ダンジョンに黒い沈黙を向かわせたのは間違いではないはず 作:ピグリツィア
教会の隠し扉が開く音で目を覚す。
「神さま〜ローランさ〜ん、ただいま帰りました〜」
「んお、おかえりベル、ヘスティアは神の宴に行ったぞ」
昨日と比べるとほとんど怪我をしていないな。昨日は正気じゃなかったと言うか、暴走気味だったから落ち着いて戦えばそこまで苦戦はしないんだろう。
「そうですか、ご飯は食べましたか?」
「なんも食ってないな。一応保存食はあるけど…これ不味いんだよな」
「そうなんですね…とりあえず昨日の残り食べます?」
「そうだな…それも良いけどその前に」
「前に?」
ヘスティアと約束したからな。最低限の技術はつけてもらうか。
外の適当な空き地にて、ベルと向かい合う。
「ほ、本当にやるんですか!?」
「お前もダンジョンで死にたくはないだろ?最低限の戦い方くらいは知っておいた方がいいと思うけど、止めとくか?」
「うう…や、やります!でも出来るだけ手加減はして欲しいかなぁ、なんて」
「まあ最低限の手加減はするよ。武器は…これにするか」
『クリスタルアトリエ』の片割れを取り出す。ベルに合わせて狼牙工房でも良いけど最初は比較的クセのない片手剣を相手してもらうかな。
「うわぁ、すっごい強そうな武器ですね…」
「本来は二本で一対の武器だけどな。じゃあいつでも来て良いぞ」
「はい!お願いします!」
…かかってこない、随分と慎重だな。こっちの動きを見ようとしているのか。
「う〜ん、じゃあとりあえずこっちから行くか」
二歩踏み込んで自らの攻撃の間合いに入れる。まずは振り下ろしで様子見か。
「うっ、おっもい…」
ベルは何故かナイフで受ける。軽装なら避けたほうがいいと思うんだけどなぁ。
「無理に受けずに避けても良いぞ?というかナイフなら回避を優先したほうがいい」
「あ、はい!」
軽く力を緩めると後ろに引いていく…攻めるか。
「ほれほれ、引いてるだけじゃ攻撃できないぞ」
「ちょっと待って、はや、早いですって!攻撃!」
気合いで受けたり躱したりはしているがどうにも攻め手に欠けている様だ。まあそういう風にこっちが立ち回っているんだが。
「ほ〜れ、隙あり」
剣の峰で脇腹を軽く叩くと体勢を崩して倒れ込む。
「まあこんなもんか」
「す、凄い戦いにくかったです…ローランさんのレベルは幾つなんですか?」
「恩恵は持ってないぞ、実力だ」
目を丸くしてこちらを見る。予想していたリアクションではあるな。
「お、恩恵無しですか…」
「そうだぞ〜、ベルもちょっと訓練すればこれくらいは行けるから頑張ろうな〜」
次は『狼牙工房』のナイフを取り出す。
「高そうなナイフですね〜…あれ?今どこから取り出したんですか?」
「企業秘密だ。ほら、立ちな。ナイフの戦い方を見せてやる」
そういうとすぐにベルは立ち上がる。いいね、やる気に満ち溢れてる。
「ナイフは怪物退治の時にはメインで使う様な武器じゃないんだけどな」
「どんな時に使うんですか?」
「いざという時のサブウェポンか暗殺だな。あとは閉所での戦闘か。そういう意味ではダンジョン探索向きではあるかもな」
投げて使うのも良いけどそれにはそれ専用のナイフがあるから今回は割愛だな。
「とりあえず距離を詰めないと何も始まらないぞ。リーチが短いからな」
「はい!」
「ナイフだけじゃなくて空いてる手で相手の腕とか手を弾けば攻撃のチャンスに繋げられるぞ」
「わかりました!」
「一手、攻撃したら引くんだ。当たらなくてもな」
「こうですね!」
う〜ん、飲み込みが早いな。若いってすばらしいねぇ。問題があるとすれば…
「俺が現在進行形で教えるべきことを間違っていることかな」
「ええ!?でも実践的ですごく有意義だと思ったんですけど」
「まあ実践的で有意義だろうな。対人戦においてはな」
