◎幽霊退治
「新しい依頼を受けてきましたよ!今度は幽霊退治です!」
買い出しから戻ったテイマーはゴブリン騎士たちの家畜小屋に来て元気よく言い放った。
「むう、幽霊退治とはめんような……」
「
「う、うむ。そうであった。それに今はこれがある」
ゴブリン騎士は磨いていた月明かりの小剣の柄に軽く触れる。
月の貴石で鍛えた武具はあらゆる敵にダメージを与えられる。
そう、たとえ幽霊でも。
「そういうことですね。詳しい話を道すがらしましょう、冒険の用意ですよ!」
「うむ」
「いこういこう!」
三人は手早く武器とサバイバル用具、食糧を鞄に詰めると水妖馬の引く馬車で街道を進んでいった。
初夏の夕暮れのことであった。
「場所はこの先、アレクトー大橋の近くの廃教会です。遙か昔に棄てられた教会で何の神様を奉っていたか知らないんですけどね。その教会や橋に夜になると剣士の幽霊が出るそうです」
「ほう、幽霊ながらに剣士とは」
「なんでも、戦士の人が通りかかると勝負を挑むんだそうです。とても強いそうで、皆手傷を一つ二つ負って負けた後にふっと消えるんだとか……」
「ふむ、幽霊ながらになんともさわやかな御仁のようだ」
「なんか陽の国のおとぎ話みたいだねえ、武器を奪っていくなら伝説の僧兵みたい」
ゴブリン騎士は聞いたことのない英雄譚に心が動かされそうになるが、主人への忠誠心で黙った。
「今回の依頼達成条件はその幽霊がその場所で二度と人を襲わないようにして欲しい……だそうです。それなら手段は問わないとか」
「ふむ……私がその剣士を斬ればよいのか?」
「それも考えたんですが、私はいま交霊術の勉強中でして。うまく話せそうなら話したりしたいですし、良い感じの霊ならば契約して仲間にするのもいいかもしれません」
「なるほど……して、いかにして仲間に?」
ゴブリン騎士は自分一人では剣士として不足なのだろうか?と不安と不満がよぎるが、口には出さなかった。
新しい部下を引き入れるのもまた、主人の権利であり従僕が口を挟むところではないからだ。
「うーん……まずは会話してみないとわかりませんが……勝負好きなら、まずゴブリン騎士さんに倒してもらえばそこから契約にもっていけないかなーと」
「任された。全力でごきたいに沿える成果をだそう」
ゴブリン騎士の声が少し弾んだ。どうやら、自分の腕では物足りないということではないらしい。
これも夢のための戦力の一つなのだろう。そう思うことにした。
「ふーん……剣士はゴブリン騎士がいるけど、まだ足りないの?」
「んー、そういうことじゃなくってですね……私の
「なるほどねー。だってさゴブリン騎士」
「う、うむ……そうか。そうか……」
「ゴブリン騎士さんの強さは信じてますよ!一緒に何度も戦ってきたじゃないですか。今回は剣士と言うより霊が欲しいんです」
「うむ。正直にいえば、少し不安だったのだが……これでばんぜんの状態で戦える。ありがとう、コボルト術士」
「んー、いいよー。こんなことでギスギスしてもつまんないしね」
「私も言葉足らずですいませんでした……」
テイマーも水妖馬の手綱を握りながら馬車の荷台に振り向いて誤った。
ゴブリン騎士は慌てて手をひらひらと振る。
「いや、テイマー殿が謝ることはなにもない。主にそのようにされると私はこまってしまう」
「うふふ、じゃあこれで水に流してはりきって冒険に行きましょう!」
「う、うむ…!」
自然、笑いが夜空に響く。水妖馬の蹄がぽっこぽっこと街道の苔むしたレンガを叩いた。
空に星がまたたき、月が輝く。夏の星座が見える夜だった。
◎幽霊剣士
橋の近くでテイマー一行は灯を消し、馬車を隠して徒歩で現場に近づいて行く。
月の明るい夜だ。ゴブリン騎士の目には問題なく見えている。
橋に近づくにつれ、何か風切り音が聞こえてくる。
ひゅっ……ひゅっ、と等間隔に聞こえる音は、ゴブリン騎士の耳になじんだものだ。
