◎冒険の後は宴と相場が決まっている
「ええ、ではささやかではありますが、皆さんのご活躍と、我が村の平和に感謝して」
『乾杯!』
村長が音頭を取り、杯が上げられる。
村の中央にある井戸場は、今は大きな篝火が焚かれ、宴の会場となっていた。
火にくべられるのは今日、猟師が取ってきたばかりのシカ。
これを一口大に切り串刺しにして塩とコショウで味付けして焼く。
つまりは、バーベキューだ。
「我が友よ、浮かない顔だな」
「ああ、重装騎士どのか。まあ、な……」
ゴブリン騎士の側に、重装騎士がやってくる。
ゴブリン騎士は兜のバイザーをそっとあげて、杯に継がれた麦酒(エール)をちびりちびりと呑っている。
重装騎士は兜を脱いで、短く刈り上げられた赤髪が見える。片手に串、片手に杯の宴会体勢だ。
「傷でも痛むのか?」
「まさか、コボルト術士どのの回復魔法はかんぺきだった。薬草(ハーブ)はすこししみるがな」
「ははは、そうか。体の方は元気そうでなによりだ。貴公、気にするなといっても無理かも知れぬが……」
「ああ、むりだな。私は弱い。あたらめておもいしらされた。烏羽どののような強さの果てもそうだが、ゴブリン英雄にああまで差をつけられるとはな……あのままでは、私はまた守れなかっただろう……くやしいよ。私はもっと強くならねばならぬ」
ゴブリン騎士は自分を追い詰めるように早口で話した。
重装騎士はそれを黙って聞いていた。
肉の焼ける煙、虫の鳴き声、夜空を宝石のように彩る星。
そして、人々のざわめき。
「貴公、それは違う。たしかに貴公は二度負けた。だが、まだ何も失っていない。得られなかったものより、貴公の守ったものを見るのだ」
そうして、重装騎士は笑い呑む村人たちを一人一人指さした。
「どうだ、皆笑っている。この笑顔は貴公とその仲間が守ったものだ。そして、結果的にはテイマー殿も今生きている。それも貴公が諦めなかったおかげだ。違うか?」
「それは……」
ゴブリン騎士はしばらく黙って、じっと手に持つ麦酒(エール)の水面と、村人の様子を見た。
村人はざわめき、笑い、歌い踊る。心から安心した様子で。
ゴブリン騎士は静かにため息をつき、笑った。
「そうだな、貴公にはまけたよ。私もいつまでもすねた顔をしているのはやめるとしよう」
「うむ、それで良いのだ。友よ」
「友、か……いいものだな」
「ああ」
ここで重装騎士は杯をゴブリン騎士の前に持って行った。乾杯の姿勢だ。
「貴公の武勇、そして我らが勇猛、皆の笑顔に!誉れあれ!」
「ああ、誉れあれ」
がつん、と木の杯が打ち付けられた。ごくごくと二人の喉が鳴る。
「呑もう、友よ!冒険の後は乾杯と相場が決まっている!出来なかったくやしさも、出来た喜びも酒に流すのだ!」
「……ああ!」
重装騎士は地面に座り、ガハハと笑うと豪快に鹿肉串をかじった。
ゴブリン騎士も、テイマーが皿に取っておいた小さな鹿肉をフォークでつまんでかじる。
「……うまい」
「そうだろう!猟師も狩りに出られるようになったのだ。これこそ平和の味よ!ところで貴公の活躍を聞かせてくれ、大将首を取ったのだろう?」
「ああ、襲撃部隊の熊にのったやつだ。シャーマンはコボルト術士どのが殺った」
「ほおう……」
二人の騎士は酒を飲み、語り合い、肉を喰らう。
◎『辺境勇士・ゴブリン騎士』の誕生
その一方、テイマーは狐人巫女と果実酒を少し離れた所で呑んでいた。
「とりあえず平和になったのは良いですけど……どうなるんでしょうね、この村。お金は減るしマイナスからゼロに戻っただけなんじゃ」
「まーた小難しい事を考えておるのう。まあここは山じゃし?山が使えるようになれば餓え死ぬことはなかろう」
「そうだと良いんですけどねえ……なんとかなるんでしょうか……?」
普段はおちゃらけている様子の狐人巫女はこの時、すっと真面目な顔になった。
「なる。農民を舐めてはいかん。我らのような根無し草よりずっと強い。戦士は派手に咲いて派手に散れば良いが、地の塩のような民はまっとうに生きてまっとうに死ぬ。これは戦うよりずっと厳しい道ぞ」
