2日後。ゴブリン騎士たちと、料理人のドワーフは先日と同じ森の入り口に集まっていた。
「用意はいいかの。場合によっては森の中で夜を明かすかもしれん」
「大丈夫ですよ!おおよそどの辺りまで行きますか?」
「この間のところからさらに3時間っちゅう所じゃの。それも順調に行ってじゃ」
「それはまちがいなく夜をあかすことになるだろう。だが、もんだいない」
一行は森に分け入っていく。山道を歩き沢にかかった丸木橋を歩き、獣道を行く。
景色は相変わらず巨大な樹木が立ち並び、足元は落ち葉と苔むした倒木に覆われている。
空気はおいしいが、それだけだ。
「こっからは藪を切り倒していかねばならん」
「まかされた。コボルト術士どのはめじるしは大丈夫か」
「大丈夫だよー。ところどころの木にリボン結んどいたからね!」
木の枝に目立つ色のリボンを結ぶ。迷いやすい森での目印だ。
案内人役のドワーフが倒れれば万一がありうるからだ。
「やはりよくきれる……よいけんだ」
「いい買い物でしたね。ゴブリン騎士さんもご機嫌そうでよかったです」
「うむ、たいせつにする」
ゴブリン騎士が月明かりの小剣で藪を切り払って進んでいく。
光と闇、どちらの属性にも似た月の魔力は強靭な藪を紙のように切り裂くのだ。
闇の中にあって輝けるもの。そんな性質をもつから、月の魔力と呼ばれる。
故に本質的に闇の属性を持つ亜人と人間はその力に安らぎを見出してしまう……そのような事をいつか、コボルト術士から聞いた。
脳裏につらつらとそんなことを思いつつひたすら森をぬけていく。
「……なにか、ようすがちがうな」
「うむ、わかるか。このあたりから植生が変わっての。そろそろ危険な生き物も増える。気を引き締めるんじゃぞ」
「ここからがおくちというわけか。わかった、まかされよ」
風景が針葉樹から広葉樹に変わっていく。そして、ツタ植物も増えてきた。
「待て!一歩下がるんじゃ。そりゃあ人食い植物じゃな」
「む…あれか。斬ってはいかんのか」
巨大なウツボカズラのようなものが少し遠くに見える。
どういうわけか、木の上に袋の部分が垂れ下がっていた。
「おまえさんが今踏んだそこの黄色い芽。それがもう一個あっての。二個目に振れればたちまち触手が襲い掛かるという寸法よ」
「わかった、さがろう。してどうする。いずれ斬らねばならん」
「こういう時はな、あえて遠くから罠を作動させるのよ。あいつら、目があるわけじゃない。そんでもって、一度動いたら次に動くまで時間がかかる。硬直してるところを襲ってきた触手ごと斬ればええ」
「わかった」
そっとゴブリン騎士が下がり、ドワーフの料理人がもう一つの芽を石を投げて刺激する。
すると、先ほどまでゴブリン騎士がいた場所に鞭のような威力で触手が振り回される。
しばらくは闇雲に何本も触手が振り回されていたが、三十数えるほどの時間でだんだんと動きが鈍くなり、やがて諦めたように止まった。
「今じゃ!やっちまえい!」
「うむ!」
すぱりすぱりとあっという間に触手ツタが切断されて落ちる。
「よし、これで通れる。が、ちと待て。あそことあそこのツタも切ってくれるかの」
「まかされよ」
すぱりと青白い剣筋が光ると、またツタが落ちた。その先には丸い柑橘類のような実が成っている。
「これじゃこれじゃ。『人食い植物のレモン』わしが求めていた珍品食材のひとつよ」
「えっ、人を食べた植物から成ったものを食べるんですか……?」
「まああれじゃ、人食い植物と言ってもこんな所にまで人は来ん。こやつの胃袋にあるのは森の獣じゃよ」
「そうなんですか、それはよかったです……あはは……」
テイマーは少し引いていた。この場合は料理にかける情熱のほうがおかしいのかもしれない。
「案ずるな、ちゃんとうまい。こいつは料理のソースにもってこいなんじゃよ」
