◎神の船・船内第二十五ビオトープ
ゴブリン騎士は人工的な心地よい森の中を駆け抜けながら思い出す。
こんな時のためにうってつけの技を幽霊剣士から習っていたのだ。
◎
「『
幽霊剣士がまた見本を見せる。それは奇妙な歩法だった。
ぬるりと最初から
「だが、これに魔法を組み合わせると……こうなる」
さらに幽霊剣士の足が魔力により光ると、ふわりと地面すれすれを舞うように動く。
異様な速さだった。わずか一歩踏み出すだけで跳ぶような距離を移動している。
「『
ゆらり、ゆらりと前に後ろに動く幽霊剣士。その幽鬼の如き動きはあの夜見せた超人の動きそのものだ。
ゴブリン騎士の目は憧れと集中に輝いていた。
「さらに突きを合わせたものを……お前には習得してもらう……十分な助走を乗せた突撃は相手を吹き飛ばしさえする……お前の切り札の一つになるだろう……名を立待月という……」
馬に乗っているかのような速さで長い距離を滑るように移動して突きを放つ。
それはまるで馬を用いない騎馬突撃だ。
「たちまちのうちに上る月のごとく……ということでしょうか」
「然り……陽の国では夏の月をそう言うのだ……あとは言葉遊びだ……月と突きをかけただけのくだらぬ洒落よ……」
「教養のあるあそびかと思います」
「そうか……」
夕暮れの空に気の早い月が昇っていた。
◎
獣のように少女達にのしかかるならず者たちはすぐに見つかった。
無心で剣を振るい、次のならず者を見つけ、縮地を使いまた剣を振るう。
「なっ、なんだあ!?」
「ゴブリン騎士! おまえ……!」
ならず者共は何か言いかける間もなく腹や首筋から血を吹き出して倒れる。
「きゃああー!」
「なに? なに? この人達、しんじゃった?」
少女達は何が起こっているのかそもそも解っていないようだ。
「逃げよ! こやつらはきけんだ! 家へ逃げ、けっして扉をあけるな!」
「なに? なに? なんでおこってるの?」
「しんじゃった……なんで?」
「逃げよ!」
少女達はきょとんとしている。ゴブリン騎士は舌打ちすると次の敵に向かって駆け出そうとする。
「さあ、怖かったですね。もう大丈夫ですよ。後で説明はしますから、皆、おうちに入りましょうね」
「アンゲルデさま!」
「アンゲルデさまなにこれ!」
ゴブリン騎士の後ろからアンゲルデが修道女のように静かに歩み寄る。
背の高い体にわき出る静かな凄みは、少女達にとってとても頼りになるものだ。
「もう大丈夫です。さあ、ついてきなさい。ゴブリン騎士、私は避難誘導を行います。あなたには
「かたじけない!」
「霧の魔法で辺りを覆いますが、あなたには問題なく見えるようにしておきます。さあ、行きなさい……」
「はっ!」
駆ける、駆ける。一人でも多く民草を守るために。
正直に言えば弛んでいた、鈍っていた。技がではない、心がだ。
暖かい人々になれすぎた。人など、元よりこんなもの。一皮剥けばゴブリンと大差ない。
それは渡りをしていた野良時代によく知っていた事だった。
「ケダモノどもめ……お前たちは、人でありながらゴブリン以下のふるまいをするのか……そういうものとは、知っていたとはいえ……!」
一人、二人。五人、六人。
二〇を超えた辺りから森は静かになりだした。
快適な森に、死体と血だまりが増えていく。
だんだんと、爆発音が近くになっていく。
「これで雑魚は全員でしょう……やりますね、ゴブリン騎士。被害は思ったより少なそうです。少なくとも、まだ誰もこちら側は死んでいません」
「かたじけない。これも女神様の導きのおかげ……残りは?」
「彼らの
「はっ!」
霧を抜け、森の中を進むと、木を切り倒し、目のような場所から怪光線を放つ青い金属製のカニのようなものがいた。
その上に武器商人の若旦那が乗っている。
「ははは! あーははは! ……ああ、ゴブリン騎士か……見ろコレを! 神の船の機械だよ……大繁栄期の文明の力だ! 私の力だ! 私は間違いなく船員の血筋だったのだ!」
