ダンジョンに黒い沈黙を向かわせたのは間違いではないはず 作:ピグリツィア
昨日は昼寝をしたからかそこまで寝付けなかったな…そういえばここは地下だから窓とかも無いのか。今何時だ?
「あ!おはようございますローランさん」
「おおベル、おはよう。今何時かわかるか?」
「今は6時ですね」
寝室の方に時計があるようだ。祭りは昼からだったか。ちょうどいい、ベルと少し動いてから準備するか。
「よし、武装しな。朝の鍛錬だ」
「はい…」
ベルの表情が曇るがそんなんで辞めてやるほど俺は優しく無いので先に外で準備をする。
武装したベルと向き合う。周囲には昨日の武器に加えて『ホイールズ・インダストリー』とメイスと手斧の『ケヤキ工房』が突き立ててある。
「って事で今回は武器を増やすぞ」
「なんでそうなるんですかぁ!昨日の時点でもうギリギリだったじゃ無いですか!三つも増えてるし!」
う〜ん、それなら『ケヤキ工房』を両手槌の『老いた少年工房』にするか。
「これでいいか?」
「うわぁ、数が減った代わりに物騒になったぁ…ってローランさんの戦闘スタイルってどんな物なんですか…」
「両手剣で叩き切る」
「それとこの状況が繋がらないんですけど…」
この戦法はアンジェリカが使ってたからなぁ…所詮は猿真似だ。あそこまで極めた物じゃ無い。
「まぁ細かい事はいいだろ、今は目の前の脅威に集中するんだな」
「うう…お手柔らかにお願いします…」
30分ほど打ち合う、と言うよりは一方的にベルを転がし続ける。それでもベルの技術はみるみるうちに向上しているのがわかる。
「そこまで一途に追いつこうと努力できるのは立派な才能だよな」
「へひぃ…へひぃ…へ?」
「独り言だよ、そろそろ切り上げるか」
その言葉と共にベルが地面に大の字で倒れ込む。
「もうむり…死ぬかと思った…」
「そう簡単に殺さないし死なないぞ。ほら、汗を流したら飯を食いに行こうぜ」
軽く動いていい感じに腹も減ってきたしな…金は、まあどうにかなるだろ。いざとなったらなんでも無い顔でダンジョンに潜ればいいか。
祭りの影響か昨日よりも少し賑やかな街を歩く。
「どこかいい所あるかなぁ、そこらへんの店に入っても良いけど…出店で買い食いってのも良いな」
「そうですね、お金も少し余裕がありますしちょっと奮発しちゃいましょう!」
数多の屋台を見回せば、どこの店もモンスターにあやかったような名前の出し物を出しているようだ。とりあえずあの『オークステーキ』とやらを食べてみるか。
「お〜い!待つニャそこの白髪頭〜!」
後ろから聞こえる声にベルが反応する。俺も一緒に振り向くと…猫の耳と尻尾を着けたウェイトレスが大きく手を振っていた。
「知り合いか?」
「う〜ん?そう言われればそうですかね?」
「行きつけの店の店員程度か」
どうやらあの猫娘はベルに用事があるらしい。行くか。
どうやら耳と尻尾は自前のものらしい。『そういう』ファッションの民族か何かかと思っていたがどうやら違うようだ。
「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて悪かったニャ」
「はい、おはようございます…えっと、それで何か僕に?」
思ったより礼儀正しいなこの子。親の躾が良かったのか?
「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ」
「へ?」
「白髪頭はシルのマブダチニャ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」
ベルが受け取ったものは…財布か?受け取った時に硬貨の音がしたしな。とは言えこの人混みの中から知り合いを探すのは骨が折れそうだな。ベルはまだ状況が把握できていないのかぽかんとしている。
「アーニャ。それでは説明不足です。クラネルさんも困っています」
店から猫耳少女と同じ服を着たとんがり耳の少女が出てくる。
「忘れ物を届けるんだろ?買い出しか何かに行ったのか?」
「んニャ、店番サボって祭り巡りニャ。随分と偉くなったもんだニャー」
ヤレヤレと言った様子で猫耳少女が頭を振る。確かにおっちょこちょいだな。
「と言う訳で、頼めますかクラネルさん。お連れの方もいるようなので無理強いはしませんが…」
「えっと、僕は大丈夫ですけど…」
ベルはそう言いながらこちらを遠慮気味に見遣る。まあ、そう言うことだろう。
「特にこれといった目的もないしな、俺も大丈夫だぞ」
「ありがとうございます。東のメインストリートに沿って向かえば会えると思います」
「シルはさっき出たばっかだから、今行けば追いつける筈ニャ」
それなら少し急いだほうがいいかもな。人が多くなるほど見つけにくくなるし、探すのはベル任せになるからな。
「わかりました。それと…シルさんがさぼっちゃったって本当なんですか?」
「いえ、普通にミア母さんに事前に話して行きました」
サボってねーのかよ。さてはこの猫耳かなりアレなやつだな?
メインストリートは既に人で溢れかえっている。すぐに見つかるといいんだがな…
「そう言えば、シルって子はどんな見た目なんだ?」
「えっと、ヒューマンで灰色の髪と瞳の女の子です」
「灰色、ねぇ…」
それっぽい頭はちらほら見えるが…わからん!
「身長と髪の長さは?」
「えっと、身長は僕より少し低くて、髪はいつも結んでいるから…解いてたら結構長いと思います」
う〜ん…それっぽいのが何人かいるけど。
「アレは?」
「違いますね…」
「んじゃあっちは?」
「そっちも違いますね…」
わからん!それっぽいのは全員当たったけど収穫なし!
