◎隠居者ジャレオン・アントリー
二日酔いに鈍く痛む頭に、大量の水と共に痛み止めと毒消しを一口づつ飲む。
しばらく朝の空気を浴びれば、おおむね不調は収まってきた。
「おお、あんたが噂のゴブリン騎士か。わしが依頼人のジャレオン・アントリーじゃよ。まあ正確には息子のケネスが金を出したんじゃがな」
ご隠居とやらは人の良さそうな小柄な老人だった。白い顎髭も生やし、知的そうだ。
ゴブリン騎士はバイザーを下げ、騎士の一礼をしてから尋ねた。
「いかにも。私がゴブリン騎士だ。ご隠居とお呼びすればよろしいか?」
「ご隠居……まあ隠居ジジイには違いないからの。ああ、これは証文じゃ。これにわしがサインすればギルドに出せるというわけじゃな」
小さな羊皮紙にはギルドの焼き印が押されていた。間違いない、領収証だ。
「なるほど、ちがいないようだ」
「うむ。用意はいいかの?」
「ああ、荷物はまとめてある」
ゴブリン騎士の足下に小さく纏めた荷物が置かれていた。ボロ布を荒縄で縛ったものだ。
そう重たくはなく、背負ったままでも戦闘が可能だろう。
「ではゆくぞ!いざ行かん。ティリスターの廃ダンジョンへ!」
「うむ!」
そうして、二人はゆっくりと出発する。
「おっ、いよいよ行くのかいご隠居。ゴブリン騎士さん、しっかり守ってやってくれよ!」
「ご健勝ですねえ、山に遺跡探しになんて……どうぞご無事で」
「帰ってきたら、冒険の話聞かせてくれよ!」
酒場のマスターや、道行く婦人、リュートを持った少年など道行く人に見送られた旅立ちは実に牧歌的なものだった。
◎道行き
馬も通れないような細い獣道をただひたすらティリスターの小山まで上っていく。
初夏ののんびりとした気候もあり、まるで、いや実際にただの山歩きだった。
「そろそろ飯にするかの」
「では、しばし待たれよ」
「ふむ、用意ならばわしもするぞ?」
「いや……すぐに済む」
そう言うとゴブリン騎士は足下の小石を拾い、遠くにいるリスに投げた。
狙いは外れず、リスは頭蓋を砕けさせてその場に崩れ落ちる。
「食糧はすこしでもせつやくすべきだろう」
「お前さんやるのお、とはいえ、わしは肉はもう胃がつらくての、少しでいいわい」
「かたじけない」
ジャレオン老が火をおこし鍋をかけ、その間にゴブリン騎士は器用にリスを解体し、肉を捌いていく。
今日の昼飯は、リスの串焼きに白カビチーズ、クラッカー、ドライフルーツにワインを融いた白湯だ。
「うむ、うまいの」
「
白カビチーズは外は雪のように白くふわふわ、中はクリーミーだ。
塩見と甘みが絶妙に絡み合い、こってりと甘い。
「甘露じゃろ?ワインによう合う。火でとろかしてクラッカーにつけて食うとなおうまい」
「うむ、リスの串焼きと交換でまことによかったのか?」
「まあええんじゃよ。それより話につきあってくれんかの」
「かまわない」
薄暗い山の中、火を囲んで老人と騎士が話し始める。
「今からゆくティリスターの
「いや、かぶんにして知らん」
「うむ……ではこの老が神話について話してやろうかの」
ジャレオンの語る神話はこの地において一般的な神代の時代の話だった。
○
曰く、原初において世界は泥のような混沌とした有様だった。
そこに白銀の騎士神たちの率いる神の船がやってきた。
神々は荒れ狂う混沌の海を見てよくないと思われた。
そこで、白銀の騎士神がその剣を持って天地を別け、地母神と海神が海と陸を別けた。
そして、海に神の船をおろし、人々はそこで暮らした。
なぜなら陸にはまだ混沌が残っていたからだ。
混沌は神の姿、人の姿を見て心と生命を得た。
そこで混沌は神を真似て魔神を。人を真似て魔物を作った。
だがそれでも、人々は船の上で神に守られ大いに繁栄し、そして大いに驕った。
やがて人々は罵り合い争い初め、とうとう神の武器を持ち出すに至った。
ここで神々は大いに嘆き悲しみ、人々から過ぎたる文明を奪った。
そして、神の船を解体し新たなる大陸とした。
「過ぎたる技術はあなたがたに早すぎた。忘れるが良い。そして大地と共に生きよ。我らは見守り、見捨てない」
その誓いとして人々に魔法を授けられた……
○
「なるほどそのような話が……では大はんえい期とは?」
「うむ、人々が原初、神の船においてもっていた過ぎたる技術の時代じゃよ」
「ふむ……今回はそれを?」
「うむ、わしの一族はの。その神の船の船員だったそうなんじゃよ。そのために祖先の不思議な技や魔法を伝えておる」
「ほう」
「各地に残る
「一族の名誉のため、か……」
「そんな綺麗なもんじゃない。好きでもないのに学ばされた技術……それが本物か知りたいんじゃよ」
「……そうか」
