ダンジョンに黒い沈黙を向かわせたのは間違いではないはず   作:ピグリツィア

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ローラン・ブートキャンプ『実戦編』

 初手はシルバーバックが取った。腕で大きく薙ぎ払う一撃。ベルもこんなものに当たるような間抜けではないのでバックステップで距離を取りながら回避する。

「がんばれ~」

「うぅ…これすごく怖いんですけど!」

 そりゃそうだ、身体能力は格上だし顔も厳つい。だがそれだけだ。技術でどうとでもなる差でしかない。

「ほれ、距離を詰めなきゃ攻撃できないぞ」

「…はい!」

 ようやく覚悟を決められたのかシルバーバック相手にしっかりと武器を構えて相対する。

 相手は左手で先程と同じ攻撃を繰り出すが、ベルはそれに対して距離を詰める。

「ぜあぁあ!」

 大振りな一撃を懐に潜って回避する。そうすれば目の前にはがら空きの胴体だ。そこを袈裟斬りにして敵の背後に回る。

「グギャアアア!」

 いくら刃渡りの短いナイフとは言え、胴体を大きく裂かれたら相応のダメージになる。激痛に大声をあげてむやみやたらと腕を振り回す。

「フッ、せいっ!」

 ベルは背後から数回攻撃を当てて一度後退する。

「ほら、大丈夫だったじゃないか」

「そうですね、思ったより攻撃が避けやすかったです」

「攻撃が大振りだからな、予備動作を見てれば何となくどんな攻撃が来るかわかるだろ?ほら、まだ敵は生きている。気を抜くなよ」

「はい!」

 気を抜くな、とは言ったが戦況はかなり有利だろう。初手の袈裟斬りで結構な深傷を与えられたしな。

 

 流れはベルが掴み続けている。回避してカウンター、それを続けているだけで少しづつ勝利に近付けるのだ。

「焦ることもないけど…モンスターって逃げないんだなぁ」

 逃げる素振りを見せたら足止めに動こうかと考えていたけど必要無さそうだな。少し違和感を感じるが致命的なものでもないだろう。

 いよいよ決着か、敵の動きもますます精細を欠いていく。

「せいっ!」

 最後の攻撃を躱して胸に一突き、パキッと音がした瞬間シルバーバックの身体は灰になっていく。それと同時に周囲から歓声が飛ぶ。

「おつかれー、な?然程苦戦しなかっただろ?」

「はい、攻撃は速かったんですけど、直線的だったので。ローランさんの攻撃と比べたら全然往なしやすかったです」

 ああ、最後まで冷静に敵の攻撃を見て無理な攻めもしなかった。これなら推奨レベル1の敵程度なら余程の連戦をしない限り遅れを取ることはないだろう。

「それじゃ、帰るかぁ」

「あの、これって報告した方がいいんじゃ…」

「う~ん、絶対面倒な事になるしなぁ…おーい!なんか言われたら適当にはぐらかしておいてくれ!」

 大声で言ってみると再び笑い声と歓声が上がる。つまりは、そういうことだ。

「よし、帰るぞ」

「えぇ~、本当に大丈夫なんですか…」

 それでも渋るベルの肩を抱いて、小さく耳打ちする。

「ほら、俺ってアレ持ってないだろ?そこん所つつかれたらアレだろ?」

 ベルの背中をつつきながらそう教えると、ベルはハッとした顔になる。

「それにさ、ベルって隠し事とか苦手だろ?それならこの事は最初っから無かったことにした方が都合がいいんだよ」

「…わかりました」

 どうやら理解してくれたらしい。そうと決まれば長居は無用だ、さっさと退散しよう。

 


 

「まったく、とんだ日になったな」

「そうですね…」

 まさか安全なはずの街中でモンスターに襲われるなんてな。都市じゃあるまいしこんなことはこれっきりにして欲しいところだが。

「それじゃあ、本来の目的に戻るか」

「本来の目的?」

「財布だよサイフ。シルって子探してたろ?」

「あ、ああ!そうでしたね!」

 とは言えこんなことになったら一回店に戻った方が良いかもしれないな。

「とりあえず闘技場まで戻るか」

「そうですね…ところでどうやって戻りましょう?」

「来た道戻れば良いだろ?」

「え!?覚えてるんですか!?」

「そりゃ覚えてるだろ」

 ベルがしょぼくれて首を横に振る。つまりは、そういうことだろう。

「ま、まぁベルはまだ若いしな?こういう技術はこれから覚えていこうな」

「そういえば冒険者って強いだけじゃダメなんですよね…先が遠すぎる…」

 

 帰り道ではベルに曲がった回数や歩いた距離を意識させながら闘技場前に戻る。

「あ!ベルさん!」

「ん?あの子がシルか」

 闘技場前に到着すると一人の女の子に声をかけられる。身体的特徴から察するにあの子がシルで間違いないだろう。

「はい!シルさーん!」

「こんにちわベルさん、そちらの方は?」

「ローランだ、ベルの連れだよ」

 よし、これで目的は達成だな…とは言えこの騒動で祭りどころでもなさそうだしどうするかなぁ。

「シルさん、僕たち酒場の人に頼まれて財布を渡しに来たんです」

「あ!ありがとうございます!無くしちゃったかと思って困ってたんですよ〜。ところで、モンスターが脱走していたようなんですけど、大丈夫でしたか?」

 シルの質問でベルが挙動不審になる。何を言わずとも態度で何かあったと察せられるぞ。

「別に大したことはなかったよ。モンスターもほとんどガネーシャファミリアが倒したんだろ?」

「は、はい!大したことはなかったです!」

 シルがベルに顔を近づけ半目で見つめる。まあそうだよな、俺はともかくベルは明らかに挙動不審だもんな。だから顔を赤くしている場合じゃないぞベル。

「ベルさん…嘘をついてますね?」

 ベルの目が遠泳を始める。それはもう泳ぎに泳ぎまくってる。何とかフォローするか。

「戦いを近くで見てたんだよ。高レベルのモンスターだったからさ、ベルにとっては大したことだったんだろ」

「…そうですか、そういうことにしておいてあげますね」

 どうやら深く追及はされなさそうだ、ベルは露骨にホッとしている。そういう所だぞ。

「それじゃあこの後どうするか。騒動で出店もほとんど閉まってるし、闘技場での演目ももう終わってるだろ?」

「そうですね…ご飯を食べて帰りますか」

「あ!それならまた酒場に来ませんか?ここからそう遠くはないですよ」

 酒場か、こっちの酒は飲んだことがないし行ってみたい気もする。

「どうするベル、お前に任せるよ」

「え!?じゃ、じゃあ行きましょう!幸いまだお金に余裕はあります!」

 決まったな、今日の晩飯は少しばかり豪華になりそうだ。




〜ローランの異世界見聞録〜
シルバーバック、白毛の大猿だな。見た目通り力が強く立体的な軌道を得意としているが、それだけだな。
今回の個体は正気を失っているのも相まって身体能力に差のあるベルでも冷静に一撃離脱を心掛ければ勝てない相手でもなかった。
とはいえそれはちゃんとした武器があったからだ。今ベルの使っているあのおんぼろナイフじゃ文字通り刃が立たなかっただろうな。もしくは相手が冷静だったならばまた話は違っただろう。
流石にベルの武器も新調させた方がいいかもなぁ…防具もか。今度一緒に見に行くか。

酒場では酒が回ってつい俺が今まで戦ってきた相手の一部を話したけど…まぁこっちの世界のモンスターとは色々違うから酔っぱらいの戯れ言程度に聴かれてるだろうから問題ないか。
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