ゴブリン騎士と農民姫   作:照喜名 是空

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出会いの章 一年目・春
運命の出会い、暁の誓い


◎運命の出会い

 

辺境の地、ゴブリンの巣穴。

苗床としてとらえられたモンスターテイマーは絶望の淵にいた。

夜明けが訪れる前のもっとも暗い宵闇の中、また一人のゴブリンが近づいてくる。

 

「ひっ……」

「おまえ、もんすたーていまーか?」

 

ゴブリンにしては流暢な共通語だった。

時折鳴る金属音はあたかも鉄甲冑の騎士が颯爽と救いに来たかのようでもある。

モンスターテイマーに訪れた運命の出会いは、そのどちらでもあった。

 

「えっ、いやっ」

「しつもんにこたえろ、なにもしない。ていまーかときいている」

 

有無を言わせぬ迫力があった。

モンスターテイマーはおびえしゃくりながらもうなずいた。

ふう、と静かなため息が聞こえた。何をされるのだろうとテイマーは怯える。

 

「すばらしい。これはとりひきだ。おまえ、おれをテイムしろ。そうしたらここをだしてやる」

「嫌だと言ったら……?」

「なにもしない。おまえはいずれここでしぬ。とてもざんねんだ。おれもこまる」

 

しばらく考えてみるが、良いアイデアは浮かびそうになかった。

ともかく、賭けに乗ってみるしかない。

 

「わ、わかりました……縄をほどいてください」

「わかった、はやくしろ、しずかにな」

『獣よ、私はお前を守り、お前は私を守る。餓えさせはしない。この契約を結ぶか?』

 

テイマーは上半身を起こしてゴブリンの額に手をやる。

真っ暗闇で気がつかなかったが、どうも布製の覆面をしているようだ。

 

「むすぶ。わが剣にちかって、わたしはおまえをまもる」

『契約は結ばれた。有角の王よ。月の女神よ。この契約を聞き届け、この者に祝福を』

 

残り火のようなかすかな光が覆面の奧から漏れた。

これで契約のルーンが刻まれ、このゴブリンはテイマーの従える存在となった。

 

「かんしゃを……わが名はアラン。アラン・スミシー。わが真の名をあなたにあずける。今この時より、私はあなたの騎士。いかなる強敵が現われようとも、あなたを守る。我が剣に誓って」

 

ゴブリンは跪き、うやうやしく騎士の誓いを述べる。

それはまるでごっこ遊びのようだったが、ゴブリンの真剣な様子に笑うこともできなかった。

きっと、何度も何度もその一節をそらんじていたのだろう。

舌足らずの口でも正確な発音ができるほどに。

 

「わ、わかりました……誓いを許します。急いでここを出ましょう」

「ああ」

 

ここに前代未聞のゴブリン騎士が誕生した。

ゴブリン騎士は静かに残りの縄を切ると手を貸してテイマーを立たせる。

 

「回復ポーションだ。のめ」

「はい……これはどこから?」

「いつか、死んだぼうけんしゃからくすねた。みはりが寝てるじかんはみじかい。急ぐぞ」

「わかりました……」

 

テイマーはポーションを飲み干す。やや古くなっていたが、腹を下すほどではなさそうだ。

じんわりと体に滋養が行渡り、体力がみなぎってくる。

 

◎脱出

 

脱出は静かに行われた。

ゴブリン騎士は眠っているゴブリンを一体一体音も無く斬り殺していく。

討伐証明の耳を落すのも忘れない。

モンスターテイマーは後にこの時の騎士の手際の良さを、こう語っている。

それはあたかも最初から『この時』に備えて、同族を殺すための訓練をしていたかのようだった、と。

 

「もっていろ。ころしてみみをあつめるものなのだろう」

「あ、はい……」

 

ゴブリン騎士が耳を渡すとおそるおそるテイマーは受け取る。

 

「しんじられないか。おなじ巣のものをころすのが」

「えっと……ええ、まあ」

「私は『わたり』だ。人でいう傭兵だ。この巣のものじゃない」

「そう、なんですか……」

 

『渡り』ゴブリンとは歴戦の戦いを乗り越え、成長できたゴブリンが傭兵として他のゴブリンの巣で訓練をしたり用心棒をしたりするものだ。

大型種でもない普通のゴブリンであるゴブリン騎士が『渡り』をしているのは、その裏に相当の戦いをくぐり抜けたのだとわかる。

狭い巣穴ではあるが、元々小柄なテイマーにはさしたる問題もなかった。

そう、出口までは。

 

