ダンジョンに黒い沈黙を向かわせたのは間違いではないはず 作:ピグリツィア
「ただいま帰りました!」
ベルがミノタウロスを倒した翌日、無事に帰ってきたベルを二人で迎える。
「おかえりベル君!」
「ベル、リリルカ共に後に引くケガは無し。完全勝利と言っても過言じゃないな」
ミノタウロスはレベル1が二人で倒せるような相手じゃない、それをこの程度の被害で倒せたなら偉業としては十分だろう。
「さてさて、早速だけどベル君のステイタス更新の時間だよ!」
「はい!」
別室に行く二人を見送って今後の予定を確認する。
ベルがランクアップしなければそう大きく変わる事はないが…ランクアップした場合、冒険者を初めて一ヶ月でのランクアップになる。言うまでもなく最速だ。
現在の最速ランクアップ記録がアイズの一年と考えるとまさに破格の記録だ。あらゆる冒険者や神々が挙ってベルのことを調べ上げるだろうな。そうなると…
「俺が一番ヤバいなぁ…」
この世界に来て思い知ったのはレベルの絶対性だ。レベル1がミノタウロスに勝てるってだけでもランクアップ確定みたいな雰囲気なのに、俺は深層近くまでなら一人でも余裕で潜れる。そしてギルドに申告している俺のレベルは1。何かしらの手段で外部の人間がこの情報を手に入れられたら…想像出来ないくらいには面倒な事になりそうだ。
「ギルドは絶対中立…とは言ってるけどなぁ」
中立だからと言って情報を抜く手段が無い訳じゃない。可能性があるなら潰しておくに越した事はないが…。
「無敵のEGOでなんとか出来ないかなぁ」
(そんな都合の良いEGOがある訳ないでしょ)
まあそれもそうか…いや、幻想体のスケールを考えたら結構なんでもアリじゃないか?世界を滅ぼせそうなスペックの奴らがかなり居るみたいだし。
とりあえずそれは置いといて、この先生きのこる為にできる限りの手は打っとかないといけない訳だ。
「ランクアップだあぁぁ!」
隣の部屋から聞こえるヘスティアの雄叫び。覚悟はしていたがこれから忙しくなるだろうな。
フレイヤファミリアへの対処、寄ってくるであろう有象無象、ヘスティアの借金…そして俺の目的である赤い霧の捜索。やる事が多すぎる!
「なんでこんな大事になるかなぁ」
せめて赤い霧の所在だけでも突き止められればやれることも増えるだろうけど、ままならないな。
コーヒーを一口飲むと同時にベルが扉を開けて俺の前に立つ。
「ローランさん!僕ランクアップ出来ました!これも全部ローランさんのおかげです!ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げてお礼を言うベルを見る。まだ成長し切ってもいないような子供がレベル2、都市風に例えるならひよっこを卒業したフィクサー程度にはなったのかな。
「ベル、まだまだ先は長いぞ。目標はアイズなんだろ?ならもっと頑張らないとな」
「…はい!」
アイズに追いつくには五年以上かかるとは思うけど…流石にそこまで面倒を見れる保証はない。とにかく今はベルの生存能力を上げる事に集中しよう。
「さて、レベルも上がったことだしやる事は山積みだぞ。とはいえ先にやりたい事もあるだろう。リリルカの様子を見たり、装備を見直したりな」
ギルドにランクアップの報告を行ったりとしなきゃいけない事もある。訓練とかは明日からかな。
「そうだ、リリにも迷惑かけちゃったから謝らないと」
「ああ、今日はベルのランクアップ祝いも兼ねて一緒に食事に行くか」
「昨日今日と太っ腹だねぇ!」
「ヘスティアはバイト大丈夫なのか?」
表情を見るに駄目そうだ。ベルもこうして元気でいるので彼女にはさっさとバイトに勤しんでもらおう。
「まあ頑張ってくれ、ベルの面倒は俺が見るからさ」
「ヘ、へファイストスなら話せばわかってくれるよ!だから今日はベル君と一緒にいようかな〜って…」
「そうか、そうか、つまりきみはそういうやつなんだな。友人との借りを一時の欲望に任せてほったらかしにすると」
「あ〜!急に労働意欲が湧き出てきたぞぉ〜?って事でベル君!また後でね!」
ベルが心配な気持ちもわかるが無事を確認できた今、2億の借金をほったらかしにする必要もないだろう。と言うかほったらかしにされたらこっちが困る。
「まあまあ、ヘスティアに合わせて豪勢な食事は夜にするし今日一日は俺がきちんとベルに付いてるからさ。安心して働いてくれ」
