◎ドリーマー辺境伯
「テイマー殿ご一行、入室です」
先頭を案内する執事が大扉をノックする。
「おう、入ってきな」
なめらかなバリトンの声がすれば扉が開かれ、テイマー達は案内されつつ入室する。
上品な部屋だった。ランプと蝋燭の暖かな光。飴色に光る円卓。柔らかな赤絨毯。壁際には絵や花がかけられ、品の良さが垣間見える。
その円卓の奧の席に座るのがサイラス・ラスター・ドリーマー辺境伯。横に座るのは夫人と娘だろうか。
「あんたがテイマーで、そっちがゴブリン騎士にコボルト術士か。活躍は聞いてるぜ。今日は楽しんでくれ」
「はい。お招きいただきありがとうございます」
立ち上がった辺境伯はオーガと見紛うばかりの体格だった。
まず大柄で筋骨ががっしりとしている。きっと戦でも強いだろう。
骨太の顔はいかついが、目はとてもやさしい。
「ああ、それと……いつか、娘が熱を出したとき薬草採取の依頼を受けたのがあんたらなんだってな。ありがとうよ。おかげで娘もこのとおり元気だ。フローラ、挨拶しなさい」
「はい、お父様。テイマー一行さん。ありがとうございます!おかげですぐに元気になりました!」
「いっいえいえ!冒険者として当然のことをしただけです!どうぞ頭をお上げください!」
辺境伯令嬢フローラは元気よく立ち上がると、ぺこりとお辞儀をした。
屈託のない笑顔は、見る者を暖かな気持ちにさせる。
親のカリスマをこの小さな娘も十分に受け継いでいるのだろう。
「まあまずは飯だ。執事長。飯を頼む。さあみんな座ってくれ。気楽に食ってくれや」
「どうぞ、お座り下さい。うふふ、驚いたでしょう。この人はこんな感じで……いつまでたっても冒険者気分が抜けないのだから」
サイラス・ドリーマーは冒険者上がりの入り婿貴族だ。英雄としていくつもの武功を打ち立て、そしてついには貴族令嬢の心を射止めてしまった。
この国では有名な英有譚である。
「まあ気楽で良いじゃねえか。肩肘はっても良いことないぜ。さあ、飯だ飯だ」
「どうぞ、こちらがテイマー殿、こちらがゴブリン騎士どの。こちらがコボルト術士どのです」
ゴブリン騎士とコボルト術士の席は丁寧にも子供用椅子まで用意してある。辺境伯の心遣いだ。
「あっ、はい。では失礼します。な、なにぶん田舎者で不作法があったらすいません」
「いいんだよ。冒険者はそれで。まあ冒険話でもしながら、ゆっくりしようや。ああ、もちろん褒美も忘れてねえからな」
「はい!よろしくお願いします!」
そして、圧倒的な料理が始まった。
「
大皿から小皿に執事自ら盛り合わせ、配っていく。
紅色のサーモンはなにやら白い詰め物の上にソースをかけて盛られ、ガラスの小鉢に入った魚介ゼリーの上には金箔がちりばめられ、小さなスプーンにはキッシュが入っている。
どれも輝かんばかりに美しい。食事と言うより芸術品のようだ。
「さ、食ってくれ。
辺境伯の一言と共に、食卓にナイフとフォークの音が響く。
「すっ、すごいご馳走ですよゴブリン騎士さん……」
「う、うむ……とても、うまい」
「おいしいねえ」
「コボルト術士どの。貴公がテーブルマナーをおしえてくれていてよかった……」
あまりの豪華な食事にただただよくわからないが美味い、と圧倒されることしかできない。
初めて食う味に脳が混乱している。
「はっはっは!客には美味いモン食わせてえからな!俺もこういうときにはたまの贅沢ができて悪くねえ。毎日こんなん食ってたら太っちまう」
テイマーたちの緊張をほぐすように辺境伯が笑う。
「執事、今日のメニューは?」
「はい、辺境伯。前菜はパテとマリネの盛り合わせ、イクラ添え。スープはズッキーニのグリーンポタージュ。
まるで呪文のようだが、ここで執事は一拍おいて辺境伯に笑って目配せした。
「この魚は旦那様が昨日お釣りになったもので、キノコは以前テイマー様がお採りになられたものです」
辺境伯はほう、とやさしげな目元を少し開き、テイマーたちはわざわざ辺境伯ご本人が……と恐縮した。
「
テイマーとゴブリン騎士はよくわからないなりに、わざわざ辺境伯本人が釣った魚と、自分たちの採ってきた品を合わせるのはきっと粋な計らいというやつなのだろうと考えた。
なおコボルト術士はこの料理の豪華さをほぼ正確に理解した上で気にしなかった。
「ああ、あれか……ドワーフの料理人と一緒にキノコを採ってきた冒険者ってあんたらか。冒険してるねえ……」
「あっ、はい。以前にそのドワーフ料理人さんとは冒険してます。すごく深い森の中に行きましたね。それより、辺境伯さまが吊ってきた巨大魚って……」
「おう、先週末に気晴らしに釣りに行ったら良いのがかかったんでな。冒険者時代を思い出して一突きってわけさ。悪いが目玉やワタはその日の昼飯に食っちまった。取ったやつの特権だな」
