◎山の珍味
「狩猟解禁です!行きましょう!」
買い物とギルドでの依頼用紙を手に家に帰ってきたテイマーはそう宣言した。
「ほう、なにを狩りにいくのだ。イノシシか、シカか。それとも幻獣のたぐいか」
「キノコ狩りです!」
そういうわけで、数時間かけて
高く大きい針葉樹が生い茂る『黒い森』だ。
森のすがすがしい空気が風と共にほほを撫で、見上げる空は雲がわずかにたなびく。
良い日である。
「といっても、相手は歩きキノコです。こう……子供くらいから、熊くらいまでの大きさのキノコに短い手足をはやしたようなのなんですが……」
「縦に輪切りにして焼くとおいしいんだよねーボク食べたことあるよ!」
「むう、なんともめんような……私とてみたことはあるが、あれをやいてたべるのか?」
森の入り口ではすでに、歩きキノコを狩って帰ってきたらしき冒険者たちが数十人いた。
中には焚火を起こして手足を落として串刺しにした歩きキノコを豪快に丸焼きにしている者もいる。
子豚ほどもある歩きキノコを焼くさまはかなり迫力があった。
「たしかにうまそうなにおいだが……」
「歩きキノコは見ての通りおいしいんですが……出現する期間が短いんです。年に数回、一週間ずつくらいですね。その時期を逃すと、おいしくないんですよ」
「でもどうやって倒すの?魔法で焼いちゃうわけにも、剣で切るわけにもいかないし……」
「手足を切り取って、額のあたりを突き刺すか、もしくはこれです!」
そう言って魔法のポーチから取り出したのは木の棍棒だ。
持ち手は細いが、叩く部分はかなり太く、直接的な暴力を感じさせる。
「これか……」
「棍棒だねー。それでどうやって見つけるのー?」
「実はいつもの武器屋のドワーフさんから穴場を教えてもらいまして……大体の場所は聞いてるので、行きましょう!」
「う、うむ……」
「焼きキノコたのしみだなあ」
そうして山道を歩き沢にかかった丸木橋を歩き、獣道を行くことしばらく。
落ち葉と倒木、苔にあふれた場所で、十数体の熊ほどもある歩きキノコがいた。
すでにドワーフらしき人影が歩きキノコと戦っていたが、多勢に無勢で不利なようだ。
「む、危ない!主よ、棍棒をあずけておく。額のあたりを刺せばいいのだろう?」
「あ、はい!あれだけいたら危ないですね……助けましょう!」
「えんごするよー『我、今一時、主たる古竜の威を借りん。怯み、竦め『
コボルト術士が大きく息を吸い込んで吠えると、びくりと歩きキノコたちが一瞬すくむ。
竜語による『シャウト』だ。これは本来竜の血を引くものにのみできる特殊技能か、どちらかといえば
だが、生まれた時から古竜のそばにあったコボルト術士は技量のみでそれを真似したのだ。
「コボルト術士どの、お見事!絶好の機会なり!」
その隙を縫って、ゴブリン騎士が歩きキノコの間をすり抜けると、あっという間に歩きキノコたちの足がすぱりと落ちて、歩きキノコたちは地面に転がる。
ゴブリン騎士の流れるような太刀筋が目にもとまらぬ剣を振るわせたのだ。
5,6体も転がせば、あとは歩きキノコたちは逃げていく。
「
そこにテイマーが
「主よ!無理追いはまずい!助太刀いたす!」
「ありがとうございます!」
テイマーの棍棒がうなり歩きキノコの頭を潰し、追いついたゴブリン騎士の小剣がひらめいて足を落とす。
それでも、数体は逃げてかくしてテイマーたちはさほど労せずして歩きキノコ10体を手に入れた。
「おぬしら、強いのだのう……助かったわい」
「いえいえ、私たちもキノコ狩りのついででしたし……あなたもキノコ狩りですか?」
「うむ、わしは黒い森の城塞都市で店を構える料理人じゃわい。『天使の追憶亭』っちゅうんじゃが……」
「あれっ、ひょっとして武器屋さんの知り合いの?」
「あー、おぬしがあいつの話とったテイマーかの。ほれ、都市の西の方にある『太陽の武器屋』ちゅう……ありゃわしの友じゃわい」
「そうです、そこのドワーフさんにこの場所の話を聞いて……」
その間にもゴブリン騎士たちは歩きキノコにトドメをさしていく。
地面に転がった歩きキノコの胴の上に飛び乗って額を一度二度さくり。
しばらくはもがいているが、やがて動かなくなる。
「おっと、そこの鎧の!もうちと下じゃ!でないと無駄に苦しませて味が落ちる!」
「む、かたじけない。こうか」
「それじゃ!」
一度さくりとやれば今度はくたりと動かなくなった。コツをつかんだゴブリン騎士は次々に歩きキノコを屠っていく。
「ともあれ、助かった。思ったより数が多くての……そこで相談なんじゃが、5体ほど買わせてくれんかの。何しろこの時期キノコが入用じゃからな」
「ええっと……おいくらくらいですか?」
「1つ金貨6枚でどうじゃ」
「ぜひお買い上げください!」
5体で計30枚。かなりいいお値段だ。テイマー一人であればひと月暮らせる額である。
相場より幾分か高いのも決断を後押しさせた。