そうだ。あれは素振りの音だ。
月明かりに照らされ、橋の上で人が素振りをしている。あの細く長い剣はサーベルだろうか?いや、あれは刀だ。
「その橋に誰かおられるか!私はゴブリン騎士、冒険者である!そちらが夜になると橋を行く者に勝負を挑まれる幽霊どのか?」
人影がゆっくりと振り向き、静かに刀を納刀する。
黒いフードに青いコート。よく見れば古い貴族の衣服のようだ。
顔は青ざめているが
そして、幽霊と解るほどに半透明に透けていた。刀だけが実体らしく月夜に輝いている。
「……いかにも。冒険者が、何用だ……私を祓いにでも来たか……」
「否!ここからたちのき、以後勝負をいどまれるのをやめてほしい!」
「……ほう、嫌だと言えば?何の交換条件もなしにはいそうですか、と言うと思うか……?」
「そこで勝負である!敗者は勝者の願いを聞く!いかがか!」
ゴブリン騎士はじりじりと近づいて行く。
声を張り上げているのは遠くにいる幽霊剣士に聞こえるためだが、同時に幽霊が怖いからだ。
「……良いだろう、たまにはこういった者もおもしろい……来るが良い」
「では、いざ尋常に」
「勝負だ……」
幽霊剣士が、静かに口元で笑った。
「キエエエイ!」
ゴブリン騎士が
武家者から習った二太刀不要である。
「ほう、どこで習ったか……東国の剣か……だが荒い」
幽霊剣士はするりするりと最小限の動きで避け、カウンターとばかりに刀を振るっていく。
「なんの!」
ゴブリン騎士は小盾でそれを
巨人殺し流、三刀必殺の構えだ。
「ほう……?」
だがそれは読まれていたかのように刀で弾かれ、その隙に幽霊剣士に後ろを取られる結果となった。
地面を蹴って飛び上がった幽霊剣士はゴブリン騎士の首筋に剣を突き立てんと飛び上がる。
「これは!?」
しかしそれも知っているかのようにゴブリン騎士に避けられた。
二人は距離を取り合い、一時膠着する。
「……ゴブリン騎士とやら……今度は巨人殺し流か……?」
「いかにも。私の剣は巨人殺し流だ。貴公も同門とお見受けするが」
そう、幽霊剣士の放った技は巨人殺し流『兜割り』に間違いがなかった。
そして二人とも同じく感じている違和感があった。似すぎているのだ。お互いの太刀筋が。
どこかで、会った気がする。そんな感覚がした。
「同門も何も……私が巨人殺し流の開祖だ……」
「なんと……では、まさか……あなたは何年か前、夏頃に星の丘の近くで素振りをしておられませんでしたか。おおよそ、一月二月ほど……」
「……そうか。あの時の……子供か何かだと思っていたが、ゴブリンだったとはな」
二人の脳裏にはっきりと思い出された。あの夏の日、幼き頃のゴブリン騎士の巣の近くで鍛錬をしていた冒険者。
その剣を盗み見てゴブリン騎士は剣術を身につけた……彼がそうだったのか。
「あなたには感謝しております。あの時あなたの鍛錬を盗み見ていなければ私はきっと死んでいた」
「奇遇なことだ……こうして再び相まみえるとはな……」
「まったく、奇なことでございます……もし、許されるのであれば、先生、とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「……好きにせよ……だが、勝負は終わりではない。お前の鍛錬の成果……見せるが良い」
「はい、先生!」
そこからは指導だった。
まずゴブリン騎士が繰り出したのは巨人殺し流のもっとも基本の
素直に剣を振り回すだけの連続斬りでしかない。だが、鍛錬を積み重ね、研ぎ澄まされた基本技は開祖に届くほどだ。
ほんのわずか、幽霊剣士が押されて行く。
「……悪くない……研ぎ澄まされた基礎は、全てに通ずる……初手で必殺を狙わないのは加点だ……相手の不利を一つ一つ積み重ね、十分に弱らせた所でとどめとして必殺の技を振るうのだ……」
「はい先生!」
