◎秋の冒険者ギルド
それから、季節が少し過ぎた。
秋の中頃だ。
肌寒い日が増えたが、今日はやや暖かい。昼下がりにはやや暑くなるだろう。
鮮やかな青い空に、まぶしいほどの白い雲が浮かんでいる。
ギルドの木陰で大灰狼犬カナリアンテが休んでいた。
もうかなり大きい。小さめの馬くらいある。
ギルドの中庭ではゴブリン騎士と烏羽の騎士が軽く手合わせをしていた。
烏羽の騎士はひらりひらりとかつて、初めて手合わせしたときのように高速移動を用いている。
だが、そこはもう翻弄されるゴブリン騎士ではない。
同じように
「これはどうだ?ついてこれるか?【大狼の剣技】!」
獣のような動きで地面すれすれをコマのように回転する。
並の戦士であれば膂力で吹き飛び、速さで翻弄されるだろう。
だが、ゴブリン騎士はもはやその域を超えている。
「闘技か。ではこちらもつきあおう【弄月】!」
軽やかなステップで剣の舞う死地に飛び込み、斬撃がゴブリン騎士を中心にした球状に見えるほどの速い連撃を繰り出す。
木剣同士が打ち合い、かかかかっと連打音を響かせる。
鮮やかな剣の舞であった。無数の斬撃が振り回されているが、互いに防ぎ合ってお互いに傷一つない。
やがて剣の舞は終わり、互いがはじかれるように距離を離す。
「貴公、腕を上げたな。ここまで楽しい打ち合いは久しくなかった」
烏羽の騎士は秋用の軽装である皮のロングコートと
「では、つづけるか?」
ゴブリン騎士はいつもの鎧姿だ。かつて施された「空調」の魔法は鎧の中を快適にしていた。
「いや、やめておこう。今日は暑い」
「……そうであったな。稽古につきあっていただき、感謝を」
「ああ、いい組手だった。またやろう」
お互いに一礼をすると、日陰のベンチに置いた飲み物を取りに行く。
木剣は足元に立てかけて、さて組手の反省でも話すか、となった時中庭への門に、一人の中年男がいた。
「その力、これならば……あ、あなたがゴブリン騎士か?あなたに指名依頼をしたい!」
「いかにも私がゴブリン騎士だ。あなたは?ここでたちばなしも何であろう。涼しいギルドの酒場で話をおききしよう」
「か、かたじけない」
ゴブリン騎士は烏羽の騎士に会釈すると、烏羽の騎士も軽く手をあげて応えた。
その顔は(がんばれよ)と雄弁に語っていた。
■
ギルドには当然酒場がある。このギルドにはゴブリン騎士用の座面の高い椅子が用意してあった。
ゴブリン騎士は椅子に飛び乗ると、依頼人と顔を合わせる。
年のころは50か60だろう。初老の元戦士といった感じだ。
身なりが良いことからして、おそらくは騎士か上級の冒険者だったのだろう。
「サングリアの水わりを二人分たのむ」
「はいよ」
ギルド酒場のサングリアは人気商品の一つだ。
赤ワインの果実漬けに香辛料とラムを少々入れた秘伝の原液を氷水で薄めて出す。
甘く冷たく、暑い日に良いコールドカクテルである。
「まあ一口飲まれよ。今日は暑かろう」
「いや、それよりも依頼の話を……私はジェイソン・シモンズ。かつて騎士をしていた。私には義理のではあるが、一人娘がいる。大切な娘だ……その娘が、さらわれた」
「なんと。では、いまのじてんで解っていることは?」
「下手人の居所も、下手人も、おおまかには。相手は……
ドラゴニュート。それはドラゴンが人と交わって生まれた半人半龍の精強な種族である。
多くは顔が龍で体は人間体型だが、鱗と爪、場合によっては翼がある。
エルフと並んで魔法が得意であり、その膂力は大型の獣人を超えるほど。
生まれながらのエリートであり、強者だ。だが多くは孤独を好む。
そういった種族だ。
「なるほど、じたいは急をようするな……受けよう。して報酬は?」
シモンズ氏は黙って首から下げたロケットを開けて見せた。
幼顔の美しい女性が白黒で描かれている。
「ジャクリーヌという。故あって表に出せぬ娘だが、自分も老い先短い。故にあなたにもらって欲しいのだ。むろん金も払う。嫁入りの支度金と思ってほしい」
これにはゴブリン騎士も驚いた。
ゴブリンに嫁入りするくらいならば竜人の方が良いのでは?とすら思った。
それに、持参金ならばむしろこちらが支払うべきだろう。
「できかねる。彼女の意志を無視してゴブリンに嫁げなどとても言えない」
「いいや、娘はきっとあなたを気に入るだろう。私には解っているのだ……会えばわかる」
「ううむ」
きっと歌を聞いてファンにでもなったのだろうか?しかしそれにしても……と悩んでしまう。
しかしシモンズ氏はたしかな確信があるようだ。
「だがそれでも断られるならば、せめて娘をあなたの従者にしていただけないだろうか。娘は箱入りで働く術など知らぬ。とはいえ、料理に回復魔法、一通りの野営のやり方は教えている。娘が一人で暮らせるまでで良い、あなたに世話をたのみたい……私の遺産すべてをあなたに譲るから」
シモンズ氏はテーブルに頭をこすりつけるほどに頭を下げた。
騎士がゴブリンに頭を下げる。その覚悟をわからぬゴブリン騎士ではなかった。
「さようのご覚悟であれば、断るわけにもゆかぬ。わかった、あなたの娘の面倒を見よう。仲間として。ただし報酬は遺産の半分で結構だ。そのさらに半分も彼女に渡すとしよう」
「ありがたい……感謝する。どうか娘を助けてくれ」
「必ず」
そして二人はギルドの受付にいくと、書面で契約を交わし、詳しい位置を聞いたのちゴブリン騎士は旅立った。
「いくぞカナリアンテ!悪漢にさらわれた娘を助け出すのだ!」
「ウォン!」
大狼に乗ってゴブリン騎士は走り出す。
自分で言っておいてなんだか、まるで本当に物語の騎士になった気分だった。
この依頼、失敗はできない。そう思った。