◎用意
ゴブリン騎士は今度は『太陽の武器屋』へと来ていた。
剣の受け取りと、冒険の準備のためだ。
「おう、来たかお前さん。相棒はもうできとるぞ」
「うむ、かたじけない」
ドワーフの店主はごとりとカウンターの上に『月明かりの小剣』を置く。
ゴブリン騎士はかなり背伸びしてそれをつかみ、鞘から抜いて確認する。
オーロラのような蛍色から星空のような深い青に見る角度で色を変える。
「……完璧だ」
「あったりまえよ。お前さんも、また腕を上げたみてえだな。使い込んだわりに、傷みが少ない」
ため息がでるほど美しい剣身は、メンテナンスに出す前より艶やかに見える。
ゴブリン騎士はひゅ、と軽く振って剣を鞘に収めると、店主と雑談をしながら買い物を続ける。
「うむ、よき師にであったのだ」
「ほう、お前さんに師匠がねえ……会ってみたいもんだな。巨人殺し流か?」
「ああ、以前教えを乞うた方だ。鍛錬を盗み見てな……うまく再会できたというわけだ」
「ほーん、変わりモンには変わり者が集まるのかねえ。ん? まだ何か買うのか?」
ゴブリン騎士が買い物籠に入れていくのは
一人で野営するのが解る装備だ。
「ああ、ソロ依頼を受けることとなってな」
「ほう、やるじゃねえか。山か? 森か?」
「森だ。己の分の装備は買わねばならん」
「ならこいつも買っとけ。大火鼠の毛皮と、獣脂だ。寝床にしくもんは良いのを買っときな。イザって時よく寝れなくて力が出せませんでした、じゃあ困るだろ」
ドワーフの親方はカウンターから立ち上がって、店内からふかふかした毛皮と、固形燃料を買い物籠に入れる。
「なるほど……金貨5枚か。ひつようけいひ、というやつだな」
「おおそうだ。買っとけ」
「脂は? 火付けにつかうようだが」
獣脂は薬液を混ぜたラードを団子状に固めてロウ紙でくるんだものだ。かなり小さく、ゴブリン騎士の手に収まるサイズである。
「火は絶対に要る。お前さんはどうあれ、依頼人も同行すんならな。雨が降ったときはそいつを使いな。イザって時は最悪食糧になる」
「なるほど……銀貨三枚か。買おう」
「鍋は? 絶対要るぜ」
「もうある」
「なるほどな。背負い鞄は?」
「いざというときに邪魔になる。ロープで体にくくりつける」
「いや、それなら投げ捨てられるようにしときな。ボロ布もつけてやる。こいつでまず包んでくくって、それから背負えばいいのよ」
「なるほど……参考になる。助言、かんしゃする」
「そりゃ、お得意様には長生きしてほしいからな。無事で帰れよ、お前さん」
「むろんだ。かならずまたここに来よう」
ドワーフの親方はボロ布に軍幕と大火鼠の毛皮をしっかりと包んで渡した。
残りの小道具は小さな布袋に入れてベルトにくくったり、道具を直接ヒモで鎧につり下げるのだ。
ゴブリン騎士は金を払い終え、小道具を装備すると店を後にした。
「わたしは果報者だ。これほどしんせつにしてくれる者がいる……かならずや、帰らねばな」
ゴブリン騎士は、それからテイマーに食糧を渡され、鍋やナイフといった必要品をボロ布に詰め込みアントリー村へと出発した。
◎アントリー村
「アントリー村この先、か……」
この国において都市周辺以外はすべて深い森の中であり、森を切り裂くように石畳の街道が通り、街道や川の周囲にぽつりぽつりと宿場町がある。
アントリー村もそういった街道村の一つだった。
ゴブリン騎士は1日をかけて街道を走破し、夕暮れ時にたどり着く。
「誰かあらぬか! わたしは冒険者である! 代官殿のご依頼でまいった!」
村人はそれぞれの仕事を淡々と行いつつ、ちらりとゴブリン騎士を見た。
農作業から家に帰る者、庭とも道ともつかぬところで糸繰りをする夫人、かちんかちんと聞こえる音は鍛冶場の音だろうか?
