ダンジョンに黒い沈黙を向かわせたのは間違いではないはず 作:ピグリツィア
豊穣の女主人で食事をして帰る道中。
「いやぁ、旨かったな。金さえあれば毎日でも行きたいくらいだよ」
「そうですね…」
少しベルの元気がないな。酒場で何かあったか?
「どうしたんだベル、悩み事か?」
「ローランさんは、今日のシルバーバックと戦ったらどれくらいで倒せますか?」
「ナイフなら二、三手、得意武器なら一手だな」
初見ならこの程度だろう。魔石の位置を知った今ならナイフでも一手だが。ベルはますます落ち込んでしまった。落ち込んでいる理由はわかったが正直俺にはどうしようもないな…。
「落ち込んでいる所悪いけどな、冒険者歴せいぜい数ヵ月のペーペーが俺に追い付ける筈も無いだろ?文字通り年季が違うよ」
俺も数十年戦って生きてきたんだ。世界が違うからってそうそう追い付かれてたまるか。
「アイズに追い付きたいんだろ?ならまだまだ学ぶことはあるぞ」
「…僕は本当に追い付けますかね」
…これはアレだな、酒の勢いで今まで戦ったことのある化け物の話をしたのが駄目だったかもな。そんな本気で受け取られるとは思ってなかったんだけどな。
「あー、さっきの話なら真に受けなくて良いぞ?酔って出た戯れ言だと思ってくれ」
「…僕がもし、ローランさんの話したようなモンスターを相手にしたとき、その時に僕は動けるんでしょうか…」
口には出さないがまあ無理だろう。修羅場をくぐった経験もない子供にはピアニストや捻れたヤンは余りにも早すぎる。
「まだ焦る時じゃないさ、その悩みはもっと経験を積んでから考えるべきだ。それにあいつらの場合は動けたところでって感じだしな」
「そう、ですね」
こりゃ駄目かもしれん。帰ったらヘスティアに慰めさせるか。
帰路ではそう考えていたが、教会には人の気配…いや、神の気配は無い。どうやらまだ帰ってきていないらしい。
「神様…どうしたんでしょう」
「明日帰ってこなかったら俺が探すよ。とりあえず今日は休むか?」
「いえ…訓練をお願いできますか?」
どうやらベルは俺が考えているよりも頑固なようだが…諦めるという選択肢が無いだけでかなり焦ってはいるな。どうしたもんかね。
「ああ、構わないぞ。どうせならベルが満足するまでやろうか」
「はい!ありがとうございます!」
今朝と同じ量の武器を周囲に突き立てる。
「あの、ローランさん」
「うん?どうした?」
「一度だけ、使える武器を全部使ってもらえますか?」
…正直、予想はしてた。恐らく潰れることはないだろうけど、より一層無理をするようになるのも良くない。
「先に言っておくと無茶苦茶キツイぞ?」
「覚悟は出来ています」
決意は固そうだな。仕方がない、弾数に制限のある『ロジックアトリエ』以外の全てを使ってやるか。
「わかった、訳あって使いたくない一種類と、ベルに渡すナイフを除いた全ての武器を使ってやろう」
「ありがとうございます」
実際は手袋からその時々によって使う武器を選んで取り出すんだが、今回は最初から全ての武器を展開しておくか。
双剣『クリスタルアトリエ』
ガントレット『アラス工房』
両手剣『ホイールズ・インダストリー』
太刀『ムク工房』
メイスと片手斧『ケヤキ工房』
両手槌『老いた少年工房』
そして俺本来の持ち武器である『デュランダル』それぞれを取り出し地面に突き立てていく。
「この狼牙工房は貸すよ。正直ベルの持っているそのナイフじゃあまりにも力不足すぎるからな、今度武器と防具も見に行こうか」
「はい」
ナイフを渡してベルから少し離れる。『老いた少年工房』を右手の位置に置く。
「じゃあ、やるか。先手は譲るよ」
「行きます!」
俺が言い終えると同時にベルが奇襲じみた速攻を仕掛けてくる。ああ、その判断は間違っていないが、実力差がありすぎる。
すぐに『老いた少年工房』で攻撃を弾いて反撃を仕掛ける。手加減をしていたのもあってすんなりと躱されるがベルを挟んで直線上に置いてある『ムク工房』に切り替えて薙ぎ払う。
