◎馬を借りてからが冒険です
朝のすがすがしい日差しの中を一頭の馬が駆けていく。
ゴブリン騎士とテイマーだ。テイマーが手綱を握り、後ろにゴブリン騎士がしがみつく。
「むう……」
「うふふ、やっぱり手綱を握りたいですか?騎士ですもんね」
「うむ、だが体格のさはしかたあるまい。これが狼であればたとえグレートウルフでも乗りこなしてみせたのだが」
「そうですね、やっぱり移動手段として何か騎乗できる動物をテイムしたいですね……前は
「うむ……同胞が、すまない」
「仕方ないですよ」
テイマーは悲しみの混じった健気な笑顔で答える。
悲しみはあるのだろうが、それでも割り切れる。そういう強さがテイマーにはあった。
農家出身の死生観による強みだ。
「ところで、きょう行く結晶古竜のどうくつとはいかな所なのだ?」
「安全な所ですよ。まずは連携を深めるべきですし」
「うむ、いぞんはない」
「えっと、結晶の古竜って古い真なる龍がいまして……竜ですが深い知恵を持った方なんです」
「ほう、竜か。竜はいいな」
ゴブリン騎士はめずらしくやや浮かれたような声で答えた。
竜狩りの物語や、ドラゴンライダーの話、あるいは恐るべき真なる古竜の物語はゴブリン騎士のお気に入りだ。
騎士と言えば竜。狩って良し乗って良し。これはいずこにおいても変わらない。
「その方が研究の副産物の魔力結晶……貴石ですね、それを売ってくださったり、洞窟に入る時にお金を渡せば薬草の採取を認めてくれるんです」
「なるほどあんぜんだな、しかしだれが金をうけとる?」
「古竜のお世話をコボルトさんたちがしてまして、入り口に門番がいるんです。そういうことですから、くれぐれも無礼のないようにお願いしますよ」
「コボルトか……なるほどわかった、そういうことであれば礼をつくそう」
「お願いしますね。古竜を怒らせたら大変ですからね」
「とうぜんだ。しかし竜か、あこがれるな……たのしみだ」
草原の中をぽっこぽっこと馬が駆けていく。
まだ冷たいさわやかな風が草いきれを運んでくる。
さわやかでのどかな朝だった。
「やっぱりご存じなんですか?竜と騎士の話。ゴブリン騎士さんはどのお話がお好きです?」
「そうだな……やはり『王になった賢竜』の話も好きだが……『竜血騎士団と雷竜たちの友誼』の話もしぶい。いやいや、『風竜の娘と雪の姫』もわるくない」
「うふふ、いろんな話を知ってるんですね。私も『風竜と吹雪姫』は好きでしたね。お姫様が勇者と結ばれる版と女王として戦い続ける版とどっちがお好きでした?」
「なんと、勇者と結ばれる話もあったのか。そうか……雪の姫は勇者とむすばれたのだな……それはよい話をきいた」
こうして、益体もない話をしながら二人は洞窟へと馬を走らせる。
◎ぼうけんのはじまり
結晶古竜の洞窟は家が一つまるまる入るほどの横に長いトンネルだった。
脇に小さな小屋があって「うけつけ」と書いてある。
「あの、二人入山したいんですが……」
「ひとり銀貨2まい。ごようけんは?」
ふっくらしたパンのような色のが舌を口にしまい忘れて言った。
「薬草採取です。宵闇草の……」
「どのくらい?」
「一抱えくらいですかね……この袋に一杯です」
テイマーが魔法のポーチからズダ袋を取り出して見せる。
「いいですよ、きょかします。こりゅうさまにくれぐれもしつれいのないよう」
「わかりました……」
「かたじけない」
ちゃりんと受付に4枚の銀貨が置かれ、受付コボルトはじっとそれを見るとうなずき、ブレスレットを2つ渡した。
これが入山チケットというわけだ。
「うむ……なんともあっけない」
「まあ、安全第一ですから!」
「ちがいない」
「それに奧は景色が良いらしいですよ!」
「ほう」
二人は洞窟の砂と砂利の混じった地面をしっかりと歩いて行く。
ややすすむと、壁には一定間隔で光る石が埋め込まれているのに気づく。
「これが貴石というものか」
「それを加工して照明にしてあるそうですよ。くれぐれも触らないでくださいね」
「ああ」