「冒険者さんならまずは酒場にいきな。マスターに言やあ取り次いでもらえるだろ」
「おお、かたじけない。すまぬな、まだ不慣れなのだ」
「いいさ、頑張りな。小さな冒険者さんよ」
「うむ」
道を行く農夫が親切にも教えてくれる。おそらく年若い冒険者と思ったのだろう。
こういった村には酒場は必ずある。田舎の数少ない娯楽の場というだけではなく、外への玄関口だ。
酒場は多く、冒険者ギルドの代わりであり宿屋であり、賭場であり、集会場でもあり……つまりは、村で唯一の商店なのだ。
酒場は村の中心か、もっとも解りやすく目立つ場所にある。ここの場合は入り口すぐだった。
酒瓶の看板に、酒場の文字。二階建ての大きく、小綺麗な建物だ。
「たのもう。代官殿にいらいされた冒険者だ」
酒場の店内はランタンに照らされてほの暗く、しかし暖かな光に包まれている。
樹の丸テーブルがいくつもあり、チェスをするもの、サイコロ賭場に興じる者、軒先でリュートを弾く少年、皆くつろいでいた。
そこにゴブリン騎士に視線が注がれる。
「坊主、新顔か? まずは何か頼んどきな。腹ペコで冒険に行っても死んじまうぞ」
「ああ、すまない。ぶしつけであった。ではエールとベーコン、豆粥をたのむ」
「銅貨八枚だ」
「これで」
「まいどあり」
ゴブリン騎士は財布から金を出して渡す。ちゃりちゃりと気持ちの良い音が鳴った。
よじ登るように彼にとっては高い椅子に座るのも慣れたものだ。
じゅうじゅうとベーコンの焼ける良い香りがする。
「とりあえずエールとベーコンだ。飲みすぎんなよ」
「ああ、冒険のまえだ。わきまえている」
鉄の皿にカリカリに焼けた分厚いベーコン、そして樽ジョッキに入れられたエールが置かれる。
エールには氷がたっぷりと入れられ、薄められていた。
「……ちそうになる」
「へっ、お上品だね。ところで、冒険者証と依頼書を見せてくれるか?」
「ああ、かまわない」
「どれどれ、本物だな……名前は……ゴブリン騎士!? あんたがあの歌のゴブリン騎士か!」
「いかにも。バイザーを上げねば食えぬゆえ、お目汚しになるが……」
ゴブリン騎士はバイザーを少しだけ上げて、ナイフとフォークを器用に使い、熱々のベーコンにかじりついた。
うまい。塩コショウに肉。シンプルでワイルドな味わいだ。
「なるほど、本当にゴブリンだな……まあ、いいさ。あんたの歌は好きだ」
「そうか。ありがとう」
ベーコンをつまみにエールを飲んでいると豆粥が置かれた。
黒く、泥のような豆の粥だ。タマネギとニンニク、塩コショウにハーブ、ベーコンの切れ端で味付けしてある。
貧しい村であれば、豆に塩だけの場合もある。十分に豪勢な食事と言えるだろう。
「で、依頼は……ああなるほどな。ご隠居のお供か」
「そうらしい。遺跡探索に三日ほど出かけるそうだ」
「なるほどな……まあ今日はもう遅いし泊まっていけや。朝になったら代官様に取り次いでやる」
「かたじけない。して、部屋は?」
「ベッドつき個室が金貨一枚。毛布つきの雑魚寝部屋が銀貨5枚。馬小屋が銀貨一枚だ。ただし、馬小屋は個室だぜ」
「……馬小屋でおねがいいたす」
ゴブリン騎士は銀貨1枚を財布から出してカウンターに置いた。
ベッドつきの個室という贅沢はなく、しかし雑魚寝ではゴブリンたる自分はいやがられるだろう。
馬小屋はどうせ普段から暮らしている。問題ない。
「まいど。貸し毛布は銅貨五枚。ランタンも銅貨五枚。借りてくか?」
「せっかくだが、無用だ。やえいの用意はあるゆえ」
「そうかい。ま、冒険者ならそうだわな」
「うむ、ちそうになった」
ゴブリン騎士は豆粥を啜り終えると席からひらりと飛び降りて馬小屋に歩き出す。
「なんだ、もういっちまうのか? せっかくだから武勇伝でも話して行けよ。冒険者のたしなみだぜ」
