◎混沌の落とし子
闘技場の中は乱戦状態となっているが、次々に殺到する闘士たちに押されて狂信者たちは徐々に追い込まれていく。
「みんな!入り口の見張りは倒したから逃げてね!つぶれないように順番に!」
コボルト術士が避難誘導を行って、観客達は次々に逃げ出していた。
勝負は決しつつある。ならば、狂信者のリーダーが切り札たる『混沌の種子』を持ち出すのは必然であった。
「くっ……ならば仕方ありませんね!黒教の怒りを見るが良い!暗黒の時代に、灯火あれ!」
狂信者は黒教の聖句を唱えると、ガラス瓶を床でたたき割り、おぞましくうねる『混沌の種子』を掴んで胸に押し当てた。
「ぐ、うう……か、体に混沌の力が満ちる……おおお!お前達から殺してやろう!武家者にゴブリン騎士の仲間共!うおおお!」
じたばたともがき苦しむ狂信者はたちまちのうちに爆発するように体が巨大化し、蛸のような触手の絡み合ったドブ色の巨人となる。
汚い色の怪物は観客席から舞台に身を躍らせると、おぞましい声で咆哮した。
「
「うむ、狼藉もそこまでだ。覚悟するのだな」
「ほざけええ!」
大猿のような巨腕がうなる。だが二人の闘士は素早く避けて当たらない。
観客席のコボルト術士が叫んだ。
「あいつの体から出る泥に触れちゃだめだよ!少しでもつくと同化されちゃうの。即死毒だと思って避けてね!」
「おう!」
「ならば、ここはまかせてくれないか、武家者どの。私にかんがえがある」
「よかど。何ばすっとね」
「この剣ならば、おそらくあれが相手でも斬れる。武家者どのは引きつけてくれ。私が大技を決める。よわったところをコボルト術士どのにやいてもらえばよい」
「よか!ほんならチェストじゃ!」
「ああ、チェストだ」
これらの会話も、巨大な怪物と化し、毒の粘液を振りまく狂信者の攻撃をすべて避けながら行われてる。
腕を振り回し、地団駄を踏もうが、闘士二人には当たらない。技量の無い、だだをこねる巨大な幼児の如き攻撃では、達人二人を捕らえる事はできないのだ。
「ちぇえええいっ!今じゃ!ゴブリン騎士どん!」
武家者が猿叫(ウォークライ)を上げて突撃していく。狂信者の怪物は、それを目で追ってしまった。
「ああ!月明かりの小剣よ、力を貸してくれ……!『極大纏い斬り!』」
月明かりの小剣は光を纏い、どんどん伸びていく。ショートソードからロングソード、バスタードソード、クレイモア……やがて、巨大な怪物を一刀両断するにふさわしい大きさまで。
「お、おお……つきの、あかり……」
「チェストだ、黒教の信者よ」
大上段に上から下へと振り下ろされた一撃は、神秘の光を纏い、怪物を一刀両断した。
月明かりの小剣の纏っていた青白い光は霧散し、今は小剣(ショートソード)の長さに戻っていた。
左右に真っ二つに開かれた怪物は、しかしまだ生きてうごめいている。
むしろ、人の形と理性を捨てた分、強力でさえあった。蛸のような触手が元気にうねり、観客席をめざして這いずっていく。
「コボルト術士どの!これをなんとかできる魔法はあるか!みてのとおりだ。きっても死なん!貴公がたよりなのだ!」
「んー。あるよ!時間がちょっとかかるけど、できる?」
「さいぜんはつくそう」
とはいえ、連戦に大技の発動、ゴブリン騎士の体力、魔力ともに限界であった。
立っているだけでも賞賛に値する。
それを理解していたのは、テイマーだった。
「ゴブリン騎士さん!武家者さん!私が時間を稼ぎます!下がって下さい!」
「
「主殿、私もまだいける」
「なら、私を守ってください。攻撃は私が」
「わかった」
「しゃあんなか」
話の最中にも三人は移動し、準備を進めていた。
