「うむ、やはりこれがあったのう」
ドワーフの料理人は大蛇の腹部に包丁を入れて中から何か取り出した。
丸く、茶色く透き通った塊だ。ヒトの頭ほどある。
「それは?」
「森の貴石……実際にはトレントの琥珀ってところじゃな。こいつのもつ魔力は森を豊かにする力があるんじゃが、まれに生き物が飲み込んでこうして大きくなるのじゃよ」
「ほう……価値のあるものなのだろうな」
「まあの。わしはいらん。おぬしらが持っとれ。魔術師ギルドにでも売ればいい金になるじゃろう」
「かたじけない……うろこや目玉なども素材になるだろうか?」
「なる。まあ小遣い稼ぎに何枚か持って帰るのがいいじゃろう」
「なるほど、いいヒマつぶしになりそうだ」
そうしてしばらく彼らは黙々と解体と調理を行っていく。
急ぎだ。血の匂いにつられた獣が来る前に事を終えねばならない。
「魔術師ギルドかあ、行ってみたいなあ。テイマーさん、琥珀を売るときついていっちゃだめ?」
「いいですよ!私も魔法の専門知識がある人がいればいいなと思ってましたし」
「わーいやったー!ボク、魔法の本とか読みたかったし、本当の魔法使いの人たちとお話したかったんだよねー」
そうして沢まで下り、服を着たまま血を洗い流しつつ、狩り取った獲物たちの血抜きもする。
一応、狩った時に内臓は捨て、代わりにコボルト術士の作った氷を入れておきはしたのだが。
「よし、火を焚くぞ。体を乾かしながら、まあ料理ができるのを待っとれ。昼飯じゃし軽めで手早くできるのにする」
大蛇の肉に串を刺して強火でじっくりとあぶる。秘伝のたれを何度もつけ、最後に人食い植物のレモンをさっと一絞り。
出発前に用意しておいた麦飯のおにぎりも軽く塩をつけて焼きおにぎりにしていく。
「できたぞ。大蛇のかば焼き、東国風じゃ」
「ありがたくちそうになる」
「いただきます」
串についたままの蛇肉をかじると、濃厚な脂の甘味とたれの得も言われぬ塩味、人食い植物のレモンの酸味が完璧な調和をもって口の中で踊る。
「……うまい」
「蛇肉にしてはあっさりしてますけど、それが調理の仕方でこんなにおいしくなるなんて……」
「麦飯のお団子?これすごく合うねー。うん、蛇肉のたれ、これすごくお米とか麦とか欲しくなる味ー」
ドワーフの料理人は清酒に人食い植物のレモンの汁を入れてごくりと飲む。
ドワーフの食事には酒は欠かせない潤滑油なのだ。
「がははは!そうじゃろうそうじゃろう。元々は煮ても焼いても食えんような魚を食べるための工夫……なんじゃそうじゃ。ほれあの狐人の巫女。あれが作れ作れとうるさくての。たれの再現には時間も手間もかかったもんじゃわい」
「異国の料理、か……世界は広いな」
ゴブリン騎士が森から見えるわずかな空を見て、つぶやいた。
その広い世界を夢見るように。
「この人食い植物のレモン、変わった味だけど、すごく合うよねー。おもしろいなあ、好奇心がワクワクする!」
「じゃろう!?その好奇心でわしもここまで来ちまったんじゃ!……そしてそれで人を喜ばせられるんじゃから、果報者じゃよ」
「……なるほど、これが冒険というものか。好奇のために、地のはてまで世界をめぐる……わるくない」
ゴブリン騎士は考えを言葉にして整理する。
そして、その目はいつかのように、夢を見る目だ。世界の広さに冒険心が芽生えた目だ。
テイマーはその目を知っている。
いつかの夜、騎士になる夢を語られた時。そして、そのずっと前、自分が冒険者にならんとしたときの目だ。
「うーん、たしかに冒険ですけど、なにか違うような……いえ、でも冒険心ってそういうものですよね!わかります。私も冒険者ですから」
「……世界はひろい。だからこそ、私もそれを見てみたくなった。欲が深いだろうか?」
テイマーは首を振り、大きくうなずいた。
「いえ、こういう言葉を聞いたことがあります。『冒険は騎士の嗜み』だって。お金に余裕も出てきたし……もう少し冒険者らしい依頼を受けてもいいかもしれませんね」
「たとえば?」
「今日みたいに山奥に珍味を探しに行ったり、伝説の遺跡にお宝を探しに行ったり……要は、ロマンですよ」
「ロマン、か。おぼえておく」