「領主様に献上するりょうりになるのか?」
「ああ、そのひとつじゃ。まだいくらか採取する素材はあるがの」
「ねえ、ボクたちの分もある?」
「なんじゃ食べたいのか?うむ……どっちみちも少し多くこの実をとらにゃならん。あとでまとめて料理してやるでの」
「わーい!」
そして、さらに奥へ奥へ。人食い植物をかいくぐり実を採取し、
多くの危険な動植物が襲い掛かった。だがそのすべてを撃退し、時に逆に採取していく。
「ほっほっほ、大量大量。やはりお主ら腕がいいのう!どれ、この先の沢で少し休憩にしよう。角ウサギを捌いて照り焼きにでもするかの」
「いや、料理人どの……しょくじはもう一戦してからのようだ」
「うん、なんかくるね。すっごくおっきいの」
「……勝てそうですか?」
「そればかりはやってみないとわからん。だが、どのみちこの森では逃げきれん。やるしかない」
「わかりました!『魔力最大化』『三重詠唱』『従魔への加護:盾・盾・盾』!」
もはや、ドワーフの料理人でもわかるほどに音が近づいてくる。
木をなぎ倒す音だ。時折、しゃああ、という息遣いも聞こえる。
「主どのと、料理人どのはうしろへ!コボルト術士どの!牽制と陽動に魔法を打ってくれ。私はまえにでる」
「はいよー」
ゴブリン騎士は左手に盾、右手に月明かりの小剣を構えていつでも飛び掛かれる体制だ。
果たして、現れたのは天を衝くほどに巨大な大蛇!
頭だけで牛ほどもあり、胴体の太さは大の大人が三人、四人手をつないでやっと一周できるくらいだ。
長さに至ってはもう見当もつかない。
「これは……無理じゃろ……大きすぎる」
「だが、やるしかない。覚悟をきめろ」
「引き付けるよー『魔力よ矢となり飛んでいけ。『魔力の速矢』」
しゃああ、と大蛇が吠えるとコボルト術士の杖が光り、光の矢が当たる。
鎌首をもたげた大蛇がコボルト術士の方を見ると、その隙にゴブリン騎士が素早く走り寄って胴体に一撃を入れる。
どちらも、薄く血をにじませるのみだ。
「こっちだ!こっちに来い!」
ゴブリン騎士はコボルト術士に攻撃が行かないように何度も何度も切りつける。
どれもちゃんと切れはしている。だがいかんせん剣の長さがどうしても足りない。
傷が浅いのだ。
何度も斬られる感触を嫌がったのか、大蛇はゴブリン騎士の方に攻撃の先を変える。
鎌首をもたげて、かみつく。
それだけなのだが、この巨体で行われる噛みつきは恐るべき速さと威力を兼ね備える。
「そうだ……来い!」
何度も行われる噛みつきをぎりぎりまで引き付けてゴブリン騎士は避ける、避ける!
当たる瞬間に引きさがり、時に転がりまわってでも避ける。
やっていることは単純だが、それを成せるのはとてつもない度胸と技量のたまものだ。
しかし、ゴブリン騎士にも体力の限界がある。いつまでもよけ続けるわけにはいかない。
「見てるだけでひやひやするわい……ええいわしに何かできることはないのか!」
「ない!みをまもれ!貴公がここで死ねば皆まいごだ!」
「そろそろこっちに引き付けるねー。『魔力は収束し、敵を狙う矢となる。さらに加えること一節。魔力の矢よ我が魔力を食らい、太く鋭くなれ。我が意のままに飛んで行け『魔力の太矢』」
今度は大人の腕ほどもある魔力の矢が大蛇の胴めがけて飛んでいく。
大蛇の胴に大穴が開くが、大蛇そのものの大きさに比べればあまりにもちっぽけだ。
それでも、大蛇の攻撃を中断させて
その隙にゴブリン騎士は息を整え、また攻めに転じる。
「長さがたりんか……ならばこれでどうだ!」
ゴブリン騎士は剣を頭上に掲げ、『纏い』を発動させる。
剣にまとわりつく光が伸びて固まり、
刃渡りは十分に長い。とはいえ、大人の身長ほどだ。大蛇を両断はできない。
だが、完全に切れずとも、胴体の半分ほどは斬れるだろう。うまくゆけばだが。