「……そうか。力に酔ったな、武器商人。かわすべき言葉はない。ただ、あわれにおもう」
「哀れ? お前が? ゴブリンのお前が!? 挽肉にしてやろう! それでもまだ減らず口をたたけるかな!」
怪光線がほとばしる。ゴブリン騎士の脇の土は、塹壕のように長く深くえぐられた。
だが、ゴブリン騎士は
「たいした威力だ。だが、ドラゴンの魔法に比べればぬるい」
「このお! アームで挽きつぶしてやる!」
「いや、もう勝負はついている」
カニ型機械は腕を振り回して暴れるがもう遅い。すでに『立待月』の突きの間合いだ。
ゴブリン騎士はするりと加速すると、弾丸のように一直線に武器商人の腹を貫いた。背骨までたたき割る一撃だ。
苦しまなかったはずである。
どしゃりと崩れおち、武器商人の体がカニ型機械から地面に墜ち、機械の足に武器商人の顔が踏みつぶされる。
「……おろかな好奇のはては、こんなもの、か……」
「終わりましたね、ゴブリン騎士。よくやりました。死体はこの機械を使ってすぐに埋めて隠してしまいましょう。さあ、礼拝堂までもどりなさい」
「はい……」
目の前に魔法の鏡が現われ、ゴブリン騎士が中に入ると、礼拝堂の中だった。
◎神の船・礼拝堂
「おお! やったのうゴブリン騎士!」
「……ああ」
「うむ……まあ喜んで良い場面ではなかったの……女神様、わし共の不手際で申し訳ありませんでしたじゃ……」
「結構です。幸いこちらに死人は出ていません。なんとでもなります。とはいえ、あの一団が戻らなければ相応に面倒になるでしょう。一筆したためておきます。あの不埒者どもは私の怒りに触れて死んだ、と言うことにしておきましょう」
「返す返す、お手数をおかけいたしますじゃ……」
アンゲルデはさらさらと皺一つ無い紙に証文を書くと、ジャレオン老に渡す。
「さあ、帰りなさい。帰る場所があるというのはとても幸福な事なのですから……」
「ははあ! ありがとうございますじゃ……」
アンゲルデは霧の立ちこめる窓の外を見、そしてゴブリン騎士を見た。
「……いずれ、霧も晴れあの子達もこの事を忘れるでしょう。ですが、私は心の隅にあなたの事を留め置きましょう。あなたはゴブリンでありながら、騎士の心を持っていたと。これは有用なサンプルです。あなたにはこの魔法のスクロールを授けましょう。その祈祷は、私に助力を願うモノです。いざというときに使いなさい……」
ゴブリン騎士にも小さな巻物を一枚。貴重な魔法のスクロールだ。
「かたじけない。私も、ここのことは決してわすれないでしょう。ですが、ここへの行き方は墓まで持っていきます」
「ふふ、どの道もう来れません。吹聴しても良いのですよ」
「……その必要があれば喋りましょうが、ここのことは夢のようなモノと思っておきます」
「それが良いでしょう。あなたはたまたま妖精の国に紛れ込み、そしてその清い行いでお土産を持って帰った。不埒なるモノは何も得られず女神の怒りに触れた……そうとでも言っておきなさい」
「そのように……では、我々はこれにておいとまさせていただきます。女神様も、彼女たちも、お健やかに」
アンゲルデが静かに微笑み、鏡を指さす。とても美しい微笑だった。
二人はお辞儀をして鏡の中に入り、そうして消えた。
「……混沌のモノにこれほど多様性があったとは。我々も、計画に若干の修正が必要かもしれませんね」
女神の言葉を聞く者は、今はいない。
◎ティリスターの小山・遺跡外部
鏡を抜けると、二人は朝に出た自分たちのキャンプの前にいた。
「戻ったのう……」
「ああ、戻れた……!」
へなへなと、二人は座り込んだ。
どっと疲れたが、得たものは大きかった。
「ともあれ、生きて帰れた……大成功と思うべきじゃろうな」
「……ああ。だがあまりにも多くのことがありすぎた……しばらく、心をおちつけたい」
「ああ、わしもじゃ。なんだか疲れた」
空は、とうに星が輝き月が優しく二人を照らしていた。
遠くにはアントリー村の灯りがみえる。それがたまらなく恋しかった。
とにかく、人の条理が通じる場所に戻って来れたのだ。