夏の忌々しい視線が背中に焼き付き、気分を下がらせていく。
アスファルトは焼肉の鉄板のように温まり、付近を流れる用水はそれを冷やそうと流れを増している。いくら何でも梅雨明け直ぐに実家に帰省するんじゃ無かった、と留金は後悔していた。
とある県の山奥に1人で住んでいる祖父から急に呼び出され、新幹線やバスを経由して留金はこの地、
暫く暑い思いをして、漸く祖父の家まで辿り着いた。何度も補強され、トタン板に覆われた我が実家は真昼の日差しに晒されていた。インターホンを押し、祖父が出てくるのを待ってみる。
「…」
10秒経ったが出てこない。もう一度インターホンを押してみる。
「…」
出てこない。今度は三度連続で押してみる。
「…」
出てこない。連打してみる。
「…出ろよ!」
試しに引き戸を開けようと試みてみる。すると扉は嫌な軋みを鳴らし開いた。
嫌がらせかどうかは知らないが毎年祖父は鍵を換えているのだ。なのに閉め忘れなど…老化が進んでるのか?80代後半に差し掛かったからだろうか。
「誰か居ないのか?」
証明が点いていないにしても暗すぎる、その室内は不気味でさえあった。
家の中に誰か居ないかを確認しようとし、扉の中に一歩足を踏み入れる。
しかし、それが俺の最大の過ちだった。
まるで、其処に最初から床など無かったかのように体が闇に向かって落ちていったのだ。
「おぅぉおおあぁぁぁ゛あ゛ああああ!!」
留金は突然の出来事に動転した。実家に帰ったかと思ったら突然何も見えない暗闇に落とされたのだ。
風の抵抗なども感じず、まるで自分が存在しないかのような“浮遊感”に襲われる。どこに動いているのかも分からず、只落ちているということだけが理解できる。
留金は正気を保とうと必死に思考を続ける。だが、暗闇はそんなのを気にもしないように次のステージへ進んだ。
さっきまで暗闇だった空間は突然光の空間に変わった。今度は声も出せず、為す術は完全に無くなってしまった。
それでも留金は落ちていく。“落ちているという事”だけが感じられる。
次第に意識が遠のいていく。そして、留金は最後にこの時期に自分を呼び付けた祖父をできる限り恨みながらその意識を閉じた。
◆◇◆◇
ある日、人間と魔王は戦争を起こした。あらゆる種族が二分化され人間側、魔族側へと付いた。
そして、打倒魔王を掲げる勇者に抜擢されたある女は、心底面倒くさいと感じていた。だから、魔王へ一通の書簡を届けた。
『戦うの面倒いんで結婚しません?形だけでも。』
馬鹿げた手紙だった。こんな物を魔王が承諾するなど誰もが思っていなかったし、だいいち勇者を嫁がせるなど有ってはならない事だった。
しかし、それは現実に起こった。強大な力を持った魔王と勇者は誰にも止めることが出来なかった。
二人が婚姻したことが全世界に流れたことにより強制的に戦争の進行は止まり、流れ流れで終結した。魔王は晩年、何故婚姻したのかについて『顔がタイプだったから。』と答えていたが、真偽のほどは不明である。
「そうして、このブラッド家は今後数百年続く名家となったのです。」
「そんな事あるんですか。」
椅子に座って従者のヴァッシュからこの世界についての昔話を聞かされているこの少年は、先程不運な事故に見舞われた留金京一である。
このあり得なさそうな話もそうだが、まず自分は最初に目が覚めた時に自身の体が小さくなっているのに驚愕した。声も出せず、周りのやけに美形な男女の集団に囲まれている事から、留金はある結論を導き出した。
…これ、もしかして異世界転生?