奧に、奥に進んでいく。地底湖に鍾乳石といった当たり前のものから、天井が吹き抜けになって空が見える場所や、無数の光る貴石が連なる場所も見えるそれぞれ、別の色に発光してとても美しい。腕ほどもある水晶が無数に地面から壁から突き出て光っている。そういうのが正しい形容だろう。
その澄んだ輝きは蛍のそれに良くにている。淡く、儚く、優しい。
「ほう……」
「こういう綺麗な場所を見るのも冒険の一つですよ」
「なるほどちがいない。ところで薬草は?」
「えっと……これじゃないですかね」
スミレに似た青白い花だ。しかしガラスのように透き通っている。
「わかった、さがしてみよう……これか」
「それです!」
二人は地面を見て奧に奧にすすんでいく。
二人は気づかない。すでに魔法にかかり注意力が落ちている事に。
気がつくと、とても大きな広間にいた。
円形で、一部が吹き抜けになって空が見える。
そして何より、目の前には大量の宵闇草と巨大な古竜がいた。
「これが、ほんもののドラゴンか」
「え、ええ……粗相のないように、起こさないように行きましょう」
「わかっている」
ドラゴンは地面に身を横たえて目を閉じている。
体表は岩のようにつるりとして硬そうだ。よく見えればコケが生えていたり、鍾乳石が生えていたりする。
しかし、ゆっくりとだが確実に胸が動き息をしているのだ。
<もう起きているよ>
二人の脳に直接言葉が響いた。誰に言われるでもなく気づかざるを得ない。
あまりに巨大なこの存在感は目の前の竜のものだと。
逆らおうとかそういう次元ではなかった。たとえるならば山、巨木、そういったものだ。
動かしがたい巨大な存在が生きて動いている。生物としてスケールが違う。
ただ、黙って聞くしかなかった。
<ああ、楽にしたまえよ。私が君達を招いたのだから>
それでも、ゴブリン騎士は主の一歩前に出た。
ただ、守るために。誓いを果たすために。
相手に敵意がないとは言え、それは人間でもなかなか出来ることではない。
「お招きいただき、かんしゃいたします。古竜どの」
ゴブリン騎士は矢面に出て、苦手な舌戦で知恵有る竜と戦おうとしているのだ。
無謀だ。しかし勇気である。
<ふふ、ふ……本当に騎士なのだな君は。信じられないだろうが、別にとって食いはしないよ……ただ物珍しくてね。ゴブリンの騎士とは……ふむ、なかなか鍛えているね君。悪くない>
「ありがとう、ございます」
脳裏に響き渡る余りに巨大な存在感。しかしゴブリン騎士は耐えきっている。
<ああ、少し『声』が大きかったかな?喋るなどずいぶん久しぶりでね……ここ最近はよく寝ているんだ。つまらないからね。君が来たことはよい刺激になりそうだ……>
ようやく圧倒的な存在感、気配とも言うべき物が薄くなった。それは山の巨大さを普段は感じないように、そこにあるのだが気にならない、という不思議な感覚だった。
「おやくにたてれば、こうえいです」
「そ、そのう……古竜様にお声かけいただいてとても光栄です。え、え、えっと、何のご用でしょうか……?」
<おしゃべりしたかった、では駄目かね?年寄りの話というものは長いものだよ、君……とはいえ、年寄りの長話ならば、飴が必要だね……それっ>
古竜の胸がわずかに大きく膨らみ、ごう、と鼻息が風のように通り抜けると一面の宵闇草は根元からすっぱりと切り取られる。
もう一息はけば、その宵闇草がきらきらと宙を舞い、魔法のようにひとまとめになってテイマーの足下に転がってきた。
<これ、これ。だれかあらんか。客人になんぞ菓子でも出したまえよ>
わずかに目を開き、『声』を出すと横穴からあっという間に何匹ものコボルトが出てきてティーセットを用意し始める。
「ははあ-!こりゅうさまー!」
「こりゅうさまがおめざめ!おめざめだー!やったー!」
「うれしい!うれしい!われらがあるじよー!」
<おおよしよし……ええっと、小豆にマル太、それから大福だったかな>
「それはわれらが父でございます!」
「われら子犬のときに一度おめにかかりました!」
「おきゃくさま、どうぞお菓子を!」
