◎黒教
武家者とゴブリン騎士が手を取り合い、手を振りながら控え室に戻ろうとしたその時、爆発音が響いた。
『うわっ!これは……何をする!』
放送席で何者かが魔道具を奪い、放送を開始した。
『我々は黒教会である!今日は我らが指導者、黒教大司教の釈放を求めるために皆様には人質になっていただく』
武家者とゴブリン騎士はすでに臨戦態勢に入り、出方をうかがっていた。
『おっと!観客および選手の皆様には下手に動くことのないようにお願いしたい。そこら中に私の仲間はいて、そして我々にはこの場を一撃で終わらせる手段がある……『混沌の種子』だ。このねばつく種子は、人に触れればあっという間にドロドロの怪物にさせ、その怪物に触れたものも同じく取り込まれる。我々は、要求が叶えられない場合死ぬ覚悟がある。あなた方には死んでまでこの場をなんとかする覚悟はあるか?』
黒教会の狂信者はその名の通り黒いフードに身を包み、口を覆い隠す覆面をしている。
まさに邪教の犯罪者にふさわしい格好だ。
その手には小さな鳥かごほどのガラス製のビンが提げられていた。
中で蛸のようにうごめく汚らしい粘液が『混沌の種子』なのだろう。
『皆様は大人しくしていただきたい。そうすれば、数日後には無事に帰れるだろう。もっとも、国との交渉が上手く行けばだが……ふふふ』
勝ち誇る黒教の狂信者にゴブリン騎士と武家者は歯がみする。
どすうる?打って出るべきか?しかし武器は木剣が二つだけ。あまりに蛮勇だろう。
悩んでいると、ゴブリン騎士の脳裏にテイマーの声が響いた。
『ゴブリン騎士さん、今コボルト術士さんが武器を取りに行ってくれてます。立ち向かえる闘士の人たちをまとめるのも。機を待ってください。合図と同時にお二人の剣を投げます。私は、観客に紛れ込んだ狂信者をネズミさんや鳥さんを使って探ります』
ゴブリン騎士は目立たぬように観客席のテイマーと目を合わせ、小さくうなずいた。
「武家者どの、今仲間が動いている。機を待たれよ」
「おう」
ゴブリン騎士たちは小さくうなずき合った。戦士同士の信頼が狂信者にバレない程度の短いやりとりを可能とさせた。
◎コボルト術士の冒険
闘技場の円形の廊下をわずかな空気の歪みが移動する。『透明化』で姿を隠したコボルト術士だ。
コボルト術士はそっと影から影へすばやく移動し、出口の一つで警戒している狂信者の背後に近寄ると耳元で魔法のシャウトをかけた。
「
「あぎっ」
竜語による囁きはいともたやすく狂信者の意識を催眠状態に陥れる。
「観客席にいる君たちの仲間はどこ?知ってるだけ教えてね」
「あがっ……東の五番、西の三四番と五六番……それから……」
十数名の場所をコボルト術士は結んだ契約をたどってテイマーに伝えていく。
そして、それはゴブリン騎士にも共有される。
「ありがとうね、じゃあ
「ぐっ……あれ?俺は何を……緊張してるのかな」
催眠状態を解除された狂信者はされたことを忘れて警戒に戻る。
彼が正気に戻る頃にはすでにコボルト術士は遠くに去っていた。
「さてと、次は武器だね……」
コボルト術士は透明化を維持したまま入場口近くで縛られている受付の係員の耳元にささやく。
「だいじょうぶ?声を出さないで。今みんなを助けるためにうごいてるの。わかる?わかったらまばたきして」
係員ははっと息を呑むとまばたきをした。
「武器や闘士のみんなの控え室の鍵はどこ?武器そのものはどこに預かってるかな。わからなくても、わかる人は知ってる?小さい声でね」
「たぶん……警備事務所……地下一階の東……鍵はそこに……知ってる人も……警備隊長……」
「ありがと」
コボルト術士は入場口近くに詰まれていた闘技場の地図を拝借すると素早く鍵を取りに地下へ向かう。
『コボルト術士さん、ネズミさんの仮契約ができました。敵の位置もおおよそわかりましたよ。そっちは?』
『武器の場所はわからないけど、武器庫の鍵は地下一階の東にある警備事務所みたいだね』
『解りました。全力でサポートしますね。とにかく敵に出会わないように、道案内します!』
それから敵を迂回しつつコボルト術士はあっという間に警備事務所にたどり着いた。
そこもやはり土壁の質素で小さい部屋だった。中には警備兵の死体が数体あった。
ひょっとすると武器庫の鍵も取られているかと案じたが、問題なく鍵束はあった。
これも拝借し、武器庫に向かう。
『これは……敵がしっかり見張ってますね……三人ですか』
『やっちゃっていい?』
『穏便にすますのは無理そうですかね』
『んんー、さすがに三人相手じゃ眠らせるのが限界かな。全く異常なしってのは無理』
『じゃあ眠らせる方向で……』
『わかったよー』
コボルト術士は透明化したままでこっそりと呪文を紡ぐ。
「『月の女神よ。今ひとたびこの者らに安らかなる眠りを。『眠りの雲』』」
コボルト術士の身の丈ほどもある杖から白い霧がわき出て敵に向かう。
「て、敵か!?」
「敵襲-!てきしゅ……」
「ね、眠りの雲か……くそっ」