これも躱されるが体勢はかなり悪い。再び『ムク工房』で追撃を仕掛ければ仕切り直すために大きく距離を取ろうとする。しかしその動きは読めている、体制を立て直される前にすぐ側の『アラス工房』で突撃する。それもギリギリで横転して躱されるがそのまま槍を振り払えばナイフでの防御の上から弾き飛ばせる。
「まだ身体も出来上がっていない上に経験も圧倒的に不足しているのによくやるよ。いや、身体に関してはステイタスである程度は穴埋めできるか」
とは言え身体が大きくなればその分リーチも長くなる。ベルくらいの大きさならいっその事、もっと大きく成長してくれた方が選択肢は広がるだろう。
ベルに近づく途中で『クリスタルアトリエ』に切り替えてから攻撃を仕掛ける。ベルが反応できる程度まで速度を落としてはいるが、今までとは手数が段違いだ。ある時は躱し、ある時は受け流し、ある時はナイフで受けて、じりじりと後退していく。
ベルが俺の目的に気がついたのは真横に『ホイールズインダストリー』が来た時だろう。跳躍で一気に後退しようとするが『クリスタルアトリエ』で牽制して阻止する。そのまま素早く『ホイールズインダストリー』に切り替えて剣の側面をベルに叩きつける。体重が軽いこともあってかなりの勢いで吹き飛ぶがうまく衝撃を殺して数回転がった後に素早く起き上がって構え直す。
俺が『ケヤキ工房』に切り替えると同時にベルは再び距離を詰めてくる。牽制の刺突を斧で受け、メイスで反撃。躱される。懐に飛び込み鳩尾を狙った刺突を回避して脇腹を蹴り飛ばす。武器にばかり気を取られていたベルはまともに防御も出来ず地面を転がっていく。後は『デュランダル』を振り下ろしてベルを真っ二つにしたら…色々な意味で終わりなので寸止めで済ませる。
「これで終わりだ。距離は読めたか?」
アイズとどれだけ離れているか。それを知りたいが為のこの条件での模擬戦だろう。レベル1では手加減されても手も足も出せないことが分かっただろう。
「ぐっ…ふぅ…はい…」
ベルが息を整えたら手を貸して起き上がらせる。ちょっとボコボコにしすぎたかもしれないな…明日に響かなければいいが。
「ローランさんは、アイズさんよりも強いですか?」
「ちょっと見ただけだけど…純粋な技量だけなら圧倒してると思うぞ。身体能力とか、あとは魔法か。それによっては普通に負ける」
しかも技量で圧倒しているというのは対人戦のみだ。モンスター討伐の速さ比べとかになれば普通に負けると思う。
「面と向かって魔法禁止でヨーイドンなら勝てるってだけで、環境や条件によって結果が変わる程度の差でしかないな」
「そうですか…」
この調子でいけばいいところまで行ける、とは気軽に言えないな。ベルが十歩百歩進んでも相手が同じ速度で進んでいたら追いつけないからな。レベルアップの最速記録を持つというアイズ相手だとあまりにも分が悪すぎる。
「相手は上澄中の上澄だからなぁ…まあ今のところはかなりの速度で成長できている筈だから、近くに行くだけならさほど時間はかからないかもな」
「はい、ありがとうございます…」
う〜ん、下手な励ましって訳じゃないけど効果は薄そうだ。とりあえずアドバイスだけはしておくか。
「ベル、いつでも冷静でいろ。頭に血が昇っている状態じゃ勝てる相手にすら勝てなくなるからな。いつでも冷静に。これはフィクサーの鉄則だ」
「わかりました」
とりあえずステイタス更新でどれだけ伸びるかだな。格上と戦ってはいるしレベルアップっていうのも現実的…とは言えないのかもな。それほど難しいらしいし。
「それじゃ、風呂入って寝るか」
「はい」
〜ローランの異世界見聞録〜
目標を高く持つことが悪いとは言わないけど…アイズは木端冒険者が目標にするにはかなり遠い存在だった筈だ。
たしかレベルアップ最速記録はアイズの一年だ。最速で一年か、レベルは上がれば上がるほど次が遠くなるらしいし…追いつくには十年じゃ足りないかもな。
図書館の司書補にして半年フルで働かせれば技量は追いつくだろうけど、それは流石に折れるよなぁ。世の中ままならないもんだな。