<あー……はいはい、そうだったな。レンズにコロ太、それからおはぎだったかね?>
「はいであります!」
あっという間にテーブルが組み立てられ、椅子と茶菓子が用意される。
<まあ、座り給えよ。たぶん君達も食べられるもののはずだし、まあおそらくは美味しいはずだから>
「あ、ありがとうございます……」
「ありがたく、ちそうになる」
見たこともないお菓子だった。薄く、黄色い何かの揚げ物、黒い炭酸水、宝石のような柔らかいあめ玉。
やはり先に動いたのはゴブリン騎士だった。それぞれ一口づつ慎重に口に入れ、咀嚼する。
「お、おお……あまくございます。これは、うまい……」
「い、いただきます……」
<あー、お土産もあげちゃおう。それっ>
古竜の爪先がかすかに光ると、どさりと机の上に小袋が置かれる。
「これは……?」
<私の爪切りで切った爪に、手慰みで作ったお守り、あとはまあ、ここの子たちに作らせてるフルーツとか……お土産セットだね。美味しいから後で食べて>
「あ、ありがとうございます……」
<じゃ、話そうか。ギャラはあげたんだし年寄りの長話につきあってくれるとうれしい>
「は、はあ……」
その後の話はとても長く話の筋もあっちにゆきこっちに行きしたので割愛する。
用件となるのは最後に発した話題だった。
<ふーん、なるほどね。やっぱりゴブリン君おもしろいね。それを受け入れるテイマーさんもなかなか度量があるよ>
「かたじけない」
「冒険者ですので……」
長話につきあっているうちに二人はいい加減になれてきた。
どうやら本当に暇つぶしがしたい古老のようだ。
<でさ、さっき言ったかもしれないのだけど、私はここでコボルトたちの品種改良をやりつついろいろ研究をしててね。その一つの成果を君達にあずけたい。ゴブリンくん、君と同じ『
「は、はあ……コボルトの魔法使い、ですか……?」
<そうだよ、えーっとあれから二年たったから……うんまだ若い。ああ、先立つものがいるよね?これ支度金ね。先払いしとくよ>
今度はテイマーの足下にどさりと小袋がいくつも置かれた。口から覗くのは全て金貨だ。
「こっ、こんなにいただけませんよ!」
<いいのいいの。年寄りの貯金なんてあれだ、若いのに奢るくらいしか楽しみがないんだから、取っときなさいよ>
「主よ、だした金をつきかえしては非礼にあたる」
「わ、わかりました……ありがとうございますぅ……!」
そして古竜はゆっくりと目を開けた。
<さて、と……名残惜しいがそろそろ帰っても良いよ。あっ、でもそのまえに……ちょっとあそぼうか>
ぱき、ぱきりと古竜の上に降り積もった鍾乳石が砕ける。立ち上がっているのだ、ゆっくりと。
「そ、その遊びって……?」
<安心したまえよ、死んじゃっても君達くらいなら完璧に蘇生できる>
「なんで物騒な方向に話が進んでいるんでしょうか!?」
<いや、君達もネコには猫じゃらしをあげるし、犬には綱引きするだろう?そして人が一番好きなのは竜狩り、違うかね?>
「きっとそれは勘違いです!」
<ちょっとじゃれつくだけさ。ああ、これはしっかり持っておきなさいね>
古竜は今や完全に立ち上がりこちらを上から悠々と見ている。
指でかつんと地面を叩くと、テイマーの魔法のポーチにお土産と支度金、宵闇草が収納された。
本来持ち主にしか扱えないはずの魔法のポーチだが、魔法を極めた古竜にはまるで関係ないようだ。
<やる気でないかな?まあ一太刀でも当てられたらもうちょい良い物あげるよ>
「主よ、ここは力を示さねばならないところらしい……!腹をくくれ!」
「ひ、ひええ……わかりました!やります!やればいいんでしょ!たしかに腹が立ってきました!『従魔への守り:火鼠』!やっちゃいましょう!」
「ああ!」
まったく敵意がないままに、竜との一戦が始まる。
しかしテイマーとは裏腹に、ゴブリン騎士は心のどこかでワクワクしていた。
そうだ、これこそ冒険。
「竜狩りは騎士のたしなみだ!」
<そうだ!いいねゴブリンくん!>
洞窟に咆哮が響き渡る!
とりあえず切りのいい24話までは朝夕毎日投稿します。