テイマーが魔法のポシェットから魔法の符の束を取り出し、闘士二人はその前に立つ。
「魔法符よ、起動せよ!『爆炎符』!」
トランプのカードのような符が、メロンほどの火の玉になって混沌の怪物へと向かう。
「ぎいやああ!」
命中した火の玉は広範囲に燃え広がって、怪物を焼いていくが、怪物が成長しふくれあがる速度の方が早い。
「ゴブリン騎士さん、武家者さん、これを使って下さい!使い方は武器に巻くだけでいいです。あとは振るだけで風の刃が出ます」
「なるほど飛び道具か!ありがたい!」
テイマーはさらにアイテムを取り出す。今度は魔方陣が描かれた布のようなものだ。
名を『嵐王の符』という。
武器に巻き、振ることで風の刃を飛ばすこの魔法の符は、便利だが高価かつ、使い捨てのものだ。
テイマーがあぶく銭を有効に使った結果といえるだろう。
「おう!ぶち込むど!ゴブリン騎士どん!」
「ああ!」
闘士二人は最後の力を振り絞り、何度も何度も剣を振る。その度に風が渦巻き、そして刃となって混沌の怪物を襲う。
「ちぇえええい!」
「うおおお!」
「さらにいきます魔法符よ、起動せよ!『爆炎符』!『たぎる爆炎符』!『炎の噴流』!」
渦巻く風に火の玉が乗り、さらには脂にまみれた火の玉や、直線上に放射される火炎も加わる。
テイマーと前衛二人の渾身の遠距離攻撃だ。
風と炎は相性が良く、あっという間に泥のようにうねる怪物を覆い尽くしていく。
それでも、怪物はある種のカビのようにびちびちと血管を地面に張ってさらに成長し大きくなろうとする。
おぞましい生命力だった。
「コボルト術士どの!」
「大丈夫、できたよ!『……偉大なる白銀の騎士神よ。今こそあなたの助力を乞う。この混沌をあなたの剣の光、あなたの理法で平定されよ。『偉大なる白銀の裁き!』」
コボルト術士を中心に、恐るべき大きさの白い魔方陣が広がっていく。
そして裁きは雷のように天から下された。
無数の白い光柱が降ってくる。太陽のような暖かい光ではない。月のような穏やかな光でもない。
ただ純粋に白い無機質な光だった。
無機質で無慈悲な光が闘技場を覆っていく。それは人もコボルトもゴブリンも傷つけることなく、ただ混沌の怪物のみを焼いていった。
「おおお!」
「何ぞこれは!」
「まぶしい……!」
やがて、闘技場には怪物の灰だけがさらさらと風に舞っていた。
「やった……のか?」
「やったよ。混沌は全部灰になったと思うよ」
名も知れぬ闘士のつぶやきに、コボルト術士が肯定した。
「やった……やったぞ!」
「ああ、勝ったんだ俺たち!」
「おめえすげえなあコボルトの魔法使い!」
「やったー!コボルト術士ばんざーい!」
「エ、エヘへ……やったかな?僕えらい?」
「えらいよ!やるじゃねえか!」
「やったー!」
今日一日動き続け、疲れたコボルト術士は闘士達に撫でられるままだ。
テイマー達三人も疲れて、座り込んでしまっている。
「かっはっは!やれたったい!大一番で手柄をもっていかれたのう!」
やられたとばかりに武家者は大笑いした。ゴブリン騎士の兜の下の緑の皮膚にも、微笑みがあった。
「ああ……良かったな、コボルト術士どの……お見事だ」
「あとで一杯ほめてあげないと……あっ、ゴブリン騎士さんもよくやったと思いますよ?」
「いや、これでいい。今は……ただ休みたい」
「そうですね……」
誰ともなく、三人は笑った。ともあれ、今日一日を生き延びたのだ。
かくして、武家者とテイマー一行の活躍は歌となり、やがて伝説となっていく。
そしてその名声が新たな出会いをもたらし、あたらな道を切り開いていくだろう。