「あれは……」

 

出口の外の広場に、ゴブリンチャンピオンが待ち構えている。

ゴブリンの英雄。常のゴブリンより一回り大きく、冒険者から奪ったしっかりした剣を持ち、わずかながら装飾品も身につけている。

明らかに強い。駆け出しの冒険者ではひとたまりもないだろう。ベテランでも数人がかりになる。

英雄にはちょっと強い雑魚でしかないのだが。

だが、それほどの敵だ。

 

「問題ない。殺せる。少なくとも、時間はかせげるはずだ。主はとにかく逃げろ。そして、信じろ」

「わかりました。せめて、加護を。『従魔への加護:盾』! これで一撃くらいは耐えられるはずです」

「かたじけない」

 

月明かりにゴブリン騎士の姿が映し出された。

それは異様な物だった。

布製の覆面にフード、体を覆うマントもつけている。

腰にはナイフとショートソード、左手には小さな木の円盾を持っている。

 

<やっと来たか。そんな気はしていた>

 

ゴブリンチャンピオンはゴブリン騎士をにらみ、彼らの言葉で語りかける。

 

<お見通しか。見ての通りだ。俺は主君を見つけた。すまないが、押し通らせてもらう>

<ああ、ああ。そうだろうな。ならば俺がどうしたいかもわかるだろう?>

<俺を殺し、主をなぶり、そして自らの勝利を示す。そうだろう>

<そういうことだ……どっちが強いか決着をつけようじゃないか>

 

二人のゴブリンはゆっくりと剣を抜き合った。

 

<この時をずっと待っていたよ……>

<ああ、来い! 「行け! あるじよ!」>

「はっ、はい……! あの、がんばって!」

「ああ!」

 

テイマーは走り出し、ゴブリン達は戦いだした。

 

◎ひとまずの決着

 

月下の森に、壮絶な戦いが幕を開けた。

ゴブリンチャンピオンは力任せではあるが実戦に基づいた強烈な一撃を何度も繰り出す。

だがその度にゴブリン騎士は盾でいなし、転がり回って避け、隙あらば鋭い剣を振るう。

 

<やるな! きさま! いつもそうだ! 人間にあこがれるなどバカなことをしているくせに、ちょこまかと!>

<あいにくお前のように体格に恵まれているわけではないからな。技を使わせてもらう……!>

 

時に流麗に、時に鋭く、時に狡猾に……

それは奇しくも、人間が巨人相手に使う剣術に似ていた。

いや、それはまさにその模倣なのだ。

ゴブリン騎士の脳裏にかつて森で修行していた冒険者の姿が思い出される。

その華麗で鋭い剣にあこがれた。一心に技を磨く姿に武芸者とはこういうものかと学ばされた。

そうして、その技を全て見て盗んだ。その日から一日たりとて訓練は欠かしていない。

今、その全てをゴブリンの英雄にぶつける。

 

<ぐ、うう……やるな。やはり、強い……お前がもう少し体格が良ければ俺はお前を族長にさえ推しただろうに>

<悪いが、俺には夢がある……今、まさにその夢を見ているのだ。負けられん……>

 

一撃でも当たればゴブリン騎士は死ぬであろう大振りな攻撃はしかし致命的なヒットをせず。

ゴブリン騎士がゴブリン英雄に与えてきたわずかながらのダメージは今や致命的に蓄積していた。

 

<最後の勝負だ! 赤肌の武神よ、我が祖霊よ! ご覧あれ! 俺の全てをかけた一撃をここに!>

<良いだろう英雄、ここでお前との決着をつけてやる!>

 

ゴブリン英雄は大上段に構えると、勇壮な咆哮と共に最後の一撃を振り下ろす。

ゴブリン騎士は覆面の奧から鋭くにらむと、その豪快な一撃を盾で弾こうとした。

しかし、盾はゴブリン英雄の剣を弾くことなく砕け散った。

 

<やった!>

<だが!>

 

ならば盾を持つ左手を犠牲にしてでも、今この場でゴブリン英雄に致命の一撃をくれてやる。相打ちだ。

 

<それもそうしてくるだろうと!>

<それでも!>

 

向かってくるゴブリン英雄の心臓を狙ったショートソードはしかしゴブリン英雄が貫頭衣の下につけていた胸当てに弾かれる。

だがゴブリン騎士の執念は弾かれてなお次の目標……ゴブリン英雄の左目をかすめた。

 

