◎占いババア
しばらく待って、ゴブリン騎士は老婆に話を聞いてみることにした。
少々手持ち無沙汰だし、時間がかかりすぎている。
「しつれい、ご婦人……こちらに栗毛の
「ああ、あんたは……噂のゴブリン騎士かい。あんたのご主人ならこの先で馬を見ているさね」
「そうか、かたじけない」
受付をしている老婆は魔女帽子に黒い上下を着ていたが、どことなく騎士を思わせる細身の仕立てをしていた。
魔女と言うより、呪術戦士、と言った方がいいのだろう。
しゃんとした顔立ちはきっと若い頃は腕利きの冒険者だったのだろうと思わせる。
「まあ、そう急ぐことないじゃないかね。馬は高いのさ。じっくり悩んでるのさね。だからあんた、暇なんだろ?このババアに一つあんたを占わせちゃくれないかね?」
「……そういうものか。しておいくらだ?」
「銀貨三枚。高いか安いかはあんた次第さね」
「……うーむ、高いが、これも縁だ。やってみよう。それに予言という物にも興味があるしな」
「ほう、そうかいそうかい……じゃ、このサイコロを振ってみな。あたしはそこからあんたの運命を読んでやる」
老婆が机の上に出したのは色とりどりの小石で作られたサイコロだ。
形は不揃いで必ずしも6面体ではない。
なるほど、これはこれで「らしい」ではないか。ゴブリン騎士はそう思い、サイコロを手にとって転がした。
「こうか?」
「ああ、そうさね。さあて、あんたの運命は……あんた、ツイてるね。いや、持ってるっていうべきかね」
「良いのか」
「ああ、あんたは騎士になりたいんだろ?そのために気の狂うような努力をしてきた……それは、運命をもう手繰り寄せているのさ」
老婆の厳かな口調はまるでこの祭りの会場を神秘の場にしたかのようだ。
「あんたが望み、運命があんたを見つけた。だから、あんたには騎士に、そして戦士にふさわしい運命がやってくる……」
「のぞむところだ。騎士としてのえいたつこそ、わがのぞみ」
「だったら、出会いを大切にすることだね。出会いは奇貨、故に留め置くべしってね。そうそう、ここでも必要な買い物が出てくるよ。騎士には、馬が必要だろう?あんたはどうあれ、馬になる物を手に入れる。それが馬か狼か、ロバかはわからない。けれど、直感は大事にすることだね。騎士なんだろ?乗り物に金を惜しんじゃいけないよ」
「……なるほど、心得た」
心のどこかでこれは
それは老婆の視線が厳しくも慈愛に満ちた物だからだろう。
「あともう一つ。騎士譚には姫様が必要だ。あんたはそんな子が現われるのかと考えているようだけど、ちゃんとあんたの前にいずれ姿を現す。その時にためらうんじゃ無いよ」
「それは……希少なメスゴブリンが?」
「たぶんね。未来ってのはいくつも枝分かれしてる。だけど、通る確立が高い場所にその子は現われる……しっかり捕まえな。そのためにこのババアがお節介を一つ焼いてやろう」
「ふむ、ありがたいが、何を?」
「嫁入りにはこいつが必要だろう?」
老婆が取り出したのは一対の古い指輪だった。
宝石にしてはいささか安そうな石がはまっている、ごく質素だが、品の良い一品。
「これはそれなりに値がはるものでは?」
「いいのさ、これは今日ここであんたにわたるためにアタシに流れてきたのさ。きっとね。何より、アタシにはもう必要の無いものだ」
「……いかほどで?」
「いらないよ。その代わり、来年は嫁さん連れてきな」
「……約束できかねるが、もしわが宿願かなうならば必ず」
フッフッフ……と老婆が静かな凄みの宿った声で笑い、ゴブリン騎士は指輪を受け取った。
「会えるさ。必ずね……あと、その後はぼんやりとしたもんだが、あんた、宿敵がいるだろう?」
「ああ……強い男だ」
「いつか、ずうっと先で決着をつける日がくるよ。その時は無事じゃすなまいよ。でも負けて死ぬとも出ていない……勝っても相打ちかもしれないね。蹴りをつけるときは、覚悟するんだね」
「理解している」
「じゃあ、その時に備えてやれることはやっておきな。あんたが成せなくても、あんたの次は成せるかもしれない……ま、そんなところだね」
「かたじけない。これだけくわしい教えで銀貨三枚?」
ゴブリン騎士は銀貨三枚を渡しながら首をかしげた。
「言っただろ?高いか安いかはあんた次第だってね」
「十分な価値であった。ありがとう」
「さあてそろそろだね……」
そう、老婆が首を向けるとテイマーが馬を連れて現われていた。
「あっ、丁度良かった!ゴブリン騎士さん、ちょっと聞きたいことがあるんです。ちょっといいですか?あっ、先輩!ゴブリン騎士さんに占いをしてくれたんですか?ありがとうございます!」
テイマーが老婆に頭を下げる。やはりかつて冒険者だったのだろう。
「むう、やはりこの方は冒険者であられたのか?」
「ええ、凄腕の狩人で魔女です。山の知識に詳しい方で……烏羽さんも私も新人の頃にはお世話になりました」
「昔の話さ……あの田舎娘が立派になったもんだね……いい従者だ。大切にしてやりな」
「はい!」
「じゃ、いきな二人とも。このババアの暇つぶしにつきあってくれてありがとうよ」
「いえ!お世話になりました!」
「うむ、こちらこそかたじけない」
二人は老婆の元を後にした。後から聞くとあの狩人魔女は占い師としても良く当たると高名だが、気に入った者にしか占わないという。