「ちょっと休憩して飯食おうぜ、何も食ってないから腹減っちゃったよ」
「そうですね…何が良いかな」
あっちのサンドイッチ食うか、初手は普通の物を食べたい。
「でも串焼きとかも食べたいよなぁ…なんだアレ」
「え~っと、『モンスターの気分を楽しもう…人肉ステーキ』!?えっああいうの大丈夫なんですか!?」
「さあ…人肉食が一般的な文化ってわけでは?」
「あるわけないじゃないですか!?」
良かった、ここはグルメ通りみたいな狂気に染まった世界ではないようだ。となるとアレは何かしらの動物の肉だろう。
「食べてみるか」
「ええ…アレ行くんですか」
「気になるしな」
「ただの牛肉だな」
「ですね、トマトソースが美味しいです」
予想よりは美味かったな。いやまぁ俺は人肉の味なんて知らないんだけどな。
「例の女の子はどこなのかねぇ…」
武装した奴らが慌ただしく走っていくのを眺めながらステーキを頬張る。近くで喧嘩でもあったのかな。
「う〜ん、闘技場の方まで行ってみますか?」
「それがいいかもな」
とりあえずぐるっと一周して見つからなかったら…諦めるしかないかもなぁ。
「居ないな」
「見つかりませんねぇ」
やはりと言うか、流石にこの人混みの中から人一人を見つけると言うのは一筋縄ではいかないな。
「せっかくだしショーでも見るか?」
「流石にそれは…とは言え手がかりもないですしね…」
「ベル君」
ベルを呼ぶ声に振り向くと、そこには尖った耳の少女が居た。少女はこちらに軽く会釈をしてベルに向き合う。
「エイナさん?」
「誰か探しているみたいだけどどうしたの?」
「えっと、知り合いに忘れ物を届けに来たんですけど、それっぽい女の子見ませんでした?」
もうちょっと情報を出したほうがいいと思うが…とりあえず口は出さないでおくか。
「うーん、ちょっとわからないなぁ」
「ですよね」
流石に事を大きくする気もないしこのまま二人で探すか。
「ところで、エイナさんはどうしてここに?」
「ギルドの仕事よ、私はお客さんの誘導をしているわ。しばらくはここにいるからそれっぽい女の子を見つけたら呼び止めておくわね」
「お願いします」
あっぶね〜、ギルドの人間だったか。変に話してたらボロを出すところだったかもしれない。ヘスティアの時みたくな。
「それじゃあベル、もう一周確認するか?それで見つからなかったら諦めてショーを見ようぜ」
「わかりました…じゃあエイナさん、また後で」
「うん、行ってらっしゃい」
エイナと別れて数分後、違和感を感じて辺りを見回す。
「ローランさん?何かありましたか?」
「いや…何かおかしい、奥の方が騒がしくないか?」
「う〜ん、祭りだから、と言う訳じゃなく…!?」
明確に聞こえてきた悲鳴にベルが身を強張らせる。
「モンスターだぁあああああ!」
オオカミ少年とかの類じゃなさそうだな。周りの人々はその声に反応して混乱する。
「どうやら事件発生のようだな」
「に、逃げましょうローランさん!」
「そうだな、ここは人目が多すぎる」
武器もあるにはあるが、手袋の能力を使うには目立ちすぎる。とりあえず適当に引くか。
「なんかさ、俺たちのこと追いかけてきてない?」
「明らかに追いかけていてますね!どうすればいいですか!?」
混乱する人の波を避けて路地裏に入ってなお背後から聞こえてくる破壊音。ちらりとそちらを見ればいかにもといった風貌の大猿がこちら目掛けて走ってきている。
「武器はあるからとりあえず人目の少ないところに行くか」
「わかりました!」
そうして俺たちはあっちこっちに走り回る。そうしてしばらくすると道が立体的に重なる迷路のような場所に出る。
「ここはどこだ?」
「わかりませんけど撒きましたかね?」
背後には既にモンスターの影はない。しかし視線は相変わらず俺たちを見つめ続けているようだ。
「まだ撒けてないから足を止めるなよ、ほれ」
手袋から狼牙工房のナイフを取り出してベルに渡す。
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ迎え撃つか。頑張れよ」
「…ローランさんは?」
「お前が危なくなったら手助けはしてやるよ」
みるみる内にベルの顔が青ざめていく。不可能って訳じゃないからそこまで緊張しなくても良いと思うが。
「ムリムリムリ無理ですって!アレはシルバーバックですよ!?レベル1が相手にして良い相手じゃないですって!」
「なら恩恵を持っていない俺はもっとダメだな。ベルよ、貧弱な一般人を守ってくれよ?」
「ふざけてないで助けてくださいよぉ~!」
失礼な、俺は至って大真面目だ。相手はどうやら正気ではなさそうだし、俺より弱そうだからな。余程の初見殺しさえなければどうとでもなるだろう。
「ほら、相手は待ってくれないぞ?」
頭上から白毛の大猿が降ってくる。その視線はベルに釘付けだ。
「うう…危なくなったら助けてくださいよ!?絶対ですからね!?」
「おーおー、その時はなんとでもしてやるから気を抜かないで死ぬ気で戦えよ?」
「ガアァアアア!!!」
さて、どうなるかな。
〜ローランの異世界見聞録〜
この世界って町中でいきなりモンスターに襲われるのが普通…って訳でもなさそうだよなぁ。
この大猿程度なら俺でも余裕で倒せそうだ。ベルも慌てず焦
らず俺との訓練通りに戦えば余裕だろう。
それよりも随分とベルに執着しているのが気になる。なんかやらかしたか?目を見る限り正気でもなさそうだし…後で色々確認しておかないとな。