「いや、しかし……」
ゴブリン騎士は遠慮して早々に馬小屋に行くつもりだった。
しかし迷っている隙に軒先でリュートを弾いていた少年が近づいてくる。
「おいら、あんたの歌覚えてるよ! リクエストしてきなよ!」
「おう、あんた勇士なんだから気前良く金を使って行けよ」
「わかった。たしか私の歌にはコボルト術士の章もあったはずだが……」
「あんたの歌を歌わせてくれよ! 本人の前で歌うのが楽しいんだろ!」
「……わかった。たのもう」
ゴブリン騎士は銀貨三枚を少年に与えた。
名誉に払う金である。騎士として出し惜しみはしないことにした。
ああ、今回の冒険は赤字にならないだろうか……
『ここは辺境、黒い森の街、ゴブリンの巣穴に囚われし乙女あり。近づく小さき影ひとつ……
影が申すは取引。『私に騎士の誓いを許すならば、その身助けよう。もし私が騎士にあるまじき者であるならば、このまま死んでしまいたい』
乙女は答える。『その誓い、許しましょう』乙女は誓いを許し、影は歓喜する』
少年の高い声が『辺境勇士ゴブリン騎士・運命の出会いの段』を歌い上げる。
ゴブリン騎士はただただ照れくさかった。むろん、誇らしくもあったが。
それでも、せめて勇士らしくカウンターに背を預け、腕を組み、堂々と聞き入る姿勢を見せた。
「『騎士は乙女の元にはせ参じるべく、荒野を駆ける……』ってなもんさ。どうなの? マジでこの誓いはあったの? これって、本当の事?」
「……ああ、おおむねそのような事を誓った。その誓いにウソはない」
ひゅーっと酒場に歓声が上がる。
だがここで少し意地の悪い質問が出た。
「なあゴブリン騎士、あんた歌じゃ強いけど、実際のところはどうなんだ?」
ゴブリン騎士は少し考え、良い案を思いついた。
「では、わたしが師より教わった技の一端をおみせしよう」
ゴブリン騎士はおもむろに銅貨を1枚出すと、小声で詠唱を行う。
口元と声を隠すのに兜はうってつけだ。
(黄金の大樹、巡る生命、あふれ出す力。『つかの間の剛力』)
ゴブリン騎士の指でつままれたコインはあっけなくぐにゃりと半分に折れる。
おおお……と村人たちに声が上がる。
もう一枚コインを宙に投げると、居合のように鞘から一瞬だけ剣を抜いて目にもとまらぬ二連撃。
ほの暗い酒場に蛍色の光がひらめき、コインは十字に斬られて床に落ちた。
こちらは、純粋にゴブリン騎士の卓越した技量のたまものである。
おおー! と大きな歓声が上がるのを確認すると、ゴブリン騎士は優雅な騎士の一礼をして椅子に座りなおした。
「お目汚しをいたした」
「うおお! すげえ! 本当に強いんだなあ!」
「ああ、歌の通りだ。一杯おごるよあんた!」
「かたじけない」
むずがゆくも、力をひけらかすなど騎士にあるまじき行いではないか……と脳裏によぎる。
だが、そこからは宴会だった。
「交易都市で黒教徒とやりあったってマジか?」
「ああ、武家者どのとたおした。あの時はコボルト術士どのがずいぶんと活躍したぞ」
「歌の通りだ……本当にゴブリン騎士だ! なあなあ、烏羽の騎士ってやっぱりかっこいいのか?」
「俺は武家者の話がききてえ! まあこれ奢るから食えよ」
「あ、ああ……一つづつ答えよう」
村人達はつまみを手にゴブリン騎士に次々と話を振っていく。
このような辺境村では、旅人ーそれも高名な者はーおおむねこうして質問攻めという手厚い歓迎を受けるのだ。
なにしろ、旅人のもたらす噂話は貴重な情報源であり娯楽なのだから。
ゴブリン騎士は歓迎に心が温かくなりつつも、夜遅くまで酔っ払い共につきあわされる事となった。
信頼を得るのに力は必要だ。だが、以後は少し控えよう……ゴブリン騎士は二日酔いに痛む頭にそう反省した。