曰く、凡人には凡人の運命しかないからつまらない、と。
ゆえに彼女に占われるということは、それだけで波瀾と栄達の兆しであるという。
◎狼
「それでですね。聞きたいことというのは、見ての通り良い馬が買えたんですが……その代わりにおまけで狼を引き取って欲しいと」
「ほう、狼か。それは私が背に乗れるものか?」
「ええ、グレートグレイウルフドッグですね。人でも乗れるし狩りに荷物引きにと便利なんですが……売れ残りと言うことで少し気になっているんです」
「私は目利きをすればよいのか?」
「ええ、どうせゴブリン騎士さんに乗ってもらおうと思ってましたからね!」
「かたじけない。テイマーどのに感謝を。実をいうとまえまえからやはり乗り物が欲しくてな……」
「ゴブリン騎士さんは狼に乗ったことが?」
「ある。世話もした。そのときは武運つたなく死んだがな。狼の世話はまかせてくれ」
「じゃあ後は目利きだけですね。気に入ってくれるといいんですが……」
馬はテイマーに手綱を引かれてぽっこぽっことゆっくり歩いている。
穏やかで乗馬に適した気性なのだろう。見た目も毛並みの良い栗毛だ。
軍馬には向かないが、乗馬としては最高に近い名馬をテイマーは手に入れていた。
辺りには草原に放牧されたり、適当な木にくくりつけられた家畜が沢山いる。
しかし馬は動揺せずしっかりとついてきた。
「ああ、この子です」
「ああ、テイマーさん。これが噂のゴブリン騎士さんかい?ヒヒッ、じゃあこの大狼犬をもらっていってくれよ。あんたなら乗りこなせるんじゃないかい?」
そこに居たのはすでにポニーほどもある子犬から成犬への間くらいの狼犬だった。
見た目はよくない。白い毛皮に汚らしく黒いぶち模様がついている。
そして足が太く、まだまだ大きくなるとわかる。
買い手がつかなかったのはこの点だろう。
通常は子犬から買うし、見た目も大事だ。そしてあまり大きくなりすぎないのが最近の流行でもある。
「なるほど……見た目と、年か?」
「へへっ、そうでさあ。でかくなりすぎちまってねえ。これ以上大きくなったら……おお、かわいそうに……」
商人は言葉を濁したが、買い手のない家畜の末路は肉だろう。
さらにゴブリン騎士は大狼犬を見定める。今も尻尾を振らず、しかし静かにお座りの体制でじっとしている。
あちらもまた、見定めるように。
「これは……猟犬としては強すぎる。強いがゆえに傲慢で、まじめに警戒やエモノをさがしたりしないだろう。強いから、なんとでもなると考えているのだ」
「あらら、さすがお詳しい……そうなんでさ。この野郎狼犬のくせに怠けモンでね。度胸だけはあるんで、まあぼんやりした野郎ですわ」
「乗犬としてのちょうきょうは?」
「一応、乗せろ、走れ、止まれ、くらいはね。従うかどうかは別問題でさね」
「なるほど鼻っ柱がつよい力持ち、というわけか。気に入った。少し乗ってみても?」
「どうぞ」
そしてゴブリン騎士と大狼犬は向かい合った。
「乗せろ」
「……」
「
「ワフッ」
ゴブリン騎士の裂帛の気合いと大狼犬の目線が合った。
そして、勝負は一瞬で決した。
大狼犬は立ち上がりゴブリン騎士の側に行き、乗せる体制になった。
「よし!いい子だ」
ゴブリン騎士は大狼犬の脇腹を撫でると、静かに乗った。
「ゴブリン騎士さん、鞍と手綱は?」
「今は良い。少し走ってくる」
「へへえ。どうぞ。やりますね。一にらみでこいつを従えちまった」
「ゴブリンとはいえ、騎士。愛馬に舐められては恥だ」
そしてゴブリン騎士は軽く足で大狼犬の脇腹をつつき、叫んだ。
「走れ!」
「ワンッ!」
そうして、ゴブリン騎士と大狼犬は走った。
この時、ゴブリン騎士と大狼犬は青空と大地の間を自由に走れるという喜びを十分に味わった。
人は秋の穏やかな日が好きだ。そしてそんな日に青々とした芝生の上を思う存分走り回るのも。
そしてそれはゴブリンと狼もである。
爽やかな空気があった。草の匂い、体が風を切る感触。
そこには自由があった。空と大地の間を自由に走り回れるという喜びが。このままどこまでも行けそうな気すらした。
「いいぞっ!やはりお前と出会えてよかった……これも運命なのか?だが今はこれでいい……」
「ワンッワンワンッ!」
そうして、テイマーたちの前に戻ってきた。
「どうやら、もう決めちゃったみたいですね」
「ああ、こいつは最高だ。テイマー殿。強者ゆえのなまけ癖をさし引いてもじゅうぶんだ」
「じゃあ、こいつを引き取ってくだせえますね?」
「ええ、乗りこなせるなら問題ないです。じゃあ、交渉成立ってことで!」
「まいどあり、へへへ……」
「そうだ、こやつの名は何と?」
「今までは駄犬って意味のカナリャってよんでましたがね。かの名馬ロシナンテに因んで……元駄犬。カナリアンテなんてどうです?ロシナンテは元駄馬って意味でさあ」
「気に入った!お前はカナリアンテ!カナリアンテだ。よろしくたのむぞ」
「ワンッ!」
かくして二頭の仲間が新たに入った。名馬と元駄犬。
そしてそれなりの額になった売り上げを手にしてテイマーたちは家へと帰った。
なお、その間家畜の世話を頼んでいた近所の人と、幽霊剣士にはお土産がきちんと手渡された。