思いっきり対人戦の戦法を教えてた。よく考えたら対化け物用の立ち回りを教えなきゃダメじゃん。
「全部が全部使えないとは言わないけど、まあかなり偏ってるよな。モンスターだって人型とは限らないし、急所を刺したところで即死どころか怯むことすらない時だってあるしな」
「そういえばそうですね…昆虫型のモンスターとか獣型のモンスターとかいますし」
かと言って対モンスター用の立ち回りか…さっさと広いところに誘き出してデュランダルで戦闘するのが一番早いんだけどなあ。
「う〜ん、ナイフでモンスターかあ。モンスターと一口に言っても色々いるしなあ」
「ど、どうします?」
う〜ん、そうだなぁ…よし。
「ステイタスってそれぞれに対応した行動をする事によって上がるんだよな?」
「そうですね、基本的にはそれで合ってると思います」
「それじゃあ俺が死なない程度にベルをボコボコにするから死ぬ気で往なせ」
ベルの目から光が消えた。だがこれは俺も経験したたった一つの冴えたやり方なんだ。死ななきゃ安い。
「って事でちょっと本気出すからな」
今回使う武器は双剣の『クリスタルアトリエ』ガントレットの『アラス工房』一際大きい両手剣『ホイールズ・インダストリー』大太刀『ムク工房』だ。
「ちょっと待ってください!多いです多いです!なんでそんなに大量の武器を出しているんですか!」
「これが俺の戦い方だぞ」
「ええ…神様、今日僕は死んでしまうかもしれません。先立つ不孝をお許しください…」
大袈裟だな。流石に死なない様に気をつけるさ。そこまで素人でもないしな。
「せめてそのすごく大きい剣だけは勘弁してください!死にますから!」
「しかたがないなぁ、これだけだぞ?」
あまりにも必死にせがまれたのでホイールズ・インダストリーを仕舞う。まあ見た目の迫力は凄いからな。
「まあ死にはしないから安心して死ぬ気でかかって来な」
「ひいいいい〜!」
とは言えまともな治療手段がないのでギリギリ当たらない攻撃を続けて素早さを上げよう作戦なんだけどな。
「K社のアンプルとかがあれば良かったんだけどなあ」
「終わった…なんとか生き延びました神様…生きてるって素晴らしい…」
そこそこ余裕があったし次はホイールズ・インダストリーとケヤキ工房を加えるか。
「なんかまだ悪寒が止まらないんですけど」
「死線を超えた直後だからじゃないか?」
これで素早さが本当に上がってたらずるいよな。身体能力なんてそんな一朝一夕で上がる様なものじゃないってのに。
「ステイタスは更新しないと強化されないんだよな?明日は…祭りがあるし朝に軽く訓練したら行くか」
「はい…わかりました…祭り?」
あれ?ヘスティアの話と違う気がするぞ?
「ああ、なんかあるらしいんだけど、知らない?」
「僕もオラリオの外から来たばかりなのであんまりよく分からないんですよね」
「あ〜、二人してお上りさんって事か」
「そうですね…僕も気になりますし一緒に行きましょう!」
とりあえず当初の予定通り祭りには行く事になったが、スムーズに観光とは行かなそうだな。
「じゃあ汗流して来な。その間に晩飯は用意しておくから」
「わかりました…」
もう元気の欠片もなさそうだな。よたよたと幽鬼の様に歩いてる。
「ちょっとやりすぎたかな…まあこれもベルの為だ、心を鬼にしてしばき続けるか」
どれだけ辛くても死ぬよりはマシだろう。ベルくんにはこれからも頑張って欲しい。
「さてと…」
いつの間にかテーブルに置いてあった手紙を手に取る。随分とおしゃれな封蝋まで付いてる、手が込んでるなぁ。
「え〜っと、『そちらの状況は概ね把握した、恩恵については任せる』ねぇ…悪く言っちゃ丸投げだけどその方がやりやすいかな」
手紙を懐に仕舞って晩飯の準備をする。ベルも見かけによらずよく食べるからそこそこの量を用意しないとな。
浴室から戻ってきたベルの元気が無い。もしかしてやりすぎたか?