「そう、ですね。たしかに、畑を耕す人たちは強いです。私もそうだったんだけどなあ……」
「ええい!」
狐人巫女はぱしんと自分の膝を打ち、立ち上がる。
「『掛けまくも畏き農耕神に崇拝者恐み恐み申さく!今日のよき日に我が舞を修める様、よしなに聞しめ、幸いたまえと恐み恐み申す!されば!我が式神、出でて我と踊るべし!法の如く疾く行え!『神楽奉納』』!」
細く白い指が片手でくるくると空を弄び、片手で人形の紙片を数枚握る。鈴を転がすような声は夜空によく通る。
すると、紙片がひらり、ひらりと舞い、うっすらと人影のような光に包まれ、やがてそれははっきりと踊り子の姿を取る。
「ここは辺境、黒い森の街、ゴブリンの巣穴に囚われし乙女あり!近づく小さき影ひとつ」
踊り子達が衣装を身に纏って踊る劇は、ゴブリン騎士の物語だ。
幻術により書き割りのような背景が浮かび、踊り子の一人が騎士、もう一人がテイマーに似た乙女を演ずる。
そして無数のバックダンサーが歌声と共に踊り狂う。
「影が申すは取引。
『私に騎士の誓いを許すならば、その身助けよう。もし私が騎士にあるまじき者であるならば、このまま死んでしまいたい』
乙女は誓いを許し、影は歓喜する」
ひらりと乙女役の踊り子は鎖を外して素晴らしい笑顔で舞い踊り、騎士役もうやうやしく踊る。
全身で喜びを表現する踊りは、言葉よりも雄弁に人々を惹きつけた。当然、ゴブリン騎士とテイマーも。
「『感謝を!今この時より私はあなたの騎士、我が剣に誓って、いかなる強敵が表れようともあなたを守る。諸人等しく敵になろうとも、我が忠節に曇りなし!』
影は乙女の手を引き、寝静まるゴブリンを忍び殺す。巣穴を出でて、月影に表る雄志を見よ!」
狐人巫女はいつの間にか、
彼女のよく通る歌声は弁士として優れていた。
「白銀の兜、黒皮の鎧、鋼の具足。手にするは小円盾(バックラー)に小剣(ショートソード)。
これこそ、いずれ辺境勇士が一人と歌われる、ゴブリン騎士なり!」
演奏が盛り上がり、騎士役が天に向かって剣を掲げる。
甚だしく美化されているが、それでも照れくささよりも有無を言わせぬ劇の迫力で誇らしさをかき立てられる。
見ているだけの村人や冒険者たちですらなぜか誇らしい気持ちになってしまう。
「そのとき、夜闇より表れる影ひとつ。おお彼奴こそゴブリン騎士の好敵手、ゴブリン英雄。見上げるような巨躯、血濡れの大鉈に緋色のマント。
『ようよう来たか。我らが因縁に決着をつけん。いざ雌雄を決する時』
騎士は乙女を逃がし、英雄に剣をつきつけん。
豪腕にて大鉈が振るわれる。ゴブリン騎士はひらりひらりとつかまらぬ。
しかしついにゴブリン騎士の盾が砕け散らんとするとき、乙女の加護がゴブリン騎士を守らん。
ゴブリン英雄に出来たわずかな隙。それを見逃すゴブリン騎士ではない。
ゴブリン騎士の小剣がひょうと鳴れば、たちまちゴブリン英雄は心の臓を貫かれ、どうと倒れる。
『さらば英雄。私は一人で戦ってはいなかった』
騎士は乙女の元にはせ参じるべく、荒野を駆ける……」
わああ、と村人から拍手と歓声が上がる。
黒皮鎧の斥候はゲラゲラ笑っていたし、重装騎士は大きくうなずいていた。
テイマーとゴブリン騎士は顔を赤くしつつも、どこか誇らしい気持ちがあった。
コボルト術士はねえボクの出番は?と目を輝かせていた。
「『辺境勇士ゴブリン騎士・運命の出会いの段』まずはこれまで……さあ、おぬしら続きがききたいかやー!?」
「聞きたい!聞きたいよー!」
「ねえボクの出番は?」
「うむ。では続きをすこうしばかり……」
狐人巫女が笑顔で尋ねると、村人の子供たちがさっそく飛びついた。
さらに歌われる盛りに盛られたゴブリン騎士の軌跡。
なぜかコボルト術士と共に龍の試練に打ち勝ち、ギルドで烏羽の騎士に善戦したり……
だが、話が進む度にゴブリン騎士は胸に寒気が走る。