「まったくあなたったら、伴もつけずに冒険がお好きなんだから……でも、それが若さの秘訣なのかもしれませんね。テイマーさんもお肌が若いもの」
「あはは、ありがとうございます……」
テイマーが前に出て、話を盛り上げる。辺境伯と夫人もそれに気さくに応じる。
その姿は庶民派かつ、豪傑らしいものだ。
「ねえ、コボルト術士さん、あなたとっても毛並みがふわふわね。かわいいわ」
「そう?ありがとうねお嬢様。なでてみる?」
「わあ!ありがとう。本当にふわふわね」
かくしてあまりにも豪華な食事は進み、ゴブリン騎士はその豪華さに目を白黒しつつも、デザートが出てきた辺りで話は本題に入った。
「さて、と……じゃあ褒美の話だな。何がいい?予算はアイランズ伯からの金一封と合わせて三人で金貨50枚くらいだな……」
「はい、それなんですが……私の褒美はゴブリン騎士さんに冒険者証をお願いいたします」
テイマーが頭を下げて願い出た。辺境伯は興味深そうに顎をなでる。
「ほう、かまわねえが、理由を聞いても?」
「ゴブリン騎士さんはメスのゴブリンのお嫁さんを探すそうです。なら、これから一人で冒険に出ることもあると思います」
「なるほど嫁取りなァ。メスのゴブリンか……本当に珍しいぜ?」
市井から失われた知識を古い冒険者である辺境伯は知っていた。そして納得したというようにうなずく。
「ええ、そのためには冒険者証があって冒険者として扱ってくれた方が何かと良いでしょう」
「まあ……あれば便利だからな冒険者証は。いいぜ。嫁取りの件と合わせて話を冒険者ギルドに通しといてやる。がんばりな」
ここで辺境伯はゴブリン騎士とテイマーにしっかりと目を合わせ、その瞳の奥をのぞき見る。
「ゴブリン騎士に子供ができたら世話もちゃんとしろよ。そいつもあんたの従僕なんだからな」
「はい!責任持ってテイムします!」
ふ、と辺境伯の目がやさしい物に戻り、ゴブリン騎士を見た。
「じゃ、ゴブリン騎士。お前は?」
「では、わたしからは……テイマー殿に牧場をもつ許可を。テイマーどのはこの街にちかいところで牧場をやりたいとのこと。わたしもその夢を応援したく」
ゴブリン騎士はテーブルから降り、深々と丁寧なお辞儀をして頼んだ。
「はっはっは!こりゃあ主従の絆を見せられたな!いいぜ、じゃあ詳しくはテイマー殿から聞こうか。牧場やりたいんだろ?何が要る」
あえてお互いのための願いを言う、というサプライズは辺境伯に思いの外ウケた。
茶番だろうとは思っていたが、それでもそういった事ができる間柄に感心したのだ。
「はい、ええと……まず今私が住んでいるアッシュピーク村の外れの土地の開墾許可、それから牧場ですから自衛のための武装の許可……あとは農業ギルドに話を通していただければ……」
「なかなか面倒だが、まあ金はかからねえしな。いいぜ。あんたを信じるさ。で、コボルト術士。お前は?」
コボルト術士はうなずいてぺこりと頭を下げる。
「ボクは図書館の閲覧権かなー。この街にも図書館があるものね。いずれはボクも本を買って図書館つくりたいなあ」
「おう、図書館の閲覧権な。わかった。書いてやるさ。ま、本は自分で集めな。できるだろお前さんなら」
「うん、ありがとう辺境伯さま!すごいよね辺境伯さまは。図書館を市民に開放するってなかなかできないよ」
「おう褒めてくれんのか。ありがとな。まあ知識は大事だからな。誰でも勉強する権利はあるさ」
貴族としては驚くべき程に開明的で市民思いの人物であると、テイマー達も再認識した。
自分たちも底辺から成り上がったからこそ、誰でも勉強ができる場所の存在はありがたいのだ。
「ふーむ……まあ面倒だからお前さん一行全員に図書館の閲覧権と冒険者証はやるよ。それから牧場やるための許可もな。これで三人纏めて褒美って事で良いか?ああ、それからアイランズ拍からの金一封とお言葉だ。『大義であった。市民を守ったその活躍に褒美を取らす』だってよ」
じゃら、と交易都市の焼き印が押された金貨袋がテイマーの前に置かれた。
「かたじけない、まことの名君だあなたは。この街に住んでいてよかった……」
「あっ、ありがとうございます!」
「ありがとう辺境伯さま!」
立ったままだった三人は深々とそれぞれにお辞儀した。辺境伯はフッと笑うと大きくうなずいた。
「はっはっは!まあがんばりな。夢に向けてな。お前達の活躍を楽しみにしてるぜ」
「はい!」
かくして豪華な夕べは終わり、夢見心地のまま金貨30枚を抱えてテイマー達は家路についた。
「すごかった……あまりにもすごいお人と、あまりにもすごい料理だった……」
「すごかったですね……」
「おいしかったねえ、辺境伯さまは普通に良い人だったね。よかったねえ」
「コボルト術士どのは大物だな……」
かたかた、ごとごとと
街の中は家々の軒先にランプが吊られ、美しくも暖かい夜景を生み出していた。
まさに、夢の一夜であった。