■トロル拳法家
交易都市から少し離れた草原地帯。どこにでもあるゴブリンの巣穴。
そこに巨大なトロルが現われた。
<な、なにもんだ!何の用だ!>
<落ち着け。我に貴様らを襲うつもりなし。シャーマンに会わせろ。それとも、期待通り暴れるか>
<わ、わかった……>
でかい。とにかくでかい。
平均的な只人が2人分縦に重なったくらいの背丈、灰色の皮膚、筋肉隆々の手足、ぽっこりと出た腹。
見上げるほどの筋肉達磨だった。巨大なズタ袋を背中に背負っている。
<シャーマンだ。何の用だ、トロルの御仁>
<我、ゴブリン王に挑戦せんと欲す。強いのだろう?我、王を認めたれば仕えよう>
<ううむ……>
ゴブリンシャーマンは唸った。この間のゴブリン暗殺者といいなぜこの巣にばかり妙な者が来るのか。
ひょっとして亜人間で噂になっているのか?
ともあれ、そう言われても木っ端である彼には判断がつかない状況だ。
<貴様には手間賃を与えよう。そして、我は鍛冶仕事もできる。武器が作れるぞ。どうだ>
トロルは背中のズタ袋からまるまると肥えた羊を捕りだした。
首が折られている。彼がやったのだろう。
さらに、いくつかの袋も取り出す。
<塩に、コショウ、辛子だ。十分であろう。食すがよい。そしてゴブリン国の者に伝えよ。このトロル拳法家が目通り願うと>
羊と香辛料の袋が投げ出されたのを見て、ゴブリン達がごくりと唾を飲み、騒ぎ出す。
<シャーマン!こいついいやつだ!>
<そうだそうだ。べつにいいじゃないか、連絡してやれよ!>
<うまそうな羊だ。さっさと焼いて食っちまおうぜ>
シャーマンはまた面倒な事になった、とため息をついた。
どうも断れないらしい。せめて、今夜は羊を肴にとっておきの酒を飲むとしよう。
<……わかった、時間はかかるが、待たれるか>
<うむ、待とう>
■検討
ゴブリン王はその夜も悪魔術士の報告を聞いていた。
「ゴブリン王、また面白そうな者が仕官を願いたいとのことです」
「ほう、今度はどんなやつだ」
「鍛冶仕事のできるトロルです。本人は拳法家でゴブリン王との手合わせを願っているとか」
「なるほど……鍛冶屋は絶対に必要だな。逃せん。それにしても俺と手合わせか……」
今日のゴブリン王の夕餉はふかし芋だった。交易都市で少しづつ流通しているものをこっそりとかすめ取って畑で栽培しているのだ。
これがゴブリン国、最初の農作物となった。
ゴブリン達は自分たちの手で作った芋と、支給された酒で収穫祭の最中だ。
石砦の外では盛大に篝火が焚かれ、ゴブリン達は騒いでいる。
「どうなさいますか?」
「決まっている。正面から小細工なしでぶち破り、従える。これぞ英雄の喜びよ。久々に血が沸き立つな」
「畏まりました」
ゴブリン王はにやりと笑い、悪魔術士はうれしそうに一礼した。
■拳闘
トロル拳法家はゴブリン国に足を踏み入れたとき、その森の豊かと家々の未開さに驚いた。
広場があり、その周囲に粗末な木ぎれと粘土、葉っぱで作った茅葺きの小屋が無数に並んでいる。
森の先には、雑な畑らしきもので農作業をするゴブリンがわずかにいた。
未開、あまりにも未開。だが、この豊かな森があり、最低限の家を作れるだけの知恵があるのだ。
ここはいずれ発展する。そう思った。
<ゴブリン王様の、おなりー!ひれ伏せ!皆ひれ伏せ!>
ジャーン、ジャーン、パープーと銅鑼の音に笛の音が聞こえる。
銅鑼の音と思った者は金属のお盆で、笛は人間の兵士から奪った単純な角笛だった。
トロル拳法家は頭を下げず、じっとゴブリン王を見つめている。
壮麗な赤いチュニックに、首から提げたいくつもの宝石、あれは
<頭を下げんか>
<我、貴公に未だ仕えておらぬ故>
<なるほど、道理だな。では皆の者!決闘である!俺が勝てばこいつは従う!負ければ俺が下ろう。それでいいか?>
ゴブリン王は地面に大鉈を突き刺し、拳をならす。そして、構えをとった。
同じく、トロル拳法家も構えを取る。
空気が、焼け付くような気がした。ゴブリンの中で気の弱い者は平伏したまま失神した。
<異存は無い>
<では尋常に……勝負だ!>
それは大質量の肉のぶつかり合いだった。
拳と肉が奏でる打撃音。そして、手を伸ばせば届く距離で行われる巨漢同士の拳のかわしあい。
意外にもそれは技巧を凝らしたものだった。
突きを入れれば弾かれ、袖を掴めば手をひねってかわし、素早い丁々発止が一瞬の間に何回も行われる。
ぱぱぱぱぱ、と拳のやりとりの音が空気を裂く。
<やるな>
<なるほど、王を名乗るだけはある>
<そうだ、お前の王にもなる男だ!>
<やってみせろ>
<言われずとも!>
蹴りを放てば、その巨大な体で飛び跳ねてかわし、武器を取ればトロル拳法家は背嚢に仕舞っていた三節棍を取り出した。
大鉈と三節棍が火花を散らし、そこにリズミカルに拳と蹴りの応酬が繰り広げられる。
ゴブリン王とトロル、どちらも只人を遙かに超える巨漢同士が軽やかに飛び跳ねる様は異様だった。
<その拳、サングイン正当派血闘術なり。吸血鬼の拳法は貴公に合わぬ>
<承知の上だ。お前こそ、それはトゥアの巨漢拳法か。同格相手には不利と聞く>
<否、巨漢拳法はたしかに小兵相手の技。だが同格相手の技がないわけではない>
<では……見せてもらうぞ!>
再び、大迫力の肉のぶつかり合いが始まる。
今度は魔法ありきだ。ゴブリン王の大鉈から血の斬撃が飛び出し、トロル拳法家の棍から炎が飛んでくる。
ゴブリン達はある者は畏れ、ある者は目を輝かせた。
ものすごい、これが我らの王なのか。
その思いは同じだった。改めて王の武威を目にして彼らの忠誠は高まった。
それは王の狙い通りのことだった。
<おおお!>
<ぬううう!>
勝負は長く続いたが、最後に立っていたのは王だった。
<俺の、勝ちだ!>
<……そのようだな……聞かせてくれ、王よ。王は何を目指す?>
<知れたこと!ゴブリンの文明を作る!我々は畑を耕し、歌を歌い、そして鉄を打つ。お前の協力が必要だ>
<……その野心、気に入った。お前がその心に火を絶やさぬ限り、お前のための武器を打とう>
<契約成立だな>
<ああ、あなたに仕えよう。我が王>
王が手を出すと、トロル拳法家はその手を取って身を起こし、跪いた。
ここに、暑苦しくも固い主従の契りが成されたのである。
これを機に、ゴブリン王国は少しづつではあるが鍛冶仕事と拳法による用兵を始めて行くこととなる。
騎士が師を得たとき、王もまた臣を得たのである。