これは、この話の続きは。
己の敗北で終わるのではないか。
「……かくして熊の背に乗った
それでも、劇は容赦なく進んでいった。
止められるものならば、止めたい。だが、ゴブリン騎士はここで盛り上がりに水を差すのは騎士にあるまじき行為であると知っている。
「さあ、かくして再戦のゴブリン騎士とゴブリン英雄。
『貴公、何を企んでいる』
『我はゴブリンの国を作る!我こそゴブリン王なり!』
『邪悪なる企み、させまいぞ!』
ゴブリン英雄の魔剣の赤き光、ゴブリン騎士の聖剣の青き神秘の輝き。
ぶつかり合うも、しかしゴブリン騎士は一歩及ばず」
やめろ、やめてくれ。
「倒れ伏すゴブリン騎士、しかし何度でも何度でもゴブリン騎士は立ち上がる!決して諦めぬ。騎士たるもの、誓いを破りはしない。最後の瞬間まで諦めぬ!そう!方や乙女もただ怯えているわけではない!出来ることをするのだ!乙女は狼煙を用いて仲間を呼ばん。
その諦めぬ心が運命を手繰り寄せる!駆けつけるは彼の盟友、重装騎士とその仲間達!」
荘厳な音楽と、躍動感溢れる舞は、ゴブリン騎士の心を痛めつけるのではなく、むしろ勇気づけた。
そう、これは狐人巫女による神に奉納すべき舞いなのだ。
故に吟遊詩人(バード)の歌にも似て、魔法の力を帯びて仲間を勇気づける。
これは神秘だ。故に術者の意図を外れて聴衆を失望させはしない。
「その勝負、待たれよ!この重装騎士、友として助太刀いたす!」
ここで重装騎士本人が役者の動きに合わせて、あの時の台詞を叫んだ。そうして、ゴブリン騎士に目配せ。
答えねばならない。友として、騎士として。あの時ただ倒れるだけで何もできなかった時をやり直すように。
そういう思いが心の底から沸いてきた。
「おお友よ!貴公のじょりょく、感謝いたす!ともにわが仇敵討ち果たさん!」
ここで琵琶がひときわ高く鳴る。
「『さればここは我らが決着の場に非ず。いずれの再戦、楽しみにしておこう』
びょうと風が吹けば、たちまちゴブリン英雄、失せにけり……
これにて『辺境勇士ゴブリン騎士』の物語、いまはこれまで……
されど!騎士たるもの、その主君、そしてその仲間、心は折れぬ!必ずや再起し、いずれ必ず勝つ!
これは予言にして言祝ぎである!
『掛けまくも畏き農耕神に崇拝者恐み恐み申さく!この舞を愛しと聞き入れ、このよき日、この場の皆を常磐に堅磐に幸祝いたまえと!恐み恐み申す!成就あれ!』」
そうして、奇跡が起きた。空がオーロラのように輝き、金色の光の粒が雪のように降り注ぐ。
その光が人に当たれば傷が癒え、地面に落ちれば花が咲く。
ぜえぜえと息を切らした狐人巫女までも呆然と空を見上げる。
「ま、マジかや……ちょっと
「ハッハッハ!盛りすぎだろこれ!んなことすっからだよ!あーあ俺ぁ知らねえぞ!」
「ワハハハ!どの道避けられぬ戦い、ならばこれで良いのではないか?」
「ボクの出番、ちょっとだけだったね……もっと活躍しなきゃね!」
皆、降ってわいた奇跡に驚き恐れつつも、劇を見終わったあとの興奮(テンション)で宴は大いに盛り上がった。
踊り子たちも、今は消え去って人形の符に戻っている。
狐人巫女はぎこちない半笑いで人形を回収しつつ、テイマーとゴブリン騎士の主従を指さす。
「ま、まああれじゃ!そういうことじゃ!いつまででもくよくよするな!勇気でたかや?」
「……ああ、すばらしい劇だった」
「あ、ありがとうございます!……そうですね、落ち込んでる場合じゃないですね!」
「うむ!それでよい、よいのじゃ……ええい呑むぞ!呑まねばやってられぬ!酒じゃあー!」
宴は長く続き、ゴブリン騎士はまた二日酔いとなった。
そして、この時から巷で少しづつ『辺境勇士ゴブリン騎士』の物語が噂にのぼり始める事となる。
『神楽奉納』
東にあるというソラリア帝国の魔術。
神々に舞いを献上し、土地や人々に加護を願う。
戦のためというより、祭りのために行われるきわめて詠唱が長い魔術である。
神々よ。よしなに聞しめ、幸いたまえ。