「その代わりといっては何じゃが、どれを買うかはわしが決めさせてもらう」
「はい、それで大丈夫ですよ」
そう決めると、ドワーフの料理人は真剣な顔で選び始めた。
やはり一度で殺したキノコを選んでいくが、中にはだいぶ暴れたものもあった。
「む……料理人どの。それはだいぶ暴れたものだが……」
「じゃが、笠のハリが良い。食材というのはの、若すぎても古すぎてもいかん。このへんは古すぎてちと味が薄い」
ドワーフの料理人が指さした先は、笠が開き、やや老いた風の歩きキノコたちがあった。
「なるほど……たゆまぬ料理の修練によるものか。知恵だな……」
「うむ、おぬしがゴブリン騎士とやらか。なるほど話に聞いた通り、ゴブリンにしては道理がわかっとる」
「そうか」
そうして、ドワーフの料理人は歩きキノコ5つを魔法のポーチに入れるとテイマーに尋ねた。
「ところで、おぬしらはこれから下山か?そうであるならば、同行したい。礼としてもしよければふもとで焼きキノコをごちそうするが」
「そうですね、十分取れましたし……下山します。ふもとまで護衛ですね、いいですよ」
「ありがたい」
そうして、また沢を抜け、丸木橋を渡り、山道を下り……夕方前までにはふもとにたどり着くことができた。
この時間になると、同じように山から下りてきて取れたてのキノコを焼く人々がそれなりの数いる。
ドワーフの料理人もまた、手慣れた様子でかまどを作り、火を起こす。
「そんじゃまあ、歩きキノコの丸焼きだが……こいつはまず、手足を切り取り、それから胴を真っ二つに割る」
ドワーフの料理人は魔法のポーチから腕ほどもある巨大な包丁を取り出す。
「それは……」
「ああ、お前さんと同じ武器屋であつらえたもんだわい。あいつは包丁を作らせてもうまい。特にこれは
「ほう、見事な刃だ」
「わかるか、ガハハ」
そうして真っ二つに割ったキノコを薄くそぎ切りにしていく。縦に板状に切るのだ。
「こいつを串刺しにして、強火で一気にあぶる。じっくり焼くと旨味が逃げるでな」
キノコが焼ける間に料理人はソースを用意し始める。
フライパンを火にかけ、オリーブオイルにニンニク、余ったキノコの切れ端、酒に塩コショウ。
秘伝のグレイビーソースを一さじ。
「いい匂いだねえ」
やがて大きなキノコステーキはしんなりとしてくる。そこをドワーフの料理人は火から上げてまな板で丁寧に切り分けて皿によそう。
手のひらほどもあるキノコステーキにたっぷりとガーリックソースをかけて。
「できた。キノコのステーキじゃ。麦酒もいかがかな?」
「いいですね!いただきましょう!」
「いただこう」
「おいしいね!」
ステーキの名に恥じない大きさのキノコは食べ応えがたっぷりとあった。
柔らかく香り高いキノコに絡み合う肉のソース。甘露といえよう。
「うむ……うまかった。キノコは危険なわりにたべごたえがないものと思っていたがこれはちがうな」
「いや、その認識で間違ってないわい。素人が山に入って食べちゃならんのがキノコだ。歩きキノコが特別なだけでな」
「僕らは普通に食べるけどねー。でも毒キノコも多いしね」
腹ごなしにコボルト術士が氷を入れて冷えた麦酒をごくりと飲む。
確かな満足感が広がった。
「ところで、もしよければ後日でもまた護衛を依頼したいのじゃが……今度はもっと奥にいくでの。いつもはなじみの冒険者に任せるんじゃが……遠征で怪我をしたらしくての」
「えーっと……ギルドで指名依頼をしていただければ大丈夫ですよ!」
「おお、ありがたい。では明後日までには用意をしておくからの」
「わかりました」
「今度はもっとうまいもんを食わせてやる。奥だけあって、めずらしいもんが多い。期待してええからの」
皆が人心地ついて、そろそろ片付けようか、という頃にゴブリン騎士は料理人に尋ねた。
「しかし……料理人である貴公がきけんをおかしてまでなぜここまで?」
「そりゃあ、うまいもんがそこにあるからよ。素材は新鮮さが一番での。それに……ご領主さまたちがな。好きなのじゃよ。明後日取りに行く特別なキノコ料理がの……わしはご領主様も奥様も若いころから知っておる。いつも忙しそうじゃ。そんな領主様たちがの、たまにわしが招かれて変わったもん作ると喜ばれるのよ……料理人冥利につきるわい。命だってかけるわな」
料理人は焚火を見て麦酒の残りを飲みながら笑ってそう言った。
「なるほど、料理人には料理人の忠節というものがあるか……よいご領主なのだな」
「ああ、この街はいい街じゃろ?ご領主様のおかげというものよ」
「ふむ……」
ゴブリン騎士は明後日の戦いに決意を新たにした。
領主たちに届ける美味。胸に何か熱いものが燃え上がる……
『棍棒』
丸太を削り出して作ったありふれた棍棒。
持ち手は細いが、叩く部分はかなり太く、直接的な暴力を感じさせる。
時には、小細工にたよらない素朴な暴力も必要だ。