<があああ! だが! お前とて! 左はもらったはず!>

 

しかし、不思議なことに、ゴブリン騎士の左手は無傷だった。

かすかに魔法の光の残滓が残っている。

これは先ほどテイマーが施した加護、『従魔への守り』が発動したのだ。

 

<悪いな、どうやら俺は一人で戦ってはいなかったらしい>

<おのれええ!>

 

諦めに膝をついたゴブリン英雄の首筋に一撃を食らわす。

派手な血しぶきがぶちまけられ、ゴブリン騎士はそれを浴びる前に素早く下がった。

どうとゴブリン英雄が倒れる。

やったのだ。

 

<主の元に急がねば。さらばだ、英雄>

 

耳を切り取ると、ゴブリン騎士は主の元にかける。夜明け間近の森に寒々しくゴブリン英雄の体が転がった。

 

◎暁の誓い

 

ゴブリン騎士は森を走り、やがて草原に至る。

夜明け間近の紫色の空と、一面の草地が広く開けて見えた。

主の元に馳せ参じるのだ。額に刻まれた従僕の印と、ゴブリンの嗅覚が主の場所を教えてくれる。

まもなくして、草原をゆっくりとだが走る主の姿が見えた。

 

「あるじよ! 待ってくれ!」

「生きていたんですね! ゴブリンさん!」

 

テイマーは足を止め、振り返ってゴブリンを待つ。

やがてゴブリン騎士は素早く主の下に駆けつけると、うやうやしく跪いた。

 

「おそくなった」

「あの、大きなゴブリンは……?」

「たおした。ここまではなれていれば、おってもこないだろう」

「そうですか、よかった……」

 

テイマーはほっとした様子で胸に手を当てる。

しばらく間をおいてゴブリン騎士は覆面の奧の口を開いた。

 

「あるじよ、たのみがある」

「な、なんでしょう……」

「わたしに騎士の誓いをゆるしてほしい。ただ、この剣をわたしのかたにあててくれるだけでいい」

「はあ、剣を肩に……わかりました」

 

ゴブリン騎士は剣をそっと抜くと持ち手をテイマーの方に向けて手渡した。

 

「もし、私をいらぬとおもうのであればそのまま首をはねてくれ。そのほうがよほどましだ」

「ええっ!?」

「ゆるされるのであれば、私をあなたの騎士としてつかえさせてくれ」

「わかりました。さっきも言ったとおり、騎士として仕える事を許します」

 

そして、ゴブリン騎士の誓いが始まった。

 

『かつてこれほど祝福された時があっただろうか。もし私が騎士にあるまじき者であるならば、このまま死んでしまいたい。この神聖な瞬間を私は死の時まで決して忘れない』

 

それはテイマーもわずかながら知るずいぶん前に流行った騎士道物語の一節だった。

ゴブリン騎士はそれをそらんじて見せたのだ。

一体どれほどの執念がその小さな頭蓋にあるのだろうか?

ゆっくりと太陽が昇り、二人を照らす。

 

『私はここに騎士の誓いを立てる。

謙虚であること、誠実であること、裏切らず欺かず、心のねじれたる邪悪から民草を守る騎士たらんと誓う。

その生涯にわたって己の品位と武勇を高め続ける事を誓う。

私はあなたの剣であり盾。たとえ諸人等しく敵になろうとも我が忠節に曇りなし!』

「えっと……あなたが私の騎士であることを認めます」

 

さあ、と夜明けの暖かい風が吹き、草原に波を立てた。

テイマーの背後から太陽が輝いた。

この瞬間こそ、まさに二人は姫と騎士であったのだ。

ゴブリン騎士は自らの言葉通り、その瞬間を生涯忘れることはなかった。

これこそが、後に詩歌に語られる「ゴブリン騎士、暁の誓い」である。

 

「ええっと、確か剣で肩を叩いて終わりでしたっけ……?」

「そうだ」

「では、これであなたは私の騎士ということで……」

 

テイマーは軽くゴブリン騎士の肩を剣の腹で二、三度叩く。

何かの魔法がその効果を果たし、そして終わった。

そんな気がした。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「ああ、どこへ?」

「街ですよ。家を借りているんです」

 

テイマーは剣をゴブリン騎士に返すと、街へ歩き始めた。

ゴブリン騎士は受け取った剣を腰に佩いて、その後を付き従う。

それから二人は、何度も休息と食事を取りながら街へと向かった。

お互いの名前や出自などとりとめもない自己紹介めいた話をしながら。

 

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