「うう…任せたぞローラン君!ベル君は訳あってまだランクアップしてないからね!そこんところよろしく!」
すぐさま身支度を終えたヘスティアが地下室から出ていく。ベルはまだランクアップしてないのか。理由はベルに聞いてみるか。
「じゃあリリルカに会いに行くか?」
「はい!」
昨日のうちに決めていた合流場所でリリルカを待つ。
「そういえば、昨日リリが使っていた武器ってなんですか?」
「『ロジックアトリエ』の銃だな。そういえばこの世界じゃ銃を見ないな」
銃?と首を傾げるベルを見るにこの世界だとかなりマイナーな武器なんだろう。確かに考えてみれば、恩恵のことを考えれば銃よりも強力な弓を引く事も不可能じゃないか。この世界じゃ銃はそこまで発展しなかったのかもしれない。
「う〜ん…基本的には恩恵がない一般人用の武器って考えてくれれば良いよ。かなりマイナーな武器だし詮索されると面倒くさいから他言はしないでくれよ?」
「わかりました…でも凄かったですよ、あのミノタウロスの動きを止めてましたから」
どうやら保険は想定以上の働きをしてくれたみたいだ。バカ高い上に補給手段も無い弾丸を渡した甲斐があったな。
「あ、ベル様、ローラン様。お待たせしましたか?」
「や、来たばっかりだよ」
「リリ!怪我はない?あの時はわがまま言ってごめんね?」
「わ、近いですベル様!リリは大丈夫ですから落ち着いて下さい!」
慌ててリリルカの様子を見る、そういえばベルは自分から戦闘しに行ったんだったか。巻き込まれたリリルカは生きた心地がしなかっただろうな。
「あ、ローラン様。これは返しますね」
差し出された『ロジックアトリエ』を受け取る…受け取ったけどこれいざという時のために渡したままのほうがいいか?でもこの世界だとオーパーツ扱いされそうな物を長期間貸し出すのもな…
「う〜んどうしたもんかな…」
「今回ローラン様が考えている事はある程度想像つきます…リリが我儘を言っていいのなら、まだ貸して欲しいです。今後行くであろう中層での自衛手段として持っておきたいです」
「そうだよなぁ…でも弾がな、補給できないんだ」
「あ〜…」
都市から追放されてるから買い出しにもいけないし、どちらにせよ金も足りないし。
「とりあえず使った分の弾と、予備で数発渡しておくよ。いざとなったら勿体振らずに使っていいけど残弾管理は怠らないでくれよ」
「ありがとうございます、ところでベル様はランクアップ出来そうですか?」
「うん!今は発展アビリティが幾つかあったから保留してるけど、決まったらランクアップする予定だよ!」
…まあ今回は大目に見てやろう。リリルカが今更裏切るとは思わないし無関係でもないからな。
「それはそれとして後で説教な」
「え!?」
「まあそうなるでしょうね、流石に喋りすぎですベル様。リリを信頼してくれているのは嬉しいですが外部の人間にそうやって自分のステイタスをしゃべるのは戴けません」
ベルの中ではリリルカも立派な仲間の一人なんだろうが、リリルカはまだ『ソーマファミリア』の一員だ。なんならアイズに聞かれたらどんな発展アビリティが発現できるかまで話して助言を求めるだろ。
「す、すみませんローランさん!僕が迂闊でした!」
「本当に理解してるかぁ〜?お前ちょっと仲良くなった可愛い女の子に「え〜?珍しい発展アビリティ発現したんですか〜?どんなの〜?」って聞かれたらホイホイ喋るだろ」
『豊穣の女主人』辺りの従業員に聞かれたら喋りそうだな。特にシルとか。
「確かに喋りそうですね…」
「そっ、そんな事ない、と思います…多分…」
そこははっきり否定して欲しかったなぁ〜。これはもうベルの情報はどこかから勝手に抜けていくと考えたほうがいいか?
「うう…ローランさんもリリもそんな目で見ないで…気を付けるから…」
「本当に大丈夫ですかねぇ」
「ここまで言ったらそう易々とハニートラップにはかからないと信じたいけどなぁ」
とりあえず今はベルを信じるしかないか。情報が漏れたらその時はその時だ。
〜ローランの異世界見聞録〜
ベルのランクアップが確定した。一ヶ月半でだ。現在のランクアップ最短記録が一年と考えたらどれほど規格外なのか誰にでもわかるだろう。絶対に大事になる。
ランクアップをしてから最初の障害が『慢心』らしい。確かに急激に強くなったら誰でも慢心しがちだな。それは都市もオラリオも変わりないらしい。
とりあえずダンジョンに潜る前に一度叩きのめしておこう。折れたり卑屈になる心配は殆どないだろうしな。