「チェスのように……序盤中盤終盤と少しずつ有利を重ね、相手の不利を積み重ねよ……それが駆け引きというものなのだ……だが、お前の中で作戦と勝ち筋は見えているのか……?」
「ええ……今は、見に徹しあなたのさくせんをよみとく……!」
剣戟は早く素早く。互いに次から次に剣を振るが、お互いに知っているかのように避け、受け、かわしていく。
剣と刀が触れあう度に夜の中に火花が散った。
「……ふ、正解だ……一般的にはな……お前の剣は十分に鋭い……達人の域にあると言って良い。だが、世には人を超えた常ならぬ強さというものがある……お前にそれを教えよう」
「それならば見たことがあります」
思い出されるのはギルドの最強、烏羽の騎士。あの動きは人を超えていた。
「ほう……今の剣士も存外にやる……だが受けきれるか……」
そこから、幽霊剣士の動きが変わった。まるで空を駈けるかのように飛び、一瞬の踏み込みで遙か遠くに下がったかと思えば、その遠くからまた一瞬で目前に迫ってくる。
烏羽の騎士が猛獣の動きならば、こちらはまさに幽鬼。
まるで騎乗兵を相手にしているかのようなでたらめな機動力だった。
「これが軽功だ……重心と体重移動、さらに魔力操作を極めればこういったことができる……水のように柔軟に、風に舞う木の葉のように軽く動く技だ……」
「はい……先生!」
だが、その猛攻にあってもゴブリン騎士はそれを全て捌ききっていた。体力はかなり消費し、息は乱れているがそれでも無傷だ。
「言うは易く、行うは難し……
「はい、先生!」
ゴブリン騎士はその言葉と動きを目に焼き付け、脳に刻むようにして学んでいく。
まるで暴風のような剣を前にして、受けきるだけではなく、だんだんと追いつき、反撃を重ねていく。
「……興が乗った。ゴブリン騎士、勝負を今一時あずける……私を雇わないか……?」
ゴブリン騎士は後方で隠れるテイマーに目をやった。うなずく。
「それは、私に剣をお教えねがえるということでしょうか?」
「そうだ……もしお前が私の技の全てを受け継ぎ、私を超えたならば……その時は、勝負の続きをするのだ……この世に別れを告げるならば、強者との戦いで果てたい……頼めるか」
「それが、恩を返す方法であるならば」
「うむ……いいだろう。そこで見ている者……こやつが騎士を名乗っているということは、お前が主か?」
テイマーは隠れていた木陰から姿を現すとまずは頭を下げた。
「はい、私がゴブリン騎士さんの主です。まずはこんな風にゴブリン騎士さんをけしかけて陰から見ているような真似をしてすいませんでした」
「……貴公、テイマーか、死霊使いか……いずれにせよ、狙いは私自身か……」
「そうです。勝負に勝てば交渉を有利に進められると思いました。こんな流れになってしまいましたけど……ゴブリン騎士さんの先生を頼めますか?それから、もし良かったらその度に報酬を支払いますので仲間になっていただけませんでしょうか?」
テイマーは全て正直に話すこととした。武人気質のものには下手に駆け引きしても不機嫌にさせるだけだろう。
まして、ゴブリン騎士がこういう流れに持って行ってしまったのだから。
「ふむ、ではそちらが依頼し、私が報酬に納得すればそれを請け負う……そういう契約で契約霊になれと」
「そうです」
「……まあいいだろう……しばらく、食客として世話になる……この橋で勝負を挑むのも、やめにしよう……元はと言えば無聊を慰めるため……今は、弟子ができてしまったからな……」
「あはは……では、後で改めて契約の儀式をしましょうね。今後ともよろしくお願いします!」
「ふっ……生きる理由がまた一つ増えてしまった……だが、悪くない」
夜は静けさを取り戻し、月がしらしらと輝いていた。
ぬるい風が吹く、暖かいの夜だった。
馬車の中で、すぴーすぴーとコボルト術士の寝息が聞こえていた。
聡明な彼は出番がないことを見抜いていたのである。