冒険。それはいつの時代も形を変え若者を魅了してきた。未知を探索する冒険心こそが人間を世界の覇者たらしめた。
テイマーもまた、冒険を夢見る田舎娘であった。冒険者として着実に経験を重ねていった今、忘れかけていた初心でもあった。
テイマーはようやく自分の軸を取り戻し、新しい一歩を踏み出していこうとしているのだ。
「そうだよー。ボクも広い世界を見てみたい!すごくいいよ!どんどん冒険しよう!」
「はい!」
「やれやれ、ここにいるのはどいつもこいつも冒険馬鹿というわけじゃな。愉快なこった!」
そんな話をしている間に、大蛇のかば焼きはすっかりなくなってしまった。
人心地つくと、一行は移動を始める。
「さて、そんな冒険馬鹿どもに今日最後の冒険じゃ。残る食材は一つ。『トレントの樹液』じゃよ」
「あっ、ボク聞いたことある!高級(ハイ)ポーションの原料の一つで、一杯飲めば十年は寿命が延びるっていう……」
「そうそれじゃよ。まあ本当に寿命が延びるかは知らんがの。ただまあ、体の調子はよくなる。こいつを使って子豚のローストを作るのじゃよ。こう……腹に香草を詰めて丸焼きにしてな、じっくりとあぶって樹液を蜜代わりに塗りこめていく。すると革がパリパリになってうまいんじゃ」
「わあ、おいしそう!たのしみだなあ」
「あと少しじゃ。トレントにわしの友がいての。うまく話をつける」
話をしながらもゴブリン騎士は先頭に立って藪を開き、ドワーフの料理人は地図を片手に道を探り、コボルト術士とテイマーは目印をつけていく。
苔むした倒木を超え、腐葉土のカーペットを進み、森の奥へ、奥へ。
やがて現れたトレントは、巨大な広葉樹の幹に老人の顔が浮き出たような生き物だった。
「よう!久しいな。森の友よ!わしじゃ!料理人のドワーフじゃ!今年もいつもの蜜をもらいに来た」
「ああ……君か。そうか、もうそんな時間が経ったか……壮健そうで何よりだ。ところで、後ろの冒険者は?いつもと顔ぶれが違うようだが」
トレントのひび割れた口がぎしぎしと音を立てて開いた。
「ああ、いつものは怪我しちまっての。縁があって別のに依頼したんじゃ。ああ、大丈夫だ。信用できる」
「……君が信用できるというのであれば、私も信じよう。まあ、私は長く生き過ぎた身。ここで何かあって困るという事ではないが……しかし、ゴブリンにコボルトとはね……」
「まあ無理もないわな。じゃが、ここまで来れた。実力はわかるじゃろう。それに、皆気のいい冒険馬鹿よ。前のあいつらのようにな。わしの仲間はいつもそうじゃろ」
「……まあ良い。もう戻るには遅い時間だ。ここで夜を明かしたまえよ。死なれても寝覚めが悪い……それに、来客もない人生というのも少々飽きた。いつものように、土産話でもしてくれたまえよ」
ひどく厭世的で皮肉気な口調だ。だが、トレントとはそういうものである。
とてつもなく長命で、保守的で、厭世的。変わることをあきらめたもの。
そういう種族なのだ。むしろ金気をまとうドワーフに友好的なだけこのトレントは異端とすら言える。
「それから、例の物はできたのかね?私の樹液から作った猿酒というのは……」
「ばっちりよ。ちゃあんともってきた。あんたも飲むかい?」
「……前も言ったが、私自身の体から出たものを飲み食いする気はないよ」
「そりゃあ残念だ……よし、じゃあ皆、ここでキャンプだ。テントができたらゆっくりしてな。とびっきりを食べさせてやる。子豚の丸焼きは無理だけどな」
「えっ、無理なの?」
コボルト術士が残念そうに言う。眉根も下がり、心底がっかりした様子だ。
「時間がかかるんだありゃ。朝になっちまうからな」
「残念ー」
「まあ、今度余りを送ってやるかんの。じゃあまあ、設営じゃ」
「うむ。やろう」
そういうことになった。テイマーが魔法のポーチからテントの材料を出し、三人でテントを張っていく。
張り終わり、人心地つく頃にはいい匂いが香ってきた。
「まずは、『若い歩きキノコの角ウサギの肉詰め、人食い植物のレモン絞り』そんでもってメインは『角ウサギのトレント樹液ロースト』。酒は『トレント樹液の猿酒』じゃ!これこそ森の恵みってやつじゃな」
歩きキノコの一抱えもある笠に角ウサギのひき肉がみっちりと香草と共に詰められている。それを堂々と火の上で焼き、笠の中は肉汁とキノコの汁でいっぱいだ。そこに散らされた輪切りの人食い植物のレモンがまた香りをよくしている。