「神様大丈夫でしょうか」
「何がだ?」
「神の宴です、かなり真剣な表情をしてたのが気になって…」
よかった、どうやらやりすぎて心をへし折ってしまったわけでは無い様だ。
「まあ大丈夫じゃ無いか?そんな物騒でも無いんだろ?」
「そうだと思いますけど…」
そんな敵地に乗り込むわけでもないし心配してもなって感じだな。
「あまり気にしても仕方がないって。とそうだ」
「どうしたんですか?」
「俺ヘスティアファミリアに入ることにしたわ」
「へ?」
呆然としているな、そこまで驚くことでもないだろうに。
「でもヘスティアがいつ帰ってくるかだなぁ、明日は帰れないかもしれないって言ってたしな」
「ちょ、ちょっと待ってください!今さらっと言いましたけど本当にヘスティアファミリアに入ってくれるんですか!?」
「まあ、そうだな。せっかくだし」
かなり自由に動けそうだしな。今から大手を探すのもいいが…これも縁だ、まあどうにかなるだろう。
「ありがとうございます!これで神様にいいもの食べさせられるぞ…!」
どうやらヘスティアに楽をさせてやりたいらしい。なんて孝行者なんだ。
「まあ入るからには真面目に仕事はするよ。俺自身の目的もあるけどな」
「大丈夫です!ローランさんみたいな戦闘慣れしている人が入ってきてくれただけでも凄い助かります!」
「これからも戦闘訓練は続けような」
途端にベルの元気がなくなってしまった。
「あれもう少しだけ加減できません?流石にキツすぎますって」
「あの程度で身体能力も戦闘勘もすぐに身につくんだからどんどんやるべきだぞ。アイズに追いつきたいんだろ?」
「えっ!?ま、まぁそうなんですけど…どうしてそれを?」
マジかよこいつ、アレで気付かれてないと思っていたのか?
「昨日思いっきり顔に出てたぞ。僕はアイズさんにぞっこんですって」
「あああああああーーーーーーー!!!!!」
いきなり叫んだかと思えば顔を伏せてメソメソあーうーと声にならない唸り声を出し始める。思春期の男の子には大きすぎるダメージだったようだ。
「なんかもう、死にたい。羞恥心がやばいです。土に埋まりたい…」
「ごめんって、アレだけ明け透けだったから隠してないものかと思ってたんだよ…」
「…そんなに顔に出てましたか?」
アレでわからないのはアンジェラくらいだろう。それくらい分かりやすかったぞ。
「ほら、明日は祭りを周るんだろ?朝にも少し模擬戦するから早く寝た方がいいぞ」
「うう…分かりました、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
俺もそろそろ寝るかぁ。夜も遅いし今できることもないしな。
〜ローランの異世界見聞録〜
やっぱり恩恵ってのは凄いな。動きがド素人でも身体能力で何とか出来るようになるのはズルいぞ。
ベルはまだレベル1らしいけど見た目にそぐわない動きができてる辺り強化率はとんでもない事になってそうだ。相応のレベルと技術が身についたら『例の』赤い霧でも倒せそうだな。
とは言えレベルアップには相応の手間やリスクもあるらしいから簡単には行かないだろう。今のアイズがレベル5だった筈だから…もしアレと戦うなら7か8は欲しいかもな。
そういえば神って聞くと図書館の経験から碌でもない奴(白夜とか蒼星とか)ばかり思い浮かぶけど、ヘスティアを見る限りああいうのと比べるのはあまりにも失礼だ。結構カジュアルな雰囲気だから恭しく敬う必要も無いかもしれないが、強い警戒心とかを露骨に見せるのは控えた方がいいかもしれないな。
怪物祭か…そこで見たモンスターの特徴や性質を学んでおくのもいいかもしれない。これから先、この世界で冒険者稼業をする事になるだろうしな。
…図書館に物資支援を要請するのも考えておこう。