
ベルの言葉でアイズは驚愕した表情を見せる。確かに一ヶ月ちょっとでこの成長は目を見張る物があるだろう。
「おかしい、幾らなんでも成長が早すぎる」
「そうなのか?」
「僕に聞かれても…神様は一種の成長期かもって言ってましたけど」
そういえばベルのスキルについて詳しく聞いてなかったな…帰ったらこっそり聞くか。
とりあえず三人とも具体的な理由はわからないので訓練を再開する。アイズの猛攻をギリギリで凌ぐベル。力押しの多い俺とは違い速度で翻弄するアイズを相手に最初の方こそかなりの劣勢だったが、時間が経つと共に動きを修正して少しの余裕をもって凌げるようになっていく。
「予備動作から大凡の動きを予測している…?まだ荒削りだけど、明らかに対人を想定した動き方だね。これはローランが教えたの?」
「ああ、俺の慣れてる動きを教えたら自然とな。もっと搦め手を入れてやってくれ」
俺の言葉を待たずにアイズはフェイントを仕掛け始める。対してベルは一手目のフェイントに引っ掛からずに二手目の攻撃を受け止め…がら空きの胴体にレベル1に放って良い威力とは思えない蹴りを入れられる。
「ぐぶっ!?」
「あ」
「…あ」
その蹴りを見た俺の口から思わず出た音から一拍おいて、アイズの口からも同じ音が出る。
「…ど、どうしよう…」
「べ、ベル。生きてるか?」
ベルの服を剥いて被弾箇所を見ると…思ったより傷は深くなさそうだな。
「ごふっ、がふっ…あ、あー、僕生きてます?」
「ああ、命に別状はなさそうだ。よくあれを受けれたな」
「よ、よかった…殺しちゃったかと思った…」
へなへなとへたり込むアイズを見てベルが苦笑いを浮かべてる。変な癖に目覚めなきゃ良いんだけど。
「二撃目を受けてからローランさんならどう動くかって考えた瞬間、すっごい嫌な予感がして、反射的に後ろに引いたんですよね」
判断が少し遅かったですけど、なんて苦笑いしながら言っているがもっと遅かったら普通に死んでた威力だった気がする。
「ご、ごめんなさい…ステイタスを見誤っちゃった…」
アイズが言うに荒削りとは言ったものの技術は既にレベル1の範疇を超えていたらしい。そっちに合わせた威力の蹴りを繰り出した結果、レベル1が即死する程度の威力になったと言う訳だ。
「次は絶対にやらない、こんなミスは二度としない」
「ああ、訓練中に事故死ってのは流石に笑い話にもならないからな。力加減は誤らないでくれ」
どうやらアイズは人に戦闘を教えるという行為に慣れていないみたいだ。この訓練には今後も俺が付き添うことにしよう。
〜ローランの異世界見聞録〜
アイズが言うには今のベルはステイタスと技術の差が凄まじい事になっているらしい。今のベルの技術を持っているならレベル2以上、運が良ければ3になっている位には戦闘勘が磨かれているらしい。これも常日頃から致命的な隙を見せた時に強い殺気を当てて危険な行動を覚えさせる訓練法の賜物だな!
俺が訓練をつける前からベルは視線やら殺気やらその他諸々の気配に敏感だった。それをさらに磨いた結果、今回一命を取り留めた事に繋がったんだろう。