角ウサギのローストに至ってはもうわかりやすい。革をはいで内臓に香草を詰め、トレントの樹液で何度もコーティングしながらじっくりと丸焼きにした。
どれも肉とキノコの豊かな香りが舌を刺激する。
「さあ、これが本日のフルコースじゃ!乾杯といくかの。ドワーフ流に行こう。森の恵みに!」
「料理人殿の技に」
「じゃあボクは広い世界に!」
「私たちの冒険心に!」
『乾杯!』
森のディナーが始まった。
「うーむ……さっぱりと甘く、それでいて酒精が鼻にぬけていく……はじめてのむ味だが、わるくない」
「あまくておいしいねえ、トレントさんありがとう!」
「私には味わうという感覚があまりわからないが、君たちが楽しんでくれるのであれば何よりだ。にぎやかな夜も、たまにはわるくない」
歩きキノコの肉詰めが盾ほどもある大皿で切り分けられる。じゅわっとした肉汁が皿の中にあふれ出る。
そしてまず肉汁をお椀に入れた後キノコと肉を切り分けて入れる。
まるで肉スープだ。
「肉汁をソース代わりにして食うとうまい。どうじゃな?」
「これは……たまらないな」
「おいしいねえ」
「あったまります……体に染みる味ですね……キノコの香りがすごくいいです」
角ウサギのローストも一口大に切り分けられて配られる。
皆の口の中でぱりぱりと角ウサギの皮がすばらしい音を立てて咀嚼される。
「酒がすすんでしまう味だな」
「これがローストかー。おいしいねえ。ありがとね、ドワーフさん」
「がはは、子豚の丸焼きとはいかんかったが、このくらいであればな」
「疲れが取れますね……おいしかったです」
皆が腹を満たし、人心地つく。
そして酒が進むにつれ、トレントとも話をはじめ、打ち解けていく。
「……ところで、これは聞くべきかわからないのだが道中でトレントの琥珀を飲み込んだ大蛇に出会った。もし、その琥珀が貴公の友の形見などであったならば……やはり返すべきだろうか?」
コボルト術士とテイマーがマジか、という顔をしてしかし止めることもできずに酒を飲む。
「その必要はないよ。琥珀とは君たちで言うところのかさぶただ。それに、友はいるが我々に遺品という習慣はない」
テイマーとコボルト術士はほっと胸をなでおろす。
「そうだ、君の正直さに報いて、一つ忠告しておこう。半年ほど前だったか。我々の祖先の眠る泥炭(ピート)を悪魔(デヴィル)が掘り返して持ち去った。あれにもトレントの琥珀が大量に入っているはずだ。まあ、悪用するだろう。悪魔だから。たぶん近々ろくでもないことになるだろうから気をつけたまえ」
「その泥炭(ピート)ってどんな使い道があるの?生き物を大きくしたり、土地を豊かにするだけ?」
「薬にもなるそうだが、生き物を大きくしたり、土地を豊かにするだけでも、あの連中ならば街の一つや二つ落せるだろう」
「……それを見つけたらどうすればいい」
「処分してくれ。焼けばよい。とはいえ、君たちは冒険者。何の見返りもなしにというわけにはいくまい。私から差し出せるのは樹液くらいだがね」
「……どうする?テイマー殿」
「もちろん、見返りが十分であれば、私は受けます。冒険者ですから。それに、もう安全な野営地という見返りをもらってますし……樹液の原液なら……ええ、十分だと思います」
「では、契約成立だ。期限はもうけないよ。時間を数えるのは、ここで木を数えるようなものだ」
樹液酒を飲みながらドワーフが片眉を上げて笑う。
「な?森の秘境でトレントから依頼を授かる……根っから冒険者じゃろこいつら」
「なるほど、違いない……」
トレントはどこかまぶしいものを見るように微笑んだ。
「冒険っぽくなってきたね!」
「うふふ、そうですね。乾杯しましょう!これからの冒険に!」
『冒険に、乾杯!』
黒い森の夜は更けていく……
この後、テイマーとゴブリン騎士、コボルト術士は樹液の原液を飲んでみたが、まさにメープルシロップといった代物で、おいしくはあったが沢山は飲めるものではなかった。
だが、この行動が実はゴブリン騎士とコボルト術者の寿命を10年以上伸ばしていたことに気づくのは相当後になる。