本屋でよく見かける事があった漫画などの世界に生まれてしまったという事だ。
あり得なくはない。もしかしたら天国なのかもしれないという可能性も考えられるが、それにしては現実味がありすぎる。ならば夢か?と思ったが、感覚はしっかりあるし、痛みも感じる。確認するために寝具から転げ落ちたのは秘密だ。
魔法なんてものは存在するか確かめたかったが、館の中のほぼ全員がそれっぽいものを日常的に使用していたので確かめるのは容易だった。
自分の記憶が何であるのかという疑問も湧いて出たが、生活を進めていく内に気にする事は無くなっていった。
「それで、俺にそんな力は残ってるんですか?」
「そうですね、我々は魔王の一族ですが、過去の代が
「そうですか…」
「まあ、最近の研究で突然変異なるものが見つかったりもしていますから、もしかしたら明後日の
「そうだと良いですけど…」
享受式というのは、簡単に言うとスキルを貰うことが出来る儀式みたいな物だ。基本的にこの世界では人生に一回、そして一つしかスキルを貰うことは出来ず、一回スキルを受け取ると今後の人生でスキルを受け取ることは無いのだ。しかし、新聞のような物などを読んでみると全体的な文明レベルは大正レベルであり、列車も通っているし最近は飛行機の研究も進められているらしい。
そしてその研究の多くを担ったのが、良いスキルを貰えなかった者たち、人呼んで『スキル外れ』である。彼らは科学を駆使し、ある意味平坦な世界を造ろうとしている。その世界が完成したその時は、ファンタジーの終焉を意味する。その時代になればよっぽど強力でなければスキルは必要では無くなるのだ。
「まあ、それも明後日になれば分かることです。貴方は勉学も出来ますから、例えどんなスキルでも生き抜くことは可能です。“当主様”。」
「まあ、そうだね…今日はありがとう。いい話だったよ。」
「いえいえ。この家の歴史を後世に伝えるのも従者の仕事なので。」
留金がなぜ“当主様”と呼ばれているのか。それはこの家の特殊なしきたりに依るものであった。
魔王は当時、自分の子供が生まれると直ぐにその子を家の当主の座に置いた。魔王はいち早く表舞台から立ち去りたかったのではなく、魔王と勇者の二人に権力が集中するのを避けるためであった。二人は種族の差を越え平和の礎を築くための活動の中心部に常に居たため、気付かない間に強大な権力を持ってしまった。そこで当時生まれたばかりだった息子に当主の座を与え、形だけでも権力を移したのである。
そんな事が風習となって現在まで残り、ブラッド家では子供が生まれた瞬間に女であろうと男であろうとその家の当主になるのである。
そして前の代である俺の父はそんな風習に味を占めて“有能な”俺に家の仕事を丸投げし、とっとと隠居生活に入ったわけだ。
これじゃあファンタジーのフの字も無い。これじゃあ幾ら位が上がったとしても、前世と変わらず只仕事をこなしながら暮らすつまらない人生になってしまう。
俺はそんな事は絶対にしたくない。良いスキルを手に入れて冒険者になってやるんだ。
すると何かを察したのか、ヴァッシュが扉を開ける前に話しかけてきた。
「先程スキルの話をしましたが…当主様は魔法も扱えて剣術もそれなりに出来ますし勉学も達者ですので、家の事を考えた選択を出来ると信じています。」
扉がバタン、と閉まる。そして信頼している従者の言葉に俺は家と外の世界のどちらを取るかという思考の沼に陥るのであった。
◆◇◆◇
2日後…
地下にある礼拝所。家にいるメイドが偶に掃除をしているお陰で綺麗なまま現在も残っている。
熱烈な宗教信仰は最近廃れてきているらしいが、俺が前に居た世界同様文化として残るのだろう。都市部の教会まで行くのは時間が掛かると言って此方までやってきた神父は台に立つなり早速儀式を始めた。
「汝、神の御言により力を授ける。」
俺を中心に魔法陣が展開され、暖かい雰囲気に包まれる。
儀式中は手を組んでおくようにと言われたが、それを解いてしまいそうな安心に包まれる。
『一に、之を汝のために使え。』
『二に、之を無限とする無かれ。』
『三に、世界を広く見よ。』
『…ここに、二つの力を授ける。』
気づけば、俺は尻もちを着いていた。
「大丈夫です?」
神父が留金に話しかける。留金は今起こった事に動揺しながらも大丈夫です、と返し立ち上がった。
「たまに居るんですよねぇ。儀式の最中に尻もちを着いちゃう人。そんな人に限って強大なスキルを持っていたりするんですよ。どうです、スキルを確認してみませんか?表示、と唱えれば見ることが出来ますよ。」
留金は神父の好奇心に押され渋々スキルを見せる。
『表示』
ホログラムのような画面が留金と神父の目の前に現れる。しかし、スキルの欄には違和感があった。
「んん〜?心なしか、スキルが二つあるように見えますねぇ。老眼だからでしょうか。」
「いえ…俺も二つに見えます。」
二人は顔を合わせ、もう一度画面を見た。神父は手を震えさせている。
「だだだだ大発見ですよ…二つのスキルが授けられるなんて、ありえる筈がない。」
画面に表示された二つのスキル。それは、静かに画面上に収められていた。
『長命化』
『世界間跳躍召喚術式(制限付き)』
今見ただけではさっぱりだが、俺はやっぱり冒険者になるかもしれない。
もうどうにでもなれ!