ゴブリン騎士にはなんとも言えなかった。
寂しそうに焚火を見るジャレオン老の横顔はさまざまな感情の色が折り重なったものだった。
妄執、後悔、悲しみ、孤独、そして……かすかなる浪漫。
その表情にゴブリン騎士は言葉を失った。何を言っても薄っぺらくなりそうだと。
そして、親から妄執とも言えるような何かを受け継いだのは、ゴブリン騎士もまたそうであったから。
「さあ、行くかのう」
「うむ、いこう」
そうして夕暮れ近くまで歩いて、二人はティリスターの遺跡にたどり着いた。
巨大で異質、荘厳な建物の一部がまるで泥沼に小石を投げたかのように斜めに地面に突き刺さっている。
そんな遺跡だ。
「ご隠居、あれは……」
「いや、山賊ではないわい。あの紋章は良く知っとる」
山奥の遺跡には篝火が焚かれ、いくつものテントが立ち並んでいた。
人の立ちいらぬ山の中で、何者かの集団が遺跡を調査しているのだ。
「おおい、ロムルス商会の方じゃろう?わしはジャレオン・アントリーじゃ。アントリー村の隠居じゃよ。商会の旦那に取り次いでくれんかの」
「あんたは……ああ、例の。わかった、あっちのテントにいるぜ。横のは?」
「護衛の冒険者じゃ」
「そうかい」
二人は歩いてテントまで行くと、ジャレオン老人が声をかける前にテントが開いた。
「やあ!これはこれはご隠居。お早いお着きですねえ!」
「やはりあんたか。武器商人の若旦那。物好きなことじゃのう」
ロムルス商会とやらは武器屋らしい。彼はその商会の上の方の人間なのだろう。
若旦那とやらは派手な赤の狩猟服に身を包み、きっちりと髪をなでつけている。
清潔だが、欲深そうなタイプだ。
「ははは、それはお互い様でしょう。私は信じていますよ。こここそが『ユミルの機関室』に通じる遺跡だと!」
「それで墓暴き同然に何もかもかっさらって売り飛ばすんじゃろ。やめておけ。もしここが本物なら、それは人の手には余るものじゃよ……」
「では世捨て人がこっそり見るだけなら構わないと?同じですよ、同じ。我々はどちらも同じ欲望で動いてる同じ穴の狢なんですよ」
「わかっておる……わかっておるわい……まあ、お互い邪魔せんようにな」
「ええ!もちろんですよ!もしよけれえば今からでも協力しあいませんか?」
「やめておく」
「そうですか!ではまた!」
ゴブリン騎士はどうもこの手の人物は好きになれそうにない、と思いつつジャレオン老と共にテントを後にした。
「あの方は?」
「聞いとったならだいたいわかるじゃろ。あやつも遺跡の宝目当ての輩じゃよ。わしと同じ、『船員』の血筋なんじゃと。あんなやつでも話は通しておかんとの……」
「おたがい、邪魔せずにと?」
「そういうことじゃ。実際何か見つかったら奪いに来るかもしらん。頼りにしておるぞ」
「りかいした」
「まあ今日の所は一晩明かしてからじゃな。野営の用意をするぞ」
「うむ、まかされよ」
巨大な遺跡の欠片。巨岩のようなそれの陰に
ゴブリン騎士は鍋にドライサラミとペンネパスタを切って入れていく。
香辛料の良く効いたサラミはよいスープの出汁となる。短いパスタを入れれば腹も膨れる。
やや少なめの夕食だが、足りない分はドライフルーツとクラッカーを腹の足しとする。
「ふうむ、冒険者の食事じゃな」
「ご隠居は?」
「わしの分はわしの鍋に入れる」
ジャレオン老も鍋を火にかける。麦と豆、わずかばかりの干し肉に塩を入れた肉粥だ。
とはいえ、粥は煮えるまで時間がかかる。ゴブリン騎士は先に食べ終え、火鼠の毛皮をしいてその上に座った。
横にならないのは万一に備えてだ。
「わしが先に火の番をする。寝てて構わんよ」
「わかった。そちらが眠くなる前におこされよ」
「ああ……」
うとうととしている間に、ゴブリン騎士はジャレオン老人のつぶやきを聞いた。
「寝ておるか?……あやつはな、若い頃のわしなんじゃよ。伝えられた技の証拠が欲しくて、技を何かに使えぬかと欲深く嗅ぎ回って……気持ちはようわかる……わしの一族は狂っておるのか?とうとう、わしにもわからなんだ……」
「……だが、それでも伝えられたものが悪いものばかりではなかっただろう」
「……起きておったのか。そうさな、そうかもしれん」
「なにより、ご隠居はこの年まで生きて、その上子孫を残せた。ならば人生は成功といえるだろう。それでよいではないか」
「……そうじゃな。そうかもしれん」
「……かわろう。ご隠居も休まれるがよい」
「ああ」
ゴブリン騎士は伝えられたモノを思い出す。
こんな夜は、よく母が騎士物語を語ってくれた。人の言葉を教えてくれた。
今思えばそれは愛であり憎しみであり、復讐だったのかもしれない。
だが、そのおかげで今の己がある。奇妙なモノだ……