「おおお!」
ゴブリン騎士の全力の横振りが大蛇の胴体に迫る。
だが無情にも大蛇は胴体をもたげて避けた。そこからはさらに苛烈な攻めがゴブリン騎士に向かう。
脅威と見たのだろう。大蛇も巧みにゴブリン騎士の攻撃を避けながら鎌首で噛みつきを行う。
「避けたか!これはまずい……」
ゴブリン騎士も大剣と化した剣を振り回し、うまく見切って飲み込まれるのを避ける。
結果は大蛇の顔に切り傷をわずかに作っただけだ。
ダメージで言えば大蛇の方が手傷を負っているが、ぎりぎりのところでよけ続けなければならないゴブリン騎士の方が体力を消耗している。
「仕切りなおそう!『魔力よ、集まり、流れ、奔流となり敵を飲み込め。『魔力奔流』』」
人一人分はあるだろう魔力の
大蛇はじゃああ、じゃああと苦悶の声を上げてのたうち回る。
その隙にゴブリン騎士は下がって体力を回復する。
「ゴブリン騎士さん!魔力と体力は大丈夫ですか!?」
「へいきだ……と言いたいところだが、こころもとない。あとやれて二、三度だ」
「今のうちに補充します!『従魔の癒し』!『
テイマーのスキルによって、ゴブリン騎士の魔力が、体力が、傷が回復する。
しかしテイマーの魔力とて有限。このまま大蛇と攻防を繰り返せば消耗戦となるだろう。
「かたじけない……しかし、消耗戦ではこちらがふりだ!そろそろきめねばならん……なんとか一時でもうごきをとめられれば……!」
「鼻じゃ!鼻先に炎を当てるのじゃ!蛇の弱点はそうと決まっておる!コボルトの!できるか!」
「できるよー。これで決めよう!『魔力よ、燃え滾り、形と成せ。熱在りながら決して炎でないもの……『滾る
コボルト術士の前に一抱えもあるマグマの球体が現れ、絶妙のコントロールで暴れる大蛇の鼻に当たる。
すさまじい悲鳴が響き渡った。
大蛇の
「間に合え!」
「いえ、大丈夫です!『魔力もつ符よ、今こそ力を示せ!『
コボルト術士の前にテイマーが投げたナイフに括り付けられた符が光る。
あっという間に地面から分厚い石の壁が生えた。正確には、台形の岩だが。
大蛇と石壁が思い切りぶつかる。肉の潰れる嫌な音が響く。
そうして、轟音と共に大蛇の体が横たわった。
「お見事!絶好の機会なり!」
ゴブリン騎士は大蛇の上に飛び乗り、『纏い』をしたままの月明かりの小剣を思い切り突き刺して、喉元から鼻先まで真っ二つにした。
おぞましい悲鳴が響き渡り、そうしてしばらく大蛇は痙攣すると、動かなくなった。
恐ろしい量の血が噴き出て、池のようにあふれ出ていく。
さしもの大蛇でも、頭を真っ二つにされては生きてゆけない。
勝ったのだ。
「打ち取ったり!」
「お……おおお……本当にやっちまったわい。見事じゃ!わしらの勝ちぞ!」
「か、勝てましたね……信じられない……」
「ねえこれ食べられるの?」
辺りは血の雨といった様子だが、コボルト術士の言葉でドワーフが笑った。
「がははは!うむ、そうじゃな……この種は食えるはずじゃ。ここまで大きなものは見たことがないがの。どれ、飯にもう一品メニュー追加じゃわい。そうじゃな……『大蛇のかば焼き』なんてどうかの」
「わあ、おいしそう!ボクおなかへっちゃったよ!」
「うむ……私もさすがにつかれた……」
「おう!解体と飯はまかせい!戦いでは役に立てんかったからの」
皆が疲れ果て、そのへんに腰を下ろした。
ぐったりとしながらも、ゴブリン騎士はドワーフの料理人の方に向く。
「いや、それはちがう。貴公のやくめはいきのこること。皆がやくめをはたしたのだ」
「おう!じゃがもひとつあるぞ!わしの役目はうまい料理を作ることよ!今こそわしの役目を果たすとしようかの」
「ああ、ぜひたのむ」
ドワーフの料理人が大包丁で蛇を捌いていく。
さあ、食事の時間だ!