『眠りの雲』が晴れるとコボルト術士は敵兵の両手の親指を後ろ手に縛り上げ、さらに猿ぐつわと足首を縛る。
そうして鍵を使い武器庫の大きな重い木扉を開けるとその中から素早く『月灯りの小剣』と『武家者の刀』を持って駈ける。
杖は背中に紐を使って背負った。
「えっと、確かこの近くに闘士の控え室が……」
そのまま闘士達の控え室に行くが、やはりここは厳重だった。
敵兵五人が入り口に詰めている。
コボルト術士は刀と剣を床に置くと自らの杖を構える。
「『魔力は収束し、敵を狙う矢となる。さらに加えること一節。魔力の矢よ我が魔力を食らい、太く鋭くなれ。我が意のままに飛んで行け『魔力の太矢』五連撃』」
槍のような巨大な魔力の矢が5つ。もちろん敵兵も気づかないわけがない。透明化も解けている。
「なっ、なんだ!?」
「て!敵襲!敵襲-!」
「間に合わん!ぐわっ!?」
だがコボルト術士の方が早かった。彼らにできるのは叫び声をあげるくらいのものだった。
あっという間に全員が胸や腹を射貫かれて倒れる。
「とどめを刺しとかないとねー『魔力よ矢となり飛んでいけ。『魔力の速矢』』」
青く光るダーツのような魔力の矢が生き残りの頭を吹き飛ばしてコボルト術士はいそいで闘士控え室に入る。
そこには手を縛られた闘士たちが座って囚われていた。抵抗した者や、試合で傷ついて治療中だった者もいた。
「助けに来たよ!ボクはゴブリン騎士の仲間のコボルト術士だよ!」
「マジか……ありがてえ!」
「ゴブリン騎士の仲間……へえ、面白えじゃねえか」
そう言いながらコボルト術士はナイフを使って縄を切っていく。
「武器庫を開けておいたから武器を回収してね。合図と同時にやっちゃおう!」
「いけるのか?」
「いけるよ!信じて!」
「このままだとどうせ死ぬしな……やってみるか!」
「じゃあ回復かけるね!『清き水の女神よ。あなたの慈悲を分け与えたまえ。傷つき、倒れた者達にあなたの手を触れて欲しい『大回復』』」
コボルト術士の杖から柔らかい光があふれ出て、まばゆく辺りを照らす。
その光に触れた者から傷があっという間に癒えていく。
「よし、これなら……!あんた、ありがとうな!」
「コボルトにしちゃあ、すごいやつもいたもんだ。やっぱりゴブリン騎士といい、特別な奴らなんだな」
「お礼はいいよ!武器庫に行ってね!」
「ああ!やってやるぜ!」
コボルト術士は魔法のバッグから魔力のポーションを取り出すと一気に飲んでふはあ、とため息をついた。
「もうちょっと頑張らなきゃね……!」
パンのような小麦色の毛並みが、やや疲れてへたっていた。
◎コボルト術士の唄が出来るとき
「おかしい……定期連絡がないぞ。調べろ。闘士あたりが逃げ出したかもしれん」
「わかりました。その場合は?」
「逃げ出した奴は全員倒せ、観客も何人か見せしめにしなければならん」
黒フードの狂信者リーダーが部下に指示を出し、放送をまた開始した。
『おやおや、どうやら大人しく待っていられない人がいるようです。見せしめとして三人、観客を殺します。我こそはという方はいますか?……いない?』
「います!私が代わりになります!」
『おっと……一人お嬢さんが立候補しましたよ。残り二人は?』
「私がやろう」
「
『おおっとゴブリン騎士に武家者ですか……いいでしょう。お嬢さん、闘技場に降りなさい。部下が案内をします。妙な動きはしないでくださいね。そうなるともっと殺さねばならなくなる』
「わかりました……」
三人が闘技場の真ん中に引き出され、狂信者の部下が両脇に一人づつ、処刑人が一人。計三人が処刑を待つ三人についていた。
処刑人が斧に手をかけようとしたその時、いま正に処刑されようとしている女性が叫んだ!
「今です!コボルト術士さん!」
テイマーである。今この時をうかがっていたのだ!そしてすでに準備は終えている!
「はいよー!上手く受け取ってね!『射出』!」
呪文と共に、『月灯りの小剣』と『武家者の刀』が脇にいた二人の狂信者に鞘ごとぶち当たる!
その隙を見逃すゴブリン騎士と武家者ではない。また狂信者が油断して縄をしていなかったのも悪かった。
「確かに受け取った!お見事、コボルト術士どの!」
「お見事なり!やっと暴れられっど!」
ゴブリン騎士と武家者は愛剣を受け取ると、あっという間に三人の狂信者を切り伏せる!
『なっ!ではさらに人質を殺さねばなりませんね!』
「させないよー
観客席の最前列に居たコボルト術士のシャウトが不思議に響き渡る。
それはそれほど大きな声ではないのに、壁を突き抜け、遠くにまで聞こえた。
「うおおお!」
「取り戻すぞ!俺たちの闘技場を!」
雄叫びと共に闘士達が観客席になだれ込んでいく。彼らは正確に隠れ潜んだ狂信者たちに向かっていく。
テイマーが調べ、コボルト術士に伝えた狂信者の位置は闘士達に伝えられていたのだ。
『さあ!反撃しよう!』
シャウトの効果が切れていないうちに叫んだコボルト術士の声が、闘技場に響き渡った。
これが後にゴブリン騎士の物語と共に歌われるコボルト術士の歌の始まりであった。